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浜辺の安らぎ

 午後の鐘の音がなると同時に、海水浴場に到着する。


 交易都市シルレの砂浜、噂以上に美しい。サファイアに例えられるだけはある。


 そんな感想を抱きながら、僕たちは海の家に備え付けられた更衣室に入る。男である僕は一〇秒で着替えが完了する。服を脱いで海パンに着替えるだけでいいのだ。


 お嬢さん方であるカレン、レヴィン、ルナマリアたちは時間が掛かっているようだ。特にレヴィンは生まれてこの方、水着を着たことがないそうなので、装着の仕方自体分からなかったらしい。カレンが一から順に教えていたと聞く。


 その甲斐あってか、なかなかに可愛らしい水着姿を披露してくれた。


 フリフリが女性らしさを主張する可愛らしいビキニの水着を装着していた。


 色は桜色だが、本人の顔も桜色に染まっている。


「……み、見るな、ウィル少年」


 恥ずかしげにうつむいている。


 相変わらずの恥ずかしがり屋であるが、僕が「似合っているよ」と伝えると、少しだけ顔を輝かせる。それでもすぐに上からシャツを羽織り、肌を隠す。


「丘の上にいるときはこれで通す」


 と言い張る。まあ、誰も困らないが、そちらのほうが艶めかしいというと彼女はどんな反応をするだろうか。恥ずかしさのあまり、逃げ去ってしまうかもしれないので伝えることはないが。次に視線が向かうのは、アナハイム家のご令嬢カレン。この会の主催者。


 カレンはワンピースタイプの水着を装着している。レヴィンのものよりもフリフリましましのもので、さらに女の子っぽい。カレンは胸が控えめなので、少しだけ子供っぽく感じてしまう。――ただ、本人は自分が大人っぽいと思っているようで、


「ウィル様、今日のカレンは少しアダルティでございましょう」


 と言ってきた。ちなみに『悩殺ポーズ』なるものも決めている。前述の通り、子供っぽいと思っていたが、ミリア母さんとの生活で女性のあしらい方は多少心得ている僕。親指を突き立てながら、


「うん、大人っぽいね。見違えたよ」


 と言った。カレンはにっこりと花が咲いたかのように微笑む。


「ありがとうございます。ウィル様」


 ひしりと腕に抱きついてくるが、なぜかレヴィンも負けじと抱きついてくる。


 砂浜の視線が僕に集中する。


(うーん……、殺意を感じるな)


 男たちからは羨望と嫉妬の視線をひしひしと感じる。

 なかにはその感情を口にして、「死ね……」と、つぶやくものもいる。


身の危険を感じた僕は、両手の花を引き離すと、話題を転じさせた。


「そういえばルナマリアがまだだけど、着替えに時間が掛かっているのかな」


「たしかに遅いですわね」


「なにか準備が掛かりそうな格好をしていたぞ」


「準備が掛かる格好ね、どんなだろう」


 ルナマリアはカレンの用意した水着を断り、自前で用意すると言っていた。


 沐浴好きだと言っていたから水着くらい持っているのだろうと思ったが、よくよく考えればルナマリアの荷物は少ない。水着が入るスペースなどないと思われた。


「――もしかして本当に裸で泳ぐつもりじゃ」


 あり得る話である。巫女様が沐浴するときは大抵、全裸が基本だと思われる。巫女の沐浴は娯楽ではなく、宗教的儀式だからだ。己の身体のみを清め、神と対話する準備をするために身を綺麗にしているのだ。信仰心篤いルナマリアのことだから、


「巫女の水着など不要です。私の身にやましいところなど一点もありません」


 などと言って全裸で砂浜に現れる事態も容易に想像が出来た。


 もしもそうなったらどうするべきか、あらゆる対策を想像したが、幸いなことにその対策を実行することはなかった。ルナマリアは全裸で現れなかったからだ。


 心配する僕をよそにルナマリアはすうっと砂浜に現れると言った。


「遅れて申し訳ありません。『着付け』に時間が掛かりました」


「……着付け」


 という言葉からも分かるとおり、ルナマリアが来ていたのは白装束だった。


 真っ白な装束を身に纏い現れたのだ。


「……よかった」


 軽く溜め息を漏らすが、その姿を見てレヴィンが不平を漏らす。


「ずるいぞ、ルナマリア。あたしはこんなにも恥ずかしい格好をしているのに、おまえはそんな露出が少ない格好を。普段の巫女服よりもガードが堅いじゃないか」


「ずるいもなにもありません。これが大地母神教団の正式な沐浴の格好なのです」


「ここは交易都市シルレだ。財神の流儀に従え」


「従いません」


 珍しくつん、と言い張ると、ルナマリアは僕の手を取る。


「さあ、ウィル様、参りましょう。一緒に泳ごうではありませんか」


 強引に腕を取ってきたので驚いてしまうが、どうやらルナマリアは泳ぎたくて仕方ないらしい。元々、沐浴が大好きらしく、神殿の裏の湖でよく泳いでいたのだという。また、僕との旅の途中でも泉を見つけては身を清めていた。


 ただ、僕と同じでまだ海で泳いだことは一度もないのだそうだ。海の水は本当にしょっぱいのか、塩分によって浮きやすくなるのか、確かめたいらしい。

 僕もまったく同じことを考えていたので、ルナマリアの手を握り返すと、そのまま海の中へ入った。


「本当にしょっぱいです。想像した以上です」



「天地を創造した古き神々はいったい、どうやってこんなに塩を入れたんだろうね」


「神々の息子であるウィル様に分からないのであれば私に分かるはずなど」


「ルナマリア、海の水は本当に身体が浮きやすいよ、ほら、寝そべってみて」


「ハンモックで寝ているようです」


「ただ、波があるから沖に流されないようにしないと」


「沖……?」


「ああ、ルナマリアはこの光景が見えないんだったね。知識としては知っていると思うけど、海はとても広い。僕の眼前にはどこまでも海が広がっているんだ。水平線が見えるよ」


「そう聞くととても怖いですね」


「だね、母のように優しい水だけど、裏腹に恐怖も抱えているような気がする」


「母なる海の呼称は伊達ではありませんね。母は優しいですが、怖い物でもあります」


「たしかに」


「今、ミリア様の顔を思い出されましたね」


「あ、ばれた? ははは」


「うふふ」


 そのようにルナマリアと海を満喫していると、カレンが参入。最初、泳げないと海には入らなかった彼女だが、ハンスに浮き輪を用意させるとすかさず参入してくる。


「ウィル様~! カレンもまぜてください~」


 足をバタバタとさせてやってくる様は可愛らしい。

 またレヴィンもやってくる。


 彼女はもとから泳ぎが得意だから、華麗に泳いでくると輪に加わる。


「ウィル少年、一緒に沖まで泳ごう。どちらが遠くまで行けるか、勝負だ」


 遠泳もしてみたいと思っていたので丁度いいと思った僕は、ルナマリアにカレンの相手をするように御願いする。


 快くその役目を引き受けてくれたルナマリアの見送りを背に、僕とレヴィンは沖に向かって泳いだ。互いに体力があるものだから、数キロほど泳ぐが、やがて僕は根を上げる。


「レヴィン、さすがにこれ以上沖には行けないよ」


「ウィル少年、なにを言っている? もう、『向こう岸』のほうが近いぞ」


 ちなみに向こう岸にはなにもない。遙か遙か先には別の大陸があるが、まだ千分の一も届いていない。


 泳ぎではレヴィンのほうが上手だと思った僕は、素直に負けを認めると、戻ってランチにしようと提案した。


「ウィル少年はエビフライごときであたしを釣るつもりか?」


「海の家には焼きそばもあったよ」


「よし、すぐ戻ろう」


 あっという間に陥落したレヴィンは反転するとそのまま浜に戻っていった。


 やれやれ、僕は彼女の後ろに続くが、途中、振り向き、沖のほうを見る。


 沖の先には暗雲が広がっていた。不吉な何かを感じる僕。


 周囲を見ずに囲まれたこの状況は、陸の生き物である人間を不安にさせるなにかがあった。


 今、この海の底からなにかが飛び出てくるような恐怖を感じるのだ。ここは海の神が暴れ回る海域からは離れていたが、それでも海は『繋がっている』ことを思い出さずにはいられなかった。無論、なにごともなく浜に戻り、その後も平穏に浜遊びを楽しんむことができたが、それでも僕は心の中で海の神のことを考えていた。


 この大海原に潜む悪魔をどうやって退治するか、その方法を模索し始めていた。

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