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商会の令嬢カレン

馬車に乗り込んできた悪漢を倒したが、僕は慢心しない。



敵の馬車にはまだ数人、悪漢が残っていたし、その中に東洋のサムライブレードを持った傭兵の姿も見えた。


日本刀と呼ばれる曲刀を使いこなすものは総じて強敵なのである。


育て親のローニンの姿を思い出す。彼の言葉も。


「いいか、どんなに強くなっても油断はするな。特に相手が多いときはな。人間、目は前にふたつしかないんだ」


というのがローニン流剣術の極意である。


なるべく一対一で戦えというのがローニンの教えであった。


それに戦闘を避けろ、というのは治癒の女神の教えでもあるし、魔術の神の極意である。


ヴァンダルの言葉を思い出す。


「いいか、ウィルよ。いつかお前も否応がなしに戦闘に巻き込まれると思うが、なんでも剣術と魔法で解決しようと思うな。この世界で最強なのは智恵よ」


「智恵?」


幼かった僕は魔術の神ヴァンダルに尋ねる。


「ああ、そうだ。智恵だ。武力に頼らず、智恵で解決するものが一番の賢者だ。勇者だ。智恵を使えばたったひとりで万の軍勢とも渡り合えることがある」


「万の軍勢。すごい――」


当時の僕はヴァンダルの言葉に痺れたものだが、今にして思うとやはり彼の言葉は正しい。


武力だけがすべてではないのだ。


僕はそれを証明し、実践するため、馬車のスピードを速める。


悪漢の馬車の前に立ち塞がり、彼らを後方に追いやる。


それを見ていたカレンは顔を青ざめさせる。

彼女は前方を指さす。


「ウィ、ウィル様、スピードを出しすぎです。このままだとあの崖に――」


見れば数百メートル先に崖が見える。


急カーブもある。このまま進めば馬車ごと川に落ちるだろう。


「大丈夫、僕に考えがあるから。問題なのは悪漢どもに崖の存在を悟らせないこと」


「だから道を塞いでいるのですね」


「そうだよ」


「しかし、悪漢をあの崖の下に落とすのはいいですが、わたくしたちも落ちてしまいます。それに馬も」

「それは大丈夫」


と言うと僕はダガーを取り出し、馬車と馬を繋ぐ箇所に切り目を入れておく。


「これで川の中に落ちても自力で泳げるはず。馬は案外、泳ぎが得意だ」


「馬はいいにしても我々は? 恥ずかしながらわたくしは泳げません」


「大丈夫、僕たちは空を飛ぶから」


「空を飛ぶ?」


きょとんとする令嬢の腰に手を回すと抱きかかえる。ついでに傷付いた馭者も。


「わ、意外と力持ちです」


と変なところに感心する令嬢。

僕は苦笑すると、そのまま馬車の外に出る。


先ほどの悪漢のように地面に落ち、転げ回ることはない。《飛翔》の魔法を使ったからだ。


通常、飛翔の魔法は個人を跳躍させる魔法である。他者を飛ばすことはできない。


自分の身体を羽毛のように軽くし、羽ばたく魔法だからである。


しかし、僕の飛翔はひと味違う。


あの魔術の神ヴァンダルが発明したオリジナル魔法なのだ。


飛翔の魔法を研究し、改良に改良を重ねた特別な魔法、それが僕の飛翔だった。


成人男子と商家の令嬢くらい簡単に抱えて飛ぶことができるのだ。


僕たちは地面に転がることなく、大空を舞う。

そこから馬車の行方に注視する。


案の定、悪漢たちはスピードを緩めることなく、僕たちの馬車を追っていた。


前方に崖があることも知らないようだ。


僕たちの馬車も崖に突っ込むが、悪漢たちの馬車も崖に突っ込む。


悪漢たちは川の中に放り出される。


哀れなのはなんの罪もない悪漢たちの馬であるが、なんの犠牲もなく物事を解決するというのも虫の良い考えである。


怒りを向けるべきは悪漢たちであり、彼らを雇った商人なのだ。


僕は気持ちを入れ替えると、地面に降り立つ。


するとカレンがこちらをぼうっと見つめていることに気が付く。


どこか怪我をしたのだろうか。

それとも余りの怖さに放心しているのだろうか。

尋ねると彼女はそうではない、と言う。


「……ウィル様があまりにも素敵だったので見とれていたのです。まるで伝説の勇者様のような活躍です」


「勇者に例えられて光栄だよ」


無難に返すと、僕は彼女の馭者に視線を移す。


忘れかけていたが、彼は重傷だった。

すぐに治療をしなければ命にかかわるだろう。


そう思った僕は彼の背中から矢を引き抜くと、聖なる力を注ぎ込む。


治癒の女神ミリア仕込みの回復魔法を掛けるのだ。

みるみるうちに傷が塞がっていく。

それを見たカレンは目を丸くする。


「す、すごい。神聖魔法も使えるんですね」


「ちょっとした手習いだよ」


「そんなレベルではありません。街の司祭様よりもすごい治癒魔法です」


と驚くカレン。


まあ、神様直伝だとは言えないので謙遜するしかないが、そのようなやりとりをしていると遠くから見慣れた顔をがやってくる。


ルナマリアがやってきたようだ。


彼女は肩で息をしている。全速力でやってきたようだ。


彼女は「はあはあ……」と息を漏らしながら、「さすがはウィル様です。全速力で走ってきたのですが、すでに悪漢どもを退治されているとは……」と言った。


そんなに息も絶え絶えに褒めなくてもいいのでは、と思うが、丁度いいので紹介する。


「カレン、紹介するよ。彼女は僕の友人のルナマリア」


「『従者』のルナマリアです」


にこりと微笑む。従者であることにこだわりがあるようだ。


カレンはスカートの裾を持って、「初めまして、ルナマリア様。わたくしはカレン・アナハイム。ノースウッドの街のアナハイム商会の娘でございます」

と微笑み返した。


カレンはルナマリアの視線がずれていることに気が付く。


「……もしかして目が不自由な方なのでしょうか」


彼女は小声で尋ねてくる。事実なのでうなずく。


するとカレンは自分から手を伸ばし、ルナマリアの手を握りしめる。


「ウィル様の従者さん、改めてよろしくお願いします。ノースウッドの街まで楽しい旅をしましょう」


「まあ、ウィル様はもうあなたの護衛を買ってでたのですか?」


ルナマリアが尋ねるが、カレンは茶目っ気いっぱいの瞳で首を振る。


僕のほうを見つめ、和やかに言う。


「約束はしていませんが、ウィル様ほどのお方がわたくしと馭者を放って置いてそのままにするとは思えません。きっと、屋敷まで送ってくれるはず」


――ね?

と付け加えてくるカレン。


多少、強引であるが、たしかにここまで介入して置いて放置するような真似はできない。


ノースウッドという街にある屋敷まで無事に彼女を送り届けないと寝覚めが悪いだろう。


そう思った僕は屋敷までの護衛を引き受ける。

それを聞いたカレンはその場で飛び跳ねる。

軽くドロワーズの端っこが見える。


ルナマリアならば絶対にしない行為だが、下界にはこんな女の子もいるのだと勉強になる。


(ある意味、ミリア母さんに似ているな)


そんな感想を胸に、僕たちは一路、ノースウッドの街を目指すことにした。

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