ブルードラゴン
翌朝、起きる。
するとルナマリアは昨晩の宣言通り、朝食を作っていた。
あらかじめ持っていたのか、立派な鶏卵とベーコンの炒め物を作っている。
パンは長旅用の堅焼きパンだった。それに昨晩の残りのスープを添えている、なかなかに豪勢で美味しかったのだが、食べ終わると僕の目を気にせず衣服を着替え始める。
僕は慌てて彼女に背を向ける。
「い、いきなり脱がないで」
「分かりました。今度からは許可を得て脱ぎます」
「そうじゃなくて、男の目を気にしてよ」
きょとんとした顔をしながら彼女は問う。
「私の肌にはやましいところはありません。ましてやこの身はウィル様に捧げたもの。見られて恥ずかしい理由はありませんが」
「僕はあるの!」
そう言うと今後は慎むように約束させる。
「分かりました」
と言うが、どこまで理解してくれたか。
彼女は幼き頃から目が見えないゆえ、他人の視線に無頓着なところがあるようだ。
また、巫女の集団と暮らしてきたところもそれに拍車を掛けているようである。
ある意味、ミリア母さんと同じくらい開けっぴろげなところがあるかもしれない。
そう思ったが口にせず、荷物をまとめると竜の穴へ向かう。
竜の穴はすぐ近くにある。テーブル・マウンテンの北の傾斜部分にあるのが竜の穴であるが、穴の近くまで寄るのはそれほど難しいことではなかった。
「問題なのは中に入ることなんだよね」
「中ですか」
「うん」
「傾斜部分に穴が空いていますが、ロープを使えば簡単には入れそうですが」
「いや、入るのは簡単だろうけど、中にどんなやつがいるか」
「竜がいるのではないのですか?」
「基本的にはそうだけど、ここの竜はすぐに住処を変えるんだ」
「どうしてでしょうか?」
「大型の餌が少なくて住みにくいのかも」
予想を述べると、なるほど、と、うなずく巫女。
「それではどのような竜が住んでいるか分からないのが危険なんですね」
「うん、ヴァンダルが教えてくれた東方の兵法書にもある。敵を知り、己を知れば百戦危うからずって。でも、敵が分からないとなあ」
「じっくり調べる時間はなさそうです」
太陽を見上げる。正午までには戻らないといけないのだ。
「だね、悩んでいても仕方ない。さくっと中に入ろう」
という意見を言うと同時に中に入る。
ロープを下ろし、先に降りるが、紳士である僕は上は見上げない。
僕のあとにルナマリアが「うんしょ、うんしょ」と降りてくるが、彼女が降りると同時に穴の中に入る。
竜の穴は思ったよりも大きい。この大きさならば古竜ですら住処にできるのではないか、そう思った。
僕たちは用心に用心を重ねながら、洞窟の中に入るが、幸運なことに途中、魔物には出くわさなかった。
「ついていますね」
ルナマリアの言葉であるが、僕は同意しない。
魔物がいないと言うことはそれだけこの穴の主が危険なのではないか、という推察も成り立つからだ。
しかし、さらに幸運なことに第三階層にやってきてもなにものにも出くわさない。この穴の主である竜もいないのだ。
「食事に出ているのでしょうか」
「たぶんね」
「それは幸運です。我々の目的は薬草なのですから」
ルナマリアがそう言うと、第三階層に到着する。
その端に白く輝く花を見つける。
「あった! あれが聖蘭草だ!」
そう言うと素早くそれに近寄り、摘む。
聖蘭草は根が浅く、簡単に摘むことができた。
これでミッションコンプリートである。
と安堵のため息を漏らしていると、風の流れが変わったことに気が付く。
「……なにかがくる!」
僕がそういった瞬間、咆哮と共にやってきたのは青い皮膚を持ったドラゴンだった。
「あれはブルードラゴン!」
ルナマリアが叫ぶ。
ブルードラゴンとはスカイドラゴンの別名で、大空を駆け回るドラゴンの総称である。
大きさは千差万別であるが、この個体はそれなりに大きい。先日倒したレッドドラゴンと同じくらいの大きさだった。
同じ大きさと言うことは同じくらい強力ということである。僕はルナマリアの前に立ちはだかると、呪文を詠唱し、《障壁》を作った。
僕の判断は正しく報われる。僕がバリヤーを作ると同時にドラゴンは強力な炎の息を吐く。
周囲にあった草花があっという間に灰になる。
もしも障壁を作っていなければ僕たちもああなっていたことだろう。
「ありがとうございます、ウィル様、命拾いしました」
「その言葉はやつを倒すか、逃げ切るまでとっておいて」
「そうですね。しかし、先日もレッドドラゴンを余裕で倒したウィル様です。負けるとは思えません」
「毎回、無双を期待されてもなあ」
と愚痴を漏らすが、戦わない、という選択肢はない。
命までは取らないが、この巣から逃げ出すくらいの一撃は与えたかった。
僕は腰の短剣に手を伸ばすと、それを抜き放ち、ドラゴンに接近する。
竜のような巨体に挑むのはそうそうないことだが、僕は普段から竜よりも何倍も強い人たちの懐に飛び込んでいた。
ローニンの懐に飛び込むことに比べれば、なにも怖いことはない。
そんな気持ちを抱きながら、竜の懐に飛び込むと、そのまま真銀製の短剣で竜の鱗を切り裂く。
紙でも切り裂くかのようにすうっと通る短剣。
さすがはミスリル製である。と納得しながら斬撃を加えていくと、竜は怒りに満ちた反撃をしてくれる。
巨大な尾を振り回し、僕を殺そうとするが、その一撃を颯爽とかわすと、聖剣に魔力を込め、斬撃を加える。
まっすぐに伸びた剣閃はそのまま尻尾に向かうが、尻尾はその剣閃をまともに食らう。
すると尻尾は竜の身体から切断される。部位破壊に成功したのだ。
竜の身体から放たれた尻尾は、ぴくぴくとうねる。まるでトカゲの尻尾のようであった。
ただ、トカゲと違うのは尻尾を切断されると痛みを伴うということだろうか。
ブルードラゴンは苦痛に満ちた咆哮を上げる。
僕はそれを身体全体で受け止めると、裂帛の気迫を入れ、叫んだ。
「ブルードラゴンよ! この穴から去れ! この山から消えろ! さすれば命までは取らない!」
僕の言葉が通じたかは分からないが、ドラゴンは僕と戦う愚かさを悟ったのだろう。
僕に背を向け、入り口に飛び立つ。
そのまま大空の彼方へ消えていく。
「……勝ったのかな?」
ドラゴンの気配が消えると、ぽつりとつぶやくが、勝利を確信させてくれたのはルナマリアの言葉だった。
彼女はその場で飛び跳ねながら、僕に近寄ってくる。僕を力強く抱きしめる。
「さすがはウィル様です。赤きドラゴンに次いで青きドラゴンも倒しました。ドラゴンスレイヤーです」
「追い払っただけだよ」
彼女の胸の谷間から真実だけを告げると彼女は首を横に振るう。
「謙遜するところも素晴らしいです。ささ、勇者様、さっそくこの薬草を持って神々の住まいに戻り、旅立ちを祝福してもらいましょう」
ルナマリアは一刻も早く旅をしたくて堪らないようだ。
たしかにゆっくりとしていれば約束の正午を過ぎてしまいそうだったので、僕たちは素早く撤収するが、帰り道、僕たちはドラゴンよりも厄介な存在に巻き込まれる。
それは女神ミリアの用意した罠であった。




