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ドーラ砲の帰結

 シーサーペントを仕留めきれず、逆に窮地を招いてしまった僕、それを救ってくれたのは、思わぬ人物だった。


 彼は僕の前に転移すると、巨大な障壁を作り上げる。無詠唱でこんなにも巨大な障壁を作り上げることが出来る魔術師など、そうはいない。彼はにやりと己のあごひげを撫でると言った。


「最強の息子に助けなど要らぬと思ったが、まだまだ精進が足りないな」


「ヴァンダル父さん!!」


 そう助けに入ってくれたのは僕の育ての親のひとり、魔術の神ヴァンダルだった。


「父さん、どうしてここに?」


「ふふ、ちいとばかり昔の弟子に会いたくなっての。そのためには航路を正常に戻さねば」


 昔の弟子とはパーティーで出逢った魔術師のことだろうか。不明であるが、今は問いただすべきではない。父さんが作ってくれたこの隙を有効に活用したかった。


「ウィル、分かっていると思うが、神域を出たわしは限りなく非力。この障壁もあと数分しか持たない」


「分かっている。今、ルナマリアに《念話》を送ってる。エベック提督に頼んで決戦兵器を投入して貰う」


「決戦兵器?」


「うん、この艦隊には〝ドーラ砲〟と呼ばれる最新鋭の巨大砲台を詰んだ船があるんだ。さすがにあれを使えばシーサーペントも倒せると思う」


「それは頼もしいが、この障壁が持つかな……」


「持たせてみる!」


 そういうと僕は父さんの肩に触れ、魔力を送り込む。


「おお、なんという強大で瑞々しい魔力。さすがはわしの息子」


「禁呪魔法でだいぶ、使っちゃったけど、残りはすべて父さんに渡す」


「有り難い」


 そんなやりとりをしているとルナマリアから吉報が入る。ドーラ砲の準備が整ったのだという。


「早いな」


 ヴァンダル父さんの言葉はもっともだ。僕ももっと時間が掛かると思っていた。


「エベック提督がウィルさんの初撃を見てすでに用意させていたようです。あの一撃で全面的な信頼を勝ち取ったようですね」


 ルナマリアの弁だった。有り難いことである。あとはこのままやつを障壁で押さえ込めば僕たちの勝利であるが、ことは上手い具合に運ばない。


 ドーラ砲を詰んだ艦は前面に出てくるが、なかなか砲撃を開始しないのだ。


 にょきりと巨大な砲台が飛び出し、いつでも発射できる態勢のように見えるが、なにかトラブルがあったのだろうか。そう思っていると、ルナマリアが慌てて報告してくる。


「ウィ、ウィル様、大変です。ドーラ砲にトラブル発生です。弾を詰めることまでは成功したのですが、着火装置が先ほどの攻撃でしけてしまったそうです。発射できません」


「な、なんだって」


 驚愕する僕。ここまできてこれか。このまま全滅してしまうのか。そう思ってしまったが、すぐに師父が厳しい表情で僕を見ていることに気が付く。


 僕は昔を思い出す。そうだ、この目はあのときの目だ。


 昔、僕はとある魔術を使いこなすことが出来ず、ふて腐れたことがある。魔術の修行を放り出し、そのまま遊びに出てしまったことがあるのだ。


 その後、遊び疲れて家に戻ってきた僕だが、ヴァンダル父さんは僕を叱ることはなかった。あのときもこのような目をして僕に教えてくれたのだ。



「ヴァンダル流魔術の神髄は〝諦めない〟こと。どのような難事にも立ち向かう勇気を持つことが魔術の真理に繋がるのだ」



 父さんは言葉でなく、行動で常にそう示してくれた。その教えに感化された僕は、以後、どのような難しい魔術にも逃げることはなかった。どのように難解な術式も勉強してきた。


 その成果を出すべきときは今だと思った。


 そう確信した僕は残された魔術を振り絞り、魔法を唱える。


 難しい魔法ではない。単純な魔法だ。視界の範囲内に《転移》するだけの魔法だ。


 ただ、ヴァンダル父さんをひとりこの場に残すことだけが心苦しいが、父さんは笑いながら言った。


「年寄り扱いするんじゃない。わしの図太さはローニンよりも上、しぶとさはミリアクラスじゃ」


 なによりもの心強い言葉だった上、時間がなかった僕は即座に転移魔法を完結させると、ドーラ砲がある艦にいるレヴィンの横に転移する。彼女は急に現れた僕に驚くが、僕は彼女に尋ねる。


「照準は正しい?」


「もちろんだ。……ただ、ルナマリアにも言ったが、着火装置がしけてしまって」


「しけてるだけなんだね。じゃあ、速攻で乾かすよ」


 僕は魔法で風を送り込む。それと乾燥を早める魔法を使う。


「なんでもあるんだな、魔法は」


「あまり使われない魔法だけどね。ただ、乾燥を早める魔法は相手の目に使って失明させることができる暗黒魔法のひとつだよ」


「少年に最も似合わない魔法だ」


「それでもそれを教わったからこそ、今、この場で役に立つ」


 そう言い終えると導火線がある程度乾燥したことを知る。あとは魔法で着火し、砲撃を加えるだけだった。簡易魔法である《着火》を使うと導火線に火がともる。火はあっという間に弾薬の根元まで到達すると、轟音が辺りを包み込む。



 どおん!



 耳をつんざく轟音と共に、巨大な弾丸が飛び出す。

 それはまっすぐに海雁号に食らいつこうとしていたシーサーペントの頭部に着弾する。


 今まさに障壁を破ろうとしていた化け物は巨大な弾丸によって洗礼を受けたわけであるが、結果はどうであっただろうか。


やつの頭部周辺に煙が噴き上がり、被害の詳細は分からない。


 もしかしてこの一撃も通用しないのでないか、そのような疑念がないわけではなかったが、僕は人類の叡智を、勝利を信じていた。


 そしてその信頼は正しく報われる。


 煙が晴れた瞬間、やつの頭部が半分、なくなっていることに気が付く。


 それを見て歓喜の声を上げる艦隊の水夫たち。


「や、やったぞ、化け物を打ち倒したぞ」


「何百年にも渡ってこの海域を支配してきた荒神を打ち破ったんだ、俺たちは」


「ドーラ砲は最強だ。それにウィルヘミナは我らが英雄だ」


 ドーラ砲の凄まじさ、それにウィルヘミナという少女の神懸かり的な活躍に水兵たちは喜びを爆発させる。ルナマリアとレヴィンも飛び上がらんばかりに喜んでいるようだが、僕はヴァンダル父さんの目が笑っていないことに気が付いた。一際、真剣なまなざしをしている父さんの視線の先を見る。見ればそこは皆が注目している箇所のすぐ側だった。


 頭部を失い。会場に横たわっているシーサーペント。その失われた頭部のすぐ横、そこに黒い点があることに気が付く。


 それが真っ先に〝人〟であると確認することが出来たのは僕とヴァンダル父さんだけだった。


 《鷹見》の魔法で視覚を強化させた僕は、黒い点が魔術師風のローブを着ていることを確認する。


「……あれは見覚えが」


 ブライエン家で催された宴を思い出す。


「あいつはたしかゾディアック教団の……、ヴァンダル父さんの弟子……」


 海神を蘇らせた張本人、この事件の黒幕がここにきて現れたのだ。しかし、勝敗が確定した今、なぜ現れたのだろうか。海神と共闘するのならばもっと早くやっていれば、勝敗は覆らなかったものを……。そう思っているとヴァンダル父さんが叫ぶ。


「しまった! そうか、アレンシュタインめ!! 最初からこれを狙っていたか!」


「これを狙っていた――、は!? そういうことか」

「そういうことってどういうことだ?」


 レヴィンはいまだ理解できずにきょとんとしている。


 説明をしたいところだが、今はそのような時間はない。再び転移の魔法を詠唱するが、僕は膝から崩れ落ちる。


「……くそ、魔力が尽きたか」


 先ほどの転移で打ち止めだったようだ。


 ならばヴァンダル父さんが頼みの綱だが、ヴァンダル父さんも障壁によって魔力を消費していた上、アレンシュタインは最初から父さんに狙いを定めていたようだ。父さんに絞った結界を張っており、転移できないように工夫を巡らせていた。


 手をこまねいている僕らを海神の頭上から見下ろす魔術師、彼は高笑いを挙げながら言う。


「ふははは、この瞬間だ。この瞬間を待っていた。最強の生命力を持つ海の神が倒れる瞬間を、誰も遮るものがいなくなる瞬間を。このふたつの条件を整えたとき、私も〝神〟となるのだ」


そう宣言するとアレンシュタインは二三、口元を動かし、呪文を詠唱する。身体をまばゆく光らせると、そのまま海の神とひとつになる。



 融合――



 他の生物とひとつになり、その特性を得る魔法。通常、動物同士を掛け合わせ、魔獣を作るときに使われる禁忌魔法のひとつ。その魔法によってキメラと呼ばれる実験動物を作り上げるのだが、それを人間に、しかも〝自分〟に使う人間がいるとは、《融合》の魔法を編み出した古代の魔術師も思いもしなかっただろう。


 しかし、アレンシュタインという魔術師は、いや狂人はそれを平然と行った。


 彼は荒神と同一体になるという暴挙を歴史上初めて行った魔術師として記録されることになったのだ。

 ――いや、それは僕らが無事、この海域から脱出できればの話だが。


「な、なんだ、この地響きは」


「こ、ここは海の上だぞ!?」


 浮き足立つ水夫たち。僕とヴァンダル父さんは念話によって会話をする。


「シーサーペントは神にも等しい存在。かつてこの世界を襲った天地創造の津波は一三匹のシーサーペントによって起こされたという伝承がある」


「天地創造の書、九章の六ページ目だね」


「ふふ、さすがは我が息子。記憶力は抜群じゃな」


 テーブル・マウンテンにいるときのような会話をしてしまうが、水夫たちはなにをそんなに悠長な、という表情で僕たち父子を見る。たしかにその通りなので謹厳実直な表情でシーサーペントを見つめる。


 シーサーペントと同化したアレンシュタイン。海の神そのものになったアレンシュタインは、天変地異を引き起こす。


沖に巨大な波の壁を発生させるとそれで艦隊を飲み込もうとした。


「ひ、ひい!」


 狼狽える水夫たちにエベック提督は鼓舞する。


「情けない声を出すな! 我らは海の民! 航海の神の祝福を受けしものぞ! その入れ墨は勇気ある者しか入れられないはずだぞ!」


 威厳ある激励に水夫たちは平常心を取り戻す。ただ、それでも津波を止めることは出来ないが。巨大な壁のような波が迫ってくる。このままでは防衛艦隊は全滅するだろう。それほどに巨大な波であったが、艦隊は全滅することはなかった。


 正確には艦隊は全滅したが、乗り込んだ水兵は九死に一生を得たのだ。


 ヴァンダルは首にさげていたアーティファクトを握り絞めると、それを握りつぶす。古代魔法文明の傑作、魔法石を何重にも煮詰めて作り上げた宝玉を破壊すると、右手を光り輝かせる。


 ヴァンダルはそれを破壊エネルギー――にはせず、人を救うために使った。


「勇敢なる水夫たちよ! 我が息子に助力してくれた勇者たちよ、おまえたちの命はあたら無駄にはせんぞ! このヴァンダルが救ってみせる!!」


 あるいはその宝玉を使えば、アレンシュタインを倒せたかもしれないが、ヴァンダルはそれよりも人命を尊重したのだ。


 艦隊に乗り込んでいた水兵たちの体が光り、薄くなっていく。ヴァンダルは僕たちこの場にいるものすべてを近くの小島に転移させる道を選んだのである。


 無論、その小島をアレンシュタインが捕捉し、襲いかかればひとたまりもないが、父さんはアレンシュタインがそこまでしないことを知っていたのかもしれない。


 彼の目的は僕たちの命を弄ぶことではなく、究極の力を手に入れることにあったのだ。


 その〝力〟をとあることに使う決意を彼は固めているのだが、そのことを僕はまだ知らない。


 僕が知っていることは、多くの人々の命が父さんの機転により救われたことだ。


 その後、アレンシュタインは追撃してくることもなく、僕たちは数日間、小島に留め置かれたものの、交易都市シルレの救援によってことなきを得た。


 こうして交易都市の問題を取り除くことに成功したものの、代償として艦隊をすべて失い、さらにより強大な敵を生み出してしまうことになった。


 僕たちは物語の主人公側ではなく、道化なのかもしれないと思ったが、物語はそれほど単純でもないようで、アレンシュタインは最強の力を得たにもかかわらず、その後、一切、交易路を襲うことはなかった。


 僕を含め、評議会の議員たちは拍子抜けする思いを評議会で浮かべることになる。

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