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大地母神の神殿

 大地母神はかつてこの世界に存在した古き神々の一柱である。

 その名の通り地属性の神様で、豊穣と繁栄をもたらす神様として知られる。それゆえに地方の農民を中心に熱狂的かつ厚い信仰の対象になっている。

 少なくとも「治癒の女神ミリアよりはメジャー」とは口に悪い父さんの言葉だが、それは事実であった。大地母神のことを知らぬものなどこの世に存在しないのだ。

 末社ともいえる小さな神殿は各地方に無数にあり、僕たちが旅をしてきた街にも必ず神殿は存在していた。この大地に豊穣をもたらす女神様の信仰は厚く、幅が広いのだ。

そのような思いを馳せながら、神殿の中に入ると、ルナマリアが大地母神あるあるを教えてくれる。

「よく大地、母神と勘違いされますが、大、地母神が正式な名称です」

「なるほど、大地の母神ではなく、大きな地母神なんだね」

 ルナマリアが「はい」と肯定すると、神殿の奥に大きな女神像が。

 まさに大きな地母神と言ってもいいような威容を誇っていた。

「ちなみにあの大地母神の像は一分の一スケールだそうです」

「大地母神様は大きいんだなあ」

 当たり前の感想を口にすると、聖なる盾のイージスがくすくす笑う。

「ウィルは騙されやすいねえ。ほんとにあんなに大きいわけないでしょ」

「そうなの?」

「当たり前じゃん。あんなに大きい女神様がいるなら聖魔戦争は余裕で勝っていたはず」

「たしかに」

 得意げに話す聖なる盾、ルナマリアはにこやかに言う。

「世界各地の大地母神の神殿に安置されている大地母神の遺骨を集めると、象よりも大きくなります……」

 少し申し訳なさげに言う辺り、もしかしてルナマリアも女神巨人説に半信半疑なようで……。

「それを見て、女神様はきっと巨人のように大きかったんだなあ、って真に受けた人たちがこの像を造っちゃったんだねえ」

 イージスは「ばっかでー」と女神像の周りできゃぴきゃぴするが、そういった態度はここまでにするようにお願いする。

「分かってるって。ボクも馬鹿じゃないんだから。これから協力をお願いする人たちの心証を悪くさせたりはしないよ」

 そう言い切るとイージスはしゅぴっと背を伸ばし、敬礼する。少し心配だが、心配したところでどうにもならないので、そのままこちらのほうを覗き込んでいる巫女に話し掛ける。

 単刀直入に、

「神々に育てられしもの、ウィルがやってきたと大司祭のフローラ様にお取り次ぎください」

 とお願いする。

 巫女さんは、「神々に育てられしもの」という単語にはぴんとこなかったが、ルナマリアの姿を見つけると「せ、聖女様!?」と驚く。ルナマリアは「久しぶりね」という枕詞のあとに彼女の名前を呼ぶ。

「エリナ、悪いのだけど、フローラ様にルナマリアが帰ったと伝えて。この世界を救うことになる大英雄を連れて帰ったとも」

「だ、大英雄ですか? こ、この少年が?」

 エリナと呼ばれた年若の巫女は僕のことをじーっと見つめる。穴が空きそうなくらいに見つめられる。

「見たところ聖痕もなさそうですし、頼りがいがないような」

「たしかにウィル様には聖痕はありません。――勇者ではありませんから」

「え? ルナマリア様は勇者様を探しに旅立たれたのではないのですか?」

「ええ、わたくしも最初、そのように思いました。神のお告げは〝世界を救うもの〟の従者となれ、でしたし」

 しかし、とルナマリアは続ける。

「しかし、神は一言も勇者という単語は使わなかった。大地母神は〝世界を救うものの従者となれ〟とおっしゃられたのです」

「それがこの少年なのですね……」

 ごくりと生唾を飲むエリナ。

「改めてみるとすごい少年のような気がします。神々に育てられしものということはお父様かお母様が神々なのですか?」

「そうだね。父さんが剣神ローニンと魔術の神ヴァンダル、それに万能の神レウス。母さんは治癒の女神ミリアだよ」

「す、すごい、ゴッド・エリート!」

 謎の造語で驚くエリナ。なかなかに面白そうな子だった。

「最高の環境で、最高の修行を施して貰ったよ。――だからゾディアックにも負けない」

 後半部分をより力強く宣言する。その態度を見て信頼感を増幅してくれたエリナは即座にフローラに取り次いでくれるという。

「瞑想中はお声を掛けないようにしているのだけど、今は別ね。ルナマリア様が未来の大英雄を連れて帰ってきたのだから」

 そのように前置きすると、持っていた箒を壁に立てかけて、そのまま神殿の奥に消えていった。

「いい子みたいだね」

「はい。法力や知識は未熟ですが、ひたむきで心優しい巫女です」

「ルナマリアがそう言うならばきっと素晴らしい巫女さんになるんだろうな」

 そのように話し合っていると、奥から人が現れる。遠目からその人物が非凡であると分かる。

 天使が地上に舞い降りたかのような清らかさと、天女のような気高さを併せ持っている。静謐と神々しさを持ち合わせた女性が歩いてやってきた。高位の司祭が纏う神官服を着ているが、例え布きれを纏っていなくても彼女がフローラだと分かる。それくらいのオーラを称えているのだ。

 ごくり、先ほどのエリナと同じような生唾を飲んでしまう。神威を纏った女神を毎日見てきたが、母さんとは比べものにならないほどの神聖性を持っている。年の頃は二〇くらいに見えるが、ルナマリアの話によると四〇は超えているはずだ。とても若々しい。歳を取るのを忘れてしまったかのような容姿を持っていた。

 大司祭フローラはゆっくりとこちらに歩いてくる。彼女の横には彼女よりも年下の女性が三人、寄り添って歩いていた。フローラには劣るが、それでも神聖性に満ちた女性たちだった。目で追っているとルナマリアが説明してくれる。

「彼女たちは三賢母です」

「三賢母?」

「はい」

 とルナマリアは説明する。

「三賢母とは大司祭フローラ様に続く、司祭様たちのことでございます」

「へえ」

「大地母神の組織はとても単純で、本来、信徒と巫女と司祭しかおりません。それでは不便なので、便宜上、大や賢母などの名称を用いています」

「なるほど、神の前では等しく平等というわけだね」

「そういうことです。本来は信徒も巫女も司祭も同じ。偉い偉くないの違いなどないのです。――大司祭フローラ様は尊敬と努力によって周りから敬われているにすぎないのです」

「まあ、それは雰囲気で分かるけど、三賢母さんもそれに準じるんだよね?」

「おっと、話がずれましたね。その通りです。三賢母は通常の司祭よりもひとつ上の立場の方々、教団を導く役目を仰せ付かっている方々です」

 そのように説明すると、三賢母のひとりに意識をやる。僕も同じ女性を見つめる。

「あの方はポウラ様、三賢母のおひとりです」

「少しふくよかな人だね」

「ですね。宗教画に出てくる聖母のような雰囲気を纏った御方です。三賢母の中でも一番年上で、その思慮深い性格で信徒を導いてくれています」

「たしかに優しそうな人だ」

「その横におられる方はアニエス様、教団の自警団の長を務めています」

「あんなに線が細い人が……」

「人は見た目で判断してはいけません。あの方の小剣は教団でも有数です」

「ルナマリアより強いの?」

「比べものになりません」

「へえ……」

 あの細身の身体のどこにそんな力が、と凝視してしまうが、たしかに剣豪ぽい雰囲気はある。時折、ローニン父さんのような鋭い眼光を見せる。――でも、とても優しそうな人でもあった。

「ちなみに有数ってことは同程度、あるいはそれ以上の使い手がいるんだよね」

「はい。最強なのは――」

 そこで言葉を句切ると、ルナマリアはフローラに意識をやる。目をつむり、沈黙している大司祭様。虫も殺さないような優しそうな女性に見えるが、彼女は教団一の小剣の使い手でもあるようだ。

「フローラ様は私の剣のお師匠様なのです」

「そりゃあ、強いわけだ」

 ちょっとお手合わせ願いたくなったが、そのような暇はないだろう。それに大地母神教団の人々にとって剣の腕を競うなどどうでもいいことのはず。彼女たちはあくまで自衛のため、あるいは己を鍛えるために剣の腕を磨いているにすぎないのだ。

 そのように思っているとルナマリアは三人目の説明を始める。

「最後のおひとりは、ミスリア様」

「名前の通り、とても神秘的な人だね」

「ですね。寡黙な方です。しかし、神学に関しては教団でも有数」

「一番はまたフローラ様?」

「そうです」

 にこりと微笑む。

「しかし、知識に関してはミスリアが一番でしょう。彼女は大地母神の経典正伝一二冊、外伝五冊、偽伝二冊を丸暗記しています」

「それはすごい」

「巫女たちが迷えば、いつでも索引してくれるのです」

「異世界のコンピューターのようだね」

「よく分かりませんが、それに近いかも」

 これで三賢母全員の紹介を受けたわけだが、紹介が終わると、彼女たちは僕たちの前にやってくる。

 コツコツコツ、

 神殿に靴の音を響かせ終えた彼女たち。同じタイミングで止まったが、一同を代表して話したのはフローラ様であった。

 彼女の第一声は、

「ルナマリア、おかえりなさい」

 であった。

 表情は謹厳実直であり、笑みなどは一切なかった。

ルナマリアは片足を地面に付けると、かしずく。

「大地母神の盲目の巫女ルナマリア、帰還いたしました」

「ご苦労様です」

 フローラ様はそのように返答すると、僕に視線を移す。

「――この御方が神々に育てられしもの、ね」

「はい。左様でございます」

 フローラ様は僕を注意深く観察する。まるで剣豪に睨まれているかのような威圧感を覚えるが、その視線もすぐに弱まる。

「――たしかにこの御方が世界を救う存在のようね。ルナマリア、よくやりました」

「あ、ありがとうございます」

 ルナマリアは感動に打ち震えている。なんでもフローラ様が褒めてくれるなど、一年に一度、あるかないかなのだそうな。剣の修行中、初めて丸太をふたつに切り刺したときも褒めるどころか、「返す刀でもう一撃加えなさい」と怒られたエピソードを語ってくれる。

 ルナマリアとしてはウィルを全面的に信頼していたが、勇者ではないことをなじられる覚悟もしていたようで、手放しの賞賛は意外とのことだった。ただ、それ以上、ルナマリアの苦労をねぎらったり、功績を褒めたりすることはなく、きびすを返す。

「瞑想の途中でした。あとで改めて会談の席を設けます」

 そう言い放つとすぐに神殿の奥に戻っていった。

「やけに淡泊な出迎えだなあ」

 正直な感想を漏らすと、ルナマリアは反論する。

「最高の出迎えでしたよ」

「君がそう言うのならばそうなのだろうけど……」

 ただ、フローラ様はルナマリアの育ての親、娘が帰ってきたらもっとこう笑顔で出迎えるとか、無事を確認するため、抱き合うとか、長旅の疲れを癒やすためのお風呂を勧めるとか、色々あるだろうに。――僕の父さんと母さんならばそれらのフルコースをしてくる、と思ったが。

 そのように悩んでいると、代わりにそれらのもてなしをしてくれたのは三賢母だった。三賢母のひとり、ポウラさんはにこやかに微笑むとルナマリアを抱きしめる。

「あらあら、ルナマリア、大きくなったわね。胸も膨らんだのではなくて?」

「ポウラ様、お久しぶりです」

 ふくよかで力持ちのポウラさんに抱きしめられて辛そうなルナマリアであったが、嬉しくはあるようで。笑みを絶やさない。次いでルナマリアを歓迎したのはアニエスさん。彼女はルナマリアの細腕を確認する。

「筋肉が付いているな。長旅でまた一段、強くなったのではないか?」

「幾多の困難に打ち勝ちました」

 そのように報告するとアニエスさんは喜ぶ。ポウラさんとアニエスさん、ふたりはくまなくルナマリアの身体を調べると、怪我がないかなどを確認していた。ルナマリアはされるがままだが、少し嬉しそうであった。そのように彼女たちを微笑ましく見ていると、いつの間にか真横にいたミスリアさんがつぶやく。

「……仲良きことは美しきかな」

 慈愛に満ちた言葉であるが、とても小さかったので聞き逃すところであった。

「……ごめんなさい。わたしは無口キャラなの」

「気にしないでください」

 彼女の発言を聞き漏らすまいと集中する。

「……ルナマリアは大地母神の神殿の期待の星。将来、大神官を継ぐものと目されている。だから皆に可愛がられている」

「彼女ならばきっとやり遂げます」

「……信徒たちからは信仰され、巫女たちからは尊敬され、司祭たちからは愛されている」

「当然でしょう。いい子ですから」

「……でも、それは今の話、最初は違った」

「え? そうなんですか?」

「……そう。彼女は身寄りのない農民の娘。まあ、ほとんどの巫女はそういう出自なのだけど。しかし、彼女は神聖な力が弱かった」

「それは信じられない」

「……ほんと。当時の指導司祭が匙を投げるくらい。この子には巫女の才能がない。かといって実家に送り返すことも出来ない。皆、頭を悩ませた」

 ミスリアはそこで言葉を句切る。

「……しかし、フローラ様は諦めなかった。不器用で才能のないルナマリアを懇切丁寧に指導した。厳しいながらも愛情ある修行を積ませ、ルナマリアを一人前に育てた」

「だからルナマリアはフローラ様を心の底から尊敬しているのですね」

「……だと思う。恩人……なんて生やさしい言葉では片づけられない存在」

 そのように断言すると、ミスリアさんは僕の顔を見上げる。

「……ところで少年、ルナマリアのことは好き?」

 不意打ちに僕は顔を染め上げてしまう。

「な、なんですか。急に」

「……いや、ルナマリアはあなたのことが好きみたいだから。両思いだったらどうしようと思って」

「どうもしませんよ」

「……そんなことはない。非処女は大司祭になれないの。それどころか巫女の資格も失ってしまうの」

「………そうなんですか」

「……そういうこと。だから今から処女であるかチェックをしないと」

 ミスリアさんはそう言うと僕がいるにも関わらずルナマリアのスカートをめくり始めた。少し恥ずかしげな顔をするが、受け入れるルナマリア。処女チェックは定期的に行われるものらしい。大地母神の巫女様も大変だ。そんな感想を漏らしながら、イージスの両目を塞ぐ。

「うぎゃー、なにするんだよー」

「デリカシーのない盾は嫌われるぞ」

「あのね、ボクは女の子だよ?」

「同性でも恥ずかしいものは恥ずかしい」

「そんなことないけどなあ」

 そのようなやりとりをしていると処女チェックは終わったようだ。

 ミスリアさんは「……OK」と指で輪っかを作る。その輪っかに指を入れて「……未貫通」という辺り、イージスに近いものを感じるが。

三賢母たちはなかなかに面白い人たちのようだ。

その後、僕たちは彼女のもてなしを受ける。

「ささ、神々に育てられしもの長旅でお疲れでしょう」

 とポウラさんはにこやかに微笑むと巫女たちに足湯を用意させた。

穢れなき巫女たちは長旅で疲れた僕たちを癒やしてくれる。

まず湯桶で僕たちの汚れた足を綺麗にすると、マッサージをしてくれる。

「どこかこっているところはございませんか?」

 と上目遣いで尋ねてくる美少女たち。

 イージスいわく、「ぬほ! この世の楽園じゃ、パラダイスじゃ!」とのことだが、大きく外れてはいない。同僚たちに持てなされているルナマリアは少し戸惑っているが、未来の大英雄を連れて帰ってきた彼女は殊勲者のようだ。客人のように持てなされている。

 その後、それぞれに私室を与えられると、夕食の準備が整うまで休むように勧められる。

 夕食の後には大浴場が用意されているとのこと。

 イージスが「トランプは? あと人生ゲーム・エルフ版とユノもやりたい!」と所望するが、それも用意されるという。

「なんて素晴らしいおもてなしなんだ」

 イージスはじーんという擬音が出そうなほど感動しているが、僕も似たようなものだ。

 大地母神の教団は質素倹約を旨とすると聞いていたから、このもてなしは想定外である。

 この盛大なもてなしについて、ルナマリアはこのように説明する。

「この世界を救う大英雄、救世主様を見つけることが出来たのです。大地母神教団の名前は後世まで残りますし、皆、大喜びなのでしょう」

「そんな大層なものじゃないんだけど」

「それにウィル様は大地母神にも選ばれた神々の使徒でもあるのです。無碍には出来ません」

「期待に添えるように頑張るね」

 そう言うとそれぞれの部屋に入る。夕食まで小一時間ほどあるが、ベッドの上に身体を預けると睡魔が襲ってくる。長旅で疲れたようだ。見知らぬ場所でこれほど早く睡魔が襲ってくるというのは安心している証拠であるが、ここはある意味世界一安全な場所。大地母神信仰の中心地にしてルナマリアの実家なのだ。

 神殿にいるのはルナマリアが信頼を置く人たちばかり、なにも心配することなく眠ることが出来た。

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