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家族の輪

竜の山から聖蘭草を持って帰った僕とルナマリアは、神々の総出で迎えられ、祝福を受ける。


「よくやった」


「ようやった」


「でかした」


「がんばったわね」


というそれぞれの言葉で賞賛されると、神々から旅立ちの許可を得た。


僕とルナマリアは喜び、その場で飛び跳ねるが、ミリアが釘を刺す。


「はいはい、そこまでー。旅立ちの許可をしましたが、不純異性交遊の許可はしていません」


ふたりの間に割って入るミリア。


無論、そんなことはしないが、面と向かってそのように言われると気恥ずかしい。


ルナマリアと少しだけ距離を取る。


そんなやりとりに呆れたのか、話を進めてくれたのは万能の神レウスだった。


大鷲の姿をしたレウスは口を開く。


「ともかく、ウィルの旅立ちは決まった。十日後に出立する」


「すぐにではないのはどうしてですか?」


ルナマリアが問うてくる。


「深い意味はない。十日後にウィルは成人を迎える。丁度いいと思ったのだ」


それに、とレウスは神々を見渡す。


「こいつらも心の準備が必要だろう。あと十日、たっぷり甘やかせてやれ」


その言葉を聞くとローニンは酒をぐいっと飲み、「しょうがねえな」と口にし、


ミリアは花が咲いたような笑顔で両手を挙げ、


ヴァンダルは長いあごひげをさすりながら「時間を効率的に使う数式を作るか」と、つぶやいた。


そのやる気満々の姿を見て、僕はため息を漏らす。


これはこの十日間、寝る暇も与えられないほど可愛がられるな、と思った。


ただ、嫌な気持ちはしない。


外の世界を見たいという気持ちは収まらないが、それと同じくらい胸を締め付ける思いもある。


やはり家族と別れを告げるというのは寂しいのだ。


永遠の別れではないが、かなりの長期間、家族の顔を見えなくなるのは確実であった。


その寂しさを紛らわせるため、この十日間、子供に戻ることにする。


目一杯、父さんと母さんに甘えることにした。


こうして僕とルナマリアは十日間、神々の住まいで日常を送るのだが、残された十日の使い道はそれぞれだった。


剣神であるローニンはいつものように剣の修行をしてくれた。


「男は背中で語るもんだ」


と余計なことは言わず。剣で語ってくれた。

朝から晩まで修行をする。


その光景を見てルナマリアは、


「ウィル様の強さの秘訣が分かりました。このような過酷な修行をしていれば強くもなります」


と言ったが、僕はぽりぽりと指で頬を掻く。

彼女が見当違いなことを言っているからだ。


実は今している修行はとてもぬるいのだ。


普段の修行はこのようなものではない。ローニンは僕と最後の語り合いをするため、かなり手を抜いてくれた。


ルナマリアに説明しても信じて貰えないだろうが、普段は滝壺の上から大木を十本同時に落とし、それを斬る修行などをしているのだ。


それに比べれば剣を打ち合う修行など遊びであったが、最後の時間くらい剣と剣で語りたかったのだろう。


ウィルもそれは望むところだったので、朝から晩までローニンと会話を繰り広げた。


剣神とはそのように過ごしたが、女親であるミリアはただただ僕を甘やかすだけだった。


朝昼晩と僕の好きなメニューを作ってくれたり、一緒にお風呂に入ったり、服を新調してくれたりした。


一緒にお風呂に入ったときは特製のシャンプーで髪を洗ってくれた。


「女の子のような艶やかな髪ね。旅の途中でもちゃんと手入れするのよ」


と髪を撫でられる。


ミリアは女の子を育てたかった、と常日頃から言っていたので、美容には五月蠅かった。あまりムキムキになって帰ってこないように、と釘を刺される。


「女の子が欲しいならば、ルナマリアと一緒にお風呂に入ったらいいかも。彼女の髪は手入れのしがいがあるよ」


美しい黒髪が頭に浮かぶが、ミリアも案外、まんざらではないようだ。


「いきなりうちの可愛いウィルをさらいにきた子だけど、根は悪い子ではないみたいね。違った形で出会ったら、娘みたいに感じていたかも」


と口にはするが、まだウィルはやれない、と闘志を燃やす。


「ウィルとお風呂には入れるのは私だけ。あんな小娘に負けないわよ」


「大人になったらさすがには入れないよ」


と言うとミリアは「だーめ」と僕を抱きしめる。


僕は厭がるが、その後、身体の隅々まで洗われて、一緒のベッドで寝かされた。


まあ、これもあと十日だと思うと我慢できる範囲ではあった。


ローニンの剣の稽古がない日はヴァンダルの書斎に籠もり、一緒に本を読んだ。会話はほぼない。


ヴァンダルは本を読むときはとても集中する。


三日くらいなにも口にせず、トイレに行くのも億劫そうにする。


その弟子である僕も似たようなところがあり、本を読んでいるだけでいくらでも時間を潰せた。


僕は街で流行している小説を読む。


ヴァンダルは古代魔法文明の未解読書を読んでいた。


ただ、ゆったりと時間が流れるが、ヴァンダルはぽつりとつぶやく。


「――そういえばお前が読みたがっていた本があったな」


というと本棚の奥にある本を差し出す。


「旅の途中で読むがいい。いい暇つぶしになる」


「いいの? これは読んでは駄目と言っていたけど」


この本は狂える魔術師リン・バザムという人が書いた本である。悪書と呼ばれ、読んだものを邪悪に導くといわれ、禁忌経典として扱われていた。


僕のような未熟なものは絶対に読まないように、ときつく注意されていた本だ。


「もうじきお前も大人だ。善悪の区別も付く。それにわしはお前に清濁併せ呑むような大人物になってもらいたいのだ」


「清濁併せ呑む――」


「そうじゃ、お前ならば悪と善だけにとらわれず多くの人々を救う存在になれるだろう。そのためには色々なことを学んだほうがいい」


「分かった。ヴァンダル父さんのくれた知識、絶対に無駄にしない」


「無駄にしてもいいさ。ただ、取捨選択してほしい。無限にあふれる情報の中から、真に必要なものを選び出せる能力を持って欲しいのだ」


ヴァンダルは一瞬だけ遠い目をすると、そのまま読みかけの本に視線を戻す。


僕もそれ以上なにもいわず。小説を読み直した。



このように三人の神々と過ごす僕、その間、ルナマリアは気を利かせ、そっとしておいてくれた。


巫女としての修行をすると、ひとり、森の奥に出掛けていた。


ルナマリアは滝を見つけると、そこで身体を清める。滝に打たれる修行をする。


全裸になった彼女は神に祈りを捧げながら邂逅する。


「――念願の勇者様には会えた。とても素晴らしいお方だった。しかし、彼を見ていると邪念が湧いてしまう」


家族と仲良く暮らす様を見ていると、羨ましいという気持ちが湧いてしまうのだ。


ルナマリアは幼き頃に両親や家族を亡くし、以後、ずっと神殿に籠もって修行してきた。


温かい家族というものから何年も遠ざかっているのだ。それゆえに仲睦まじいウィルたちを羨ましく思ってしまうのは仕方ないように思われたが、根が真面目なルナマリアはそのことを戒める。


「羨んでは駄目、羨んでいるといつかその感情は嫉妬に変わる――」


自分にそう言い聞かせるが、いくら水を浴びても煩悩は消え去らない。


ルナマリアが懊悩していると、小さなヒヨドリがやってくる。


そのものはルナマリアに語りかける。


「地母神の巫女よ。悩んでいるな」


「……その声はレウス様?」


「そうだ。ヒヨドリの姿で話しかけている。お前はウィルたちを見て遠慮しているようだな」


「……神に隠し事はできませんか。その通りです」


「仲睦まじい家族を羨んでいるようだな」


「はい」


「羨むのは悪い感情ではない。それが嫉妬に変わらなければ」


「ですが、自信がありません。いつか醜い感情にとらわれてしまうような気がして」


「ならば自分からその幸せに飛び込むのだ」


「飛び込む?」


「そうだ。ウィルと神々の中に入ればいい。彼らは快くお前を迎えるだろう」


――ミリアは嫉妬交じりに虐めてくるかも知れないが、と冗談を言うレウス。


「しかし、私などが……」


と言うと遠くからウィルの声が聞こえる。


どうやらあまり姿を見かけないルナマリアを心配してやってきたようだ。


レウスは言う。


「ウィルは見ての通りの子だ。神々を父母として大切に思っていると同時に、山の動物も大切な仲間だと思っている。あの子にとって愛おしきものは皆、家族なのだ。その中に盲目の巫女が加わっても邪魔に思うことはない。いや、誰よりもお前を大切に扱うだろう」


ヒヨドリはそう預言を残すが、ルナマリアは反論する。


「そうでしょうか? ならばなぜ、ウィル様は近づいてこないのでしょうか?」


音を聞けばウィルは数十メートル離れた場所に止まっていた。


家族ならば、仲間ならばもっと近づいてほしかった。


ただ、それについてはルナマリアの勘違いであるのだが。

レウスは飛び立つ前に言う。


「ウィルが往生しているのは、お前が裸だからだ。美しき裸身を持つ少女よ、少年とは年頃の娘の裸を気軽には見られないのだ」


その言葉を聞いて自分が素っ裸であることを思い出す。


神殿では女性しかおらず、平気で肌を晒すことができた。


しかし、異性の前では肌を晒してはいけないことを思い出す。


「――目が見えないのを不自由と思ったことはありませんが、これからは注意しないといけませんね」


ルナマリアはタオルで身体を拭くと衣服をまといウィルのもとへ向かった。


その後、ウィルに誘われて皆で食事を取った、豪勢な食事で女神ミリアが焼いたケーキも出てきた。


ローニンは酒を飲み、ミリアはケーキを切り分ける。ヴァンダルは食事中も本を読む。


ウィルは楽しそうにそれらをにこにこと見る。


ルナマリアは楽しいという感覚をひさしぶりに思い出した。

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