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アナハイム商会のヴィクトール


アナハイム商会の主、ヴィクトール・アナハイムの屋敷の客間で両膝を付き合わせる僕とルナマリア。


彼女は悠然と出された紅茶を飲んでいる。

その姿を見て羨む僕。


「ルナマリアはすごいね、こんな豪華な部屋に通されても平然としているなんて」


「私は盲目の巫女ですから。王侯貴族の部屋でも、物乞いの部屋でも似たようなものです」


「なるほど、たしかに」


「そのために光を手放しました。神の前では皆が等しく平等であると悟るためです。――あ、もちろん、ウィル様は別格です。ウィル様は世界で一番特別な存在です」


平然という巫女様。


「まあ、人は皆、特別な存在だよ。誰かにとって」


一般論でまとめると、僕はカレンが戻ってくるのを待った。


30分ほどだろうか。カレンではなく、ヨハンが戻ってくる。


執事服をまとった中年の男は部屋に入るとうやうやしく言葉を発する。


「旦那様が応接室でお待ちです。是非とも礼をしたいとのこと」


「お礼なんていいですよ」


「そんな不調法はできません。お嬢様の命の恩人をもてなしたいとのこと」


ルナマリアに視線をやるが、彼女は素直に礼を受け取るように進める。


「旅には先立つものも必要でしょう。それにヴィクトール氏には聖剣の件で協力願わないといけません」


「そうだね。たしか聖剣はヴィクトールさんの土地にあるんだよね」


「はい、その辺の情報も伺いに行きましょう」


と言うとふたりで応接室に向かう

そこにいたのは「今夜は舞踏会?」というくらいにおめかししたカレンとその父親だった。


アナハイム商会の長、ヴィクトールは中肉中背、ロマンスグレイの紳士だった。


カレンによく似ていた。

カレンは父親似なのだろう。


ヴィクトールは僕が部屋に入るなり、「おお、君が噂の英雄かね」と僕を両手で迎えてくれる。


最初から好感度マックスである。


「是非、我が娘の婿にしたいが、明日は空いているかね? 花婿の衣装を見繕いたいが」


「それは遠慮しておきます。その代わりにヴィクトールさんにお願いがあるのですが」


「なんだね? 娘の恩人には最大限の便宜を図りたい」

頼もしい言葉だったので遠慮なく話す。


「実は僕たちは聖剣を探していまして、それがヴィクトールさんの所有物であると小耳に挟みました」


「ああ、そのことか。君たちは聖剣を探しているのか? もしかして勇者なのか?」


「いえ、ただの市民です」


「ふむ、ならば見つけても装備できないが」


と言うと視線を送ってくるヴィクトール。

その視線をそのままルナマリアに渡す。


「ウィル様には勇者の証はありませんが、きっと近いうちに勇者として覚醒します。その前に聖剣を入手したいのです」


その言葉に「ふむ」という論評を漏らし、あごひげに手を添えるヴィクトール。彼は現実主義者の商人のようで、ルナマリアの言葉に懐疑的なようだ。


人はそうそう都合よく覚醒しないものだ。


それは僕も思っていたことなのだが、彼女に思わぬ味方が現れる。


「お父様、わたくしもルナマリアさんと同じ意見です。ウィル様は特別なお方、いつか勇者として覚醒しそうな気がします」


「お前もそう思うのか?」


「はい、初めて会ったときから確信めいたものを持っていました。この方は特別な宿命を持っていると」


おおげさだなあ、と僕は思ったが、ヴィクトールは案外、真剣だった。


「……ふむ、我が娘は先物取引の才能があるからな」


そう漏らすとぽんと手を叩く。


「分かったいいだろう。我が娘とこの清らかな聖女の言葉を信じよう」


と言うと、彼は聖剣をくれる許可をくれる。


「聖剣はこの少年のものだ。聖剣が刺さっている土地の主がいうのだから間違いない」


そんな簡単に決めていいのかな、と思ったが、僕はそうことが上手く運ぶとは思っていなかった。


「先日、カレンさんからも聞きましたが、聖剣はヴィクトールさんの所有する土地に刺さっていると聞きます。しかし、それは勇者でないと抜けないと」


「君ならば抜くだろう」


「つまり抜いたら好きにしていいと」


「そうだな」


「なるほど」


と僕も自分のあごに手を添える。


(……まあ、目に入れても痛くない娘の恩人にはそう言うしかないよな)


どのみち、僕は勇者ではないから抜けない。

抜け目ない商会の主はそう思っているのだろう。


実際、彼は聖剣よりも本日、僕をどうもてなすかばかり気にしていた。


この場で本気で剣が抜けると思っているのは、カレンとルナマリアだけだった。


(ふたりには悪いけどどう考えても無理だよな。ま、実際に抜けなければ諦めるだろう)


そう思った僕は、聖剣のことを忘却し、アナハイム家のおもてなしの最中、カレンの求婚をどうかわすかに注力することにした。


結婚に興味がないわけではないが、旅だったばかりだというのに結婚するわけにはいかない。


せめて世界の半分は見てから生涯の伴侶となる人物を決めたかった。


そう心に誓うが、ちらりとルナマリアの顔が視界に入る。


そういえば母さんはルナマリアとの結婚は許しません、と言っていたが、彼女はどうなのであろうか。


地母神の巫女というやつは結婚できるのだろうか。


とても気になったが、本人に尋ねることはできなかった。


もちろん、「今夜は離しませんわ」と僕の腕に絡みついてくるいたいけなご令嬢にも聞くことはできなかった。


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