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航海初日

 決戦前の休息を終えた僕は、女性ものの衣服を身に纏うと、腰の剣と左腕の盾を点検した。


 腰の剣、ダマスカス鋼の剣は相変わらず美しい鈍色の輝きを放っている。


 ダマスカス鋼とは東方で産出される鋼の一種で、工芸品としての価値と武器としての価値を両立させている特殊な金属だ。錆びることがない金属としても知られ、メンテナンスの容易さでも知られている。


 ずぼらな傭兵などに大好評な剣なのだが、僕はちゃんと手入れをする。


 リュックから砥石を取り出すと、精神を集中させ、すうっと研ぐ。


 その姿を見て聖なる盾のイージスは不満の声を上げる。


『ぶー、ずるいぞ、ウィル。君はこんなにも可愛らしい盾よりもそんながさつな剣を可愛がるの?』


 そうだよ、と言えば盾が家出をしてしまうので、言い訳をする。


「僕は好きなおかずは最後まで取っておくタイプなんだ」


『ああ、そういうことね。ウィルって一人っ子だもんね』


「そういうこと」


『一人っ子タイプにして末っ子タイプでもあるからなあ。お父さんとお母さんに甘やかされて育ってそう』


「否定できないのがつらいなあ」


 と言うと剣の研ぎが終わる。イージスは「次はボクだよね」と声を弾ませるが、研ぎの後は油を塗る作業が残っている。ボクはローニン父さん秘伝の油を塗る。


『ダマスカス鋼の剣にそこまでする意味あるの?』


「過剰かもしれないけど、道具には魂が宿るからね。大切にしないと」


『そんなの迷信だよ』


「君が言う?」


『同じ無機物だから言ってるの』


 盾はそう言うとにやりと笑ったような気がした。


『ところであれやらないの? あれは」


「あれって?」


『ほら、時代劇によくある剣にポンポンって白粉するやつ』


「ああ、打ち粉ね。あれは研ぐ前にやるんだよ」


『へえ』


「剣ってのは長期間使わないと錆びるから、研ぐときに粉で余分な油を落とすんだ。ダマスカスの剣は使いまくってるから打ち粉は不要なんだよ」


『なるほどねー、またひとつ賢くなっちった』


「それはよいことだ」


 と言うとダマスカスの剣を鞘に収め、聖なる盾を手に取る。


「さて、次は君の番」


『キター! 久しぶりに御主人様に(性的な意味で)弄られるのかー、どきどきわくわく』 


「人聞きが悪いなあ。まあ、僕以外聞こえないからいいんだけど」


『うひひ、朝まで寝かさないでね』


「はいはい」


 と言うと盾の表面を点検する。さすがは聖なる盾、僅かばかりも傷付いていない。激闘を繰り広げてきたのに。


『そりゃあ、僕は自動修復機能があるからね。多少凹んでもすぐに治る』


「すごい。点検はいらないんじゃ」


『点検はいるよ。留め具の部分は劣化するから』


「たしかに」


 見れば留め具の革細工はかなり痛んでいた。すぐに壊れるほどではないが、手入れはしておくべきだろう。軽く拭いてからミンクから脂を塗る。


『うひゃあー、ヌルヌルだ』


「変な声出さないでよ」


『気持ちいいんだもん』


「まったく……」


 呆れながら脂をすり込むと、留め具の部分を確認し、点検完了。


 武器と防具の点検を終えると、そのまま部屋を出る。


『あれ? 荷物はいいの?』


「船旅だからね。着替えとかは事前に乗せてあるんだ」


『なるほど、実は僕、船旅は初めてなんだ。わくわくどきどくだよ』


「僕もだよ。船酔いしないといいけど」


『ぷぷぷ、船酔いを心配するなんてウィルはお子ちゃまだね。僕は絶対に船酔いしないよ』


 まあ、無機物だからなあ……、と思いつつ、そのままルナマリアたちと合流し、港に停泊している船に乗り込んだ。



『おげぇぇぇぇぇぇ……』


 聖なる盾の背中(?)をさする僕。


イージスは船に乗り込んで三〇分で体調を悪くしていた。


 まったく、この子は本当に無機物なのだろうか。乗りのいい少女が着ぐるみしているだけなのではないか、そう疑ってしまったが、可哀想なので介抱をしていると、ルナマリアが不思議そうに話し掛けてくる。


「ウィル様、盾をさすっておられますが、どうされたんですか?」


「ちょっと点検してるんだ」


 無機物の盾が酔っている、と説明すると正気を疑われそうだったので誤魔化すと、僕は逆にルナマリアに尋ねた。


「ルナマリアは船酔いしていない?」


「私は大丈夫です。揺れる感覚は不思議ですが、三半規管が丈夫なのでしょう」


「そうか、ルナマリアもなんだね。僕は子供の頃からシュルツって狼の背中に乗っていたから、これくらいの揺れなんてないも同じだよ」


「ふふふ、狼の背はこのような揺れではなさそうですね」


「そういうこと。心配なのはレヴィンだね」


「そうですね。さっそく船室に閉じこもっています」


「きっと青白い顔をしているんだろうなあ」


 しかし、今行くと気の強いレヴィンは「あたしが船酔いなどするわけがない」と無理をしそうなので、あえて放置しておくことにする。


「それが賢明です」


 ルナマリアも苦笑いで同意してくれると、波風で美しい銀髪をそよがせる。一瞬、見とれてしまうが、あまりじろじろ見ると恥ずかしいので、話題を転じさせることにした。


「船旅は初めてだけど、いいものだね」


 海を見つめながら率直な感想を口にする。


「……そうですね」


 ルナマリアは全身で海を感じているようだ。


「どこまでも続く水平線に青空。この大海原を見ていると自分がちっぽけな存在であると認識させてくれる」


「それと同時にこの世界の一部であることを再認識させてくれます」


「そうだね」


「潮風は髪によくないので、それだけが心配ですが」

 女の子らしい心配だ。あとでミリア母さんに貰った水が要らないトリートメントをプレゼントしようと思った。


 僕たちふたりはその後、数時間、なにも語らずに水平線を見つめた。


 初めての航海、なにもかもが目新しい。水平線、潮風、カモメの群れ、クジラの潮吹き、アンチョビの群れ。それらを堪能しながら、航海初日は終わりを続ける。

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