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打ち上げられた浜辺にて

 魔の島とはミッドニア王国の北東部にある島のことである。


 岩礁に囲まれており、普通の船は近づくことも出来ない。また資源もとぼしく、無人島であった。


 ここ数百年、〝山羊〟さえ住み着かないとも揶揄されてきたような島で、事実、漁師の避難小屋さえ建つことがなかった。


 航路からも漁場からも遠く離れすぎているのだ。


 そんな島に研究所を建て、研究に明け暮れていたのがアレンシュタインという魔術師である。


 数十年ほど前、ゾディアック教団に加わった彼は、恩賞のひとつとしてこの島を貰い受けると、教団の戦闘員が使う魔法の武器やゴーレムを量産し始めた。


 そしてその対価として実験に必要な資金を受け取っていたのだ。


 かつて象牙の塔で英才と褒めそやされたエリートが、邪教徒の調達屋とは落ちたものだ、とは周囲の言葉であったが、特に気にした様子もなく、島で研究を続けた。


 そんな魔術師の助手であるリディアは、感慨深げに師の研究成果を片付ける。


 かつて師が目指したもの〝完全なる不老不死〟の術について書かれた論文だ。


 魔術師アレンシュタインは、この島にやってきてから延々と不老不死の研究をしてきた。魔術師の真理のひとつである〝永遠の命〟について研究を重ねてきたのだ。


 アレンシュタインはあらゆる動植物の研究を重ねた。


 極北の大地にあるという千年杉を調べるために決死の覚悟で流氷をかき分けた。


 最古の亀を探すため、南陽の地を駆け回り、熱病に罹ったこともある。


 それでもなお、永遠の命に肉薄することさえ出来なかった。


 アレンシュタインはある日を境にみるみる老いていき、老人となった。


 このままでは「永遠の命どころか、私の命が尽きる……」


 そう思った彼は賭けに出た。海神と呼ばれるシーサーペントと同一化する道を選んだのだ。


 シーサーペントは聖魔戦争以前よりこの街の伝承に出てくるいにしえの怪物だった。推定年齢数千歳、その生命力は尋常ではない。そんな化け物と融合を遂げれば、永遠の命の研究が飛躍的に進むと思ったのだ。


 ――常人の考えではないが、アレンシュタインという魔術師はとっくの昔に狂っていた。〝最愛の人を亡くした瞬間から〟彼の目は狂気に染まっていたのである。


 しかし、そんな異常者でも、少女にとって、助手であるリディアにとっては大恩人だ。リディアはアレンシュタインによって命を与えられ、生きる理由を授かったのだ。


 今、その主は荒ぶる神の意思を抑えようともがき苦しんでいる。


 神と融合したはいいが、シーサーペントの自我は想像以上に強大で、アレンシュタインの心を蝕んでいるのだ。


 今、アレンシュタインは魔の島の大洞窟で苦しんでいた。文字通りもがき苦しみ、悶えていた。三日三晩、うねり狂っていた。ときおり、深海に潜っては海底の岩盤に頭を打ち付け、正気を保っている状態だ。


 このままではアレンシュタインの自我は、シーサーペントに乗っ取られてしまうだろう。


 それだけは避けたかった。ゆえにリディアは主の書庫を探り、解決方法を探していた。


 無論、リディアには魔術師としては最下級。師の膨大な研究成果の万分の一も理解できなかったが、それでも無為無策にじっとしていることはできなかったのだ。


 膨大な書物を書き分け、一縷の光明を探すが、途中、机の上の印画紙が目に入る。


 そこには若かりし頃のアレンシュタインとその妻が写っていた。


 双方、この世の幸せを詰め合わせたかのような笑顔で微笑んでいた。


「――アレンシュタイン様」


 主の名を呼ぶと、ふと鏡が目に入る。そこに映っていたのは主の妻にそっくりな自分だったが、自分はその妻ではない。その妻の代役も務まらないまがい物であった。


 リディアは誰よりもアレンシュタインのことを愛していたが、自分のような半端なものでは主の心の空白を埋めることをできないと知っていた。


 だからリディアはメイド服を纏い、彼の身の回りの世話と、研究の助手に専念した。


 それだけが自分の存在意義であるかのように、アレンシュタインに仕えてきた。


 アレンシュタインはこの数百年、「ありがとう」という言葉を発しなかった。


 リディアはただの小間使いであり、ただの道具でしかないのだ。


 だから愛情も感謝も示す必要はなかった。


 リディアとしてはそんなものはほしいとは思わない。それどころか慰みものにされたり、八つ当たりをして傷つけてほしいとさえ思っていた。しかし、リディアにはそのような価値もないのだろう。この肌が傷付くことは一度もなかった。


 それが少し悲しかったが、感傷にひたる暇はない。主が一刻でも早く化け物に打ち勝てる秘策を探し始める。


 その後、数週間、眠ることなく文献を調べたリディアだったが、結局、有益な情報を得ることはできなかった。


 ただ、数週間後、主の書斎に置かれた水晶玉が赤く輝き出す。


 これはこの島に侵入者がやってきた合図だった。

 不毛の島と呼ばれるこの島に侵入者がやってくるのは。数十年ぶりのことだった。


 招かれざる客人であったが、出向かわざるを得ない。

 リディアはメイド服を整えると、浜辺にいるはずの彼らのところへ向かった。

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