迷いの森
思わぬところで魔術の神譲りの推理力を発揮した僕。
その後、アナハイム商会は警備を強化する。
暗殺者どころか猫の子一匹は入れないようにする。
使用人はすべて精査したが、他に怪しげな人物はいなかった。
「当座はこれで大丈夫だと思うが、根本的な解決になっていないな」
苦笑いを漏らすヴィクトール。
カレンも怯えているのでなんとかしてあげたいが、それは断られる。
「いや、これはアナハイム商会とガルド商会の諍いだ。旅人を巻き込むわけにはいかない。それに君は聖剣を抜きに行くのだろう?」
と諭されてしまう。
ルナマリアも「組織同士の争いは組織で解決するしかありません。
それに聖剣を早く抜きに行きたいです」というので僕は彼女たちの意見に従うことにした
。
ちなみに聖剣はノースウッドの街の東にある森の中にあるらしい。
通称迷いの森――
と呼ばれる森の中心部に刺さっているようだ。
迷いの森に入る許可、それと聖剣を抜くことができればその所有権も貰えるとヴィクトールに太鼓判を押されると、僕たちは彼の屋敷を旅立つ。
カレンは最後の最後まで手を振り、僕たちを見送ってくれた。
このように聖剣を得る旅が始まった。
もとのふたり組に戻る。
「カレンさんは騒がしい人でしたが、いなくなると寂しいですね」
「そうだね。静かになった」
ルナマリアはおしゃべりではない、どちらかといえば寡黙に分類される。
あまり無駄話をしない。
一方、カレンは口の先から生まれてきたかのようにずうっとしゃべっている。
旅の最中は退屈せずに済んだ。
「まあ、退屈を紛らわせるために旅をしているわけじゃないからいいんだけど」
「ならばなぜ旅をしているのですか?」
いきなりの質問に僕は戸惑い、己のあごに指を添え、「うーん」と、うなってしまうが、自分の中の考えをまとめると彼女に話す。
「強いて言えば見聞を広めるためかな。山の中で一生を過ごしたら、狭い視野の人間になりそうだったから」
「広い視野を持ちたいのですか?」
「そうだね。父さんや母さんは常々言っていた。より高く、広い視野を持てって。大局観を養えって」
「養えそうですか?」
「それはまだ分からないけど、旅は楽しいよ」
と言うとノースウッドの街にある門を出た。
入るときは精査されたが、出るときはなにも言われない。
出る人間まで調べていたら手が回らなくなるのだろう。
僕たちはなにごともなく街を出ると、そのまま東に向かった。
聖剣が刺さっている東の森は、ノースウッドの街から歩いて4日ほどのところにあった。
もしもカレンがいたらその倍は掛かっただろうが、ルナマリアは健脚で通常の日程で到着できた。
森が眼前に広がる。
「ここが迷いの森か、鬱蒼としているね」
「そうですね。その異名に間違いはなさそうです」
「ヴィクトールさんは言っていた。この森は不思議な精霊力に包まれているから木を伐採できないんだって。妖精が住んでいるらしい」
「まあ、妖精さんが」
「その妖精が中に入った旅人を迷わせるんだとさ」
「それは困りましたね。無事、聖剣のもとまでたどり着けるでしょうか?」
「それは分からないけど、どんな困難があっても聖剣のところに行くんだろう?」
その言葉にルナマリアは、「はい」と元気よく即答する。
その答えは分かりきっていたので今さら呆れないが、森に入ろうとしたとき、僕たち以外の存在に気が付く。
騒がしい連中がやってくる
「きゃー、勇者様、森が見えてきましたよ」
「なんか陰気でこわーい」
「大丈夫よ、最強の剣の勇者様が付いているんだから」
この黄色い声援はどこかで聞いた気がする。
それに剣の勇者という名前も。
振り返るとそこにいたのは先日出会った勇者だった。
名前をレヴィンと言っただろうか。
細モテの美男子、勇者ガールズという女性をはべらせ、パーティーを女性で固めた勇者様だ。
彼は両脇に綺麗どこを抱え、勇壮に歩いていた。
最初、僕たちに気が付かない振りをしたが、森の中に入る手前、わざとらしく「……おや、君はどこかで見たことがあるな」と立ち止まった。
従者のリンクスも立ち止まり、ぺこりと頭を下げる。
「久しぶりだね。たしかテーブル・マウンテンの裾野で会った。名前は……ウィリー?」
「ウィル様です!」
と答えるのはルナマリア。
見事に挑発に乗っている。
「そうだった。失敬、失敬。オレは自分よりも弱きものの名を覚えられないんだ。つまり、この世界の誰の名前も覚えられない。だから彼女たちの名前も皆、ハニーと呼んでいるくらいなんだ」
ハニー一号、二号、三号は気にした様子もなく、逆に「ワイルドですわ」と褒め称える。
「まあ、君は見所がありそうだから、次からは覚えるよ、ビル」
「ウィル様です!」
声を張り上げるルナマリア。
それよりも僕が気になるのは勇者がなぜ、ここにいるかだった。尋ねてみる。
勇者はさも当然のように言う。
「勇者がこんな陰気な場所にくるなんて理由はひとつだ。この森の奥にあるという聖剣を抜きにきた」
「聖剣はアナハイム商会のものなんだけど」
「聖剣は勇者のものさ。それを証拠にオレにしか抜けないようになっている」
そーよ、そーよ、とは勇者ガールズ二号の追従であるが、一理ある。
聖剣を抜き放てるものこそが所有者を宣言するのは道理だった。
「しかし、聖剣を抜けるのですか? 聖剣は勇者専用らしいですが、どの勇者専用かは分からないらしいですが」
ルナマリアが尋ねる。
この世界には剣の勇者、盾の勇者、智の勇者などがいる。
この森に眠るデュランダルは誰の装備かは不明である。
その素朴な疑問にレヴィンは答える。
「おいおい、そんなこと心配しているのかい? オレは『剣』の勇者だぞ、聖剣ならばなんでも装備できるはずだ」
まあ、理にはかなっているが、根拠はない。
しかし、それを指摘しても彼は森に入るのは止めないだろう。
ここにカレンでもいればアナハイム家の土地に入らないように主張することもできたのだが、彼女はいない。
そんなことを考えていると、やはり剣の勇者レヴィンはそのまま森の奥に入る。
それを黙ってみていると、僕の袖を引っ張る人物が。
ルナマリアである。
彼女は勇者に後れを取るのが厭なようだ。
早く入ろうと急かす。
まあ、それはいいのだが、妙に身体を密着させるのが気になった。
なんでも勇者ガールズに対抗心を燃やしているとのことだった。
まったく、困った巫女様である。




