北への旅路
ノースウッドはテーブル・マウンテンの北部にある一番大きな街だ。
その存在はヴァンダルの持っている地図で知っていた。
晴れの日に、山にある一本杉の上に上れば輪郭を把握できるくらいには近い。
いつか行ってみたいと思っていたが、このような形で向かうとは夢にも思っていなかった。
僕は今、アナハイム商会の娘さんを護衛しながらノースウッドに向かう。
従者のルナマリアと三人で。
カレンの馭者である中年の男は、矢傷を癒やすため、近くにある村に滞在してもらっている。
カレンが屋敷に戻ったら、改めて家人に運んでもらう算段だった。
「というわけで人生初めての旅です」
ぴょんと飛び跳ねるカレン。
お付きのものなしで旅をするのが楽しいらしい。
僕も初めての旅は興奮したし、その気持ちは分からないでもない。
と伝えると、彼女は僕の生い立ちを尋ねてきた。
「ウィル様はどうして旅をしているのですか?」
という直球をもらう。
ルナマリアの表情を見ると、彼女は軽くうなずく。
彼女にならば旅の目的や出生について話しても大丈夫だろう、と思った僕は彼女に話す。
「ええとね。話せば長くなるけど、かいつまんで話すと、僕はテーブル・マウンテンに住む神々に育てられたんだ」
カレンは「まじで!」という顔をし、口に手を添える。
「テーブル・マウンテンには神々が住んでいることが広く知られていますが、神々に育てられた子供がいるというのは初耳です」
「父さんたちは有名人みたいだね。その有名人に育てられたのが僕なんだ」
「道理ですごい強いわけです。剣神ローニンに鍛えられ、魔術の神ヴァンダル譲りの智恵を持っているのですから」
それにその優しさは治癒の女神ミリア様譲りです、と続ける。
「ありがとう。父さんや母さんには幼い頃から厳しく修行されたからね」
「はい、見ていて分かります。動きからしてただ者ではない。して、その神の子がなぜ下界に?」
「それはルナマリアに連れてこられたんだ」
僕たちの視線がルナマリアに集まる。
ルナマリアはこほんと咳払いをすると、説明を始める。
「私は地母神の神託を得て、テーブル・マウンテンに向かいました。そこで勇者の中の勇者、大英雄となる素質があるウィル様と出会ったのです」
「たしかにウィル様の才能はすごいです」
意気投合するふたり。
「私の最終目標は、これから復活するはずの魔王の復活を阻止することです」
「魔王が復活するのですか!?」
驚愕の表情を浮かべるカレン。僕も驚く。
「そんな話は聞いていないけど」
「申し訳ありません黙っていました」
「どうして?」
「テーブル・マウンテンの神々はとても過保護な方たちでしたので、言ったら旅立ちを反対されるかと思いまして……」
「……その考察は正しいね」
大声を張り上げる剣神ローニン、
狼狽する治癒の女神ミリア、
大口を開ける魔術の神ヴァンダルの姿が浮かぶ。
「実は地母神はこの世界を救う英雄の存在を私に知らせましたが、それと同時にこの世界を覆う闇の存在も示唆しました。邪教の集団が魔王の復活を企んでいるようなのです」
「ルナマリアを襲った集団だね」
「はい、彼らが魔王復活を企んでいます」
「もしも魔王が復活したらどうなるの?」
「……世界は闇に包まれます。聖魔戦争の再来です」
「それはやばいね……」
聖魔戦争とは神代の時代、神々と魔王が争った戦争の名である。
神々は光の種族を率い、魔王は闇の眷属を従え戦った。
熾烈な戦争だったらしく、この世界の地形が変わるほどに激しい戦いを繰り広げたのだが、神々が多大な犠牲を払って魔王を封印する、という結果に終った。
ちなみにこの戦争にはあのミリア母さんも参戦しているらしいが、あまり詳しいことは教えてくれない。
尋ねても「酷い戦争だったわ……」と遠い目をするだけだった。
「てゆうか、魔王が復活したら一大事だ。なんとか阻止しないと」
「ですね。ですから世界各地を回り、魔王復活を阻止しつつ、万が一復活した際にやつに対抗できる力を得ないといけません」
「それでミッドニア王国の北部にある聖剣を探しに行くんだね」
「はい、当面の目的はその聖剣を抜き、戦力にすることです」
納得した僕はカレンに視線を伸ばす。
彼女ならば聖剣の情報を知っていると思ったのだ。
「そういえばカレンは北部出身だよね? 聖剣についてなにか情報は知っていない?」
その言葉を聞いたカレンはきょとんとしている。
最初は聖剣など生まれて初めて聞く単語だから、と思ったが、違うようだ。
それどころか、ここ最近、「聖剣」という言葉を耳にしない日はないらしい。
どういうことだろう? と尋ねると、彼女はにこりと微笑みながら言った。
「これこそ天啓です。もしかしたらわたくしは勇者様の伝承に登場する存在になるかも知れません」
えっへん、と胸を反らしたあとに付け加える。
「その聖剣は現在、我がアナハイム商会の所有物でございます。
正確にはその聖剣が突き刺さっている土地を所有しているのです」
と言うカレン。僕は驚くがルナマリアはそうでもない。
なぜだろう、と聞くと彼女は「こんなことだろうと思っていました」と言う
「ウィル様は導かれるように最短で進んでいます。
神の恩寵と加護に包まれている。きっと、難なく聖剣にたどり付くと思っていました」
ルナマリアはそう言ってカレンと同じように胸を張るが、「勇者様は天運があります」と、はしゃぐ彼女たちを見ると、心の中で湧いた疑問を口にすることはできない。
(……てゆうか、僕は勇者じゃないんだけどなあ。
その聖剣とやらを抜けるのだろうか……。それに抜けたとしても装備できないと思うんだよなあ)
ヴァンダルの書斎にあった「聖剣伝説」という小説を思い出す。
得てして岩に突き刺さった聖剣というのは勇者専用装備なのである。彼女たちはそのことを忘れているようだ。
しかし、嬉しそうに聖剣の話をする女子ふたりを見ていると、水を差す気にはなれなかった。
僕は「ウィル様が聖剣を装備したら、この世界を真っ二つにしてしまうかもしれません」と会話する彼女たちの後ろを歩いた。




