ククリコ村
三人の男女が街道を北上するが、盗賊に絡まれるようなことはなかった。
そのことを口にするとルナマリアはくすくすと笑う。
「ウィル様、物語ではないのですから、歩くたびに敵と会うようなことはありませんよ」
出逢いが敵に囲まれているところだった聖女様とは思えない言葉だ。
カレンも笑っているが、彼女も同じような出逢いだった。
だが、それらを無視し、カレンは得意げに言う。
「このミッドニア王国の治安は列強諸国の中でも有数なんです。街道を外れなければ女性がひとり旅できるほどなんですよ」
「そうなのです」
追従するルナマリア。
「私も神殿からひとりでやってきましたが、間違えて街道から外れたとき以外は、魔物にも遭遇しませんでした」
「なるほど、そういうものなのか」
見ればたしかに数キロごとに衛兵の詰め所があったり、騎馬兵が見回りをしたりしている。
道もちゃんと舗装されており、うらぶれた感じはなかった。
「まあ、荒事に巻き込まれないならそれが一番だ。治安は大事だね」
「そうですね」
と首肯する女性陣だが、荒事には巻き込まれないが、トラブルは巻き起こす。
数時間ほど歩くと、カレン嬢がその場に座り込み、ジタバタする。
「うぅ~、もう疲れました。休憩しましょう」
その言葉を聞いてルナマリアは眉目を下げる。
吐息を漏らす。
「……カレンさん、先ほども同じ台詞を発して、休憩をしたばかりではないですか」
「そうだけど、疲れたものは疲れたのです。ウィル様、おんぶしてくださいまし~」
両手を開き、僕を求めるカレンだが、ルナマリアがすごい形相をしているので背中に乗せることはできない。
彼女は甘やかしては駄目ですよ、と仮面越しに睨んでいるように見えた。
その表情は怖かったし、それにたしかに甘やかしすぎもよくないので、自分の足で歩くように諭すと、カレンは「ちぇ……」と漏らし、とぼとぼと歩き始めるが、それも5分が限界だった。
「無理無理~。もう歩けません。足が棒です。近くの村に泊まっていきましょう」
そんな提案をするカレンだが、たしかに周囲はあかね色に染まっている。
そろそろキャンプを張るか、宿を探さないとならない。
お嬢様を野宿させるのも気が引けるし、そもそも彼女は裕福だから、宿賃くらいどうにでもなる。
というわけで宿を手配することにしたのだが、村まで数キロ、という道のりも今の彼女には辛いようだ。
「喉がカラカラです。ジュースが飲みたい~」
だだをこねながら僕の背中を物欲しそうに見るカレン。
ルナマリアは呆れながらも彼女を背負おうか迷っている。
僕もそうしようと思ったのだが、ピコンと頭にアイデアが浮かぶ。
「そういえば試したかった故事があるんだよね」
「故事ですか?」
「うん、ヴァンダル父さんが持っていた異世界の本があるんだけど、そこにこんなエピソードがあるんだ」
「どのようなエピソードですか?」
「ツァオ・ツァオという英雄なのだけど、彼は喉が渇いた兵士たちに、丘の向こうに梅の木があるって励ましたんだ。そうしたら兵士たちは梅を想像し、唾液で喉を潤わせたんだって」
「なるほど、それを真似するのですね」
「うん」と、うなずくと、僕はカレンに耳打ちする。
「丘の向こうに桃の木があるよ」
その言葉を聞いたカレンはぐずっていた表情から一転、顔を輝かせる。
「桃は東方の賢者が食べるものですよね。どんなに甘いのかしら」
むくりと立ち上がると、小走りに丘の向こうに走り出した。
「現金な娘ですね」
その光景を微笑ましく見るルナマリア。
同意だったので僕も笑みを漏らすと、ゆっくりと丘を上がった。
カレンは丘の上から僕たちを見下ろし、
「こっちですわ~」
と手を振っていた。
丘を登り切り、数百メートルほど歩くと、カレンは「ぷくぅ~」と頬を膨らませる。
僕のほうを見つめながら批難する。
「ウィル様はいけずです。嘘つきです。純真なわたくしを騙すなんて」
「ごめん、ごめん、でも、まだ歩けたろう」
「……それはそうですが」
「村も見えてきたし、あそこに泊まればジュースくらい飲めるさ」
「桃のジュースはありますか?」
「それは約束できないけど、温かい食事にもありつける」
温かい食事と聞いたカレンはお腹をさする。
お腹が減っているようだ。
「温かい食事は久しぶりです。おとといからずうっと襲撃者に怯えて宿も取れませんでしたから」
「逃避行を繰り広げていたんだね」
「安心してください。ウィル様が居ればどのような悪漢も一捻りです」
とルナマリアが自慢げに言うと、村に到着する。
「ここが村か。人間の集落は初めてだ」
村の入り口には、「ようこそ、ククリコ村へ。
カボチャの名産地」と書かれていた。
親しみやすいアットホームな村のようである。
僕は胸を弾ませながら村の中に入った。




