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水着回

 レヴィンの婿取り武術大会も、〝一応〟の終結を向かえた。


 ケニーさんにはばればれだったのだけど、ケニーさんは商人であると同時にこの街の政治家でもある。今、すぐに結婚しろとはいわなかった。


 それよりも解決しなければいけない問題があるからだ。


 それはこの街の航路を荒らす『海神』を討伐するということだった。


 僕の実力を目の当たりにしたケニーさんは、生け贄を与えて静めるよりも、これを機に討伐してしまったほうがいいという考えに至ったようだ。


 ブライエン家が所有する主力艦隊を派遣してくれることを誓う。


 その艦隊には最新鋭の大砲が積まれているものもあるとか。


 なんでも『ドーラ砲』と呼ばれる巨大な大砲を積んでいる実験艦があるそうな。その大きさは通常の大砲の四倍ほどで、巨竜さえ一撃で葬り去るというもっぱらの評判であった。


 たしかにこれを上手く活用すれば、シーサーペントを倒せるかもしれない。


 港に接舷された艦隊を眺めていると、色々な戦術が頭に浮かんだが、そんな僕に話し掛けてくるのはケニーさんの姪であるレヴィン。


彼女はさも当然のように戦術談義に加わってくる。


「あのドーラ砲を使うのはいい作戦だと思うが、ドーラ砲は重い。それに発射に時間が掛かる。その間、足止めしなくてはいけないな。まあ、それはウィル少年とあたしがなんとかするとして――」


「…………」


「ん? ウィル少年どうした? そんな鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をして。あたしの戦術になにか問題があるか?」


「まさか、でも、なんかその口ぶりだとレヴィンも付いてくるような気がして」


 彼女はさも当然のように、

「付いてくるが、なにか問題でも?」

 と言った。


「問題大ありだよ。海神退治は危険を伴う。艦隊を貸してくださった方の姪を危険な目に遭わせることはできない」


「なるほど、出資者に忖度しているのだな。ならば大丈夫だ。おじ上にはもう許可を取ってある」


「本当?」


「本当だとも。おじ上はこうおっしゃった。どうせおまえは館に閉じこもってレースを編むような花嫁修行はできまい。ならばウィル殿と船に乗り込んで、洋上で料理のひとつでも振る舞ってやれ」


 ケニーさんの口調を真似するレヴィン。あまり似ていないが、似せようとしている努力は買う。――買うが、それでも海神退治に彼女を伴わせるのは厭だった。


 なんとか説得を試みようとするが、後方から声を掛けてくるは、ルナマリア。


「ウィル様、いいではありませんか」


「ルナマリア、君まで」


「たしかに軍艦に女を乗せるのは古今、よろしくないらしいですが、彼女は剣の勇者、それに私は大地母神の巫女です。ただの女ではありません」


「……その口調だと君も船に乗る気だね」


「もちろんです。私はウィル様の従者、私が乗らずに誰が乗るというのです」


「おお、巫女殿、あんたとは話が合う。共闘して一緒に戦う権利を勝ち取ろう」


「はいな」


 肩を抱き合い、がっしりと陣形を組む女性ふたり。


 このように女性に共闘されれば男に勝ち目はない。神々の教えによれば勝算のない戦いを挑むのは愚かもののすることであった。


 僕は渋々彼女たちの同行を許すと、こう付け加えた。


「危険なことはしては駄目だからね」


 その台詞を聞いたレヴィンは豪快に笑う。


「山のように大きな海蛇と対峙するというのに、危険も安全もないだろう」


 ルナマリアもつられてくすくすと笑う。


「たしかにそうですね」


 彼女たちの言い分はもっともだと思ったから、僕も笑みを漏らすと、せめて彼女たちが安全に航海できるように僕たちが乗る軍艦は一番大きなものにして貰おうと思った。


 

 このように海神討伐の陣容が整いつつあったが、それでも艦隊の準備にまだ数日ほど掛かるという。その間、僕たちはアナハイム商会の屋敷に閉じこもっていたが、三日目には「つまりませんわー」と主張するものが現れた。


 その口調からも察することが出来るとおり、不平を述べたのはこの屋敷のご令嬢カレン・アナハイム嬢だ。


 生け贄候補から解放された彼女は、いつもの天真爛漫さを取り戻していた。


 僕の腕にぎゅうっと掴まると、「ウィル様、ウィル様、どこかに出掛けましょう」と言い放った。

「どこかに出掛けたいの?」


「はい。今回の騒動でずっと屋敷に引き籠もっていたので、気分が滅入ってしまったのです。もうじき、ウィル様たちは航海に出られますし、そうしたらもっと退屈してしまいます」


「お嬢様、退屈とはなんですか。ウィル様たちはこれから死闘におもむかれるのですぞ」


 執事のハンスがお嬢様をたしなめるが、僕はカレンの味方をする。


「ハンスさん、あまり叱らないであげてください。ずっと生け贄になる恐怖に怯えていたんです。その間、息抜きも出来なかったはず。僕たちももうじき長い航海に出ますから、最後に少しくらい息抜きがしたいです」


 その言葉にカレンはぱあっと表情を明るくさせる。


「さすがはウィル様です。婚約者の心をくみ取ることができます」


「ウィル様は婚約されていません」


 ルナマリアはぴしゃりと指摘するが、それでも僕の提案に反対することはないようだ。


「どのみち艦隊の準備が終わるまではなにもできないのです。どのような英雄にも休息は必要です」


 と息抜きを進めてくれた。レヴィンも反対することはない。


 ならば問題はもはやどうやって息抜きするかに焦点が当てられるが、アナハイム家のご令嬢はすでに目星を付けているようだ。


「ウィル様、ウィル様」


 と壁に貼り付けられたこの街の地図を指出す。


「この街は交易都市ですが、同時に風光明媚な都市としても知られています」


「新婚旅行で訪れる人も多いんだよね」


「はいな、港町がとても情緒的だから、という理由もありますが、もうひとつ観光の目玉がありまして」


「へえ、それはなんなの?」


「この街の東岸部分が砂浜になっているんです。とても綺麗な砂浜でサファイア・ハーバーと呼ばれております」


「すごい綺麗そうだ」


「まるでサファイアのような海岸ですわ。昔は砂浜の中にサファイアの原石が転がっていたのですよ」


「そこでサファイアの原石探し、ではないよね?」


「もちろんです。砂浜といえば沐浴に決まっています。水泳をしましょう」


「水泳か、山ではよく川遊びをしていたけど、海に入るのは初めてだ」


「それならばちょうどいいではありませんか。海はとても泳ぎやすいですし、とても広いんですよ」


「洋上に行ったとき、海での泳ぎ方を知らないと大変なことになるかもしれないし、そうだね、水泳はとてもいいかも」


「さすがはウィル様です。では、水着を手配しますね」


 水着なんていらないよ、と言い掛けてやめた。僕は山では全裸で泳いでいたが、ここは人の街。人の街には人の街の作法がある。それに淑女たちの前で素肌を晒すのはよくないことだった。なのでありがたく、カレンの配慮を受け取る。


 ――問題なのは質素倹約を旨としているどこかの巫女様だ。彼女は容易に水着を受け取ることもはないだろう。なにせブライエン家の宴の時も巫女服を通したほどだ。今回も――、と思っていると案の定、ルナマリアは自分の水着は不要です、とカレンに言い放っていた。


「しかし、ルナマリアさん、せっかくの機会なのですから、みんなで楽しく泳ぎましょうよ」


「水着は不要ですが、泳がないとは言っていません。子供の頃は泳ぎが得意でした。巫女となってからは毎日沐浴をしていましたし」


 つまり、自分で水着を用意するということだろう。まさか裸で泳ぐとは言い出さないと思うが、ルナマリアはときどきぶっ飛んだことをするので注意せねばならない。


「わかりましたわ。ではハンスに水着を手配させるので、午後には海水浴場に向かいましょうか。ああ、楽しみだわ。ランチボックスにはなにを詰めようかしら」


 エビフライを頼む! とレヴィンは遠慮なく主張している。なんでもこの街のエビフライは頭までまるごと一匹揚げる豪快なものらしい。それは美味しそうだ、そう思いながら時間が過ぎるのを待った。

10月17日に本作の4巻出ます! 

5巻も初春頃に出るよ!

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