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共同戦線

 地下の試練場に潜った僕たち。

 いや、追い詰められたか。僕たちを誘導するかのように巫女さんが道を空けたのは分かっていた。敵の誘いだと承知しつつも僕たちは試練場に逃げたのだ。

そのことについて後悔はなかったが、ルナマリアに謝る。彼女は「お気になさらず」というが。明らかに落ち込んでいた。イージスが捕らわれてしまったことを気に掛けているが、それ以上にフローラ様が敵と定まってしまったことが悲しいようだ。

「……もしかしたらそうかも、と思っていましたが、まさか本当に洗脳されているなんて」

 フローラ様だけは違う。彼女の精神を汚せるものなどこの世界にはいない。そのように信じていたルナマリアにとってはこの事実は悲しむべきことのようだ。

 その気持ちは痛いほど分かる。僕はルナマリアを慰めるため、彼女を抱きしめる。

「ウィ……ウィル様?」

 困惑し、顔を染め上げるルナマリア。

「いきなりごめん。でも、こうするのがいいかなって思って」

「……ウィル様」

 僕の優しい抱擁に嫌らしさを感じなかったのだろう。ルナマリアは受け入れてくれる。

「……ミリア母さんは言っていた。女の子が悲しげにたたずんでいたらこうするんだぞ、って」

「あのミリア様が?」

「もちろん、私以外の女の子にするんじゃないわよって言ってたけど」

「まあ、お母様のいいつけを破るんですね」

「今は母さんも見ていないよ」

「ふふふ」

「はは」

 大地の試練場には強力な結界が張られている。遠方から覗き込むのは困難であった。

 ふたりは冗談めかして笑い合うと、しばし互いのぬくもりを感じ合った。

(……なんて優しい抱擁。ゆりかごの中にいるみたい)

 ルナマリアはそのように思い、僕は、

(なんて柔らかくていい匂いなのだろう。花畑にいるみたいだ)

 と思った。

 互いに口にはしないが、この瞬間が永遠に続けば、と思った。しかし、そのような贅沢は許されない。僕は名残惜しげにルナマリアを解き放つ。思考をルナマリアからイージスに変える。この事態を好転させるにはどうすればいいか、策を巡らせる。

 フローラ様と三賢母たちに捕らわれたイージスを一刻も早く救出したかった。それに彼女たちに掛かった呪縛を一刻も早く解いてあげたかった。彼女たちも好きで洗脳されたわけではないはずだからだ。大地母神の純真な乙女たちはゾディアックの姦計に掛かってしまったに過ぎないのだ。幸いなことに呪いの解き方は判明している。

 遺跡で出会ったゾディアック教徒たちを思い出す。彼らはルナマリアの頭に回復魔法を受けると我を取り戻していた。頭の中に潜んでいる洗脳蟲たちが鼻や耳から這い出てきたのだ。つまり彼女たちの頭に聖属性の魔法をぶっ放せば洗脳を解除できるということだ。

「まあ、言うは易し、行うは難しだけどさ」

 先ほどの戦闘でも巫女たちに聖なる魔法を掛ける機会はいくらでもあった。しかし、それを実行しなかったのには理由があるのだ。ゾディアックに洗脳されている巫女がほとんどの中、彼女たちの洗脳を解いても無意味だからだ。洗脳されている狂信者の中、数人だけ意識を取り戻させても不幸に繋がるだけ。邪教徒が多数の中に覚醒させてもまた洗脳蟲を飲まされるのが関の山であった。

「……となれば一気に聖なる力を当てるべきだけど」

 巫女たち全員同時に、少なくとも過半数以上に聖なる力を与えなければいけない。自身の手を見るが、僕にそのような力はない。僕の本分は剣士であり、魔術師だからだ。聖なる力は劣る。ならば本職の巫女様なら、とルナマリアを見るが、彼女も首を横に振る。

「残念ながら私にもそのような力はありません」

「だよね。アイデアはいいと思ったのだけど」

「たしかに」

 ルナマリアは考え込む。しばし思考するが、考え込む彼女の横顔は素敵だった。見とれていると彼女はつぶやく。

「ウィル様のアイデアは捨てる必要はないかもしれません」

「というと?」

「巫女たちに聖なる力を一斉に当てる。むしろそれしか事態の打開を図る方法はありません」

「それをするのは困難なんだけど」

「困難ですが、不可能ではない。私に考えがあります」

「拝聴しようか」

 僕はうなずくとルナマリアの策を聞いた。彼女の策は単純だった。

「大地母神の神殿、大聖堂の部分には巨大な女神像があります。女神像は霊験あらたかにして神聖な存在なのです」

「信仰の象徴だね」

「はい。しかし、昔から鎮座しているだけではありません。ただの飾りではないのです。あの大聖堂に行けば巫女たちは疲れた身体を癒やせるんです。それに信徒たちも豊かな気持ちに包まれます」

「つまり大聖堂の女神像はパワースポットなんだね」

「そういうことです。あそこで回復魔法を放てば容易に全体効果を付与できるかと」

「つまりあの大聖堂まで強行突破して、そこで回復魔法を使うんだね」

「はい」

「それならばなんとかなりそうだ」

 頷き合うが両者すぐには動かない。まだ懸念があるからだ。

「巫女さんたちは強行突破出来るかもしれない。しかし、地上にはソウエイとグホウがいる」

「蒼い騎士と灼い悪魔――」

「そう。おそらく、いままで出会った悪魔の中で最強の存在、容易には勝てないだろうね」

「たしかに見事な連携をしてきそうですね」

 しかし、僕はその問題をあっさり解決する。

「そうだな。あの悪魔ふたりの狙いは僕だ。僕があいつらを引き付けるから、ルナマリアが大聖堂まで向かってくれ」

「それは駄目です。危険すぎます」

「そんなの承知済みだよ。でもそれしか方法はないんだ」

「……ウィル様」

 ルナマリアは間を置くが、彼女の中の答えは決まっていた。彼女は世界で一番、僕を信頼してくれているのだ。

「……分かりました。ご武運をお祈ります」

 ルナマリアは信頼に満ちた瞳で僕を見つめてくれた。



 そのように作戦が決まるが、作戦は容易に実行できない。

 時間を追うごとに試練場は巫女で満たされる。ゾディアックの教団兵の姿も見える。僕たちは時折、彼ら彼女らと戦闘を繰り広げながら地上へ向かうが、途中、根を上げる。ルナマリアを守るために、巫女さんの攻撃を食らってしまったのだ。聖なるメイスによる一撃はとても痛かった。そのまま昏倒してしまいそうになるが、返す刀で巫女さんを気絶させると、ルナマリアに言い放った。

「このままふたりで行動してもじり貧だ。僕が巫女さんと二四将を引き付けるから、ルナマリアは聖堂に向かって」

「しかし、予定よりも早すぎます。神殿部分に到着してから別行動をするはずでしたのに」

「予定は未定、男の明日については尋ねてはいけない決まりなんだ」

 ローニン父さんが善く使う言葉を引用すると僕は強引にルナマリアの肩を押した。

そのまま大声を張り上げながらルナマリアから離れる。

「我こそは神々に育てられしものウィル! 我の命がほしいものは寄って近くにいでよ。我の魂がほしいものはこの心臓をわしづかみにせよ!」

 これはヴァンダル父さんから貰った書物から引用。我ながら格好いいと思うが、想像以上に効果てきめんで、遠くから邪悪な魔法や矢が飛んでくる。

ルナマリアは後ろ髪を引かれる思いでその場所から立ち去ると、大聖堂に向かった。


 ルナマリアの美しい黒髪を見つめ終える。

 今生の別れではないのだから、と自分を納得させると巫女と教団兵との戦闘を繰り広げる。

 巫女たちはいわずもがな、教団兵もとても強かった。数もだが、実力も相応なのだ。僕は隠れたり、逃げたり、引いたり、押したり、様々な戦術を駆使して彼らに抵抗しながら、上層部へ駆け上がっていく。

 五分おきに激しい戦闘を繰り返し、魔力と体力を消費していくが、鉄の意志を持って上に進む。しかし、その勇壮な歩みも三時間後に止まった。

 魔力と体力が尽きたのだ。

 神々にスパルタ教育を受けた僕は無尽蔵の魔力と体力を持っていたが、無限ではなかった。尽きるときがあるのだ。

 ――まったく、これだから人間の身体は。

 父さんたちが呆れる姿が想像できたが、もう彼らの顔を生で見れないと思うと寂しかった。

 死を想起し、死を身近に感じた僕だが、死の気配を吹き飛ばす存在が現れる。

 それは――、

 それは僕の友人だった。

 遠くから聞こえるは勇壮な雄叫び、それに華々しい名乗り上げ。


「やあやあ! 我こそは西国一の勇者レヴィンなり。アレンハイマー家の最終兵器にして、英雄イザーク・フォン・アレンハイマーが娘!!」


 娘という部分に一切の淀みがない。彼女はすでに女であることを受け入れ、女の勇者として勤めを果たしていた。その懐かしくも美しい声に僕は反応する。

「レヴィン!」

「ウィル少年!」

 がしりと抱擁したいところだが、戦闘状態でそのようなことは出来ない。

 レヴィンは巫女さんを蹴り飛ばすと気絶させる。

 次いで彼女の仲間である女僧侶が頭に聖なる力を付与する。

「ぜえぇ、ぜえぇ、なにこの負担……」

 と嘆いていた。どうやらここに到着する前に何度も洗脳蟲を吐き出させてきたらしい。

「我がパーティーで聖なる力を使えるのは君だけ。仕方ないさ」

「涼しい顔がむかつくけど、まあ、しょーがないわ。超過手当ちょーだいよ」

「先日の遺跡探索のときに得た財宝、色を付けておく」

 なかなかに生々しいやりとりなので、口を挟むのが難しいが、今は緊急事態、遠慮なく話の腰を折る。

「援軍、とても有り難いけど、どうしてここに? タイミングが良すぎるんだけど」

「それは少年の盾に礼を言うんだな」

「盾……? あ……」

 そういえば先日、遣い鴉を貸したことを思い出す。

「そういうこと。拙い文字だったが、気持ちが籠もっていた。ウィルの窮地を救おうと必死だったぞ」

「……イージス」

「その気持ちにほだされて、超特急でやってきた。なんとか間に合って良かったよ」

 そのように言い放つと、教団兵を斬り捨てる。

「それにしてもなんて数だ。これがゾディアック教団の本気なのだろう」

「そういうこと。ただ、僕の作戦が上手くいけば巫女さんのほうはなんとか出来る」

「それは助かる。うちの女僧侶も限界だ」

 女戦士、女魔術師が倒した巫女さんを女僧侶は必死に回復させている。酸素欠乏症になってしまうのでは、というくらい青ざめている。

「そうだね。手動では限界がある。ここは一気に片を付けないと」

「どんな作戦なんだ?」

「作戦は単純なんだ。ルナマリアが大聖堂に到着すれば成功。到着できなければ失敗」

「ふむ」

「僕は彼女の実力を信じてるけど、やはり援軍を送ってあげたい」

「ならばあたしの仲間たちを」

 そう言うとレヴィンは、「疲労困憊のところ、すまない」とねぎらった上で彼女たちに大聖堂に向かうように願った。女戦士、女魔術師、女僧侶は不平を言うことなく、地上へ向かった。

「信頼されているみたいだね」

「ああ、これもウィルのおかげだ」

「僕はなにもしていないよ」

「ウィルによってあたしは素直になれたんだ。仲間を信じる心も得られた。感謝している。今はその恩を返そうと思っている」

「ならばもう帳消しだ。援軍有り難かった」

「そうだな。でも、礼はすべてが上手くいってからにしてくれ」

「分かった。――でも、正直、レヴィンもルナマリアのほうに向かってほしいのだけど」

「そんなにルナマリアが大事かい?」

「それもあるけど……」

 もごもご、と言い淀む。正直、レヴィンは足手まといであった。無論、巫女さんや教団兵相手ならばこれほど心強いものはいないが、これから相手をするだろう二匹の悪魔の前では通用するかどうか……。人外のものたちの戦いはそれほど凄まじいのだ。 彼女のケアをしながら戦えば負けるかもしれない、と思っていたが、口に出しては言いづらい。しばし口淀んでいると、レヴィンは察してくれたようだ。

彼女は回れ右をし、きびすを返す――。ことはなく、高笑いをあげた。

「なるほど、戦力外通告だったか。でも、それには心配は及ばないよ。あたしは最後に会ったときよりもパワーアップしている」

「パワーアップ?」

「そう」

 彼女は凜と返答すると、腰から剣を抜いた。

「ウィル少年は女の変化に疎いな。まあ、もっと女の機微に敏感になったら、とんでもない女たらしとして歴史に名を残してしまうかもしれないが……」

 そのようにうぞぶくと、腰から剣を抜き放つ。

「それは……?」

 今のレヴィンは前のレヴィンとは違った。剣を抜き放ち、刀身を見せられると如実にそのことを知覚できた。

「なんて神々しいオーラなんだ。それに膨大な魔術の波濤も感じる。……ただの剣じゃない。あ、もしかして!」

「ご名答。そうだよ、これは聖剣だ」

「うん、その柄の意匠、見たことがある。それ、聖剣デュランダルだね」

「うむ。応援に来る前に急いで聖剣の森まで向かって抜いてきた」

「すごい。よく抜けたね」

 初めて聖剣と出会ったときのことを思い出す。

 この剣は勇者専用の装備なのだが、当時のレヴィンは抜くことが出来なかった。聖剣いわく、「まだ」資格がないとのことだったが、彼女はこの短い間に資格を得たということだろうか。

「今のあたしならば抜けるんじゃないかと思ったが、案の定、大丈夫だった。今、聖剣が語りかけてくれたが、とげとげしい気持ちがなくなり、仲間を思う気持ちに満ちあふれている今のあたしならば喜んで力を貸してくれるらしいぞ」

「それは心強い。ならば尚更、ルナマリアのほうに向かってほしいな」

「それは駄目だ。なぜならば聖剣はこう言っている。すぐそこにとても禍々しい気配を感じると。最強の悪魔が二体、迫っていると」

「二体か……。そこまで接近されているならもう無駄かな」

 僕は覚悟を決める。聖剣デュランダルを得た剣の勇者様と共同戦線を張ることにした。

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