追われる令嬢
レヴィンの心を知ってか知らずか、僕たちはのんきに街道に向かう。
森を出てから道は開け、すぐに街道らしきものが見えたが。
街道を見つけた僕は、「あれが街道かぁ」とお上りさんのようにぽかんとしてしまう。
下界に降りて初めて山にないものを目にしたからだ。
「テーブル・マウンテンに道はないのですか?」
「ないよ。人間は僕しか住んでいないからね」
「まあ」
「獣道やローニンが作った小道はあったけど、ちゃんと舗装されたのは初めてだ。すごいなあ」
「王都や主要都市の周辺は石畳の道になっていますよ」
「それはすごい。見てみたい」
「残念ながらこれから向かう北の地周辺には大都市はありませんが」
「それは残念だ。それでも村や街を早く見たいけど」
という会話をしながら街道を歩む。
やはり森や山よりも歩きやすい。
「すごいな、これならばいつまでも歩いていられそうだ」
と言うとルナマリアが「危ないですわ、ウィル様、横に下がってください」と注意をしてくる。
見れば横を馬車が通る。
たしかに轢かれたら洒落にならないので横にそれる。
「下界は馬車優先なんだね」
「本来ならば歩行者優先なのですが、馬車を所有するほどの特権階級は驕ってしまうのでしょう」
「なるほど」
たしかに馬車の中の人は偉そうにふんぞり返っていた。一方、収穫した農作物を驢馬に運ばせている農民はすいっとこちらを避けてくれる。
「街道は色々な人が使うんだね」
「街道は国の大動脈です。人、物資、様々なものを運びます」
周囲を見渡す。旅人や商人がいた。彼らは皆、物資を持っている。それだけでなく、その背中には様々な思いを背負っていると想像できた。
様々な人種、様々な感情を持った人たちと、一緒に歩む。
山では動物の仲間たちとよく歩いたが、知らない人間たちと一緒に歩くというのは、思いのほか面白かった。
色々な考察ができるし、ふたり組以上で歩いている旅人は色々なことをつぶやくからだ。
「これから冬がくる。その前に一儲けし、温かいコートを買いたいなあ」
「ノースウッドの街は今、建築ラッシュだ。木材が高騰しているぞ」
「うちの娘が二人目の孫を産んだんだ」
それぞれ脈絡もないが、下界でしか聞けない言葉なので興味津々である。
彼らの言葉に耳を奪われているとまた馬車の音がする。
今度はルナマリアに注意されることなく、脇にそれるが、僕は彼女の肩を抱き、強引に街道を外れる。
「わ、どうされたのですか、ウィル様」
「いや、ぶつかりそうだったので」
見れば馬車は先ほどのものよりも乱暴で速かった。
街道の人間など眼中にないようである。
酷い馭者だと思ったが、馬車の中の人物は意外にも優しげな顔をしていた。
とてもスピードを出し、旅人を蹴散らすように指示するタイプには見えない。僕と似たような年頃の女の子が乗っており、彼女をいたわるそぶりも見せていた。
そんな考察をしていると、もう一台、馬車がやってくる。同じくらいのスピードで街道を突き進む。
こちらは馭者もそれに乗っている人物たちもあくどそうだった。
皆、鎧や武器で武装しており、蛮族や傭兵のような毛皮をまとっているものもいた。
それを見て僕はもしかして、
「馬車に乗っている女の子が追いかけられているのだろうか?」
という結論に至る。
冒険活劇小説ならば定番の展開であるが、下界の常識に疎い僕は即断できないのでルナマリアに尋ねてみる。
「ルナマリア、あの馬車二頭、どう思う? 僕は女の子が追われているように見えたけど」
「盲目の私はそこまで判断できませんが、ウィル様がいわれるのならばそうなのでしょう」
「うーん、田舎者の僕を判断基準にされるのは困る」
「私はウィル様の正義の心と義侠心を判断材料にしているのです。それとトラブルに巻き込まれやすい体質も」
軽く笑うルナマリア。
「たしかにここ最近、トラブル続きだ」
「しかし、そのトラブルもすべて解決していますし、結果、救った人間は皆、善人でした」
「今回もそうなると?」
「はい、私はそう信じております」
凜とした表情で言うルナマリア。
地母神の巫女が断言するのならば信じてもいいだろう。
自分を信じるのではなく、彼女が信じるものを信じると思えば気が楽になる。
それに剣神ローニンがここにいれば、
「女は取りあえず助けておけ、後に役得があるかもしれんぞ」
と言うだろうし、魔術の神ヴァンダルがいれば、
「有史以来、多勢で女を襲う輩が正義だった試しなし」
と断言することだろう。
そう思った僕は決意を固めると、走り出した。
かなりの速度で。
当然ルナマリアはそれについてこられないが。
僕は振り向くと言った。
「ルナマリアは自分のペースできて」
「分かりました。しかし、あまり無理をされないでくださいね」
「分かっている」
と言うとさらにスピードを速める。
旅人たちは風のような速度で移動する僕に目を見張るが、それも一瞬だった。あっという間に視界から消える。
と言ってもやはり人間の足。このままでは馬車との距離は開く一方だろう。
そう思った僕は魔法を使うことにする。
まずは上空を見て鳥がいないか確認。鷹を発見したので彼の視界を借りる。《鷹見》の魔法である。
そこで馬車のおおよその距離を把握すると、ヴァンダルに習った数学を使い距離を測定、どれくらいの速度で飛べば間に合うのか計算する。
即座に計算した僕は、《飛翔》の魔法を詠唱すると、大空を舞った。
重力から解放される僕。空と一体化した気分を味わうが、高度が中央点に達したとき、冷静に下を確認し、舞い降りる。
すると降りた先は女の子が乗っている馬車の幌の上だった。
馭者は驚くことはない。
ただ、がくりとうなだれていた。
見れば背中に矢が刺さっている。致命傷ではないが、出血多量で気を失っているようだ。
やばい、と思った僕は、幌の窓から顔をにょきりと入れる。
それを見ていた女の子は、「わ!」と驚く。
「ごめん、驚かせて。でも、今が緊急事態ってのは分かるよね?」
はい、と首を縦に振る女の子。
「僕が敵ではないとも分かってくれる?」
「それも分かります。あなたはとても優しい顔しているし、それに悪い人はにょきりと顔だけ出しません」
「そうか、それは早くて助かる。じゃあ、今からこの馬車を借りて手荒なことをするけどいい?」
女の子は僕を信じてくれたのだろう。
いや、この状況下では信じるしかなかったのだろう、こくりとうなずく。
話が早いので助かる。
僕は意識を失っている馭者の横に座ると、手綱を借りる。
――が、そこで初めて馬車を操縦したことがないと気が付く。
どうしよう、と思っていると、女の子がやってきてた。
丁度いいので、馭者を後方に下がらせ、安置すると、彼女を横に乗せ、尋ねる。
「ここまで颯爽とやってきたのはいいけど、僕は馬車に乗ったことはないんだ」
「わたくしはアナハイム家の令嬢です。当然、馬車など操縦したことがありません」
「君もか、弱ったな」
「――ですが、いつも後方から操縦を見ていました。たしかここを引くとスピードが緩みます」
とアナハイム家のご令嬢はアドバイスをくれたのでその通りにするとたしかにスピードは緩んだ。
これならばなんとかなりそうだ。
そう思った僕はおおよその操縦方法を聞くと後方に迫る悪漢の馬車と対峙することにした。




