カールグスタフ
邪教徒たちは、遺跡の一部屋に祭壇を作り上げていた。
中央に邪神ゾディアックの像を作り上げている。その両隣に悪魔の像が二体。おそらく、二四将を模したものだろう。彼らは祭壇に血塗られた山羊を捧げていた。
それだけ見れば残酷だが、動物を神々に捧げるのはよくあることだった。原始的な宗教を持つ民族や蛮族などはよく行っている。人を捧げない限り、糾弾することは出来ない。
それにここにいる邪教徒たちは戦闘力を持っていないようだ。末端の信徒たちで、素朴に純粋にゾディアックを信仰しているようにも見えた。
僕たちの姿を見ると、恐れおののく。老人や子供たちが多かった。こうなってくると戦うわけにもいかない。
なんとか交渉して戦闘を回避しようと努めるが、とある老人が夢遊病患者のように鉈を振るってくる。
まったく、殺意を感じない上に、不意打ちだったので、思わず喰らってしまいそうになるが、リアが押し飛ばしてくれたので攻撃を貰うことはなかった。
「なに、ぼうっとしているの! ウィル!」
「ごめん。――でも、この人たちから戦意を感じなかったものだから」
「たしかに戦闘要員じゃないけど、こいつらは邪教徒よ」
そうだけど、と言い掛けたがその言葉は飲み込む。彼らは武器を取り始める。よぼよぼの老人から少年まで全員だ。
しかし、それでも彼らからは殺意を感じなかった。なにかが妙だと思ったが、僕たちを通す気はないようなので、戦闘は避けれない。
僕たちは彼らが極力傷付かないように留意しながら、彼らを倒していった。
リアは最小の力で手刀を加えていく。ルナマリアは聖なる力を最弱で送り込み、気絶させていった。僕も体術だけでいなす。
カールグスタフとの戦いは本気で挑めたからある意味楽であったが、彼ら末端の信徒に本気を出すわけにも行かず、ある意味苦戦した。ただ、それでも十分ほどで信徒全員の意識を絶つと、ルナマリアがとあることに気が付く。
「ウィル様、様子がおかしいです」
と報告してくる。
最初、邪悪ななにかが援軍に現れたのかと思ったが、違った。ルナマリアが倒した信徒だけ、泡を吹いていたのである。あの優しいルナマリアが故意に人をいたぶるわけがない。邪教徒といえども手加減したはずだ。ある意味、僕のほうが強い一撃を与えていたのだが、なぜ、このような違いが生まれるのだろう。邪教徒の手当をするルナマリアに近寄ると、その理由が判明した。頭部に回復魔法を掛けるルナマリア。すると邪教徒はもがき苦しむ。
「邪悪なものに神聖魔法を当てちゃ駄目なのかしら?」
リアは首をひねるが、それは半分だけ当たっていた。
邪教徒たちの耳や鼻から奇妙な蟲が飛び出てきたのだ。
「ひい、蟲だ」
女の子らしくのけぞるリアだが、すぐにそれがなんであるか気が付く。
「これは洗脳蟲!?」
「洗脳蟲、あ、ヴァンダル父さんから聞いたことがあるかも。たしか他人の意識を奪い、操ることが出来る蟲だっけ」
「そうよ。邪神の眷属が使う蟲。なるほど、ゾディアック教団はこれを使って勢力を拡張しているのね」
リアは這い出てきた蟲をかかとで潰しながら呆れる。
「昨今、ゾディアックが急激に勢力を伸ばしているのにはこんな理由があったのですね。たしかに政情が不安なところもありますが、邪教が伸張する土壌がないので、変だとは思っていたのです」
「もしかして今まで僕たちを襲ってきた信徒の中にもこれを飲まされたものがいたのかもしれない」
虚ろな瞳だった教徒たちを思い出す。
「かもね。でも、この蟲も万能ではない。意識は奪えるし、操れるけど、弱い人間しか使えないものよ」
「たしかに誰彼構わず支配下におけたらずるいもんね」
「そういうこと」
「しかし、純朴な人たちに酷いことを」
僕はゾディアックの幹部たちに改めて怒りを燃やすと、ルナマリアとリアに倒れている信徒たちを浄化するように願う。
「分かったわ」
「分かりました」
ふたつ返事で了承してくれた巫女さんたちは手分けをして頭部に回復魔法を掛けた。何匹も這い出る洗脳蟲、一匹一匹、潰していくが、その作業を終えると、僕たちは祭壇の間をあとにする。信徒たちから情報を得たいが、完璧に洗脳されたものは状況が分からず、まだゾディアックを信じているものは口を割ることはないと思ったのだ。それは正解でリアが賞賛してくれる。
「さすがはウィルね。いい決断力」
「ですね。今は死霊魔術師カールグスタフを追うことが先決です」
意見はまとまると自然と歩調は早くなるが、件のカールグスタフとはすぐ遭遇することができた。やつは壁に手を突きながら、やっとの思いで歩いている。
「やはり心臓を刺されてまともに生きていられるやつはいないわ」
リアがカールグスタフの状況をそう評すが、当の本人はにやにやとしていた。
「これはこれは、神々の息子とその仲間たち。――やはり末端の信徒どもでは役に立たなかったか」
「洗脳蟲まで使って、おまえたちはなんて非道なんだ」
「褒め言葉と思っておこう」
「勝手に思っていろ」
僕は再び剣を抜く。
「ほう、迷いのない目だ。今度こそ俺を殺すか?」
「可能ならば。――でも、おまえはもう死んでいるんだろう?」
「その通り。俺は死霊魔術師、死を司る偉大な魔術師のみが到達できる境地に到達した」
「リッチか」
「リッチってお金持ちってこと?」
ほえ? とクエスチョンマークを浮かべるリア。
「違うよ。リッチとは不死族の王の別名。邪悪な魔術師が邪悪な秘法によって到達できる邪道の頂点」
「なんかすごそう」
「すごいよ。でも、たぶん、こいつは半分リッチだ。完全なリッチじゃない。完全なリッチならばさっきの一撃なんてなんともないはずだもの」
その言葉にカールグスタフは、「正解」とほくそえみ、攻撃を加えてくる。心臓に当てていた手を解き放つと、そこから大量のどす黒い血液が飛び出し、槍状となる。鋭い槍の一撃、僕はいくらでもかわせるが、ルナマリアとリアはそうではなかった。不意打ちに弱い彼女たちを助けるため、彼女たちに防壁を張る。魔法の防壁は彼女たちを守ったが、代わりに僕の肩口に血の槍が突き刺さる。
「ウィル様!」
ルナマリアは顔を青ざめさせるが、リアは逆に赤くなる。
「私の可愛いウィルをよくもー!」
とフレイルをぶん回し、カールグスタフに攻撃を加える。半リッチと化したカールグスタフは僕と同じように防壁を張って、対処する。なかなかに見事であった。先ほどよりも遙かにパワーアップしているように見える。その理由は自身が説明してくれる。
「ふははあ、一度死んだことにより、我はリッチとなった。地獄より極上の力を持ち帰ったのだ。もはやおまえらごときにどうとか出来る存在ではない。苦しみをたっぷり与えた上で殺してくれるわ」
愉悦と嗜虐心に満ちた表情、人間の心はもはやないようだ。――いや、最初からなかったのかもしれないが。
僕は刀身に力を込める。この男ならば手加減は無用だろう。慈悲も。僕は容赦なく斬り殺すつもりで戦闘を始めた。
一時間後――、
僕たちは窮地にいた。
半リッチと化したカールグスタフに追い詰められていたのだ。先ほど圧倒した相手に追い詰められた理由はふたつ、
ひとつは最初の一撃を食らってしまったこと。僕の肩は血の槍によって傷付いていた。
もうひとつはやつがリッチと化したこと。魔力が大幅に高まった上に、無尽蔵の体力も手に入れた。持久戦を挑まれると不利になるのだ。
やつは攻撃を控え、防御に力を割いていた。そのお陰で僕の剣もリアの馬鹿力も効果を上げることが出来なかった。
やつの策略に気が付いたときには僕たちの体力は尽きていた。先ほどの信徒たちとの戦闘もやつの計算の上なのかもしれない。歯ぎしりするが、悔しがっても仕方ない。やつは僕の気持ちをあざ笑うかのように攻撃に転じる。己の心臓から無数の血の槍を出し、攻撃を加えてきたのだ。
僕たちはその攻撃をいくつか食らってしまう。僕は太もも、リアは二の腕、ルナマリアはくるぶし。それぞれかすり傷程度であったが、それでも動きは奪われる。もしも次の攻撃を食らえば僕たちは致命傷を受けるだろう。
――やられる。
そう思った僕であるが、そのとき、カールグスタフの後ろにある壁画が目に飛び込んでくる。
そこには黄金の色をした鷲が描かれていた。どこかで見たことのある鷲だ。それが自分の父親であると気が付いた瞬間、その壁画は声を発する。なんと壁画が動いたのだ。
彼はこのように口を動かした。
「――ウィルよ、我が息子ウィルよ。我は教えたはず。おまえに与えた力は、剣術や魔術や勇気だけではないことを」
その言葉は昔から父さんに聞かされていた言葉だ。
剣神ローニンの剣術、魔術の神ヴァンダルの魔術、治癒の女神ミリアの治癒の法、
それらは最高の技術であったが、それを上回る〝力〟が存在するのだ。
それは〝智恵〟。
どんなときでも諦めない心、最後の最後まで考え抜く智恵こそが、最強の武器となる。
それが〝万能の神〟レウスの教えだった。それを思い出した僕は黄金色に輝く鷲の壁画の上を見る。先ほどからぱらぱらと小石が落ちていた。僕たちの激しい戦闘によって遺跡は揺れていたが、太古に作られた遺跡はそれに耐えられなさそうだったのだ。今にも崩れ落ちそうな天上に活路を見いだした僕は、ダマスカスの剣に《爆》の文字を書く。爆砕属性の剣閃を解き放つのだ。
僕はカールグスタフではなく、彼の真上にある天上に魔法剣を放つ。
カールグスタフは、
「気でも狂ったのか、小僧」
と余裕の笑みを浮かべるが、それも数秒だけだった。
天上から大量の石や土砂が落ちてくると表情を変える。
「――貴様の狙いはこれか」
それがカールグスタフ最後の言葉となった。
無論、彼は不死の王。それで死ぬことはないが、何トンにも及ぶ土砂をかき分けることは不可能。つまり彼はもう死んだも同然だった。
きっと、すぐに思考を放棄し、死んだように眠るに違いない。彼に命を奪われたものたちは、それで納得はしないだろうが、それでも僅かでも心は慰撫されることを願った。
このようにして死霊魔術師と決着を付けると、壁画の鷲は具現化した。翼をはためかせると、僕の前に舞い降りる。
「ウィルよ、よくぞ気が付いたな」
「――ありがとう、父さん」
「その声はレウス様ですね」
「ああ、久しぶりだ、大地母神の巫女よ」
「お久しゅうございます。今回もウィル様を導いてくださったのですね」
「それは違う。ウィルは自分で考え、自分で決着を付けた。我はなにもしていない」
「レウス父さんがヒントをくれたから思いついたんだよ」
「ヒントなどなくてもいずれ自力で思いついたさ。我はそれを少し早めただけ。おまえたちに早く神殿に行ってほしかったのでな」
「だね。大分、時間を取られた。――でも、そんなに急がなくても神殿は逃げないような」
「神殿はな。しかし、その中に住まう人間はそうではない。皆、定命のものだ」
「どういう意味?」
「それは自分で確かめろ」
相変わらずである。レウス父さんは人生の節目節目でアドバイスをくれるが、くれるのはアドバイスだけ。結論は自分で導き出さなければならなかった。他の神々のように無茶な修行は要求してこないが、ある意味、一番厳しい親かも知れなかった。まあ、僕は大好きだけど。そのように纏めると、空いた穴から地上に出ようと思ったが、もうひとつだけアドバイスをくれた。
「そういえばウィル、左腕の盾のことなんだが」
「ああ、イージスか。そうだ。最近、彼女が無口なんだ。なんか、気に障ること言ったかな」
「そんなことはない。ただ、彼女は眠っているだけ。〝覚醒〟に備えているだけだ」
「覚醒って?」
「それは自分の目で確かめろ。その日は近い」
相変わらずだなあ、と思ったが口にはせず、瓦礫を登る。ルナマリアもそれにならうが、リアだけはそれに続かない。もしかして先ほどの戦闘で重傷を負ってしまったのだろうか? 治療をしようとしたが、きっぱりと断られる。
「私は神官戦士よ、自分で治せる。てゆうか、私、興味が出てきちゃったのよね、この遺跡に」
「そうなの?」
「久しぶりに姉さん――じゃなかった、クリシュナの壁画を見てね。私はこう見えてもインテリで神話学にも興味があるの」
「そうなのか」
「それになんか、お宝もありそうだし、しばらく探索してみるわ」
「ということはここでお別れ?」
「そうなるわね。神殿も目と鼻の先だし私がいなくても辿り付けるでしょう」
「うん、たぶん」
「じゃあ、頑張って。――ううん、もう頑張ってるか。幸運を」
「リアにも幸運を」
僕たちは握手を交わすとそのまま別れた。リアは最後にルナマリアにも握手すると、二三、声を交わしている。内容は分からないが、母さんの名前が聞こえたような気がした。
僕は名残を惜しむことなく、地上に出る。リアとの別れは寂しいが、今生の別れではない。またどこかでひょっこり再会することが出来ると思ったのだ。
ルナマリアもそれには同意らしく、「リアさんはウィル様の側で見守ってくれていますよ」と言った。
僕たちは大地母神の神殿に向かうため、歩みを進めた。
ウィルとルナマリアがいなくなると、鷲の姿をしたレウスは、リアの肩に舞い降りる。
リアは「痛いわよ」と文句を言うが、レウスは気にせず続ける。
「古き神々の娘よ。よくぞ、ウィルを守ってくれた」
「別に礼を言われるような筋合いじゃないわよ。自分の息子を守るのは当然でしょ?」
「たしかにそうだ」
レウスは笑い声を漏らす。リアは旅人の袋から、干し肉を取り出すと、それをレウスに与える。鳥のように扱うな、とのことだが、鳥の姿をしているのだから仕方ない。
この無謀の神レウスは様々な姿に化身をし過ぎて、本当の姿がどれか、周囲のものには分からなくなっているのだ。いや、もしかしたら本人も忘れてしまっているのかも知れない。
「私の旅はここまで。肉を余らせたら勿体ないでしょう」
そのように寂しげにいうとレウスは納得してくれた。
鷲のように干し肉をついばむレウスに、リアは尋ねる。
「ウィルは試練に打ち勝てるかしら。ゾディアックを打ち払えるかしら?」
「それは分からない。ただ、あの子は強い。この地上の誰よりも」
「私たちよりも?」
「無論だ。あの子は無限の可能性を秘めている」
「そうね。その可能性を引き出してあげるのが私たち神々の勤めかもね」
「そうだ。そのためには手助けは控えないと」
「親ってのは木の上に立って見る、って書くものだものね。子供の成長を見守らないとね」
先ほどまでウィルがいた場所を愛おしげに見送ると、神官戦士リアは、治癒の女神ミリアへと戻る。
「さあて、山に帰って動物のお医者さんに戻るかあ」
そのように背伸びをしながらつぶやくと、万能の神レウスのほうへ振り返るが、すでにそこには誰もいなかった。
「まったく、親は木の上から見るものなのに――」
しかし、ミリアはそれ以上、文句は言わなかった。
ウィルを拾ってきたのは彼だ。
節目節目で導いてきたのも彼。
今、ウィルは間違いなく節目にいた。
ゾディアックを打ち倒す〝鍵〟となるのは間違いなくウィルだ。
この世界に八人いる勇者の後継者でもなく、聖王の子孫たちでもない。
神々に育てられしものが、この世界を救うはずであった。
レウスにはそれを導く使命があった。
同じ古き神々に連なるものとして、レウスを応援する義務があった。
いや、権利か。
ウィルを愛するものとして、ミリアはレウスに全幅の信頼を置いていた。
それは他の神々、新しき神々である剣神ローニンや魔術の神ローニンも同じであった。
ミリアは同じ志を持つ神々と息子を見守るため、テーブル・マウンテンに戻っていった。




