船上にて(小説版4巻好評発売中!)
このようにして交易都市シルレで巻き起こった海神騒動は終わりを告げた。
アレンシュタインさんとリアンナさん、それとリディアの墓を作ると、そのまま魔の島から立ち去ることにする。
途中、父さんはこのように語りかけてきた。
「たった数ヶ月で成長したな」
「背はそんなに伸びてないよ」
「そうではない。心が成長したのだ。我ら神々が一番伸びて欲しいと思っているところが成長している」
「この旅を通して色々な人と会ったからね。草原の民、森の狩人、孤高の剣客。――最近会った人だとエルフとドワーフの夫婦が印象的だったかな」
「異種族婚か」
「うん、彼らのお陰で〝愛〟はすべてを超えると知った。そして愛は自分たちの力を何倍にも増幅してくれるって」
「そうだな。愛は奇跡を起こす。リディアとアレンシュタインも愛によって奇跡に包まれながら死ぬことが出来た」
「そうだね。愛がすべてを救う、なんて道徳論者みたいなことは言わないけど、愛がなければ人は救えないんだ。いや、愛がなければ人を救っても空しいだけなんだ。それが僕がこの旅を通して学んだこと」
その言葉にヴァンダル父さんは眉を細めると、小さく漏らす。
「――本当に立派になった。やはりこの子はわしを超える逸材。必ず魔術の真理に。否、人生の真理に到達できるだろう」
いつまでも眉を細めるヴァンダル父さん。しばし、心地よい沈黙に包まれていると、遠くから法螺貝の音が聞こえる。
見れば海岸には船が到着していた。交易都市シルレからやってきた救援船だ。僕たちはそれに乗り込む。
洋上から魔の島を見ると、黒い煙が上がっていた。
島を離れる際、僕とヴァンダル父さんが火を放ったのである。
アレンシュタインさんの館と、研究物をすべて焼いたのだ。
稀代の天才魔術師が残した記録は、ヴァンダル父さんにとって喉から手が出るほど貴重なものであろうが、後世、同じように永遠の命に取り憑かれ、反魂の術を求める輩が出たらかなわない。それにアレンシュタインとリディアの思い出は、師匠である父さんですら触れてはいけないものだった。
僕と父さんの気持は一致したので、惜しげもなく資料と記録を焼いたのだ。
洋上でそのことを告げると、ルナマリアは、
「お二方の行動は正しいです、大地母神もあなたがたを賞賛するでしょう」
「神々が神々を賞賛するなんて変だね」
「たしかに――」
ルナマリアはやっと笑みを漏らす。
リディアが死んでから、彼女は深く悲しんでいた。
陰日向なく主に付き添い。最後に主のためにその命を捧げた機械仕掛けの人形。忠義忠勇の従者であるルナマリアは同情せずにはいられなかったのだろう。
最後の最後まで、魔の島が水平線に消えるまで、ずっと見送っていた。
魔の島が見えなくなった頃、彼女はぽつりとつぶやく。
「もしも私がアレンシュタインさんの奥さんのように死んでしまったら、ウィル様は永遠の命を探してくれるのでしょうか」
おそらく、意図していない言葉、自分でもつぶやいたと気が付いていないのだろう。
だから返答する必要はないのだが、僕は考えてしまう。
哲学をしてしまう。
僕もアレンシュタインさんと同じ道をたどるのだろうか、と。
「ルナマリア、僕は――」
そう口にすると、続きの言葉を発したのだが、その先の言葉は海鳥の鳴き声にかき消されてしまった。
ルナマリアも尋ね返しては来なかったので、僕たちはそのまま船に揺られ、交易都市シルレに戻った――。
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