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リンクス少年

このように剣の勇者の従者を助けた僕。


コイタロウに飲み込まれずに済んだ彼は、感謝の念を言葉にするが、くしゃみもする。


コイタロウがはねたときに水をもろに被ってしまったのだ。


このままでは風邪を引く、そう思った僕は彼をルナマリアのところへ案内する。


ルナマリアはちょうど、湯を沸かし終え、お茶を入れようと準備をしていた。


「ルナマリア、よかったらこの子にもお茶を注いでくれないか?」


と言うと彼女は微笑みながら了承してくれる。


目が見えるかのようにてきぱきとカップを三人前用意し、お茶を注ぐ。その間、リンクスは服を脱ぎ、乾かす。


「ウィル様はミルクですか? それともレモンの蜂蜜漬けですか?」


「僕はミルクで。ええと、リンクスは?」


「僕は蜂蜜レモンでお願いします」


と言うとルナマリアは手早く用意する。

ちなみに彼女はストレートで飲むようだ。

砂糖を三杯入れている。


目の前にカップを置かれる。旅用の木のカップだが、綺麗な巫女さんが入れてくれたと思うと神聖なもののように見える。


「…………」


僕はしばらく無言でお茶を飲むと、ルナマリアが話しかけてきた。


「ウィル様、その子とはどのような関係なのでしょうか?」


「ああ、そういえば紹介していなかった。この子はリンクス。さっき、滝壺で出会ったんだ」


リンクスは気恥ずかしげにうなずくと、命を助けられたことを説明する。


「まあ、そのように巨大な魚が。一度、見てみたいものですわ」


「滝に行けば死体が残ってると思うけど……」


それ以上言葉を繋げなかったのはルナマリアが盲目であることを思いだしたからだ。


「まあ、鯉なんて見ても面白いものじゃないよ。泥臭くて不味いし」


「たしかに鯉はあまり美味しくないらしいですね」


「うん、ルナマリアには今度美味い魚を用意するよ。川魚ならばやっぱり鮎か鰻だね」


「鰻は大好きですわ。パイにするととても美味しいです」


僕はミリアが作ってくれたパイを思い出す。


唾液が漏れ出るが、そういえば昼食を取ろうとしていたことも思い出す。


僕たちはリンクス少年にもサンドウィッチを分け、昼食を取る。


リンクス少年は目をぱちくりとさせる。


「…………」


「どうしたの? 口に合わない?」


「違います。とても美味しそうです。でも、こんなに親切にしてもらったのは初めてで」


「剣の勇者様は大切にしてくれないの?」


「はい。僕の両親は他界していて出稼ぎをするために勇者様の従者をしているんです。――勇者様は従者の食事は無関心で」


 悪い人ではないのですが、と苦笑いを浮かべる。


なんでも自分と女性以外に無関心なだけらしい。


「そうなのか。大変だな。まあ、食べなよ。これはローニンというサムライが作ってくれたんだ。豪快な人だけど、案外、料理は得意なんだよ」


ローニンが作ってくれたサンドウィッチは、肉や野菜がこれでもかと入っている。


無骨な作りだが、味は最高である。


恐る恐る食べるリンクス少年。彼は――

「美味い!」

と絶賛をする。


「この白いソースがとても美味しいです」


「それは神々の秘伝のレシピ、マヨネーズというソースだよ」


「マヨネーズ?」


疑問のクエスチョンマークを浮かべたのはリンクスだけではない。


ルナマリアもきょとんとしている。


「マヨネーズとは異世界からやってきた異世界人が神々の世界に広めた魔法の料理なんだ。鶏卵と酢で作るのだけど、とても長持ちで、美味くて、栄養がたっぷりなんだよ」


「それはすごいです。神々はこんなものも知っているのですね」


「うん、この世界のことだけじゃなく、あらゆる次元のことに精通している。特にヴァンダル父さんはとても詳しい」


我が家にマヨネーズを広めたのも魔術の神ヴァンダルであった。


神々の家ではとても珍しいものが食べられるのである。


密かな自慢であるが、サンドウィッチをむさぼっているリンクス少年を見ると、愛情いっぱいで美味しい料理を毎日食べられるのはとても贅沢なことだったと悟る。


なのであまり自慢しないように気をつけると、リンクス少年に尋ねた。


「コイタロウの切り身は手に入れたみたいだけど、勇者さんのところに持って行くのかい?」


「はい。食事が終ったらすぐにでも」


「そうか。鯉はあまり美味くないんだけどね」


「それでも持って行かないと」


なんでも勇者は味よりも珍しさに注目しているようだ。たぶん、一口食べたら飽きるだろう、と言う。


「我が儘な勇者様ですね。鯉を食べるためだけに従者をこんな危険な森に派遣するなど」


ルナマリアは吐息を漏らす。


「危険なの? この森は?」


僕が尋ねると彼女は答えてくれる。


「神々の山へ続くこの森には凶悪な魔物が潜んでいることでも知られています」


「てゆうか、ルナマリアはそんな危険なところを一人で突っ切ってきたの?」


「私は幼き頃からウィル様にお仕えするように鍛練を積んできましたから」


「それにしてもすごいな。ルナマリアは」


「本当です」


とリンクス少年も首肯するが、彼はサンドウィッチの最後の一片を名残惜しげに食し終る。


指の先に付いたマヨネーズを舌で舐め取ると、立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。


「命を助けて頂いた上にこんなに美味しい食事までご馳走してもらってありがとうございます」


「剣の勇者のもとへ戻るんだね」


「はい。それが従者の勤めですから」


と言うリンクス少年を見ると、ルナマリアのほうに振り向く。


彼女は空気の動きだけで僕が見つめていることに気が付いたようだ。軽く首を縦に振る。


「リンクス。よければだけど、剣の勇者のもとまで僕たちも付いていくよ」


「え? あなたたちもですか?」


「うん」


「でも、そこまで面倒を見てもらうのは悪いです」


「面倒を見るなんて大層なものじゃないよ。そうだ、勇者様の顔を見たいということで」


「顔ですか?」


「うん、僕は田舎暮らしでね。勇者様なんて生まれてから一度も見たことがないんだ。どんな人かこの目で見てみたい」


嘘ではない。

勇者という存在には興味があった。


ルナマリアは僕のことを勇者というが、本物の勇者というものがどのようなものであるか、この目で確認したかった。


「分かりました。それでは剣の勇者様に紹介しますね」


「うん、よろしく」


と言うと僕は右手を差し出し、リンクスと握手をする。僕より年若い少年の手はとても華奢だった。


ルナマリアと同じくらいに小さい。


こうして僕は森の端まで少年を送り届けるという使命を得た。


簡単な仕事かと思われたが、食事の後片付けをするルナマリアはぽつりと漏らす。


「このようになるとは少年を連れてきたときから覚悟していましたが、まさか、本当に一緒に旅をすることになるとは。ということは森で化け物と遭遇する、という神託も成立してしまうかも」


何気ない一言であるが、その予言は数刻後に成就する。

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