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ゴーストタウン

 数刻後、僕とルナマリアは元いた場所に戻る。それぞれの表情を確認するが、手がかりのようなものはなさそうだった。一応尋ねて見る。リアは落胆しながら答える。

「建物を中心に探したけど、なーんも収穫はなし」

「低級なゴーストの襲撃はありましたが、リアさんが一喝したら消えました」

 ルナマリアが補足する。

「なるほど、僕も似たようなもの。レイスとかに遭遇したけど、そんなには強くなかった、魔法の武器もあるし」

 幽霊は通常、物理攻撃が効かない。神聖魔法か魔法の武器を使わなければ倒せないのだ。

「まったく、文字通り本当にゴーストタウンよね。人っ子ひとりいない」

「猫の子一匹いなかったね。まあ、餌もないだろうけど」

「てゆーか、お手上げ。術者、もしくは術者が作成した無限回廊を生み出す装置を破壊すればでられるのだろうけど」

「巧妙に隠されているんだろうね。どんなに探知しても見つからなかった。――これは考え方を変えたほうがいいかも」

「と申しますと?」

「敵は隠れる名人なんだ。ならばいくら探しても無駄だとは思わない?」

「そうね。私はかくれんぼ上級検定持っているけど、敵は一枚上手みたい」

 どんな検定なのだろう、と思ったが、気にせず続ける。

「僕にちょっとした考えがあるんだ。こうやったら敵は慌てて姿を出すんじゃないかな、と思うんだけど、ちょっと聞いてくれるかな」

「聞く聞くー」

「拝聴したいです」

 それぞれに微笑むと、ルナマリアとリアは耳を傾けてくれた。彼女たちの美しい耳元に手を添えると、ごにょごにょと策を披瀝する。僕の策を聞いた彼女たちは表情を輝かせ、いつもの言葉をくれた。

「さすがはウィル様です!」

その後、リアは抱きしめてくるが、彼女の胸はとても大きいので照れる。

 しかし、どこか懐かしいような感触を覚えるのはなぜなのだろうか?



 僕の策を実行するのには、条件が必要であった。そのひとつに土煙が舞うような土を見つけるということであった。これは先ほどルナマリアたちが見つけてくれたので、その場所に向かう。二手に分かれて向かったのは、途中、リアにとあるものを用意してもらうためだった。

 結構、大きなものなのだが、怪力無双の彼女ならば苦もなく用意してくれるだろう。実際、彼女はそれをひょいと持ってきてくれた。僕はそれを何気なく受け取ると、土埃舞う場所で準備を始める。これ見よがしに用意をするのは、どこかで観察しているはずの邪教徒たちに見て貰うためだった。わざとらしい台詞を漏らす。

「さあて、周囲を探索して、脱出方法も分かったし、実行するか」

「まあ、そのような方法を思いついたのですね、さすがはウィル様です」

「…………」

 リアが絶句しているのは僕たちの演技があまりにも大根だからだろう。三流の喜劇役者のようであった。しかし、ぼくたちは役者ではなく、冒険者、チケット代を受け取るわけではないので、これで十分だった。ゾディアック教団に僕が今から〝脱出〟すると誤解させることさえできればいいのだから。さらにわざとらしく続ける。

「さあて、これから僕は脱出するけど、さすがにみんなは無理だ。だから僕だけ脱出して、ヴァンダル父さんを連れてくるよ。なんせ、ヴァンダル父さんは史上最強の魔術師のひとり、魔術の神様になった人だからね」

「それは頼もしい」

 三文芝居を終えると、身体に魔力をまとわせる。蒼いオーラが全身を包み込むと、大気が震える。圧倒的魔力を解き放っているからだが、ここで無駄遣いはしない。

 ただ、僕は《飛翔》と《衝撃》の魔法を同時にはなっただけだった。飛翔の魔法はとある物体を上空に飛ばすために使った。衝撃の魔法は上空にある魔力の壁を打ち破るため――ではなく、地面にある土を巻き上げるため……。


「どーん」


 という音が響き渡ると、僕の足下は土煙に包まれる。それと同時に上空にひゅっという影が。

 影はとんでもない速度のため、ルナマリアもリアも捕捉できなかったようだが、上空の魔力の壁は違った。すぐに影を捕まえる。影は勢いよく壁にぶつかるかに見えたが、壁に触れるか触れないかのところで四散する。周囲のものはなにが起こったのかさえ分からないだろう。

この光景を観察しているゾディアックの手のものが騙されてくれればそれでいいのだ。ルナマリアとリアは手はず通り、居なくなった僕のことに触れる。

「さ、先ほどまであそこにいたウィル様がいなくなっています」

「あ、ほんとだ。もしかして、今の爆発を利用して壁の外に?」

「そうとしか考えられません。ウィル様ならば壁の外に出るくらい簡単です」

「それにしても酷いわねえ。私たちを置いていくなんて」

「違います。ウィル様は助けを呼びにいったのです。魔術の神ヴァンダル様がやってきてくだされば、無限回廊など即座に消せます」

 大根演技に三文芝居を掛け合わせたかのようなやりとりだが、気にはしない。この一連の光景を見た観察者が業を煮やしていると分かったからだ。

 ルナマリアとリアの周囲に邪悪な気配を感じる。見ればいつの間にか周囲をゾンビとゴーストの群れが囲んでいた。ルナマリアは小剣、リアはフレイルを握り絞める。

「どうやら無限回廊で足止めする作戦はやめて、私たちを捕縛する方向に切り替えたようですね」

「ま、肝心のウィルが逃げてしまって、ヴァンダルの助けが来ることが確定している今、それしかないでしょうけどね」

 演技掛かった台詞は終わり、ふたりは皮肉に満ちた言葉を漏らす。その言葉に反応するはアンデッドの群れを使役する人物、死霊魔術師だった。彼は離れた位置から肯定する。

「その通り、我々がほしいのは神々に育てられしものの命。まさか逃げられるとは夢にも思っていなかったが」

「あんたの作った無限回廊がへぼかったのよ」

「教団の総力を挙げて作ったのだが……」

 そう宣言すると、彼は魔術師のローブの内側を見せる。少年少女の干し首が七体、見て取れた。それを見たリアは表情を歪める。

「……この、サイコ野郎が」

 ルナマリアは殺された子供たちの魂が慰撫されるように祈る。

「ふぉっふぉっふぉ、心優し娘たちだて。だが、安心しろ。すべてが終わったらおまえたちもあの世に送ってやる。そこで優しい言葉でも掛けてやりなさい」

「いつか死ぬけど、あんたたちに生殺与奪権を与えるつもりはない」

 こくりと同意するルナマリア。彼女は戦女神のように剣を突きつける。

「死霊魔術師、名を名乗りなさい」

「カールグスタフ。死霊魔術師カールグスタフだ。ゾディアック教団第四旅団団長という役職もある」

「憶えにくい名前に肩書きね。でも、三分だけ憶えておいてあげる」

「乾麺が食えそうじゃて」

 己の白髭に手を当て、そのような感想を漏らすカールグスタフ。リアは三分でおまえを殺すと言っているのだが、カールグスタフは小娘ふたりに後れを取るつもりなどなかった。

「神々に育てられしものがいれば話は別だが、おまえたちふたりなどわしの敵ではない。一〇八のゾンビと二七の死霊を同時に使役できるわしの敵ではないわ!」

 カールグスタフが己の手の内をばらした瞬間、周囲のゾンビは襲いかかってくる。彼らはうなり声を上げながら、生きた肉を求め、やってきた。生者の肉に飢えたゾンビは欠食孤児のような表情でルナマリアの前に現れたが、彼女はそれを一刀両断する。女性とは思えない力だった。カールグスタフは嘆息する。

「ほお、そちらのお嬢ちゃんはなかなかやるな。神々に育てられしものの従者だったかな」

「その通りです。私は幼き頃より剣の鍛錬を欠かしたことがありません。ウィル様を守るのが従者の勤めですから」

「なるほどのぉ」

 そう感心しているとリアも無双を始める。フレイルと自身をぐるぐる回しながら、ゾンビを粉砕していく。彼女の膂力とゾンビの腐り具合は、いい具合にマッチして、周囲に腐ったミンチをぶちまけていく。

腐肉がびちょりとカールグスタフの頬に付着する。カールグスタフは嬉しそうに腐肉をペロリとなめる。まったく、気持ち悪い魔術師だ。ルナマリアとリアはそう思ったが、その感想は間違っていない。彼は低級の霊を一箇所に集めると、大きな霊を作り始めた。

「あれはレギオン!?」

「ほお、知っているか?」

「草原のダンジョンでも見た化け物です。あのときみたレギオンはもっと大きかったですが」

「これはこぶりだが、おまえたちを倒すのには丁度いいだろう」

 そう宣言すると、低級霊が集まって出来た醜怪な怪物が襲いかかってくる。巨体に似合わぬ速度だ。ルナマリアは避けるので精一杯だった。かろうじて避けてみると、レギオンはルナマリアの後方にあった建物群を破壊し尽くしていた。まるで大型台風が去ったあとのような光景であった。背中に冷たい汗を走らせるが、戦えない魔物ではなかった。あの重機のような突進力にさえ気をつければなんとかなるはずだ。レギオンはアンデッドの一種、ならばルナマリアの聖なる力は有効なはずなのだから。ルナマリアは小剣を握り直すと、宣言する。

「あの化け物は私が倒します。リアさんはカールグスタフをなんとかしてください」

 その言葉に即応するリア。彼女はルナマリアの実力を信頼しきっていたから躊躇することなどなかった。

「まあ、その綺麗な顔を傷つけないようにね。人生の先輩が言えるのはそれくらいかな」

「ちなみにどれくらいで討ち取って頂けますか?」

「四分と三〇秒くらい」

「先ほどは三分と言っていましたが? すでにかなり時間が経っていますよ」

「あれはゾンビを駆逐する時間なんですー」

 負け惜しみを言うが、それでも死霊魔術師ごときには負けない、そんな気迫を感じた。カールグスタフはそのやりとりを余裕で見守る。彼はゾディアック教団でも幹部に分類される。その実力によって教団内部での地位を勝ち取ったのだ。このような小娘に負けるなどとは夢にも思っていなかった。だから小鳥のさえずりを聞くが如く態度でふたりのやりとりを聞くことが出来た。しかし、ゾンビの群れもだいぶ駆逐された。ゾンビなどいくらでも量産できたが、これから戻ってくるだろうウィルとその父親のことを考えると悠長にはしていられなかった。

 なるべく早く人質を取って、有利な状況を作っておきたかった。そう思ったカールグスタフは、リアを返り討ちにすることにした。懐から紫色の秘薬を取り出すと、それを飲み干す。邪悪なオーラがカールグスタフを包み込む。

 この秘薬は術者の能力を何倍にも引き上げる。製造法は目の前の小娘が聞けば怒り狂うものだが、説明している時間はなかった。想像以上の速度で懐に入り込まれたからだ。フレイルを剣のように振り回しながら、ゾンビを蹴散らす少女。彼女はカールグスタフの懐に入り込むと、迷うことなく頭部に鉄球を振り下ろした。

 普段ならばそれで脳漿をぶちまけるはずであったが、今のカールグスタフは超人であった。秘薬によって身体能力が飛躍的に上昇しているのだ。リアの飛燕のような一撃も止まって見えた。鉄球を空中で掴むと、圧倒的な握力で握りつぶす。鉄の塊であるフレイルがみしりとひしゃげる。それを見たリアはにやりと笑う。

「どうした小娘、虎の子のフレイルが破壊されそうなのだぞ、もっと悲しめ」

「たしかにこれは聖なるフレイル。貴重品だけど別にどうでもいいわ。自動修復機能があるし」

「なるほどな。しかし、このままだとおまえの手もこのフレイルのようになるぞ」

 カールグスタフはフレイルの鎖を引きちぎると、リアの両手を掴む。

 力比べのような体制になる。

「じじいの癖に力持ちじゃない」

「ふふふ、暗黒の秘薬を舐めるな。悪魔に魂を売ったものしか到達できない強さを得られる」

「へえ、そうなんだ。……ぐぎぎ」

 リアは力を込める。怪力はリアの一八番。全筋力を活性化させればカールグスタフに対抗くらいは出来る。押し返されるカールグスタフ。

「ほお、その細身でなんという力。信じられぬ」

「耄碌してるわね。あと、人を見た目で判断しないほうがいいわよ」

「なるほど、憶えておこう。ちなみにわしはまだ全力を出していない」

「へ、へえ、そうなんだ」

 さすがに少し焦るリア。

「そうじゃのお。おまえの筋力値を三万としようか。わしの今の筋力値は四万くらいかな」

「一万くらいならば愛と勇気で補えそう」

「じゃな、愛と勇気さえあればそれくらい跳ね返せよう。しかし、わしが本気になったときの筋力値を聞いても同じことが言えるかな?」

「……ちなみに本気を出すといくつになるの?」

「三四万じゃ」

「――――」

 その言葉を聞いたリアは一瞬、絶句し、表情を蒼白にさせる。

 カールグスタフは絶望色に染まるリアを見て、愉悦の表情を浮かべる――はずであった。

 はずであったのだが、リアは一向に絶望しなかった。それどころか、にこやかに笑い始めたのだ。気でも触れたのだろうか。カールグスタフは怒りに満ちた問いを投げかける。

「小娘、なぜ、絶望しない。これからおまえを圧倒的な力でねじ伏せるのだぞ!」

「らしいわね、頑張って」

「小娘、もしやはったりだと思っているのか?」

 そう思ったカールグスタフは力を込める。筋力値一八万くらいまでレベルを上げる。

 当然、リアはねじ伏せされそうになるが、それでも余裕の笑みはやめない。

「気でも狂ったか」

「まさかー……」

 血管をブチブチさせながら、対抗しようとするが、それでもカールグスタフには敵わない。しかし、リアには秘策があった。正確には秘策を持っている息子がいた。

 最後の力を振り絞って、カールグスタフを押し返すと、リアはこう言い放った。

「ウィル、そろそろ穴掘りは飽きたでしょう、約束通りこいつを押さえつけてるから、ちゃっちゃっとやっちゃって!」

 その要請に言葉ではなく、行動で反応するのは女神ミリアの息子、リアのこと流浪の神官戦士だと思い込んでいる少年だった。カールグスタフの後背、地中から現れたウィルは一直線にダマスカスの剣を彼の心臓に突き立てる。

 すうっとカールグスタフの肉体に突き刺さる青みがかった刀身。どのような人間も心臓を刺されて無事のわけがない。カールグスタフはゆっくりと崩れ落ちると、そのまま倒れた。口と胸から大量の血を流しながら、カールグスタフは問うた。

「ば、馬鹿な、もう間に合ったというのか……」

「違うよ。僕は最初から無限回廊を脱出していない」

「な、なんだと!?」

「土煙を巻き上げて、姿を消す。その間に地中に潜る。一方、空中ではリアが用意してくれた丸太を投げて魔力の壁際で爆発させる」

「端から見ればウィルは脱出したようにしかみえないわよね」

「……なるほど、そうやってわしをおびき寄せたか」

「そういうこと、ついでに地中に潜ってあなたが隙を見せるのを待った」

「……見事だ、神々に育てられしものよ」

「あなたを倒せば無限回廊は消えるのでしょう?」

「その通りだ。わしがこの回廊を作り出した」

「ならばあなたの死を見送るだけです」

 僕は目をつむる。こいつは悪党であるが、だからといってその死を喜ぶ気にはなれない。

 ルナマリアも同じだったようで、僕の横に寄り添い、祈りを捧げている。

「ほお、レギオンを倒したか、娘」

「はい。強敵でした」

「祈りまで捧げてくれる。さすがは大地母神の巫女」

「どのような悪でも死ねば骸です。その魂は長い時間を掛けて浄化されるでしょう」

「地獄落ちということか。まあ、いい。死霊魔術師になった時点で覚悟はしている。しかし、それにしても慈悲深い娘だな」

「大地母神の教えです」

「なるほどね、大地母神ね」

 死霊魔術師は含みある表情を作ると、このような言葉を口にした。

「その大地母神の教えが今も生きているといいが。――まあいい、近いうちに分かるだろう」

 そのような謎めいた台詞を漏らすと、カールグスタフは死を受け入れる。

 ――はずであったが、その刹那、遠方からレギオンが。

「ば、馬鹿な、先ほど倒したはずなのに!?」

 ルナマリアは驚愕するが、カールグスタフはこう補足する。

「レギオンが一匹だなんて誰が言った?」

「なるほど、二匹目が潜んでいたということか」

 二匹目は幸いと先ほどのやつよりも小さかった。僕はカールグスタフからダマスカスの剣を抜くと、そのままレギオンを袈裟斬りする。一刀のもとに怪物を消滅させた僕。

 他にも化け物がいないか、周囲に注意をやるが、これ以上の危険は確認できなかった。

 僕はダマスカスの剣についた血を拭いながら、

「残念でしたね。最後の一撃――」 

 そのようにカールグスタフに話し掛けたが、驚愕する。

 なんと先ほどまでいたカールグスタフが居なくなっていたのである。忽然と姿を消したカールグスタフ、遅れて確認したルナマリアとリアも慌てふためく。

「死霊魔術師が消えました」

「死んで身体が崩壊したとか?」

「強化しすぎると死体が朽ちることはよくあります」

「でも、わずかも死片が残っていない」

 改めて確認するが、どす黒い血が地面に溜まっているだけであった。肉片は一片もない。なんの細工もなく、死体の質量がゼロになることなどない。僕は空を確認する。次いで近くにあった小石を投げるが、魔力の壁は今も存在していた。

 それらを総合して判断すると死霊魔術師カールグスタフは生きており、逃げ出したとみるべきだろう。先ほど自分が出てきた穴を確認する。僕が掘り進んできた横穴、その下にさらなる穴が確認できた。どうやら彼は《掘削》魔法も得意なようで。

「やられたわね。もしかしたらあいつ自身、すでにアンデッドなのかも」

「あり得るね。もしかしたら心臓をふたつ持っているタイプかもしれませんし」

「恐るべき邪教徒です」

 同じ結論に達した三人は同時に提案する。

「カールグスタフを追いましょう。どのみちやつを倒すしかこの回廊から抜け出せないのですから」

「だね。今、軽く見たけど、地下へ続く穴はどこか遺跡のようなものに通じているみたい」

「街の下にどでかい遺跡があったのね」

 ルナマリアは大きく頷く。

「たしか旧スケアの街は遺跡の上に立った街だという噂を聞きました。稀に遺跡から守護者(ガーディアン)が這い出てきて困っていたとか」

「それが移転の理由のひとつでもあったのかもね」

「おそらくは」

「てゆうか、そういう重大な情報は早めに言ってほしかったのだけど」

 リアが不満を漏らす。

「すみません。新しい街道が出来たのは私が生まれる前でして」

「ならば仕方ないか」

 あっさり納得すると、リアは「うんしょ」と穴の中に入る。危険を確認せずにいきなり入るのはリアらしかったが、拙速は遅巧に勝るということを肌身で知っているのだろう。一刻も早くカールグスタフを追うべきだと思った。僕とルナマリアも穴に飛び込む。



 スケアの地下に広がる遺跡。

 学者肌の神様の息子でもある僕は興味を惹かれ、壁を調べる。

「ヒカリゴケの塗料が散布されている……」

 ヒカリゴケとは僅かな光を増幅させる苔の一種。これを塗料にして塗ると、松明がなくても歩けるほどの光を得ることが出来る。

「ヒカリゴケがあるということは古代魔法文明の遺跡かな」

 周囲を見渡すか、華美な装飾はない。魔法文明の遺跡は装飾が派手なことが多いが……。そのように考察をしていると、リアがぽつりとつぶやく。

「――ここは古代魔法文明の遺跡じゃないわ。ここは聖魔戦争時代の遺跡」

「聖魔戦争、ですか?」

 ルナマリアが問いかけるが、リアの耳には届いていない。

 リアは夢遊病患者のように壁に触れる。意識を過去に飛ばすかのように語る。

「聖魔戦争。かつて邪神ゾディアックが古き神々に挑んだ戦争」

 リアは壁を手で拭う。するとそこから壁画が顔を覗かせる。

 そこには邪神ゾディアックと思われる醜怪な怪物と神々が描かれていた。

「かつて七七柱もいた古き神々。彼らは邪神ゾディアックを倒すため、その身を犠牲にした。彼らの肉体は朽ちて、天に召された」

「なんとか邪神ゾディアックを封印した神々は、その後、地上に〝新しき神々〟を生み出したんだよね」

「そうね」

 こくりとうなずくリア。

「この国に住まうものならば幼児でも知っている神話ですね」

「神話じゃないわ、本当に起こったこと」

 リアは即座に否定する。ルナマリアはなにも言わない。神々が、それも聖魔戦争を直に戦った神の言葉を訂正することなど出来なかった。

「ローニン父さんとヴァンダル父さんは聖魔戦争以後に神々になった新しい神様なんだよね」

「そう」

「レウス様はどうなのですか?」

「レウス父さんは古き神々だよ」

「まあ、古き神々は一掃されたのではないのですか」

「一部、この世界に残っているよ。父さんは地上の監視者でもあるんだ。ただ、昔のような神威はないようだけど……」

「そうね、万能の神にして無貌の神レウス、かつては最強の神とも呼ばれたけど、今は様々な生物に化身し、地上を監視し、人々を導く力しかないわ」

「それだけでも偉大です。ウィル様を拾い、見いだしたのは彼ですから。それに剣の勇者レヴィンさんを救ったのは彼だと聞きます」

 リアはこくりとうなずく。

「吟遊詩人はこう語るかもね、世界を救ったのはレウスの叡智だったと。あるいは後世の歴史家は万能の神ではなく、こう呼称するかも。〝世界を救う少年を見いだした偉大な神〟って」

「……こそばゆいなあ」

 間接的とはいえ、そのように賞賛されるとさすがに恥ずかしい。

 ルナマリアは真実を述べているだけですわ、と微笑むが。

「君の期待に添えるといいけど、吟遊詩人たちに謳われるためにはまずこの無限回廊を突破しないとね」

 そう纏めると彼女たちもうなずく。

僕たちは壁画を横目にしながら、慎重に遺跡を進んだ。


 聖魔戦争時代の遺跡、壁画は絵物語のように神話を語る。

古代魔法文明が成立する以前のこと。まだ人類が魔術体系を確立せず、剣と矢を頼りに魔物に対抗していた時代。

 自然と調和し、神々と交わっていた時代。

 人々は貧しいながらも幸せに暮らしていたらしいが、その静寂を破るものが。

 そのものの名はゾディアック教団。

 歴史が記されたときから――、いや、それ以前から存在していたと言われている邪教の集団、彼らは何千人もの生け贄を捧げ、邪神ゾディアックを異次元の狭間から呼び出すことに成功する。

彼らは最も邪悪にして狡猾な魔王の眷属になることによって、あっという間にこの世界を制圧していったという。

 人間、エルフ、ドワーフ、その他多くの亜人の国々を滅ぼし、地上は闇に包まれる一歩手前まで行った。

 しかし、そこにひとりの英雄が現れ、とある女神を娶った。

 そして神々の信頼を得ると、ゾディアックと教団に反抗を重ねていった。

 長く、激しい戦いの末、そのものがゾディアックの心臓に剣を突き立て、封印することになる。

 そのものの名は大勇者アルフォンス。

 女神の妻と八人の勇者を従え、邪教徒に制圧された国々を開放、最も深き迷宮にもぐり、邪神封印に功績を挙げた偉大な英雄。 

 ――ここまでは誰でも知っている英雄譚であるが、〝とある〟女神の巫女であるリアは裏話を提供する。

「大勇者アルフォンスと女神クリシュナ、彼と彼女は光の陣営に属し、闇の眷属を次々と打ち倒していったけど、その裏には女神クリシュナの美しい妹の存在があったのよ」

「女神クリシュナには妹がいたのですね。知りませんでした」

「世間には流布されていないからね。でも、いたの。女神クリシュナはとても美しく、強かったけど、その妹もとても強かった。天界の暴れ者と呼ばれていてね、ゾディアックがこの世界にやってきたときも、真っ先に討伐しようと地上に降りてきたの」

「勇ましい女神様だ」

「――その女神ってもしかして治癒の女神ミリア様ですか?」

「さてね、それは教えられないけど、とても美人で、巨乳で、頭が良くて、怪力だったと伝わっているわ」

「…………」

 たぶん、ミリア母さんだな、と僕たちは呆れるが、気にせずリアは続ける。

「彼女は孤軍奮闘しながら闇の陣営と戦った。なぜって光の陣営は最初、ゾディアックと戦うことを厭がったから」

「闇を振り払うのが神々の勤めではないのですか?」

「そうなんだけど、平和ボケしていたんでしょうね。昔から地上には不干渉、が神々の決まりだったの。美人女神ミリアはなんとか父神たちを説得しようとしたのだけど、無理だった」

「だからひとりで戦ったんだね」

「うん、辛い戦いだった。仲間はたったひとりの姉のクリシュナだけ。その姉も人間の男と恋に落ちやがるし」

 悔しそうに壁画の大勇者に落書きするリア。「まぬけ」と書かれる大勇者様。

「まあ、結局、姉の選んだ男が聖魔戦争の戦局を変えるんだけどね」

「災い転じて福と成す、でしょうか」

「かもしれないわね。ま、姉も間男も死んじゃったけどさ」

「…………」

「それどころか、万能の神レウスと治癒の女神ミリア以外の古き神々は皆、肉体を失ってしまった。それほどゾディアックは強かったのよ」

「恐ろしい相手ですね」

「そういうこと」

「そんなやつが復活したら大変なことになるな……」

 この世界にはもう古き神々は存在しない。紋章を受け継いだ八人の勇者の後裔は存在する。

無数の新しき神々も存在するが、かつてこの地上を作り上げた強力な神々はもういないのだ。そんな状況下で最強最悪の邪神が復活したらどうなるか、考えるだけで恐ろしかった。

「……邪神復活には貴きものの血や、聖なるものの血が必要なのでしたっけ?」

「そうだね。聖魔戦争のときは、神聖な巫女一〇〇〇人の生け贄によって次元の狭間から召喚したらしい」

「今回もそうなるのでしょうか?」

「分からない。同じ人数が必要かも知れないし、もっといるのかも」

「ゾディアック教団が勇者の末裔や勇者の印を持つもの、あるいは神聖な巫女を集めている噂は聞きます」

「ルナマリアと始めて会ったときもやつらはそんなことを口走っていたね」

「ウィルヘルム王子事件のときもです」

「たしかにやつらは聖王の血筋も求めていた」

「また生け贄によって復活を狙っているのかもしれません……」

 声が小さくなるルナマリア。教団を恐れているのだろう。僕は、

「心配ないよ」

 と続ける。

「やつらの好き勝手にはさせない。ルナマリアは僕が守る」

 そのように宣言すると、ルナマリアは目を潤ませ、「ウィル様……」とささやく。

 思わず魅入ってしまうが、リアは吐息を漏らしながら、「ラブシーンはやめてほしいんだけど」と言い放った。

 急に恥ずかしくなった僕たちは慌てて距離を取るが、遺跡の奥に炎の揺らめきを感じた。

 なにものかがいるようだ。

「……あれは、人か」

 ルナマリアに尋ねる。彼女は耳がいいからだ。聞き耳を立てたルナマリアは前方の状況を説明する。

「――おそらく、邪教徒かと。よこしまな祝詞が聞こえます。――なにかを生け贄に捧げているようです」

「生け贄の話をした途端、これか、人じゃないといいけど」

「ご安心を、山羊の声が聞こえます」

「よかった。――いや、よくないか、動物も大切な命だ。それに邪神復活に繋がるかもしれないし」

「ですね。幸いとまだ生きている羊もいるようです」

「ならば儀式を邪魔するまで」

 そのように提案すると、リアも同意する。

「壁画を見たら闘争本能が湧いてきたわー。今なら邪教徒の頭を思いっきり叩けそう」

「それは有り難いけど、無駄な殺生はやめよう。カールグスタフはともかく、末端の信徒まで完全悪とは限らない」

「そうですね。気絶させるか、痛い目に遭わせるだけに止めましょう」

 ルナマリアにしては過激な発言だが、そうするしかないので、突っ込みは入れない。

 僕たちは邪教徒たちが儀式をしている間に飛び込んだ。

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