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旅立ちのとき

このように最後の日々を過ごす僕たち。

時間は無情にも過ぎる。

旅立ちの当日を迎える。


成人の日。僕の15歳誕生日当日、僕はリュックサックに荷物をまとめるとそれを担いで家の外に出た。


そこには家族たちがずらりと並んでいる。


剣神ローニンは酒瓶を持って酔っ払っていた。

なんでもやけ酒をしたらしい。

治癒の神ミリアはかなり化粧が濃い。

なんでも泣き腫らした目を見られたくないそうだ。


魔術の神ヴァンダルだけが冷静なように見えたが、それはふたりと比較すればであった。


実際はかなり落ち込んでいる。

万能の神レウスは説明する。


「このものたちは別れを惜しんでいるが、今さらお前を翻意させようとは思っていない。もはや皆、お前の旅立ちを歓迎している」


レウスがそう宣言すると、ローニンが僕の胸を小突く。


「いい革の胸当てだ」


「ローニン父さんがくれたものだよ」


「ああ、お前にはフルプレート・アーマーよりもそっちのほうが似合う」



ローニンはにこりと微笑むと拳を突き出す。

僕も真似る。


「ミリアのやつは相変わらずルナマリアをいびっているな」


見ればミリアはルナマリアに僕が好きな食べ物、寝る時間などをレクチャーしている。


ルナマリアも真面目にメモをしていた。


「存外、いい嫁、姑になるかもな」


「気が早いよ。それに彼女は巫女だ。神と結婚している」


「神様と離婚しちゃいけない法はない」


「そうだね。神様だって地上に降りてきて子育てする時代だ」


「そうだ。ま、その子育ても終わりが見えてきたが」

「終ったら天界に帰るの?」


「さあ、どうするか。新しき神々だからな、俺たちは」


新しき神々とは地上に降りて暮らしている神々を指す。


基本、神様は天界で暮らすのだが、天界で暮らしている神は古き神々と呼称される。


「天界に戻っても会いに行くよ」


と言うとヴァンダルのほうに振り向き、彼の懐に飛び込む。


「……ヴァンダル父さんもさようなら」


ヴァンダルは僕を抱きしめる。細身なのにとても力強い。


「これは別れではない新たな出逢いの始まりだ。お前はこの旅でより多くの仲間、友人と出会うだろう。もしかしたら新しい家族とも出会えるかもしれない」


「出会ったら真っ先に紹介するよ」


「そうしてくれ。さて、あまり長話をすると別れが惜しくなる。抱擁はここまでだ」


と言ってヴァンダルは一歩後ろに下がった。


辛気くさくならないのはヴァンダルらしいと思った。


僕はヴァンダルをしばし見つめると、ミリアに出立を告げる。


ミリアは僕を抱きしめて離さないかと思ったが、意外にもなにもしてこなかった。


ただ、鼻水を流すほど顔を歪め、手を振る。


「もう旅出させる決意をしたから、これ以上なにも言わないけど、ちゃんと手紙を書くのよ」


「分かったよ。ミリア母さんもローニン父さんとあまり喧嘩しないでね」


「あんな酒飲みに構っている暇はないわ」


と言うとミリアはポーションをいくつかくれる、冒険に役立つだろうという。


「ありがとう」と受け取ると、僕は彼らに背を向ける。


このままだといつまでも別れ惜しさにこの場に留まってしまいそうだったからだ。


早くテーブル・マウンテンを出立し、街に行きたかった。


「そういえばウィル、旅をするとは聞いたけど、なにか目的はあるの?」


「さあ、ノープランだけど」


 と、ルナマリアのほうを見つめるが、彼女は神々に自分の心の内を話す。


「取りあえず神託に従い北を目指します」


「北か……、このミッドニア王国を出て行くのか?」


と、白いあごひげを撫でるのはヴァンダル。

彼はこの世界の地理に詳しいのだ。

ルナマリアはかぶりを振る。


「いえ、ミッドニアとの国境にある森に向かいます。そこにあるという聖剣を抜こうかと」


「国境にある聖剣とはデュランダルのことか?」


「はい」


「しかし、あれは勇者にしか抜けないことになっているが」


「ウィル様ならば勇者の資格はあるかと」


ふたりの視線が僕に注がれるが、そのような目をされても困る。


「何度も言うけど僕は勇者の印が」


「勇者とは印ではなく、その心根だと思っています。山の動物を助ける優しい心、悪漢に襲われる私も助けてくれました」


「通りがかれば誰でも助けるよ」


「そんなことはありません。この世界は案外世知辛いのです」


ルナマリアが溜め息交じりに言うと、ヴァンダルも首肯する。


「その通りじゃ。世間様は案外冷たい。ウィルはこの旅でそのことを身をもって知るだろう。しかし――」


「しかし?」


「世間の温かい一面も知ることになる。糞みたいな世界じゃが、世の中、捨てたものではないと錯覚させてくれる善人も稀にいる」


「ルナマリアみたいな子もいるってことだね」


「そうだな。ここまで清らかな巫女はそうそういないが、彼女のような人間もいる」


と言うとルナマリアは顔を染めるが、反論はしなかった。そろそろ出立の時間だからである。


「それではそろそろ旅立ちますね」


ルナマリアがそう言うと、神々は名残惜しそうに僕を見送る。


全員がその場から動かなかったが、それでも僕が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。


僕たちが去ったあと、神々はしんみりとつぶやく。


「ああ、可愛いウィルが旅立ってしまった」


ミリアの落胆は凄まじい。


この前、白髪が一本生えていたときよりも落ち込んでいる。


豪胆なローニンですら肩を落とす。


「……くそう、やけ酒だ」


と酒瓶をぐいっと煽るが、ヴァンダルだけは比較的冷静さを保っていた。


「……まあ、旅だったものはしかたない。より多くのものを得て帰ってくるのを祈るばかりだ」


ヴァンダルはそうまとめると研究室に戻る。


ふたりはその酷薄さを批難するが、ヴァンダルは気にした様子もなく去る。


ただ、なにもないところでよろめく。内実はかなりショックを受けているようだ。


その光景を見て軽く笑みを漏らすふたりの神。


ミリアはヴァンダルの肩を担ぐと、ローニンは酒瓶を掲げ言う。


「おい、じじい。研究など休みだ。今日は飲もう」


「なにを言う。わしは研究を――」


ヴァンダルの言葉が止まったのは意外な人物が呼応したからだ。


普段、一緒に酒を飲まないミリアまでも「飲むわよ」と誘ってきた。


こうなったら飲むしかないか、と腹をくくるヴァンダル。


たしかに彼らの言うとおり、今日はなにもしても頭に入らないだろう。


そのまま家に戻り、酒を飲むが、途中、ミリアがとあることに気が付く。


「そういえばレウスはどこにいったのかしら。彼も誘いたい」


その問いに答えたのはヴァンダルだ。


「レウスは大鴉になって大空を旋回している。神域を出るまでウィルを見つめていたいのだろう」


「ずるい。私たちは我慢しているのに」


「まあ、いいじゃないか。この十日間、俺らがウィルを独占してしまったし」


ローニンが珍しく弁護したのでミリアは引き下がる。


「まあ、いいか……、レウス、ウィルの無事を見守ってね」


ミリアはぽつりとつぶやくと、神々の家で一番度数の高い酒をぐいっと飲んだ。


その飲みっぷりは酒豪のローニンよりいける口であった。



一方、大空を旋回するレウスは風に身を任せながら大地を見下ろす。


ぽつんと小さな点のようなものがふたつある。

ウィルとルナマリアだ。


すでにかなりの距離を歩いており、無事、神域を出られそうである。


レウスはそのまま彼らに付いていきたい気持ちに満ちあふれていたが、すんでのところで思いとどまる。


レウスは新しき神々の中でも一番古き神に近い。


古き神は神域を出てはいけないのだ。

本来ならば天界にいなければいけない存在。

地上にあまり干渉してはいけないのだ。


ゆえにこのテーブル・マウンテンに引き籠もり、瞑想する日々を過ごしていた。


それを思い出したレウスは大空を旋回すると、そのまま山へ戻る――


ことはなく、そのままウィルたちを追った。


たしかに神々は地上のことに干渉してはいけない不文律はあったが、大空を舞ってはいけない法はなかった。


上空から愛する息子を眺めることくらい許されるだろう。


神の掟を勝手に解釈したレウスはそのままウィルたちの上空を飛びながら、彼を陰ながら見守ることにした。


「……ローニンやミリアは不平を漏らすだろうが、まあ、これもあの山の主の役得だ。我がウィルを拾ったのだしな」


レウスはそう漏らすと、翼をさらにはためかせ、大空を舞った。

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