ルナマリア窮地
ルナマリアは走る!
大聖堂に向かいこの騒動に終止符を打つため、全精力を傾ける。途中、同僚の巫女と出会っても手加減することなく打ち倒す。数度の戦闘をすると、後方から人の気配が。
敵の増援かと思われたが、その気配が巫女や教団兵を倒すと、味方であると判明する。
「ルナマリア、久しぶりね」
その声には聞き覚えがあった。
ノースウッドの街、果敢に巨人に炎魔法の一撃を加えていた魔術師の声だ。
「レヴィンさんのお供の方! もしやレヴィンさんが助けに来てくれたのですか?」
「そういうこと。当の本人はウィルと共に戦っているわ」
「それは有り難いです。ウィル様とて悪魔を同時に二体、相手には出来ません」
「聖剣も抜けたし、戦力は増強されているわね。さて、あたしたちはあなたのお守りだけど」
「有り難いです」
「このまま巫女を倒しながら地上へ向かうけど大丈夫?」
「はい」
即答するとそのまま地上へ向かうが、沈黙の巫女と勇者ガールズの一行は案外、連携が取れていた。女戦士とルナマリアが前線に立ち、女魔術師と女僧侶がサポートをする。
攻防のバランスが取れた最高の配置、さらに互いの力量を尊重しているから、細かな連携も思いのままだった。
「さすがは大地母神の巫女様、やるぅ」
「勇者様の従者一行も素晴らしいです」
「あたしたちは頼りない勇者様を補佐しているから必然的にね。逆にルナマリアは優秀すぎる神様の子供の影に隠れっぱなしね。まさかこんなに強いなんて」
「恐縮です」
頬を染めるルナマリア。
「これもすべてフローラ様のお陰です。ウィル様が神々に英才教育を施されたように、私もフローラ様に鍛えられています」
力こぶを造りながら、教団兵を吹き飛ばすルナマリア。順調に大聖堂へと近づくが、その動きも止まる。試練場の影から人が現れたのだ。
ぬらり、と伸びる影。その影は尋常ならざるオーラを纏っていた。
その姿を見て勇者ガールズたちはおののき、ルナマリアは戦慄する。血塗られたメイスを持った女性、そのものの名はポウラ。彼女はルナマリアと意識を交差させるとこう言い放った。
「さすがは大地母神教団の秘蔵っ子、フローラ様以来の巫女と呼ばれていただけはあるわ」
「ポウラ様、……恐れ入りたてまつります」
「そんなことしなくていいのよ。今からわたしがこのメイスであなたの脳漿をぶちまけるのだから」
「大地母神教団の中で一番優しいと謳われたあなたがなぜ……」
「大地母神教団では一番優しくても、ゾディアックでは一番残酷みたいね」
自嘲気味に言い放つと彼女は体型に似合わぬ速度で突っ込んでくる。
ルナマリアはポウラのメイスを小剣で受け流しながら叫んだ。
「ポウラさん、申し訳ありませんが、あなたは強すぎる。手加減しませんよ」
「手加減しなければ勝てるみたいな言い草が気に入らない」
そう言い放ちながら二撃目を繰り返すが、それもいなすルナマリア。
「やるじゃない。もしかしたらわたしは突破できるかもね」
「そのものいいですと、これから先、大聖堂までの間、試練が続くということですか?」
「そういうこと。この先は剣のアニエスが、その先は霧のミスリアが待ち構えていてよ」
「なるほど、厄介ですね」
物語によくあるやつだ。目的地までの要所要所に敵将が待ち構えているというのは。
天よりも高い山、地の底に続く割れ目、それらを交互に昇るような徒労感を覚えるが、それでもルナマリアは歩みを止めるつもりはない。
「私は大司祭フローラ様とウィル様から学んだことがあります。それはどのような窮地に立たされても諦めないこと。どのような困難に直面しても勇気を奮い立たせることです」
ルナマリアはフローラに教えてもらったとおりに剣を抜き放つ、ウィルの抜刀術を見習うかのように剣を振るう。その速度に圧倒されるポウラ。まさかかつての教え子に後れを取るとは思っていなかったのだろう。斬撃をまともに食らうが、それでも三賢母の一角をなす司祭、致命傷は回避する。己の頭部から流れる血をぺろりと舐め取るポウラ。
「やるじゃない、ルナマリア」
「絶対に勝たせて頂きます」
「いいでしょう。こちらも本気を出すわよ」
再び混じり合う小剣とメイス。
激しい火花が周囲に散る。
聖なる力と邪悪な力が混じり合う。
勇者ガールズたちはその光景を離れて観戦するしかなかった。両者の技量、力が凄まじく、入り込む余地がなかったのである。
†
ルナマリアが激戦を繰り広げている一方、僕とレヴィンは死線をさまよっていた。
蒼い騎士ソウエイと灼い騎士グホウ。二匹の悪魔は本気で襲いかかってきた。
ソウエイが無数の氷柱を大地に誕生させると、グホウは天上に炎柱の渦を作り出す。
この世の地獄を具現化させたような地形を作り出すと、ふたりは同時に攻撃をしてくる。
ソウエイが氷の剣で僕の心臓を狙い、グホウが炎の剣でレヴィンの肺を焼こうとするが、僕たちはほぼ同じタイミングで剣を受ける。ダマスカスの剣はカキンと共鳴し、聖剣デュランダルは炎を散らす。剣としては炎の剣のほうが厄介そうであったので、お互いに相性が良さそうなほうを引き受けた形になった。グホウは「ほう……」と漏らす。
「神々に育てられしものの金魚の糞かと思ったが、なかなかにやるではないか」
「そいつは有り難い。おまえもなかなかやるぞ。いい大人が仲良しこよしで手を繋いでやってきたわりには」
「小娘が」
顔を焼き尽くしてくれる、と横なぎの炎の剣閃を飛ばすが、レヴィンはそれを聖剣で受け止める。
「さすがはデュランダルだ。あたしの力を何倍にもしてくれる」
「小娘の分際で聖剣など持ちやがって」
「これでも勇者の端くれでね」
レヴィンはその後、連撃を加えてグホウを追い込む。これならば彼女ひとりでも対処できるだろう。そう思った僕はソウエイに意識を集中する。氷の剣を巧みに使いこなし、攻撃を加えてくるソウエイ。剣技においてはグホウを勝っている。しかし、この程度の剣技ならばどうにでもなった。連日のように繰り広げられた剣神の修行に比べれば大したことはない。僕は氷の剣をいなし、はじき、受け止め、冷静に相手を追い込む。
「小僧、やるではないか」
「剣の神様仕込みさ」
「さすがは神々に育てられしものだ。しかし、惜しいな。その力を我がゾディアック様に捧げればいいものを」
「ご冗談だろう」
「冗談なものか。我ら兄弟も最初は人間だった。ゾディアック様にその命を捧げ、悪魔にして貰ったのだ」
「おまえら、兄弟だったのか」
「その通り、かつていにしえの王国で勇敢な兄弟戦士として知られていた」
「へえ」
「我らは強さを求めるもの、求道者。修行によって最強の戦士となったが、究極の強さは得られなかった。それを極めるためにゾディアック様に永遠の命を貰ったのだ。おまえも永遠の命を得ればさらなる高みを目指せるぞ」
「興味ない」
「それほどの才能を持ちながら、強さを求めないのか」
「暴力は強さじゃないよ。真に強いものは剣を抜かないんだ。僕はそういう強さがほしい」
「口清いことを」
「オーラルケアは大切だって母さんがよく言ってた」
そのようにうそぶくと、僕はソウエイに一閃を決める。
「ぐ……」
腹部を押さえ、よろめく蒼い騎士ソウエイ。
「それにおまえは弱い。永遠の命を得てそれならば、そんなものは尚更いらない」
鋭い一撃を貰った上に、自分の生き方まで否定されたソウエイ。
氷の戦士である彼であるが、怒りの闘志で心を真っ赤に染め上げる。
「言ったなあ! 小僧! その心臓にこの剣を必ず突き立ててやる」
そう言うと先ほどよりも早い一撃を入れてきたが、僕はそれをなんなく剣で受け止めた。
二対一では苦戦を想定していたが、聖剣を持ったレヴィンが参戦してくれたことにより、想定より楽に勝てそうであった。ただ、それでも僕は悪魔を過小評価しないが。
僕は悪魔に勝てないと思ったことはないが、悪魔はしぶといと思ったことは何度もあった。 不死身に近い身体、無尽蔵の体力、それらを脅威に思ったことは何度もあった。だから僕はともかく、レヴィンの攻撃力ではグホウは倒せまいと思った。ゆえに僕らしい小細工をする。僕はレヴィンの聖剣に《避雷針》と《吸収》の魔法を掛けておく。次いで炎と氷の兄弟を挑発する。
「一生を武に捧げてその程度のソウエイ・グホウ兄弟。おまえたちの一生は哀れ以外のなにものでもないな」
その挑発にソウエイとグホウは「なにを」と前のめりとなる。
「もはや剣技によって僕たちに勝つのは不可能だ。ならばせめて邪神の守護者らしく、魔力で勝負をしたらどうだ?」
安っぽい挑発であるが、剣と言葉によって追い詰められた兄弟は簡単に乗ってくれた。彼らは距離を取ると魔法を詠唱し始める。ソウエイの身体には蒼いオーラが。グホウの身体には灼いオーラが。それぞれ、尋常ではない量の魔力をまとうが、その間、僕は傍観する。ただ、レヴィンの横にさりげなく並ぶと、このようにささやく。
「僕を信じて真似をして、僕が合図をしたら、剣閃を放って」
レヴィンは即座に頷く。
信頼の証であったので嬉しいが、僕は彼女の信頼に応えるため、完璧に行動を重ねることにした。相手が呪文を唱え終えた瞬間、剣を前に突き出す。
レヴィンは迷うことなく、同じように行動する。
剣で魔法を受けるのだが、このような芸当を可能とするのは、僕とレヴィンの剣が上等なものだからだ。僕の剣はとある領主が名工に鍛え上げさせた業物。レヴィンの剣は聖なる剣だった。避雷針と吸収の魔法さえ付与すれば、このような芸当も出来るのだ。僕はソウエイの氷魔法を吸収し、レヴィンはグホウの炎の魔法を吸収する。
そのまま相手に斬り掛かってもなにも効果がないどころか、相手の体力を回復させるだけであったが、僕たちはここで攻撃対象を入れ替える。
「いまだ! レヴィン! 僕の代わりにソウエイに攻撃して!」
「そういうことか! ウィル少年はグホウを攻撃するのだな!」
「そういうこと」
そのやりとりを見ていたソウエイとグホウ兄弟は顔を青ざめさせる。
「ま、待て! 貴様ら、それでも戦士か!? 俺の相手はおまえのはず!」
グホウはレヴィンにそのように言い放つが、それに対するレヴィンの回答は冷たい。
「あたしがこなければ二対一でウィルを殺そうとしたくせに」
「…………」
事実であったのでなにも言えずにいるグホウ。彼はすでに覚悟を決めているようであった。
「……見事だ。神々に育てられしものよ。貴様の知略、底が知れぬ」
「僕はふたり掛かりが卑怯だとは思わない。もしも二対一だったら負けていたのは僕だったろう」
そのようにまとめ、彼の武人としての矜恃に敬意を表すと、ふたり同時に剣閃を放った。
交差し、ソウエイとグホウの元に向かう魔法剣。
炎と氷の悪魔の魔法を吸収した剣閃は轟音を上げ、それぞれの所有者の対となる存在に向かう。圧倒的技量と魔力が籠もったその一撃、それらに耐えられるほど悪魔は強くはなかった。
「ぐぎゃあ!」
「ぐおおお!」
それぞれに絶叫を漏らすと、炎と氷の悪魔たちは消滅する。
剣閃を解き放つと、レヴィンは改めてこの作戦を思いついた少年に敬意を表す。
(この少年ならばゾディアックが復活したって返り討ちにしてしまいそうだ……)
ウィルの機転はそれほどまでに素晴らしく、その力は底が知れなかった。
改めてウィル少年の実力に敬意を表していると、レヴィンの懐が振動する。レヴィンは懐に連絡用の護符を入れていたことを思い出す。この護符は任意の振動と文字を一度だけ送れる優れものであった。古代遺跡で見つけたばかりのものだが、さっそく使用されるとは。
使い捨てであるが、それゆえに本当に必要なときにしか使わないはずであった。つまり自分の仲間たちが自分に伝えたいことがあるのだろう。レヴィンは懐から護符を取り出すと、底に書かれた文字を見る。
「な……!?」
その文字を見て驚愕するレヴィン。そこに書かれた文字は豪胆な女勇者を慌てさせるに十分であった。レヴィンは即座にそこに書かれた文字をウィルに見せる。その文字を見たウィルも動揺している。つまりそれだけ緊急事態ということであった。そこに書かれていた文字はたったの数文字。
「ルナマリア窮地」
それだけであったが、それだけに事態の深刻さがうかがい知れた。




