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天国の安らぎ(小説版4巻好評発売中!)

 突如、僕の後方に魔法陣が描かれる。そしてそこから人影が現れる。一瞬の早業であったが、このような場所に一瞬に転移できるのはひとりしかいなかった。


「ヴァンダル父さん!!」


「久しいな息子よ」


「今までどこにいたの?」


「この大洞窟にある研究所を調べていた。――残念ながら反魂の術は失敗したようじゃな。女の骸が朽ちていた。おそらく、アレンシュタインの妻、リアンナじゃろう」


「そう……」


 残念だ、という言葉も出ない。ただただ、悲痛な気持に圧倒されるが、アレンシュタインさんを哀れんでいる暇はなかった。剣を構える。


「そうじゃ、それでいい。もはや、あやつには人の心は残されていまい。このまま妻のいる冥府に送ってやるのが慈悲というものだろう」


「そうだね。でも、それにはふたつ同時にアレンシュタインさんの心臓を破壊しないと」


「じゃな。しかし、それには神々にも匹敵する魔力を持ったものがふたりはいるな。――そうそう、都合良く――いるではないか」


 ヴァンダルは冗談めかして言うと、心臓のひとつを担当する旨を伝えてくる。


「神様そのものに手伝って貰えるならばなんとかなりそうだ。じゃあ、父さんが尻尾を担当して」


「任されよう」


 ヴァンダルはそう言うと《転移》の魔法を使い、やつの上空に飛ぶ。父の身体が帯電する。


「得意の雷鳴を使う気だね」


「年寄りは電気風呂と電気マッサージが好きだからな」


 冗談めかしながら、《雷鳴》の魔法で攻撃を始める。無論、無詠唱で、最強の一撃を加え続ける。それで怯んだのを確認すると、僕は再び尻尾から頭部に駆け上がり、ダマスカスの剣に魔力を込める。


 父さんが雷を使うならば僕は炎だ。海の上では役に立たなかった炎魔法であるが、炎は魔法の基本、基本は最強ということを実証したかった。


「ほう、炎か。ウィルはその性格に似合わず炎魔法が得意だな」


「ミリア母さんは野蛮って言ってた」


「あの女の言うことは聞かないでいい」


「ローニン父さんは男は炎のような熱い心を持てと言っていた」


「あの男の言うことはもっと聞くな」


 ならば誰の言うことを聞けばいいのだろう、そんなことを思いながら、ダマスカスの剣に最上位の炎魔法を込めると、やつの皮膚を切り裂き、ダメージを蓄積させる。頭と尾、同時に攻撃することによって怯ませる作戦である。そしてやつの怯みが最大限に達したとき、僕とヴァンダル父さんが致死の一撃を与えるという作戦であった。


 この作戦は最上というか、唯一の作戦であった。レヴィンなどは即興でそんなに上手く行くものか? と懐疑的な言葉を口にしていたが、ルナマリアは僅かばかりも疑っていなかった。


 彼女は絶対の自信を覗かせながらこう宣言する。



「神々とそれに育てられしものの心はひとつです。僅かばかりの遅延もないでしょう」



 その宣言通り、僕とヴァンダル父さんは一秒の狂いもなく、動き始める。同じ瞬間に好機を見いだしたのだ。


「行くよ、ヴァンダル父さん!」


「息子よ、共に最高の一撃を繰り出そうぞ!」


 炎と雷によってよろめいた瞬間、僕は剣に《貫》の文字を描く、ヴァンダル父さんは杖に同じ文字を描く、そして同時に攻撃をする。


 まるで双子の舞踏家のように同じタイミング、同じ瞬間、やつの皮膚に剣と杖を突き立てると、そのまま身体の中の全魔力を注ぎ込む。神クラスの圧倒的魔力を送り込まれたシーサーペントの皮膚は裂け、肉はちぎれる。その魔力はチーズを削るかのように容易に化け物の身体の中央に達すると、爆発した。

 


 どかあん!!



 炸裂音が木霊する。その光景を見てレヴィンは、

「やったか?」

 とルナマリアのほうを振り向くが、ルナマリアはすぐに返答する。


「巨大な心音がふたつ同時に途切れました。これでやつは巨体を維持できな――」


 最後まで言葉を発しなかったのは、ルナマリアが三つ目の心音に気が付いてしまったからだ。


 たしかにシーサーペントには心臓がふたつしかない。そのふたつを同時に破壊すればいにしえの化け物に死を与えられるのは確実であったが、今のやつはただのシーサーペントではなかったのである。そう、やつの頭部には三つ目の心臓があった。それはやつを融合した魔術師の心臓であった。


 三つ目の心臓によって即死を免れたシーサーペントは、一番近くにいた僕に復讐を図る。シーサーペントの残された心臓は小さかった。その巨体を維持するのに十分ではなかったが、それでも最後に神々の息子を殺せるくらいの力を蓄えていた。


 シーサーペントは、動くことの出来ない僕を飲み込もうと大口を開ける。僕はただそれを見守る。ルナマリア、レヴィン、ヴァンダル父さんは大声で叫び、なんとか僕を救出しようとするが、彼らも僕を救える力を持っていなかった。僕はこのまま化け物に飲み込まれ、殺される。その運命は回避不能であった。


 ただ、その運命にあらがうものがいた。

 リディアである。


 彼女はメイド服をひるがえしながら、シーサーペントの頭部に横に現れると、回し蹴りを加えた。その一撃に怯むシーサーペントだが、怒りの火に導火線も付ける。即座に標的を僕から彼女に移すと、彼女を飲み込んだ。否、正確には彼女の上半身を残して喰らい尽くした。


 ぼとり、と上半身だけが地面に落ちると、僕の身体がぞわりとする。


 怒りでも悲しみでもない感情が押し寄せ、失われた力を取り戻させる。そのまま脊髄反射のように《斬》の魔力を込めた剣閃を放つと、シーサーペント頭部を袈裟斬りにした。アレンシュタインの上半身ごと。


 こうして僕は海の神に勝利した。荒神と融合した魔術師を討伐したのだ。


 ただ、そこにはなんの喜びも感じなかった。



 化け物を倒すと、僕はそのままリディアのもとへ駆け寄る。


 彼女は下半身を失っていたが、まだ生きていた。


 いや、〝活動〟していた。血すら一滴も流すことなく、動いていた。


 その姿を見てレヴィンはつぶやく。


「――この娘、機械仕掛け(オート・マタ)のメイドだったのか」


 その言葉に驚くことはない僕とルナマリア。僕たちはかなり前からそのことを知っていた。ルナマリアは彼女の腕を治療したとき、僕は先日からの会話でなんとなく察していたのだ。ヴァンダルはおそらく、その知見から彼女がオート・マタであると悟っていたようだ。こうつぶやく。


「おそらく、アレンシュタインは亡くなった妻リアンナを模してこの娘を作ったのだろう。妻と同じ形、同じ声を持たせ、自ら寂寥感を埋めていたのやもしれぬ」


 ルナマリアは悲しげにリディアを見つめる。リディアはまだ活動していたが、動きがどんどん弱々しくなっている。このまま活動を止めることは明白であった。ルナマリアは彼女のために大地母神の祈りを捧げる。


 レヴィンは彼女の最期を看取ると、手を握りしめようとするが、それは払い除けられる。拒絶ではない。彼女にはまだやるべきことがあるようだ。


 ウィーン、ウィーンと、機械音を発生させながら、骸となった主のもとへ向かおうとする。


 その姿は哀れではあったが、滑稽ではなかった。


 リディアの主への思いはここにいる誰もが知っていたから。彼女が機械として造物主であるアレンシュタインを愛していたことは誰もが知っていた。


 最後にその〝命〟を奪ったのは、皮肉にもその主であったが、だからといって彼女が主を愛することを誰が止められようか。誰が批難できようか。


 この神聖な光景を汚すような行動を取るような無粋なものはこの場にはひとりもいなかった。


 リディアは這うように、地虫のように這いつくばって主のもとへ向かう。


 するとそこで奇跡が起こる。


 リディアの下半身が復活し、アレンシュタインとその妻が蘇るような安っぽい奇跡ではなかった。


 もっと美しい奇跡が起こったのだ。


 剣閃によってふたつに切り裂かれたアレンシュタイン。即死したはずの彼の目が見開く。その眼光は弱々しい。もしかしたらなにも見えていないのかもしれないが、それでも唇を動かす。


「……ああ、そこにいるのはリアンナか? 私の愛しい妻のリアンナか」


 薄れ行く意識、眼光の中でヴァレンタインはそうつぶやく。


 曇る景色の中、あるいは彼は本当に幻を見ているのかもしれない。


 しかし、その幻は誰よりも優しい幻であった。


「……はい、アレンシュタイン。私はあなたの妻リアンナです」


「……そうか。実験は成功したのか」


「はい、そうです。実験は成功しました。あなたは魔術の真理のひとつに到達したんです」


「そうか、反魂の術は成功したのか。……とても嬉しいよ。とても光栄だ。……これでもう思う残すことはない」


「なにを言うのです。私たちは永遠に一緒です」


「そうか、そうだね。そうだった。私たちは永遠に一緒だ」


 アレンシュタインはそう言うと、そのまま事切れた。魂が天に昇ったのだ。


 それを確認したリディアはにこりと微笑むと、そのままアレンシュタインの胸の上に倒れ込んだ。


 ――こうして稀代の魔術師アレンシュタインと、彼のオートマタのリディアは死んだ。


 ふたりは同じ瞬間に逝くことができたのだ。

 それは幸せなことなのだろう。


 僕はふたりの遺体をいつまでも見続けると、ふたりの魂が安らかに天で落ち合うことを願った。

書籍版4巻、本日発売!

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