外伝 肉屋
僕の名前はウィル。テーブル・マウンテンと呼ばれる山に住んでいる神様に育てられた。
そこで神々から英才教育を施され、剣術、魔術、治癒術の達人となった。
ルナマリアという巫女様に見初められ、魔王復活を阻止するため、ともに旅をしている。
色々な場所を旅し、山では出来ない経験を積んできたが、なによりもの経験はその土地土地の美味しい料理を食べられるということだろうか。
無論、テーブル・マウンテンでも父さんや母さんたちから最高のご馳走を振る舞われていたが、それでも珍しい食材を使った料理はなかなか食べられない。
しかし下界は違う。その土地土地の食材を使った料理が食べられるのだ。
「ウィル様は存外、美食家ですね」
ルナマリアは嬉しそうに言う。
「うん、こんなにも舌が肥えていたなんて思わなかった」
「料理のし甲斐がありますわ。そうだわ、次の街は色々な肉が手に入ることで有名らしいのです。このルナマリアがご馳走を作りましょう」
自信満々に胸を張るルナマリアだが、少し不安な僕。ひとりで市場に行くと言い張っているのがなにかのフラグのような気がしたのだ。
大地母神の巫女ルナマリアは少々抜けている巫女であった。
勉強はできるし、頭もよいが、いわゆる天然というやつで、時折、間抜けな行動をする。
「子供ではないのですから、心配は不要です。ささ、ウィル様は宿屋でお腹を空かせてお持ちくださいな」
ルナマリアは僕に手料理を振舞うため、市場にある肉屋へ向かう。
しかしその肉屋、異国の地から移住してきた店主が経営する肉屋で、この国の標準語が通じなかった。
この肉屋は外国人が主な顧客なのだ。
普通ならば店を変えるのだが、そこがルナマリアの抜けているところ、そんな知恵は浮かばず、ジェスチャーで肉を購入することにした。
まずは牛のタンシチューが作りたかったので、自分の舌をべえっと差し出してみる。
店主はそれで理解したのか、上質な牛の舌を譲ってくれた。
その夜、おいしいタンシチューを僕にふるまうことができた。
翌週、ルナマリアは鶏のソテーを作るため、鶏の胸肉を買いに出かけた。
ルナマリアは少し顔を紅潮させながら、自分の胸を指さした。
しかし、なかなか店主に意図が伝わらない。しょうがないので胸を少しはだけさせるとそれを指さし、鳥の鳴きまねをした。
店主はニヤニヤとルナマリアの胸を見つめると、鶏の胸肉を譲った。
その夜、僕はおいしい鶏肉のソテーを食べた。
さらに翌週、ルナマリアは僕に鶏のから揚げを作るため、市場に出かけた。
店主は最初からニタニタしている。
ルナマリアは鶏のもも肉を譲ってもらうため、軽くスカートをまくしあげる。
スカートのうちにある太ももを見せるため——、ではなく、裾を持ち上げて挨拶するため。
ルナマリアは「ごきげんよう」と挨拶すると、流暢な外国語で鳥のもも肉を注文した。
「…………」
あっけにとられる店主。
ルナマリアという少女は、勉強もできるし、頭もよい、二週間もあれば外国語をマスターするのも不可能ではなかった。
ルナマリアは店主から鶏のもも肉を受け取ると、それを宿に持ち帰り、ジューシーで熱々のから揚げを僕に振舞ってくれた。




