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悪魔の最後

 ウィルたちは絶望の底にいた。

 二四将軍のソウエイグホウ、このふたりが想像以上に強かったからである。

 なんとか一矢報いようと放ったウィルの一撃、炎と氷の魔力を込めたX斬が簡単にはね除けられたのだ。この一撃を放つために必死に隙を作ってくれたレヴィンが驚愕の表情を浮かべる。

「今のあたしたちでは勝てない化け物ってことか」

「そういうことみたいだね。――ごめん、レヴィン、こんな戦いに巻き込んでしまって」

「なにを言う。むしろ有り難いくらいだ。あたしの父上は絶対に勝てない戦いに挑んで死んだ。民を救うためにその命を散らしたんだ。あたしは友のためにその命を散らす。親子二代、似たような死に方を出来るのは誉れだよ」

「ありがとうレヴィン」

 最後に握手をしようと求めるが、彼女はさっと手を引っ込める。

「おっと、最後の魔力を振りしぼって転移させる気だろ、そうはいかないぞ」

「……ばればれか」

 苦笑いを浮かべる。

「そういうこと。あたしは最後までウィルと一緒に戦う。剣を並べて戦う」

「分かった。もうその決意に水は差さない」

 剣を構える僕。

「最後に死に花を咲かせるのも悪くない」

「そうだね。せめて一矢報いてから死のうか」

 そのように相談するが、ここにきて戦況に変化が生じる。

 悪魔的な強さを誇るソウエイグホウが悶え苦しみだしたのだ。

「なんだ、いったい?」

 レヴィンの言葉であるが、僕に分かるわけがない。しかし、身体を包み込む温かい魔力によって、事態を察することが出来た。その温かな波動はルナマリアの魔力に似ていたが、微妙に違った。彼女よりも慈悲深く、母性に溢れていた。すぐにフローラ様の顔が浮かぶ。すると僕の頬に涙が伝う。

「ウィル、どうしたんだ?」

「いや、分からない。でも、涙が止まらないんだ」

 フローラ様の死を感じ取った僕だが、それを言語化することは出来なかった。ただ、ただ、悲しい気持ちと温かい気持ちが交互にやってくる。それも当然であった、大聖堂ではこのような光景が繰り広げられていたのだ。


 魔力が枯渇し、絶望するルナマリア。

 そこに現れたのは霊体となったフローラだった。

 霊体となった母は娘を慈しむように抱きしめる。

 ルナマリアはやっと素直な言葉を発する。

「――お母さん、大好き」

『――わたしもよ。ルナマリア』

 フローラは愛娘ルナマリアに残された魔力をすべて託す。

 これが彼女の遺産であった。

 このとき、このため、愛する人々と愛娘を救うために魔力を温存しておいたのである。

 ルナマリアは母の愛に随喜の涙を流しながら神聖な魔力を解放した。

 大聖堂にある女神像によってその魔力は何倍にも増幅される。

 慈愛に満ちた魔力、神々しい光が大聖堂を満たすと、聖なる波濤が神殿の隅々まで及ぶ。

 否、門前町の端節まで光が包み込む。

 周囲にいた数千の人々に聖なる力が及ぶ。

 すると彼らの頭に潜伏していた邪悪な蟲は苦しみ始める。

 悶え苦しみ、身をこじらせる洗脳蟲。

 三〇秒ほど暴れると、そのまま死に絶える。

 巫女や民の口や耳から蟲がこぼれ落ちる。

 こうして大地母神の神殿とその周囲で猛威を振るった邪悪な蟲は一掃された。

 それを見ていたゾディアックの幹部は、周辺からの撤収を始めた。

 

 これが〝奇跡〟の顛末であるが、僕はまだ詳細を知らなかった。

 知っていたのはルナマリアが愛に包まれたということだけ。

 それとソウエイグホウが消えるということだ。

 召喚者であるミスリアが洗脳から回復された今、被使役者であるソウエイグホウはこの世界に留まることは出来なかった。

 しかしこの悪魔の執念は恐ろしかった。崩れゆく肉体などものともせず、僕たちを殺そうとしてくる。 消え行く前にその膨大な魔力を集約させ、放ってきたのだ。氷と炎が融合した究極魔法、メギドを放ってきたのである。あらゆるものを焼き尽くす究極の炎、その炎を喰らえば骨さえ残らないであろう。僕はレヴィンの前に立つと、残り少ない魔力を振り絞り、防御陣を張った。

「ウィル!」

 レヴィンは無茶をする僕を叱りつけるが、気にしない。

「レヴィン、やはり君はここで死なせられない。君が死ねばブライエンさんが悲しむ」

「少年にだって悲しむ家族がいるだろう」

「僕が女の子を助けられなかったと知ればもっと悲しむ」

「どこまでもいいやつなんだ、君は」

 そう言って彼女は飛び出そうとするが、それを制するのは聖なる盾のイージス。

「レヴィン、下がって。ここはボクの出番」

「イージス!」

「ボクはルナマリアと約束したんだ、どんなことがあってもウィルを守るって」

 彼女はそのように言い放つと、僕の前に飛び出る。

「駄目だ! メギドは君では防げない!」

「なにを言ってるの? ボクは最強の盾だよ」

「でも今の君は生身の人間だ」

「だね。たしかに〝このまま〟だとボクは消し炭にされちゃう」

 でも、と彼女は続ける。

「でも、ボクが元の姿に戻ったらどうなると思う?」

「元の姿!? 盾に!?」

「そうだよ。今から戻る!」

 そう宣言すると力み始めるイージス、全身が黄金色に輝き始める。

「思いとどまるんだ! イージス!」

 レヴィンはそのやりとりに口を挟む。

「なぜだ? ウィル少年、彼女は元々盾なのだろう?」

「そうさ。でも、だからといって彼女の夢を台無しにする権利は僕にはない」

「夢?」

「彼女は人間になりたかったんだ。人間の女の子になってお洒落をして、街を歩いて、空気を吸って、背伸びをして、そうやって生きたかったんだ」

「…………」

「ずっと一緒にいたから知ってるんだ。彼女の中身は普通の女の子なんだって。いつも寝言のように人間になりたいって言っていたのに……」

 振り絞るように言い放つが、僕とは対照的にイージスは穏やかだった。

「……ありがとう、ウィル、君は優しいね。だからこそ救わないと」

「僕なんて救わないでいいよ」

「それは出来ない。君のことが大好きだし、ルナマリアとの約束だからね。ルナマリアは君をボクに託したんだ。その想いに応えないと。ううん、応えたい」

「…………」

 彼女の決意を変えさせることは不可能であると悟った僕は、左腕を差し出す。彼女が元々いた場所、彼女の帰る場所を用意する。イージスはにこりとする。


「ありがとう。僕の居場所を用意しておいてくれて」

「君が盾になっても君を女の子として扱う」

「えちぃことはしちゃ駄目だよ」

「新しい街に着いたら屋台を案内する」

「本屋もお願い。こう見えてもボクは文学少女なんだ」

「君のその笑顔、一生忘れない」

「なんかそれフラグっぽいよ」


 イージスはケラケラ笑うと、ソウエイグホウを横目で見る。

 やつの身体は今にも朽ち果てそうであったが、究極氷炎魔法であるメギドは完成一歩手前であった。間もなく放たれることだろう。

 いや、放たれた。

 それを感じ取ったイージスはゆっくり目をつむると、黄金色のオーラにその身を託す。

 そのまま彼女は盾の姿に化身すると、僕の左腕に収まる。

 最強の盾、

 神々しい盾、

 付け慣れた盾、

 長年連れ添った盾は元からそこにあったかのように自然と収まった。

 僕はこくりとうなずくと、防御魔法を解いて盾を構える。

 究極の魔法に立ち向かう少年、その姿は雄々しい、レヴィンはしばし見とれる。

 僕はそのままメギドの炎を聖なる盾で受ける。

 地球がのし掛かってきたような負荷を感じるが、不安はなかった。

 史上最強の盾が左にあるのだ。それが打ち破られる心配は一切ない。

 むしろ、僕はやつの第二撃を心配していた。

 このまま放っておいても朽ちるソウエイグホウであるが、それゆえに情念が渦巻いている。せめて一矢報いようと躍起になっているように見えた。

 そのターゲットが僕以外であることは明白だ。

 僕が僕よりも仲間の命に重きをおいていることを知っているのだ。

 ――つまり、やつの狙いはルナマリア。

 僕のことを心配し、駆け寄っているルナマリアを殺害しようと、両手を鋭くする。

 右手は炎の槍、左手は氷の槍とし、ルナマリアを切り裂こうとするが、僕はそれを見逃さなかった。

 残されたすべての力を振り絞り、斬撃を加える。

 体内に残された魔力を振り絞る。残された気力を振り絞る。

 それを剣閃に変換し、やつの眉間にぶち込む。

 刹那の速度で放たれたその一撃は正しく報われる。

 多くの人々の想い、仲間たちの絆が乗せられたその一撃は最強不敗であった。

 その一撃はまさしく神々に育てられしものしか放てない一撃であった。

 ソウエイグホウは斬撃を受けると、氷を蒸発させ、炎を鎮火させる。

 次いで起こるは地を揺らす大爆発。

 僕はその光景を瞳に収める。

 ルナマリアは全身を使って感じ取っていた。

 壮麗な花火のように散りゆく悪魔、その光景の後ろに立つ巫女様はこの世のものとは思えないほど幻想的で美しかった。

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