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外伝 夏

アーカム武術大会でウィルが優勝し、ワイツの店を手伝っていたある夕暮れの日のこと。ウィルとローニンが店先のひさしを修理し終えて、ルナマリアの淹れたお茶で一息ついた時だった。店の近くで大きな声が聞こえたのだ。



「ほんとに見たんだもん!」



「うっそだー!」



「うそじゃないよ!」



「どうせ三人でおれたちをだまそうとしてるんだろ!」



「ぼくは見たもん!」



様子を見に行くと、一人の少年と三人の少年たちが言い争いをしていた。しばらく聞いていると「じゃあ写真を撮ってきてやるよ」と言って三人の少年たちはどこかへと行ってしまった。残された少年は夕闇の中で一人で佇んでいた。その姿を見てウィルは話しかけることにした。



「ねぇ、君。」



「……ぼく?」



「そうだよ。何を見たの?」



「うんとね……アーカムルインで幽霊を見たの」



「アーカムルイン?」



「有名な心霊スポットだよ」



「へぇ…。なんでそんな所に行ったの?」



「ケンがね、見に行こうって。だから夜にこっそり行ったんだ」



「え、じゃあさっきの三人も夜に行くんじゃ……?」



「ウィルさん、夕食ができましたよ。」



ウィルは名前を呼ばれて少年に背を向けた。そこにはワイツの孫――アイナが立っていた。アイナは「ルナマリア様が作った料理が冷めてしまいます」とウィルを急かした。ウィルは頷いたあとに、少年に別れの挨拶をしようと振り返った。



「あれ?」



そこには誰もいなかった。



夕食を食べてお風呂も入り、後は寝るだけとなったウィルはロングソードの手入れをしていた。今日はロングソードを使っていないので錆や汚れが残ってないか確認するだけである。



『ウィル、ボクの方がそのロングソードより先輩だよ。先にボクをチェックすべきじゃない?』



「わかったわかった。次はイージスを先に手入れするよ。その次はロングソードを先にするから。」



『えー、全部ボク優先でいいと思うけどなぁ』



「僕にとってどっちも大切だから」



『へぇ、じゃあ、ルナマリアより?』



どう答えるか迷っている時に、店の玄関から慌てたようなノックの音と数人の声が耳に入ってきた。ウィルは耳を澄ませてその声を聞いた。



「息子を見てませんか?」



「私の息子も……!」



「うちの子も……」



「見てないな。三人とも帰ってこないのか?」



「はい、そうなんです」



「アイナにも聞いてみるか。アイナ!」



ワイツはアイナを呼ぶと、彼女に三人を見たかどうかを聞いた。答えは「見てない」だった。三人の少年の親たちは項垂れたが、頭を下げてお店から出ようとしていた。ウィルは慌てて少年の親たちを呼び止めた。



「待ってください!」



「あ、あなたは……」



ウィルの顔は武術大会の優勝をしたことでアーカム中に広まっている。名乗らなくてもウィルが最強の人間であると有名になっていた。ウィルは夕暮れ時に見かけた少年たちの話をした。



「特徴が息子と同じです!」



「服装が一致しています!」



「うちの子も!! うちの子はどこに?」



 ウィルの話を聞いて親たちは喜んだのも束の間だった。アーカムルインとウィルが言うと顔色がみるみるうちに蒼くなっていった。



「アーカムルインだって!?」



「早く助けに行かないと……!」



「どうしてうちの子が! 何度も危ないって教えたのに!」



「落ち着きなさい。アーカムルインには魔物が現れるとも言われているだろう」



親たちは今にもアーカムルインへと走って行きそうだったが、ワイツさんが止めた。ワイツの話ではどうやらそこには魔物が度々出現するそうだ。その度に魔物を退治したとのことだ。その最中に亡くなった人もいるらしい。そんな危ない所に普通の人だけで行くなんて無謀すぎだ。とウィルはそう思った。



「僕が助けに行ってきます。近くまで案内をお願いできますか?」



「それでいいか? 彼はアーカム武術大会で優勝もした。そして悪魔をも倒した強者だ」



「よろしくお願いします」



親たちは納得したようでウィルに頭を下げる。ウィルは何があっても絶対に子どもたちを助けようと決意した。まずは装備を整えようと部屋に戻るとルナマリアが用意をしてくれていた。もちろんルナマリアは準備万端であった。



「ウィル様、準備はできております」



「ありがとう」



ルナマリアは視覚を失っているため、視覚以外の感覚が優れている。玄関での話を聞いて、すぐに救助に向かえるように準備をしたようだった。ルナマリアから装備を受け取るとウィルは素早く着替えた。本当はルナマリアには安全な所で待っていてほしいが、ルナマリアがいると心強いのも本音である。



「ルナマリア、行こう」



「はい。ローニン様はいかがなさいますか?」



「俺は行けないな」



ルナマリアの尋ねに床に胡坐をかいて酒を飲んでいたローニンは神妙な顔で答えた。手に持っていた酒をあおるとウィルを見た。



「気をつけな。まぁ我が息子なら心配いらねぇか。行ってこい」



そう言って豪快に笑うと美味しそうに酒を飲み始めた。ウィルとルナマリアは「行ってきます」と言ってアーカムルインへと駆け出した。



「……神ってのは面倒だなぁ」



部屋で一人になったローニンはぽつりと呟きをこぼした。



ウィルとルナマリアは夜道を走っていた。少年の親たちは廃墟への一本道への手前で待ってもらっている。暗い中で襲われる可能性があると考えたウィルが親たちに頼んで待ってもらうことにしたのだ。

分厚い雲が夜空を覆っているために月明かりがない。さらにアーカムの外れにある廃墟に向かっているので人口の明かりすらない。がたがたした細い道を走りきるとアーカムルインが目の前に現れた。蔦に覆われた三階建ての建物で、塗装が剥がれ、ヒビのある外壁。窓は割れてガラスの破片が地面に散らばっている。心霊スポットと言われると納得できるような雰囲気である。そのアーカムルインの中から邪悪な気が流れ出していた。



「ルナマリア……」



「はい、ウィル様。……人がいます。五人でしょうか」



「五人ってことは、少年三人と話してくれた子とケンくんかな」



「四人は子どもだとは思いますが……一人は大人ですね。何か呟いているみたいです」



「……大人?」



ウィルは首を傾げた。夕暮れの少年が大人に伝えたのだろうか。そう思ったがそれだとおかしいのだ。大人に伝えているのならば、少年の親の耳にも入っているはずである。そうなるとこの大人は……。ウィルは頭を振った。少年たちがアーカムルインに入る所を偶然見かけて慌てて追いかけたのかもしれない。様々な場合を想定しながら動かねばならない。鼠などの小動物がいれば中の様子を視ることができるが、小動物はあいにくいなかった。ウィルはアーカムルインに入ろうと足を踏み出した。その時に夕暮れで話した少年の後ろ姿を見つけた。少年は二人を見ることなくアーカムルインの裏側に歩いていった。



「あの時の子だ……」



ウィルは入口に入らずに少年を追いかけてアーカムルインの裏手に回り込んだ。しかし、少年はいなかった。少年は入口の方に戻っていったのだろうか。そう思いながらウィルはなんとなく地面を見た。そこには出っ張りがあった。それに近づいてまじまじと見れば取っ手であった。地面に取っ手付きの蓋がある。



「地下があるみたいだ」



「地下に子どもたちが捕らえられているそうです」



「捕らえられてるのか。悪い方が正解だったんだね」



「……どうやら子どもたちを生贄に悪魔を召喚しようとしているみたいです」



「この邪悪な気配はそれが原因かな」



「さすがはウィル様、聡明ですね」



ルナマリアはウィルを賞賛し終えると、しゃがんで蓋に手を当てた。その後に蓋に耳をつけて神経を集中させた。ウィルは聴覚を魔法で強化させると耳を澄ませた。



「ああ、これでようやく悪魔を召喚できる」



「ゾディアック様、万歳。まずはこの街に混沌を」



「臓物を引きずり出さなければ……」



男は聞いていると吐き気のするような内容をぶつぶつ言い続けていた。床に何かを書いているようでガリガリと固いもので引っ搔くような音も聞こえてきた。ギィギィと何かの音と一緒に少年たちの息遣いと小さな嗚咽が聞こえてきた。どうやら眠らされているわけではないようだ。



「ウィル様、この階段を下りた先に子どもたちがロープで吊るされているようです」



「逃げられないように吊るしたのか……」



「部屋の奥でゾディアック教の男が悪魔召喚の魔法陣を描いているようです」



「わかった。ルナマリア、作戦を伝えるよ」



「もう思いついたのですか!? ……天才です!」



褒め称えようとするルナマリアを遮って、作戦を伝えた。ルナマリアは頷くと顔を引き締めさせた。音をたてないように蓋を開けて、静かに階段を下りて行った。ロープに吊るされている少年が見え始めた頃に、ウィルはすぐに走れるような姿勢でしゃがんだ。

ウィルの頭上に白く鋭い光が通過した。ルナマリアの聖魔法だ。それは少年たちを吊るしていたロープを切り、床に描かれていた魔法陣に直撃し、魔法陣は見事に削れた。ロープで吊るされていた子どもたちはそのまま地面に叩きつけられることはなくウィルが全員を受け止めた。全員を抱えたまま駆け上がるとルナマリアの傍に子どもたちを下すと安堵したのか子どもたちは声を出して泣き出した。



「ルナマリア、子どもたちをお願い」



「はい。ウィル様お気を付けて」



「うん」



ルナマリアは子どもを安心させようと微笑み、ウィルは階段を下りようとした。



「ぎゃぁぁぁあああああああああ!」



突如、男の絶叫が地下から響いてきた。悪魔を召喚してしまったのかと全力で駆け降りるとゾディアック教団の男はいなかった。邪悪な気配もなくなっていた。血の匂いが充満する部屋の中で、削れた魔法陣の上に少年がぽつんと立っていた。



「君はあの時の……」



ウィルが話しかけると少年は微笑んだ。



「ありがとうお兄さん」



「……君は」



少年は困ったような顔をして、部屋の奥にある蓋付き壺を指さした。ウィルはその壺に近づいていく。近づけば近づくほど、魔法陣に使われていた血の匂いが濃くなっていく。恐る恐る壺の蓋を開けていく。



そこには……ぐちゃぐちゃにされた肉と骨が入っていた。



 ウィルは吐いた。少年かどうか判別もできない無残な姿であった。少年の死への悲しみと阻止できなかった悔しさ、ゾディアック教団への怒りが心から溢れ出した。

未来ある少年の命を奪って、さらに人々を苦しめようとする悪は倒さねばならない。



「ウィル様!」



ルナマリアが階段を下りて、ウィルに駆け寄ろうとした。



「ルナマリア、駄目だ。君には見せられない」



「……その壺の中に子どもがいらっしゃるのでしょう?」



「どうしてそれを?」



「その子が教えてくれました。……その子の名前はルークさん。数日前にお友達のケンさんと遊んでいたらゾディアック教団の男に誘拐されてしまったそうです」



ルナマリアはウィルの隣に並ぶと優しく壺に触れた。



「ルークさんはケンさんを逃がそうとして……」



「そっか。ルークは優しくて勇敢な子だったんだね」



ウィルもそっと壺に触れた。



「ゾディアック教団の男は、さらなる生贄を求めて三人の少年を誘拐して、ケンさんとともにこの地下室に閉じ込めていたみたいです。」



「助けてくれる人を探していたんだね」



ウィルは壺を落とさないように抱えると階段を上った。外にはローニンが立っていて、三人を待っていた。ローニンは子どもたちを親のもとへと連れて行ったとウィルに伝えた。



「三人の坊主は無事に家族と会えたぞ。もう一人の坊主もだ」



「よかった……」



「ルークさんのご両親はいらっしゃいましたか?」



「ああ、いる」



ウィルとルナマリアは顔を合わせて頷いた。二人はルークに話しかけながら彼の両親のいるアーカムの街に歩き出した。



「坊主、頑張ったな」



「おじさん、ありがとう。」



ローニンはルークの頭をガシガシと撫でた。ルークは嬉しそうに笑うとウィルとルナマリアの間に走って入った。ウィルは全く気づいていなかったが、ルナマリアはルークに気が付くと微笑んでいた。



「僕はゾディアック教団を絶対に許さない」



「私もです。このような事は二度と起きないようにしたいです」



「ルーク、ルナマリア。僕は悪を必ず倒すよ」



「ウィル様なら倒せます。私も全力でサポートします」



「お兄さんとお姉さんなら絶対にできるよ。ぼく信じてる」



ルークは笑顔で二人を見上げた。月明かりに照らされた三人の後ろ姿をローニンは温かく見守りつつ、ワイツの店へと一足先に戻っていった。息子ならこれからの困難も乗り越えていけると信じて。



ウィルがアーカムの街を出た数日後にアーカムルインは取り壊された。ゾディアック教団の男と建物がなくなったため魔物が出ることもなくなった。ルークの優しさとウィルの果敢さが街を救ったのだ。

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