いつもの日常
ルナマリアと一緒にカボチャの種を煎じたお茶を飲む。
それぞれにお代わりをし、飲み干すと、そのまま各自の部屋に戻る。
軽く女性陣の部屋を覗くが、ツインのベッドルームだった。カレンはネグリジェに着替え、「ぐーぐー」と寝ている。
「きっと疲れているのでしょう」
とはルナマリアの言葉だった。
「違いない」
と首肯すると、僕はそっと扉を閉め、自分の部屋に戻ったが、それはカレンの策略だった。
彼女は夜中、ルナマリアが寝静まった頃にむくりと起きると、「おトイレ」と共同トイレに向かう。
そこで用を済ますと、そのまま自分の部屋には戻らず、僕の部屋を開ける。
鍵を掛ける、という習慣のない僕の部屋は簡単に開く。
カレンは寝息を立てる僕を見つめると、
「ふふふ、ガードが甘いですわ、ウィル様」
と怪しげで艶やかな表情を浮かべると、僕のベッドに潜り込む。
――そして僕の背中を抱きしめると、そのまま勢いに任せ、……なにもしない。
一緒に寝る。「ぐーすか」と寝る。
こう見えてカレンはいいところのご令嬢なのである。慎みが深かった。
それに今日はとても疲れている。
そのようなことをする気分ではない。
またカレンはそれなりに他人の機微に敏感で、ウィルという少年がその手のことを苦手としていると肌で感じていたのだ。
「……ウィル様に嫌われたくないので、今日はここまで。でも、背中をくんかくんかして、ウィル分を堪能させてもらいますわ」
と背中を思いっきり抱きしめる。
その後、すぐに眠りにつくのだが、翌朝、カレンがいないことに気が付いたルナマリアが朝一番でやってくると、彼女はぷんすかと怒った。
「未婚の男女がなにをやっているのですか!」
その言葉はガードが緩い僕にも向けられていたので、申し訳なく思ってしまうが、カレンはどこ吹く風で、
「ルナマリアさんも同じことがしたくて堪らないのでしょう。わたくしはウィル様を独り占めするような真似はしません。ささ、朝食の準備が調うまで、一緒に寝ましょう」
と反対方向のスペースが空いていることを伝える。
その言葉にルナマリアは「むむぅ」と眉間を寄せたものの、結局は誘惑に屈する。
無言で僕の隣に入り込むと、そのまま「くー」と寝息を立てる。
こうして両脇を美人で固められる僕。
女性に免疫がないわけではない。
ミリア母さんは僕を抱き枕にして寝るので、女性の身体の柔らかさや甘い匂いにはなれていたが、それでもルナマリアという聖女とカレンという令嬢は別格である。
母さんよりも柔らかく、いい匂いがするような気がした。
張り合うような少女たちに呆れながらも、僕は彼女たちの行為を許すと、カレンの勧め通り、そのまま朝食まで二度寝をした。
宿の女将さんのノックによって起こされると、食堂に向かう。
メニューはベーコン・エッグにパン、それにコンソメスープにヨーグルトだった。
標準的な食事である。
朝からそんなに食欲が湧くことはないので、これで十分というか、これが良かった。
「山の上でもこのような食事をされていたのですか?」
はむはむ、とパンを食べながらカレンが質問してくる。
「うん、まあね。でも、たまにローニン父さんが和食が食べたいとだだをこねた日は和食だけど」
「ワショク……?」
不思議そうな顔をする。
「和食というのは東方の蓬莱って島国の食事だね。パンの代わりにお米、スープの代わりに味噌汁を飲むんだ。おかずは焼いた塩鮭とかが定番かな」
「まあ、ヘルシーですね」
「健康的なだけじゃなく、とても美味しいよ。お米の甘み、味噌の旨みは特筆に値する」
じゅるり、と涎をたらすご令嬢。彼女は食いしん坊のようだ。
屋敷に帰ったら、料理人に作らせます、と宣言している。
「まあ、お米も味噌もこの辺じゃなかなか手に入らないらしいけど」
「それではどうやって手に入れているのですか? ウィル様の家では」
「ヴァンダル父さんが発酵食品に凝っていてね。味噌は自家製なんだ。大豆を発酵させる。お米はローニン父さんが修行がてら、米俵を担いで買ってくる」
「す、すごいお父様方ですね」
「ミリア母さんも蓬莱の国から化粧水を買ってきたりするよ。まあ、普通の家でないことはたしかだね」
そう苦笑を漏らすと、僕は「ああ、父さんと母さんの話をしていたら、なんか会いたくなったなあ。父さんと母さんも今頃食事中かな」
軽くホームシック気味の台詞を漏らすが、本当に戻りたくなったわけではない。
まだまだ、僕の心の中では冒険心のほうが勝っている。
それを証拠に朝食を食べ終えると、早く宿を出たくてうずうずする。
カレンの屋敷があるノースウッドの街に行きたくて仕方ない。
というわけで食事を終えると、急かすようにふたりを囃し立て、そのまま宿を出た。
見上げればどこまでも青空が広がっている。絶好の旅日和りである。
一方、その頃、テーブル・マウンテンでは――。
朝食を巡って戦いが勃発していた。
神々の住まいでの食事は当番制になっており、全員が順番でこなすが、今日は剣神ローニンが担当している。
彼は豪快にタラコとコンブのおにぎりを人数分作ったが、それが問題のもとであった。
ローニンはうっかりウィルの分も作ってしまったのである。
しかし、争いのもとは誰が余った分を食べるかではなく、誰もいない場所に置かれたおにぎりを見て、治癒の女神ミリアの傷心がえぐられたからである。
彼女は「うわーん」と泣きながら、「これだから脳筋ローニンは厭なのよ。デリカシーがない」と愚痴る。
ローニンも僕がいなくなったことで気が立っていたのだろう。
「なんだってこの厚化粧女」と言い返す。
「私に向かって厚化粧ですって。この女神界一のナチュラルメイク派に向かって。先日も謀神にお肌が綺麗ですね、ってナンパされたんだから」
「目が腐っていたんじゃねーか? それとも女なら誰でも良かったのか」
「なんですって!?」
いきり立つ女神様。一触即発の雰囲気になるが、この場を鎮めたのは年長の老神だった。
魔術の神ヴァンダルは無言で立ち上がるという。
「いい加減にせい、ふたりとも。まだウィルが旅立って数日だぞ。こんな調子でどうする」
「ふん、ウィルがいないこの家になんの価値もないわ。汗臭いし、加齢臭がするし、私、出て行こうかしら」
「好きにせい。しかし、ウィルとて里帰りくらいはするだろう。そのとき、逢えなくなってもいいのか?」
「むぐう」
と口をつぐむ女神。ウィルと逢えなくなるのは身が引き裂かれるも同じである、と黙る。
ただ、最後まで黙っていないのがこの女神の本領か。腹いせにウィルの分のおにぎりを口にほうばる。
「まあ、いいわ。ウィルの顔に免じて許してあげる。はあ、それにしても私の可愛いウィル。朝ご飯はちゃんと食べているかしら」
「それは心配する必要ねえだろ。ルナマリアという娘が付いている。ウィルより年上でしっかりしている。あれはいい姉さん女房になるぜ」
「……ふん、年増がウィルのお嫁さんになんてなれるわけないでしょう」
ツン、と言い返すと、ミリアはカップに注いだ味噌スープを飲み干す。彼女はお椀は苦手なので、味噌スープもカップで飲むのだ。
さて、このように神々は朝食を摂っていた。
愛する息子がいないということを除けば、いつもと同じ『日常』を過ごしていた。




