ノースウッドの街
ククリコ村を旅立つ。
本街道に戻ると、そのまま北上する。
「カレンの屋敷があるノースウッドの街はどの辺にあるのだろう」
と尋ねるが、ルナマリアは首を横に振る。
「分かりません。私は盲目なので地図を携帯していないのです」
「なるほど、じゃあ――」
とカレン本人の顔を見るが、彼女もきょとんとしている。ご令嬢は地理が苦手のようだ。
仕方ないので街道を歩く商人に尋ねる。
中年の商人は快く教えてくれた。
「このまままっすぐに道なりに進めば明日には到着するよ。女の足でも」
女の足、と言う言葉にカレンは少しむすっとしているが、事実、カレンの足が遅いことには変わらない。
僕は商人に礼を言う。
「ありがとうございます。ご親切に」
ぺこりと頭を下げると、商人は、
「今時礼儀正しい少年だなあ。姉と妹さんと旅をしているのかい? 大切にしてあげな
」
と言う言葉をくれる。
どうやら僕たちを兄妹だと思っているようだ。
ルナマリアがお姉さん、カレンが妹だろうか。
たしかにカレンはちっこいのでそう思い込むのも無理はない、と思っていると、カレンはぷんすかと怒る。
「失礼ですね。ウィル様とわたくしは兄妹ではありません。婚約者です」
と主張するが、もう商人の姿はない。
僕に文句を言っているようだ。
いつ、僕とカレンが婚約したのだろう、と思ったが、反論すると長くなりそうだったので無視すると、そのまま北上を続ける。
商人の言葉通り、途中にマイルストーンを見つける。石にはノースウッドまで数キロと書かれていた。
このまま強行軍をすれば今夜中に到着するだろうが、女性陣に無理をさせたくなかったので、宿場町で宿を取る。
そのままそこで一泊すると、翌朝、ノースウッドの街に入る。
「ここがノースウッドの街か」
城壁に囲まれた街を見渡す。
ククリコ村にも宿場町にも城壁はなかったのでとても珍しい。無論、テーブル・マウンテンにもない。
「へー、これが城壁か。ぐるりと周囲を囲んでいるんだね。街を守るためにあるのかな」
「はい、そうですわ。この城壁は昔からずっとこの街を守ってくれているのです」
説明してくれるのはこの街の住人のカレン。
「それだけでなく、街で商売をする人たちから税金を徴収する役目も果たしているのです」
と指をさす。
たしかに門の入り口には衛兵がおり、商品を持っている商人に通行手形を確認している。
「通行手形がないものは街には入れません。また、通行手形を発行するのに商品に応じて税金も課します」
「なるほど、そうやって税金を集めるんだね。――でも、僕たちは通行手形を持っていないよ」
「それは大丈夫です」
とカレンは懐から手形を取り出す。
「じゃじゃーん、これはこの街の領主様が発行する特別な手形です。この街だけでなく、この国ならばどの街でも入れます」
「カレンの実家はすごい力を持ってるんだね」
と褒めるが、その言葉は真実で、先ほどから通る場所の半分にはアナハイム商会というロゴが張られている。
やはり彼女はこの街一番の商会の娘のようだ。
事実、門番はカレンがアナハイムの家の娘だと分かると、懇切丁寧に対応してくれた。
他の通行人のように持ち物を検査されることもない。ほぼ、顔パスである。
「さすがはアナハイム商会ですね」
ルナマリアも嘆息の声を漏らす。
なんでもテーブル・マウンテンにくる途中で寄った街では、助平な衛兵に身体を触られたらしい。
そのような不躾や不調法を味わうとは、やはり女のひとり旅は大変である、と同情をすると、そのままノースウッドの門をくぐった。
カレンの実家であるアナハイム商会はノースウッドの街の中心街の目抜き通りにある。
市庁舎の真横に、市庁舎よりも立派な建物がそびえ立つ。多くの商人がせわしなく出入りしていた。
当然、カレンはそこに行くかと思いきや、そこはスルーする。
不思議な顔をしていると説明してくれる。
「ここはお父様の仕事場なのです。用もなく立ち入るなと幼い頃からしつけられているのです」
「用はあるんじゃないかな。カレンのお父さんだって娘の無事を知りたいだろうに」
「大丈夫です。今の時間は自宅にいますから」
市庁舎の大時計を見ると、午前9時。この時間はまだ家でくつろいでいるらしい。
「目覚めのモーニング・コーヒーを飲み、優雅に商会に向かうのが父のスタイルなのです」
と言う。いわゆる重役出勤というやつだろうか、と問うと、そうですわ、と認める。
僕たちは黙ってカレンの後ろについて行くと、大通りから少し離れたところにある一角に向かう。
広い敷地の建物が増えていく。ここはノースウッドの高級住宅地のようである。
その中でも一際大きい建物がカレンの実家だった。
彼女の実家が見えるとその門から飛び出てくる影が。
「お嬢様!!」
と血相を変えている中年の男。
彼の名はヨハン。
アナハイム家の執事のようだ。
「ああ、ヨハン、久しぶり」
にこやかに言うカレンだが、ヨハンにはそんな余裕はない。
「お嬢様、心配しましたぞ」
「隣町にお使いに行っていただけよ」
「消息が途絶えましたし、その使いも果たせなかった様子。いったい、なにがあったのですか」
「ああ、そうだった。お父様の使いを果たせなかったんだ」
ぺろ、っと舌を出すが、ヨハンは怒らなかった。
「それはもういいのです。お嬢様の身さえ無事ならば」
ほっと溜息をつく執事。
本気で心配しているようだ。
彼は安堵していたが、愛するお嬢様の横にいる見慣れぬ少年と巫女を見て、不審な表情をする。
「――こちらの方々は?」
「この殿方はわたくしと馭者の命を救ってくれた恩人です」
「なんと、お嬢様の!? というか、お嬢様、なにがあったのですか?」
再び血相を変える執事に、カレンはこれこれしかじかと説明する。
「――つまり、ガルド商会の連中がお嬢様を襲い、この方々に救ってもらったと」
「正確に言えばウィル様ひとりで無双していましたが」
とカレンは付け加えるが、ルナマリアは厭な顔はしない。
むしろ、僕を褒められたと誇らしげにしている。
とりあえず事情の分かった執事は表情を緩めると、かしこまり、僕に深々と頭を下げる。
「子細は承知しました。つまりあなたはお嬢様の恩人。お嬢様の恩人はこのヨハンの、いえ、アナハイム家の恩人に他なりません」
地に額をこすりつけそうなほど頭を下げる執事。
それほどお嬢様を救ったことが嬉しいらしい。
「ただいま、旦那様にお嬢様の無事を報告して参ります。旦那様もとても喜ばれることでしょう」
と言うと僕たちを屋敷に案内してくれる。
客間に通されるとそこでしばしカレンとお別れ。
父親に無事の報告をし、おめかしをして僕をもてなしたいという。
彼女はにこりと微笑むと、
「アナハイム家全体でおもてなししますからね。覚悟してくださいまし」
と茶目っ気たっぷりに言った。
ノースウッドの街一の豪商のおもてなしとはどのようなものだろうか。
僕は好奇心半分、怖さ半分でそのときを待った。




