アナハイム家の宴
僕たちは聖剣のある場所を聞き出すとそのままそこに向かう――
ことはなく宴会に連れて行かれる。
アナハイム家のご令嬢を助けたことに対するお礼の宴に出席させられる。
一刻も早く聖剣を得たいルナマリアは難色を示す。
巫女である彼女は華美な席が苦手なようだ。
商会の宴というものに興味がある僕は彼女を説得する。
「聖剣は逃げないさ、それに僕が本当に勇者ならばその剣は僕にしか抜けないのだろう? 今さら慌てても仕方ないよ」
「…それはそうなのですが」
と納得はするが結局、アナハイム家が用意した綺麗なドレスには袖を通さなかった。
「巫女にとってこの飾りのない衣装こそが花嫁衣装であり、死に装束でもあるのです」
といつもの簡素な服で宴に出る。
僕も貴族が着るような衣服は合わないので旅人の服で参加する。
おめかしをしたカレンは不平を漏らすが、「それでもウィル様と食事ができて嬉しいです」と漏らした。
アナハイム家の宴は立派な食堂で行われる。
普段、アナハイム一族が食事を取る場所で簡素に行われる。
「小宴だよ」
とは当主ヴィクトールの言葉であるが庶民目線から見れば十分豪壮だった。山育ちの僕から見ても。
そもそもアナハイム家の食堂自体、とても大きい。
僕の家がまるごとすっぽり入るのではないだろうか。大げさだがそれくらいはある。
そこに各国の山海の珍味がところ狭しと置かれるのだから豪華以外の言葉はない。
見たことも聞いたこともないような食材で作られた料理をぱくついていると、カレンが話しかけてくる。
「一緒に食事をしているととても幸せですわ。このまま降嫁したいくらいです」
頬を染める娘に父親は言う。
「それも悪くない。そろそろ孫の顔もみたい」
乗り気になっている父親を見てカレンは妙案を思いついたかのように言う。
「そうですわ、聖剣探索の旅にわたくしもお連れください。良い花嫁修業になります」
嬉々として言うカレンであったがその提案は意外にも却下される。
「それは駄目だ。お前を危険な目に合わせることはできない」
「ウィル様は天下無双の英雄です。危険などありません」
「それでも駄目だ」
却下するヴィクトール。彼は無原則に娘に甘いわけではないようだ。
「ガルド商会はいまだにお前を狙っているだろう。いま外に出るのは虎口に飛び込むようなものだ」
ガルド商会の名前を出すとさすがのカレンも折れざるを得ない。
先日の襲撃は十分、カレンのトラウマになっているようだ。
そのようなやりとりを見ているとルナマリアが質問をする。
「ガルド商会という輩がカレンさん誘拐の黒幕らしいですが、なぜ、その商会と敵対しているのですか」
「それは向こうに聞いてくれ」と冗談めかすヴィクトールだがちゃんと詳細も教えてくれる。
「経済上のトラブルだよ。我がアナハイム家は昔からこの街の木材を一手に取り仕切ってきたのだが、新興のガルド商会がその利権を奪おうとしてきたのだ」
以来、敵対している、とヴィクトールは言う。
ガルド商会という名を出すと彼は不機嫌になる。
酒でも飲まなければやっていられない、とメイドにワインを持ってくるように命じる。
僕はその光景をなにげなく見るが、メイドの表情が少しこわばっているように見えた。
小声でカレンに問いただす。彼女は嬉しそうに答える。
「…なんですの? 駆け落ち同然に連れ出す機会をうかがってくれているのですか?」
「場合によっては」と答えると彼女は本当に嬉しそうにする。
「でもその前に聞きたいことが」
「なんなりと」
「今、ワインを取りに行ったメイドはどんな娘?」
「まあ、駆け落ち相手の前で物色ですか」
と頬をふくらませる真似をするが、僕が意味もなくナンパするとは思っていないのだろう、教えてくれる。
「最近、入ったばかりのメイドです。要領がいいので重宝していますわ」
「…なるほど、最近ね」
と漏らすと彼女は卓上瓶でワインを持ってくる。
それを無言で主に注ぐ途中で僕は質問する。
「君は獣人の娘のようだけど」
と尋ねると彼女は一瞬、ピクリと止まり、「そうですが?」と微笑んだ。
「その耳は千狐族だね」
千狐族とはテーブル・マウンテンの東側の森に住む一族である。彼らは耳の先が白かった。
「左様でございます。よくご存知で」
「山にいたとき少しだけ交流があったんだ。彼らはヴァンダル父さんと仲が良かった。霊薬の素材などを取引していたんだ」
「なるほど、我が一族は鼻が効くので素材集めは得意です」
「だろうね」
と言うと彼女はペコリと頭を下げ、再びワインを注ぐ動作に戻る。
皆が気にすることなくそれぞれに食事を再開するが、僕は唐突に立ち上がると、ヴィクトールに宣言する。
「ヴィクトールさん、そのワインは飲まないほうがいい」
その言葉を聞いたメイドはびくりと身体を震わせ、ヴィクトールは怪訝な顔をする。
説明を求めてくるので僕は説明をする。
「理由は単純です。そのワインには毒が入れられているからです」
僕とメイドを除く全員が驚愕するが、ある意味それが答えだった。
メイドの怪しさを見抜いたヴィクトールが千狐の娘に詰問をすると彼女は泣き崩れる。
「…すみません。お母さんが病気でどうしても治療費が欲しかったのです」
事情を打ち明け、ガルド商会の手先になった理由を話すが、罪は罪である、とヴィクトールは彼女を捕縛しようとする。
しかし、それは思いとどまってもらう。
「待ってください。たしかに彼女は悪いことをしましたが、本当の悪はガルド商会です」
僕の必死の説得は受け入れられる。
僕自身がアナハイム親子の命の恩人ということもあったが、もともとヴィクトール自体、慈悲深い人なのだろう。
さすがにメイドは解雇されたが。
ただ、僕がヴァンダル父さん宛てに彼女の母親の薬を調合してもらうように手紙を書くと、ヴィクトールも感化されたのか、彼女に退職金を渡す。
「慈悲深いですね」
と褒めると、「君ほどではないさ」という言葉が返ってくる。
「…ここまでしていただけるなんて」
僕たちの行為に涙ぐむメイド。
ウィル様は慈悲深いとルナマリアも感動している。
こうしてヴィクトール暗殺は回避されたのだが、翌日、ルナマリアは「ウィル様も神託を受け取れるのですか?」と尋ねてきた。
まさかと笑って首を降る。
「毒のことを見抜いたのは洞察力だよ。
メイドは明らかに不審だったし、ワインの色が少し変だった」
「色ですか?」
「うん、牛乳を混ぜたような色をしていた。そうしたらヴァンダル父さんがよく千狐族から乳白色の劇薬を仕入れていたことを思い出したんだ」
「そのような極小の情報からよくぞそこまで。さすがはウィル様です」
ルナマリアは感激気味に僕の推理力を称賛してくれた。




