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別離

 最強の二四将を倒し、ゾディアックの陰謀を遠ざけた僕たち。

 その代償は大きい。

 光の陣営の中核にして大地母神教団の指導者であるフローラの喪失。

 彼女は世界と娘を同時に守って死んだ。

 その死を知った巫女たちは、例外なく悲しみに包まれた。

 皆、世界が喪失したように悲しみ、三日三晩、食事も摂らずに祈りを捧げた。

 

 我らがフローラ様の魂に安らぎが訪れますように、と。

 

 一週間後に行われた教団葬には各国から要人が訪れ、フローラ様の死を悲しんだ。

 僕は粛々と喪主を務めるルナマリアを横目に見ているしかなかった。

 甲斐性がなかったということもあるが、僕の身体もズタズタだったからだ。

 ソウエイグホウの戦闘、それに先立つ一連の戦闘、それらによって僕の身体はズタズタになっていた。大地母神の神殿でなければ死んでいたこと必定の怪我を負っていたのだ。

 ソウエイグホウを倒した僕は巫女たちに運ばれると、そこで集中的に治療を受けた。

 治癒魔法に精通した巫女五人、夜通しで回復魔法を掛けてなんとか一命を取り留めた状態だったのだ。

 ルナマリアが喪主を務めているというのに、僕はベッドの上から彼女を心配することしか出来なかった。

 情けない状態であるが、その状態もとある人物がやってくると一変する。

 神殿にやってきたのは古き神々の末裔――、僕の母親であるミリア母さん。

 彼女は神殿に訪れると、僕に秘薬を飲ませ、一瞬で回復させた。

「悪しき気を喰らいすぎたのね。埋伏の毒になっていたみたい」

 巫女たちに症状を説明すると、今後、このようなことがあったら、ウルクの実を煎じたものを飲ませなさい、と言った。

 巫女たちは尊敬の眼差しで頷く。

 それを見ていたお付きの浪人風の男は、

「この女の真の姿を知らんからそんな瞳が出来るんだ」

 と言った。

 ミリア母さんはすごい形相で睨む。

 それを楽しげに見つめる鍔広帽の老人は言った。

「おまえたち、止めないか。我らは弔問にやってきたのだぞ」

 その言葉にミリア母さんとローニン父さんはしゅんとなる。

 ルナマリアがけなげに出迎えてくれたことも大きかったのだろう。

 気丈に振る舞うルナマリアはとても痛々しかった。

 三人の神々はフローラの遺体と対面すると、神々を代表して魂の安らぎを祈った。

 次いでお付きの巫女に神殿に豹の死体がなかったか尋ねる。

 とある巫女が挙手をすると、祈りの間に豹の死体があったと伝える。

 とても綺麗な柄の豹だったが、魔物だと思ったので焼き払ったという。

 その報告を聞いた魔術の神ヴァンダルは、

「そうか……」

 と一言だけ漏らすと、その豹の遺灰を求めた。ヴァンダル父さんは豹の遺灰を受け取ると、僕のもとにやってきて、

「レウスはしばらく〝旅に出る〟ようだ」

 と言った。

「旅?」

「そうだ。長い長い旅だ。しかし、必ず戻ってくるだろう」

「そうか、寂しいな」

 僕はそう返答した。

 その後、父さんたちは大地母神教団の歓待を受け、数日滞在する。

 その間、ルナマリアは大地母神教団の指導者代理として振る舞った。


 フローラの葬儀の喪主、

 各国要人の応対、

 混乱した教団の再建、

 

 それらに対応するため、文字通り寝る間も惜しんで活動していた。僕の見舞いも欠かすことなく、日に数度はやってきた。――ほんの五分ほどの面会であるが、彼女の顔を見るだけで元気を取り戻せた。

 ただ、それでも彼女の忙しさ、それと教団から必要とされる様を見ると、僕も決断を下さずにはいられなかった。

 テーブル・マウンテンに戻ろうとしている父さん母さんたちに話し掛ける。

「大地母神教団に根ざしていた悪は一掃できたよ」

「見事じゃ」

「さすがウィルね」

「僕ひとりだけの力じゃないけどね。それに今回の事件の黒幕はミスリアさんだったけど、彼女は根っからの悪人じゃなかった。だからなんとかなったんだと思う」

「そうね。聞けば悲しい過去があったらしいし、そこをゾディアックにつけ込まれてしまっただけのようね」

「フローラさんの死因は刺殺ではなかった。結局、持病の癌でなくなったんだ」

「あるいは母と娘の絆を体現するために大地母神が用意した〝きっかけ〟だったのかも」

 ミリアがそのように纏めると僕は父さんと母さんに提案する。

「――父さん、母さん、僕はそろそろ旅立とうと思うのだけど」

 その言葉を聞いた父さんたちは力強く頷く。

「そうね。私の秘薬ですっかり回復したしね」

「じゃな、旅立ちのときかもしれん」

「目的を果たすまで帰ってくるんじゃねーぞ」

 最後の言葉にミリア母さんは反発するが、争う母さんたちを無視し、僕は続ける。

「僕はゾディアック討伐の旅を続けるけど、その旅にルナマリアは連れて行かない予定だ」

 はっきりとした意志を込めて言い放つ。

 三人は意外そうな顔をしたが、ヴァンダル父さんだけは髭を触りながら。

「――それがよかろう」

 と言った。

「そうね。あの娘を必要とするものはたくさんいるものね」

 神殿を見渡せば、皆、ルナマリアに頼りきりであった。

 大司祭フローラの死去、彼女の喪失は教団に巨大な空隙をもたらした。

 フローラは教団の精神的な支柱であり、象徴でもあったのだ。

 彼女の代理となるものなど、考えられなかったが、それでも彼女に代わる指導者が必要なのだ。

 それは盲目の巫女以外考えられない。

 大司祭フローラの義理の娘にして秘蔵っ子。

 彼女しか教団の窮地を救えないのだ。

 それを証拠に彼女のことを「大司祭代理」と呼ぶ巫女はひとりもいなかった。

 皆、敬意を込め、

「盲目の巫女」

 と彼女を呼んでいたのだ。

 ――本当は盲目の大司祭と呼びたい感情を堪えて。

 そんな彼女たちの姿を見ていれば、ルナマリアを連れて旅立つことなど不可能であった。

 巫女たちの気持ち、教団の実情、そしてルナマリアの未来を忖度した僕は、翌朝、父さんたちと一緒に大地母神の神殿をあとにした。

 ルナマリアに別れも告げることなく。


終章 神々に育てられしもの

 


 父さんたちと神殿を出た僕、そのまま途中まで一緒に旅をすると別れた。

 僕には使命があったからだ。

「父さん母さん、僕はゾディアック教団を倒す旅を続けるよ。どんなことがあっても邪神は復活させない」

 息子の決意に水を差す神々はいなかった。

 ヴァンダルは「世界が種を植え、神々が育て、大いなる司祭が芽吹かせた。誰が大樹の根を動かせようか」そのような表現で旅立ちを祝福する。

 三柱の神々は互いに頷き合うが、「ひとり旅は危険じゃない?」とミリア母さんは付け加える。

「その心配はないかもしれんぞ」

 ローニン父さんがそう言うと街道の奥から元気に手を振る女性の姿が。

「おおーい! ウィル少年!」

 息を切らせながらやってくるは剣の勇者様。

 彼女は僕たちの前までやってくると、

「ひどいじゃないか」

 と言った。

「またあたしをひとり置いていく気か」

「まさか、レヴィンならば必ず追いかけてきてくれると思った」

「ほう、さすがはウィル少年だな」

 レヴィンは改めて神々に挨拶すると、僕と同じようにゾディアック討伐に命を燃やすことを誓う。

 頼りになりそうな剣の勇者に目を細める神々、僕はさらにこう付け加える。

「聖剣を手に入れた剣の勇者様、それに史上最硬の聖なる盾、この〝ふたり〟がいればゾディアックにも負けることはないよ」

 左手の聖なる盾を掲げる。

 彼女は、

『まっかせなさーい』

 と元気よく叫んだ。

 無論、その言葉は誰にも届かないが、僕の耳にはしかと届いていた。

 神々は僕を頼もしげに見つめると、テーブル・マウンテンに戻っていった。

 僕とレヴィンは互いに頷き合うと、街道を進んだ。

 ゾディアック討伐の旅はこうして継続される。

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