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あれが私の娘

 後方でフローラが戦闘をしているのは分かった。だが引き返すことなく、ウィルの救援に向かう。

 ウィルとレヴィンは氷炎の悪魔と戦闘を繰り広げていた。

 目にも止まらぬ速度で剣と拳を押収させているが、ウィルたちのほうがやや不利であった。自分が参戦しても五分五分に持ち込めるか、であるが、それでも参戦しないという選択肢はない。剣を握り絞めて飛び込もうとするが、それを止めるは聖なる盾。

「ルナマリア、待って、飛び込む前に僕を助けて」

 見れば聖なる盾のイージスが魔法の縄で縛られていた。彼女が参戦してもどうにもならないだろうが、それでも助ける。そもそもここにやってきた理由のひとつに彼女の救出がある身体。

 縄を解くと聖なる盾は、

「助かったー」

 と安堵の溜め息をついた。

 ルナマリアは感謝の気持ちを受け取ると、そのまま後方に下がるように命じるが、彼女は逆にルナマリアの肩を掴む。

「ルナマリアはフローラさんのところへ向かって」

「それは出来ません。私はウィル様の従者ですから」

「でもフローラさんは死んじゃうんでしょう」

「なぜそれを……」

「聖なる盾を舐めないでよね。――嘘。まあ、語るまでもないよ。ルナマリア、泣いてるじゃん。今まで一度も泣いたことがないルナマリアが涙を流してるじゃん。すぐ分かるよ」

「…………」

 ルナマリアは頬を拭う。たしかにまだ涙で濡れていた。

 ただ、それでもルナマリアはウィルのもとへ向かおうとするが、イージスは必死に懇願する。

「駄目だよ、そっちにいっちゃ! ルナマリアが向かうべきはお母さんのところ。誰よりもルナマリアを愛してくれる人のところだ。そりゃ、ウィルもルナマリアを愛してるよ。だけど、ううん、だからこそフローラ様のところへ行くべき。そうしないとウィルは一生、君を軽蔑すると思うよ」

「……ウィル様が私を軽蔑」

「そう。ウィルは誰よりも親に大切にされてきた。だから誰よりも親を大切にするんだ。自分の恋人にもそうあって貰いたいって思ってるに決まってるじゃん」

「…………」

 ルナマリアは沈黙する。その通りだと思ったのだ。

「……ですが、世界を天秤には掛けられません」

「世界なんてどうでもいいよ。そりゃ、世界も大切だけどさ。ときには自分の気持ちに素直になりなよ。君たち親子は不器用すぎるよ」

「…………」

「互いに互いを愛し合っているのに、そんな簡単なことも口にできない。だからこんな回りくどいことばっかりして。とにかく、今すぐフローラ様のとこへ向かうんだ。ウィルは僕が助けるから!」

 非力なあなたがどうやって? そのような問いを発することはなかった。

 イージスの必死な言葉によってルナマリアは目覚めたのだ。ウィルに軽蔑されるような女にはなりたくない。誰よりもウィルに愛される人間でいたい。あるいはそれは世界を救うことよりも大切なような気がした。そのような境地に達したルナマリアは素直になることにした。

きびすを返し、大聖堂へ向かったのである。

 母であるフローラを救うために。



 ルナマリアが聖堂へ向かう姿を確認し、ウィルはほっと安堵する。どのようなやりとりがあったかは知らないが、説教をせずに済んだからだ。ウィルはルナマリアの幸せを誰よりも望んでいた。心の中が温かいもので包まれるが、手足も同様に温かくなる。――己の血によって染まっているからだ。

「ルナマリアの幸せは大切だけど、自分のことも考えないとね」

 そのようにうぞぶくと、ソウエイグホウに地這虎咆哮を決めるが、まったくダメージが通らない。戦闘ダメージと連戦の疲れによって攻撃力が著しく低下しているのだ。

(……強力な一撃はあと一回だな)

 冷静に自己判定すると、レヴィンもうなずく。

 その一撃はここぞというときに取っておけ、とアドバイスをしてくれた。その間、自分が攻撃を引き受けるとのことであったが、それもちょっと気がかり。聖剣の所有者とはいえ、この悪魔に対抗できるとは思えなかったのだ。しかし、それでもそれに掛けるしかないのが、今の僕の立場だった。このいかんともしがたい状況を変えるのは長年連れ添った相棒、聖なる盾。世界最強の盾イージスがやってくると、彼女は言い放った。

「ウィル、安心して、ルナマリアが必ずなんとかしてくれるから。だからあと五分、五分だけ耐えて」

「ルナマリアが……」

 彼女の言葉に感化された僕は、にこりと微笑むと、

「合点承知の助」

 とイージスの言葉を使い、彼女の思いに報いることにした。



 聖堂付近のまで歩みを進めたフローラ、聖なる力を惜しみなく遣い、三八人の巫女を洗脳から解放した。五一名の教団兵を駆逐した。

 しかし、それも永遠には続かない。

 五二人目の教団兵を壁にめり込ませたとき、フローラは大量の血を吐き出す。

 その場に崩れ落ちるフローラ。その姿を見ていたミスリアは高笑いをあげる。

「病気とは哀れね。なにもしなくても私が大司祭になってたのかあ」

「そうね、結果だけみればあなたは道化だわ」

「まったく、皮肉ね。――あ、もしかして洗脳蟲を飲んだのって」

「そうよ。邪悪な蟲の力を借りればこの命を僅かだけでも延ばすことが出来ると思ったのよ」

「へえ、涙ぐましいわね」

「もちろん、巫女の命を救いたい気持ちもあったけれど」

 でも、それ以上に――、白髪の美しい少女の顔が思い浮かぶ。

 初めてこの神殿にやってきた日のことを鮮明に思い出す。

 粗末な人形と襤褸切れのような衣服しか持っていない貧しい少女。

 流行病で親兄弟を亡くした可哀想な少女。

 その子を初めて見たとき、フローラは天啓を得た。神の言葉ではない。自分の中で新たな言葉が生まれたのだ。それを一言で言い表せば「母性」となるのだろう。フローラはルナマリアという少女に夢中になってしまったのだ。

 神殿には無数の子供がいた。幾人もの巫女がいたが、このような感情を抱いたのはルナマリアだけであった。同じような境遇の娘はいたが、それでもルナマリアにはひとかたならぬ思いを感じてしまったのだ。

 あるいは贔屓という言葉を使ってもいいかもしれない。

 フローラは特別なルナマリアに特別な愛情と教育を施した。

 傍から見れば虐待と映っても仕方ないほど、手塩に掛けて彼女を育てたのだ。

 その思いが報われたのか、ルナマリアは教団史上最高の巫女となった。

 盲目の巫女として世界中の信徒から尊敬される存在となった。

 母親としてはこれ以上誇らしいことはなかった。

 ――だから。

 だからそんな娘に遺産をあげたかった。

 金銭ではない。ものでもない。思いやりを形にして上げたかった。だからフローラは大聖堂に向かっていた。今の自分に出来ること。それはこの力を使い果たして、この神殿にいるゾディアックを駆逐することだった。フローラはそのため、力を振り絞るが、それをあざ笑うかのようにミスリアは攻撃を加えてくる。

 彼女は霧の身体を使ってフローラの懐に入り混むと、彼女の腹に短剣を突き刺した。

 真っ白な包囲が真っ赤に染まる。愉悦の表情を浮かべるミスリア。

「ああ、あの最も気高くて最も強いと謳われた司祭がこんなにも惨めな最期を遂げるなんて」

「…………」

 今のフローラには反論する力はない。そんなものがあれば前進をする力に変えたかった。

 血だらけの法衣を引きずりながら歩みを進めるフローラ。数歩歩くごとにナイフを突き立てるミスリア。その残酷な光景が五回ほど繰り返されると、ついにフローラは倒れた。

 その姿を見て高笑いをあげるミスリア。最後のトドメも刺そうとするが、それは光の矢によって阻まれる。振り返ればそこにはルナマリアがいた。

「まったく、本当に目の上のたんこぶね」

「フローラ様!」

「あなたの大切なフローラはもう死ぬわ。私が殺すまでもなく、病によって」

「……許さない」

 怒りに燃えるルナマリア。大地を揺るがす憤怒の感情はルナマリアの力を何倍にもする。

「もう、だから私が殺さなくても死ぬんだって。――でも、あんたは私が殺すわ」

 そう言い放つと、ミスリアは呪文を詠唱する。一匹の魔神を召喚し、教団兵を呼び出す。教団兵は魔神を中心に陣形を組むが、ルナマリアは彼らを寄せ付けない。大地母神の麒麟児フローラの再来のような強さを発揮する。その光景を苦々しく見つめるミスリア。

「な、なんなのよ、この娘は。どこにこんな力が」

 かくなる上は私が、ミスリアも参戦するが、それでもルナマリアは敵を圧倒する。小剣を果敢に振り、聖なる矢を的確に浴びせ、ひとりひとり確実に倒していく。その間、レヴィンのお供である勇者ガールズが近寄る。

「フローラ様、助けに来ました」

「…………」

 ありがとう。そんな言葉も出ないほどにフローラは傷付いていた。弱っていた。

 もはや彼女の命は尽きようとしているのだ。

 だが、そんなことは気にせず、フローラは言った。

 愛娘に指を指すと言った。

 周囲に自慢するかのように言った。


「見て、あれが私の娘ルナマリア。――すごいでしょう」


 真っ赤に充血した瞳、絶え間なく流れる血、言葉を発するのも辛そうであったが、彼女は最後にそう発した。

 世界を憂うのでもなく、教団の未来を哀れむでもなく、神にすがるのでもなく、娘を賞賛する言葉を選んだのだ。

 その言葉を聞いたのは勇者の供だけであったが、たしかに彼女らは聞いた。

 彼女らは感じた。

 世界最強の大司祭がひとりの親であることを。愛深き女性であることを知ったのだ。

 ルナマリアはミスリアと彼女が召喚した下級悪魔を圧倒すると、ミスリアを撃退した。

 逃亡する彼女の背を見送る。

 彼女に鉄槌はくださない。

 正義の裁きも。

 フローラがそのようなことを望んでいないと知っていたからだ。

 ミスリアの背を見送ると、そのままフローラのもとに向かった。

「――――」

 ルナマリアはそこで絶句するが、絶望はしなかった。

 冷たくなった母の身体を僅かに抱くと、そのまま大聖堂へ向かった。

 そこで残された魔力をすべて解放する。

 さすれば周囲数キロの洗脳蟲は死滅する。先ほど逃れたミスリアの蟲もだ。

 あらゆる蟲は死滅し、この神殿に秩序と平和が戻るはずであった。

 それはとても喜ばしいことであったが、ルナマリアの瞳に喜びはなかった。

 いや、それどころか悲しみに包まれる。

 大聖堂に到達したはいいが、そこで魔力が尽きてしまったことに気が付いたからだ。

 ルナマリアはその場に崩れ落ちると、己の弱さを嘆いた。

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