外伝 女の身支度
剣術の神ローニンはある日、治癒の女神ミリアの大切にしている香水の瓶を割ってしまった。
ミリアは怒り狂い、ローニンにコブラツイストを掛けるが、魔術の神ヴァンダルが仲裁に入る。
「わしがもっといい香水を作ってやるから、勘弁してやってくれ」
「さすがはジジイ。亀の甲より年の功」
それで褒めているつもりのローニン。
ヴァンダルは「やれやれ……」とローニンに花を摘んでくるように命じる。
「なんだって俺様が花なんて。腹の足しにもならない」
「馬鹿たれ、香水の原材料じゃ」
ミリアもぎっと睨み付けてきたので、ローニンは「へいへい」と支度を始め出掛ける。
山を下り、花畑に到着。
最初は真面目に花を摘んでいたのだが、不真面目を絵に描いたようなローニンは、腰に吊していた酒に手を伸ばしてしまう。
「お、こいつはうめえ」
辛党のローニンのために作ったような酒は、飲み口がとてもよかった。
そうなれば腰に非常食のさきいかと干し肉をがあることを思い出すのは仕方ない。
ローニンはその後、ひょうたんをみっつほど空にすると、
「眠くなってきたぞ。……寝るか」
とそのまま大の字になって寝てしまった。
丸一日ほどである。
ちなみにミリアに香水を渡すタイムリミットはすでに八時間ほどオーバーしていた。
ローニンは花畑でむくりと起き上がると、頭をボリボリかきながら、ゆっくりと神々の家に戻った。
今から急いでもどうしようもないと思ったのだ。
――実際、どうしようもなく、ミリアはカンカンだった。
長刀で武装し、仏も討ち取るという顔で待ち構えている。
これはしまった、と思ったローニン。物陰から様子を見るが、そんな彼に話し掛けてくるのはヴァンダル。
「この期に及んでは大人しく謝れ。命までは取られまい」
「いやだ。俺はあの女に頭を下げたくない」
「ならばどうする?」
「なにか言い訳でもでっち上げて煙に巻こうと思う」
「子供か、おのれは」
「うっへー、いい言い訳を考えついたんだよ、まあ、聞け」
ヴァンダルは呆れながらも聞く。
「いいか、あの女も人の子だ。親子の情愛、それも母と子の愛には弱いはず」
「それはまあ、そうだろうが」
「そこを突く。つまり、俺に母親がいたということにする。筋書きはこうだ。テーブル・マウンテンを下りたら、そこで生き別れの母親と遭遇。数十年ぶりの再会を喜び合うと、一晩泊まっていきなさいと言われる」
「ふむ。その後、俺はおまえたちに母親を紹介しようと母を山に連れて行こうとするのだが、お袋は一〇分で身支度を調えてくれるも、俺は巨大なサルが食べたバナナの皮に転んでしまって、かついでいたお袋を川に落としてしまったんだ。俺はお袋を助けるため、川に飛び込むんだが、そこには伝説の白い巨大ワニがいて、俺とお袋は飲み込まれてしまうんだ。幸いと消化されなかった俺たちは、糞と共に脱出したんだが、そこでお袋の妹の旦那の知り合いと再会して小一時間ほど井戸端会議。話が長くなりそうだから置いてきた」
やれやれ、とローニンは嘘を並び立てるが、ヴァンダルはただただ呆れる。
そんな嘘、通じるわけがないとローニンを諭すが、実際、通じることはなかった。
ミリアの前でその言い訳を言うと、彼女は激怒し、ローニンに卍固めを決めた。
その後、平謝りすると許して貰ったが、懲りないローニン、「なんで嘘だとばれたんだろう?」と首をひねる。
「荒唐無稽過ぎたんじゃろ」
とヴァンダルは言うが、違った、ミリアは実は母親のくだりも、ワニのくだりも信じていた。
ミリアが疑問に思ったところはたったの一箇所。
「一〇分で身支度できる女がいるわけないでしょ」
という箇所だった……。




