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リア再び

 ボクの名前はイージス!

 ミッドニア王国にある草原のダンジョンに封印されていた聖なる盾。何千年も前にこの大陸で隆盛を極めた古代魔法王国の遺産。とある工房(アトリエ)で作られた魔法遺物(オーパーツ)

 様々な肩書きはあるのだけど、今現在の肩書きは、

「神々に育てられしもの、の盾」

だろうか。

 そう、ボクは神様に育てられた最強無敵の少年の相棒なのだ!(えっへん)

 ちなみにボクは齢千年のピチピチギャルなのだけど、今の相棒、ウィルのように変わった男の子は初めてだった。今まで騎士に戦士、魔法使い、貴族、色々な人が装備していったけれど、神様の子供はひとりもいなかった。皆、ごくごく普通の人間だった。

 もちろん、ウィルも出生自体は普通で、血統上もDNA上も人間なのだけど、神様に育てられたというチート要素がある。なにせ彼が剣を振るえば、大地は振動し、大気は鳴動する。

 剣匠(ソードマスター)しか使いこなせないはずの剣閃もなんなく放つし、賢者しか使えないはずの禁呪魔法もぶっ放すし、司祭も真っ青の回復魔法も使いこなす。

 まさしく、規格外の少年、神々の息子だった。

 ウィルがなぜ、そのような能力を身に付けたかといえば、それは彼らのお父さん、お母さんが、「ごいすー」だから。ウィルのお父さんとお母さんは神様。テーブル・マウンテンと呼ばれる神聖な山で隠遁生活を営む新しき神々。しかもその中でもとびきり腕の立つ人々、変わりものの神様に育てられたものだから、圧倒的実力を持つに至ってしまったようだ。

 ウィルは幼き頃から、剣神ローニンに剣術を習った。七歳の頃には剣閃を放ち、離れた場所にある木を切り裂くどころか、〝粉砕〟する実力を持っていたという。どのようにして身に付けたかといえば、滝の上から丸太を何本も流して、それを斬らせるという荒行で身に付けさせたとか。

 魔術の神ヴァンダルからも英才教育を受けてきたウィル。無詠唱で魔法を解き放つのは朝飯前、ふたつ同時に魔法を唱えることも可能で、古代魔法文明の難読文字もすらすらと読みこなす。魔術学院に通っている英才も裸足で逃げ出すほどの才能を持っているのだ。ちなみにこの能力も神々の荒行で身に付けたそうな。具体的には朝から晩まで本漬けにして覚えさせられたものだとか。なんでもウィルは最盛期、一日に三〇冊の本を読んでいたそうで……。ちなみにその量の本はもはや読むというよりも記憶するといったほうが正しく、超速読で脳に焼き付けたあと、あとから重要箇所を索引するという感じなんだそうな。無学なボクにはまったく理解できない読み方だけど、ま、神々の子らしいエピソードだよね。

 そしてウィルは剣や魔術だけでなく、回復魔法もやばかった。以前、盗賊に手を切られた旅人と遭遇したことがあるのだけど、ウィルはその旅人の腕を元通りにしていた。ひょいと腕を拾うとそれをくっつけたのである。そのとき、ルナマリアという高位の巫女も横にいたのだけど、彼女が匙を投げるような傷もあっという間に回復させちゃう。治癒の女神ミリア秘伝の回復薬を使ったそうだけど、その効能はまさしくチートで、度肝を抜かれる。

「……うーん、冷静に考えれば考えるほど『ばいやー』だよね」

 神々に育てられたというだけでもヤバイのに、その上、最強(最狂)の修行もほどこされたのだから。ボクを今まで装備してきた人たちも、世間一般から見れば実力者ではあったけど、その中でもウィルは別格だった。並ぶもののない最強の存在。

 ボクは改めて主の顔を見る。焚き火のオレンジ色の光に照らされるウィル。幼さの残る顔立ちであるが、精悍さもある。この旅を通して彼は成長に成長を重ねたのだ。元々、最強の素養を持っていたのに、旅によってそれが開花しつつあるのだ。彼が〝英雄〟となっていく姿を間近で見ることが出来て幸せであった。

 ボクことイージスは聖なる盾。武具の端くれであるので、強さに興味がないわけじゃない。主がどこまでも強くなっていく様に興味を惹かれた。じっとウィルの顔を見るが、それも十数分ほどで飽きる。ウィルの顔はいつも見ている。ハンサムで飽きることのない顔だけど、さすがに疲れた。先日まで貿易都市シルレでもてなしを受けていたけど、街を旅立って数日、疲れが溜まってきたのだ。

「……まあいいや、どうせ、明日も見れるしね」

 自分をそう納得させると、ボクは眠る準備を始める。

 羊さんを数えることにしたのだが、羊さんを一〇匹ほど数えたとき、ことりと音が鳴り、影が揺らめく。どうやらウィルがかたわらに置いていた剣が倒れてしまったようだ。

「なんだ、こいつかー」

 てっきり敵襲かと思ったので安堵の溜め息を漏らすが、それはすぐに不平に変わる。

「まったく、新参者のくせに聖なる盾様を驚かさないでよね」

 その言葉は剣には届かない。ダマスカス鋼で作られた無機物は、言葉を発しないし、理解できないからだ。ボクのように知性がある無機物のほうが例外なのである。だからボクはなにも言えないダマスカスを少しだけ見下していた。

「ふふん、昔いたミスリルの短剣君はウィルと付き合いが長いってフラグがあったけど、君は新参ものだからね。ボクのほうが古女房。しかも、ウィルとお話しできるし、相性もバッチリ。ダマスカス・ルートは期待しないように」

「――――」

 当然だけど、なんの返答もない。

「はっはっは、やっぱりなんも言い返せないようだね。善き善き」

 ボクは高笑いを浮かべ、勝ち誇る。

 再び眠るために目を閉じるが、少しだけ薄めでダマスカスを見る。

(なんか、ちょっと気になるんだよね)

 青白い刀身、立派な鞘、それらはなんだかボクの気を引いて止まない。

 まるでウィルを初めて見たときのような気持ちを覚えるのだ。

 もしかしたら恋? そんな単語が頭をよぎるが、慌てて振り払うと、ウィルを見てお口直し。

「主以外の男の子に見とれるなんて、聖なる盾失格だね」

 聖なる盾はその言葉にあるように聖なる存在。穢れのない巫女のように振る舞わなければいけない。決してビッチキャラや中古フラグを立ててはいけないのだ。そのように決意すると、再び眠りに付いた。羊を数え直すこと、一三匹目、睡魔がやってくる。

「ふぁーあ、眠れそう」

 そうつぶやくと、まどろみに包まれる。あっという間に眠りに付くと、夢を見る。無機物が夢ってなんやねん、と思うかも知れないが、見るものは仕方ない。知性あるものはすべて夢を見るのだ。現実でも布団の中でも。

 ちなみにボクの夢は擬人化すること。人間になること。可愛い女の子の姿になって、主と一緒に戦うことだった。無論、そのような夢は叶ったことはないけど、思うだけならばただなのである。せめて夢の中だけでも女の子になってウィルとえちぃなことをするんだ!

 そんなことを思っていたからだろうか。〝神様〟は見ていたようで、ボクの夢の中に降り立つ。鳥の形をした神様は、ボクの夢に舞い降りると、

「その夢を叶えて進ぜよう、我が息子、ウィルを頼むぞ」

 と言った。

 息子?

 その言葉でウィルにはもうひとり、お父さんがいたことを思い出す。

 赤子だったウィルを拾った神様、節目節目でウィルに助言をしてきた神様。

 名をたしか――、なんだっけ?

 無貌の神レウスという単語を思い出すまで、かなりの時間が掛かったが、後日、彼の名を思い出すと、彼には圧倒的な〝力〟があることを知る。

 そう、無貌の神レウスは、知性の宿る無機質に〝素敵な魔法〟を掛けてくれたのだ。



 僕の名はウィル。

 神々に育てられしもの。

 既視感がある紹介かも知れないけど、気にはしない。

 神々の息子である僕は今、ミッドニア王国にいる。先日まで貿易都市シルレにいたのだけど、とある目的のためにミッドニアに戻ってきたのだ。その目的とは大地母神教の神殿に向かうこと。地母神の宮殿には従者ルナマリアの育ての親がいる。

 大司祭フローラと呼ばれる女性がおり、彼女にゾディアック教団の情報を聞くのが僕の目的であった。そのまま彼女に力を貸して貰えば有り難いのだけど、それは可能だろうか?

 フローラさんの人となりをよく知るルナマリアに尋ねる。彼女はよどみなく応える。

「元々、私をウィル様の元に派遣したのはフローラ様の意志です。教団はゾディアックと対立するものの筆頭、必ずやウィル様の味方をしてくださるかと」

 という言葉をくれた。有り難いことである。

「ゾディアック教団は僕の旅を邪魔するだけでなく、この国の、いや、この世界の人々に害をなしているからね」

 ノースウッドの街襲撃事件、ミッドニア王国の王位簒奪未遂事件、武術大会襲撃事件、貿易都市シルレ襲撃事件、この国と周辺国を巻き込む大騒動を何度も起こしてきた。

 彼らの悪巧みによって何人の人間が死んだことか。邪教徒たちによって望まぬ死を迎えた人々の無念を思えば、教団を倒さないという選択肢はない。また彼らは魔王ゾディアックを復活させようともくろんでいた。魔王ゾディアックとは聖魔戦争を引き起こした張本人、古き神々を地上から一掃した悪の権化であった。もしも、復活すればこの世は再び闇に包まれるはずであった。

 万が一にもゾディアック復活など許すことは出来ない。これは神々に育てられしものの勤めであった。いや、この世に生を受けた人間の(サガ)であった。僕は僕の愛する人々の泣くところなど、見たくなかった。彼ら彼女らが悲しむところなど、想像もしたくもなかった。だからゾディアック教団を倒す。彼らを駆逐するための方策を知るだろうフローラと会う。

 その気持ちに迷いはなかった。そのために大地母神の神殿がある地へと向かっていたのだが、ひとつだけ気になることが。それは左腕にはめられた盾に元気がないということだった。

 いや、元気がないどころか、反応もないような。いつもならば、「うぇーい!」「ごいすー!」「3P3P」と五月蠅い盾が、無反応なのが気になった。従者であるルナマリアと相談するべきか迷ったが、結局、イージスの盾には触れることはなかった。聖なる盾がしゃべることは秘密ではないけど、彼女の声は僕にしか聞こえないからだ。相談をしたところでどうにかなるわけでもない。おしゃべりな盾がしゃべらないんだ、と相談しても彼女は困るだけだろう。

 それに聖なる盾はきまぐれにして変わりものだ。一週間くらいノンストップでしゃべったかと思えば、一週間くらい眠っていたこともある。またこの前みたいに眠っているだけだろう。むしろ、ここで起こせば不平不満を言い続けるに決まっていた。

 そう思った僕はこの件を忘れると、ルナマリアと一緒に野営の準備を始めた。



 聖なる盾に不思議な兆しが起こっている頃、テーブル・マウンテンにも似たような兆しが起き始めていた。その兆しを最初に見つけたのは魔術の神ヴァンダル。

 神々の山の公衆放送(パブリック・ビューイング)と化している水晶玉に異変を感じたのだ。

 魔術の神ヴァンダルは最初、剣術の神ローニンが手荒に扱って壊れたかな、と思った。

 先日もウィルを観察する特等席を巡って治癒の女神ミリアと取っ組み合いの喧嘩をしていた。

 そのときにでも水晶玉を落とされたのだろうと思ってひびがないか確認をするヴァンダル。ローニンとミリアに皮肉を言うが、彼らは「機種変でもしてもらえ」などと暴言を吐いていた。まったく、とんでもない神々であるが、それは昔から知っていたので、吐息だけで済ませると、ひびに手を添える。

「研磨だけでなんとかならんかのお」

 そのように独り言を漏らすが、それ以上の言葉は続かなかった。

ひびになにか異変を感じたのだ。水晶玉のひびは物理的に割れたものではなかった。なにか魔法的な力で割れたような形跡があるのだ。

(……なにものかが逆探知をしてきた)

 それはすぐに察したが、問題は「誰が」である。容疑者としては常に観察されているウィルが挙げられるが、真っ先に犯人から除外も出来る。ウィルはそのようなことをする子供ではないからだ。我々神々が息子を観察するなど、当たり前すぎて、厭がる要素を感じない。おそらく、いや、確実に水晶玉から生活を覗き込まれていることは本人も気が付いているだろう。

「やれやれ、仕方ない父さんだなあ」

 という心境に至っているはずだ。今さら逆探知などするとは思えない。ウィルならばカメラをにゅいと覗き込んで「やあ」と挨拶してくるはずだった。その上で止めてくれと主張してくるだろう。いや、止めないが。

(……しかし、ウィルでないとすれば誰が?)

 ヴァンダルは水晶を割った力をなぞってみるが、そこからは邪悪な気配を感じた。

(……なんという禍々しい気。絶対零度のカミソリのような鋭利な気配を感じる)

 どうやらこの水晶玉を占領ジャックしようとしたものは相当の手練れの魔術師のようだ。

「いい度胸だ、このヴァンダルに喧嘩を売るなど」

 ヴァンダルは白いあごひげを撫でながら挑戦者の不敵さを賞賛すると、治癒の女神ミリアが珍しく真面目な表情をしていることに気が付く。

 雨でも降っているのかの、洗濯物が心配になったヴァンダルは窓から外を見上げるが、灰色の雲は見えるが、雨の存在は確認できなかった。

 ならばなぜ、あのような表情をしているのだろう。気になったヴァンダルは尋ねる。

 ローニンは「生理か」と茶化すが、ミリアによって一撃で沈められるとこう答えた。

「あのね、なんか悪い予感がするのよね」

「ほう……」

 興味深げに首肯する。水晶玉の件を見ればミリアの勘を笑うことなどできない。

「なんか、ウィルに飛んでもない事態が迫っているような気がするの」 

 ミリアは母親の顔で心配している。その顔を見るとローニンもそれ以上茶化すことはなかった。それどころか同じようなことを口にする。

「ミリアもそうか。なんか、ここ最近、山が騒がしいんだよな。朝稽古に出るとなんかこううなじのあたりがむずむずずる。昔も、そんなことがあったが、そのときはウィルがおたふく風邪になった」

「まさか、またウィルがおたふく風邪になるんじゃ!?」

 急いで薬を作らないと、と工房に向かおうとするミリアだが、ヴァンダルが冷静に突っ込む。

「おたふく風邪は一度しか掛からない」

「そういえばそうだった」

「しかし、悪い予感がするのは事実じゃな」

 水晶玉のことについて話すと、ミリアは顔を蒼白にさせる。

「た、大変じゃない、それは。一刻も早く、ウィルを助けに行かないと」

 ヴァンダルもローニンもその意見には賛同するが、同じ懸念を口にする。

「我々新しき神々はこの世界に留まることは許されているが、この世界に干渉することは許されていない」

「なによ、定期的に私たちが助けにいっているでしょう」

「そうじゃ、だからじゃ。最初はおまえがリアとかいう小娘に化けてウィルを助けた。次はローニン、その次はわし」

「じゃあ、順番的には次は私じゃん」

 やた! と小娘のように飛び跳ねるミリアであるが、ヴァンダルはそれを否定する。

「昨今、天界の様子も騒がしい。わしが仕入れた情報によると我々の度重なる干渉が問題視されているとも聞く」

「私たちは〝神威〟を使っていないわよ」

「まあな、しかし、それでも下界に行き、騒動に加わっているのはたしか」

「騒動って言ってもすべてゾディアック教団がらみだろう。俺たち新しき神々はゾディアック復活を阻止する権利があるはず」

 ローニンは強硬に主張するが、ヴァンダルは首を横に振る。

「それは古き神々が決めること。彼らがゾディアック教団を滅ぼせと命令すれば滅ぼすだけ。手を出すなといえば出さない。それだけじゃ」

「かぁー、情けねー。古き神々はイン○(表記不可能)野郎の集まりか」

「それが(いにしえ)からのならいじゃ」

 ヴァンダルも口惜しげに纏めるが、ミリアだけは違う考えを持っているようだ。

 はっきりと宣言する。

「知ってるかと思うけど、私は古き神々だけど、最後に生まれた世代よ。新しくも古き神々」

「知ってるよ、かなりの古株だってことは。俺たちの何倍も生きてるし」

「私は永遠の一七歳よ」

「×一〇〇以上あんだろ」

 ミリアはローニンをコブラツイストしながら話を続ける。

「私はゾディアックと直接戦った古き神々の末裔。聖魔戦争でも常に前線にいた」

「勇壮だったそうじゃな」

「ええ、そのとき人間の聖女や聖騎士たちと一緒に戦ったの。そこで人間の素晴らしさ、儚さ、強さや弱さなどを学んだわ」

「聖魔戦争が終結したとき、おまえは地上に残ることにした」

「そうよ。私は人間と共に生きる道を選んだの。新しき神々になれば神威は小さくなるけど、それでも面白おかしく生きることが出来る」

 それに――と彼女は続ける。

「ウィルと逢えた。この世でもっとも素晴らしい子供に、最高の息子に会えたのよ。私の決断は間違っていなかった」

「だな、あほうなおまえ唯一の殊勲賞だ」

 いつの間にか固め技から脱出したローニンは渋々認める。

ボキボキ、と痛めた関節をいたわっているローニンを優しげな視線で見つめるミリア。

「つうか、私はこの世界が大好きなの。人間たちが、動物たちが、この自然が、そして勿論、ウィルが。それらに仇なすゾディアックを私は許すことができない」

 ミリアははっきりとそう宣言すると、こう言い放った。

「だから古き神々が問題視しようが、神使を派遣してこようが、私は止めない。ウィルを見守ることを。ウィルを愛することを」

 そう宣言すると、己の身を輝かせる。治癒の女神ミリアは一七歳の娘の姿に化身する。リアとなったのだ。次いで彼女は窓の外に腕を出す。右腕に聖なる光を宿す。その小さな身体からは信じられないような〝神威〟が解き放たれる。

 聖なる光は天空に向かって伸びる。聖なる光は何キロにも渡って跳ねる。雲を突き刺し、大気の外まで向かう。その光景を見たローニンは冷や汗を流しながら漏らす。

「……さすがは聖魔戦争の生き残りは伊達じゃないな」

 ヴァンダルは眉を僅かに動かし、つぶやく。

「……さすがは古き神々に連なる娘だ」

 ふたりはミリアの神威に改めて敬意を示す。この女神が仲間でいてくれるうちはゾディアックとて恐れることはない、と思った。

 改めて女神ミリアに一目置くようになったふたりであったし、彼女の言葉にも感化されたわけだが、それでもウィルを導く役を譲る気はないようだ。三者の愛情は拮抗、いや、三国鼎立状態といってもいいかもしれない。これから、三人の内の誰かが代表してウィルに助力しに行くのだが、当然ながら、その人選は紛糾を重ねる。

「俺が」

「わしが」

「私が」

 と取っ組み合いの喧嘩になる。無論、神威も使わないし、武器も使用しないが、乱闘、暴言、心理戦、搦め手、あらゆる方法を使って代表者は選定される。

 結局、丸一日掛けて血みどろになった上、「治癒の女神ミリア」が代表してウィルのもとへ向かうことになったのだが、出立の前、ミリアはとあることに気が付く。

「そういえばウィルの親は三人だけじゃなかったけど」

 気を張り、テーブル・マウンテン中に気配をやるが、神の気配は三人分しかなかった。

 四人目の父親――、ウィルを拾い、三人の神々に引き合わせた万能の神レウスの神気を感じなかったのだ。彼はウィルが旅立って以来、ウィルの上空を旋回していることが多かったが、それでも何日もテーブル・マウンテンを空にすることはなかった。

 この山の主であり、特別な神様なのでこの山を留守にしないでほしいのだが、時折、長い旅に出る。獣や鳥、ときには人間などに変身し、人間の世界を観察していることがあった。

 それによってウィルという可愛い子を拾ってくるという殊勲賞、いや、猛打賞を成し遂げるのだから、あまり批難することは出来ないのだが……。

「ま、いつものことよね」

 そのように纏めると、治癒の女神ミリアは――、いや、旅の神官リアは愛用の鎖鉄球(フレイル)を取る。かつて聖魔戦争で数々の魔物や邪神を屠ってきた業物のフレイルを。

「よっしゃー! 可愛いウィルとも会えるし、テンションあがってきたわー!」

 これ見よがしに叫ぶと、代表選出戦に負けた敗者どもに別れを告げる。

「私が代表して、ウィルをいい子いい子してくるから、あんたたち負け犬はそのひび割れた水晶玉でその光景を見ていなさい」

 ミリアの挑発にローニンは悔しがるが、反発はしなかった。負けたものは仕方ない、と思っているのだろう。それにふたりは仲が悪いが、互いの力量は尊敬し合っていた。どちらも「おまえ」ならばウィルを守れると信じているのだ。

ヴァンダルも似たようなものであったし、またローニンよりも分別が付くので、皮肉を言うことはなかった。それどころか丁重な別れの言葉さえくれる。

「ミリアよ、ウィルのことは頼んだぞ。厭な予感がする。かつてない試練の予感を感じる」

「分かっているわよ。このミリア様に任せなさい」

 ミリアは断言すると、そのまま旅立った。ちなみにミリアは方向音痴、いきなりウィルがいる場所とは真逆のほうに足を踏み出したので、ローニンが「逆だ」と突っ込む。

「分かってるわよ。治癒の女神は薬の分量と、愛する息子の育て方だけ間違わなければいいの」

 言い訳になっていない言い訳を口にすると、今度こそ本当の別れ。

 ウィルが向かっている大地母神の神殿はテーブル・マウンテンから数週間のところにある。

 長い旅になるから、三人が一堂に会するのは早くても一ヶ月以上先だろう。

 まあ、静かでいいさ、と全員が口を揃えて主張するが、ミリアのいなくなった神域は静かで寂しくなった。

 少なくとも森の動物たちはそう思っているようで、彼らは少しだけ悲しげに山の治癒者の旅立ちを見送った。

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