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ダンスパーティー

 パーティー会場は華やかな空気で包まれていた。


 交易都市シルレの名士が集まり、会話に花を咲かせている。


 そんな会場にルナマリアと共に現れると、歓声に包まれる。


「おお、あれが噂のウィルヘミナ嬢か」


「武術大会の決勝に残ったと聞いていたから、どんな豪傑かと思えば、線が細い美女ではないか」


「美しいな、我が息子の嫁にしたい」


「自分の、の間違いではないか?」


 笑い声が漏れるが悪意はない。


 中には僕が生け贄の振りをしてシーサーペントと戦う作戦の概要を知っているものもいて、僕の強さを頼もしく思ってくれるものもいる。そういった意味ではこの格好で武術大会に出たのは良い結果になったといえる。


 棚からぼた餅であるが、そりよりも気になるのは、会場の端にいるケイオーンだった。かなり離れているというのに殺気がびんびんと伝わってくる。僕を殺したくて仕方ないようだ。


「邪悪な空気に満ちています。もはや彼は人間ではないと見なすべきでしょう」


 さすがは神聖なる巫女様。邪悪な存在に敏感のようだ。


「だね。なんらかの力で二十四将の力を手に入れている……いや、二十四将そのものになっていると見ていいだろうね」


「はい」


「ならば開幕一番、全力で行くね。会場ではだけど」


「あの殺気です。ここで戦闘にならなければいいですが……」


 ルナマリアの心配も分かるが、それはないだろう。無論、ケイオーンの理性を評価しているのではない。その横にいる奇妙な人物がそのような真似はさせないと思ったのだ。ケイオーンの横には真っ黒なローブを着た老人が控えていた。とても深い知性を感じさせる老人だった。彼は理知的で紳士的な雰囲気を持っており、ケイオーンを支配下に置いているように見えた。彼がいる限り暴発することはないだろう。


 そのように考察しているとルナマリアが声を掛けてくる。


「先ほどからあの老人を見ていますが、お知り合いなのですか?」


「ううん、会ったことはない。でも、なにか特別な感じがする」


「たしかに邪悪なオーラを纏っています 。――いえ、正確には灰色のオーラでしょうか。正邪両方の気配を感じます。ゾディアック教の人間と見て間違いないでしょう」


「……あの雰囲気、誰かに似ている気がする」


「雰囲気ですか」


「そう、身近な誰かに」


「身近と言えば神々ですが」


「……そうだね。そう、ヴァンダル父さんに似ているんだ」


「お顔が似ているのですか?」


「ううん、そうじゃない。雰囲気とかたたずまいが、なんだけど」


 説明をしにくいので、それ以上は言語化できない。それにこれは僕だけが感じていることだった。長年、ヴァンダル父さんと一緒に過ごしたものだけが分かる感覚だった。


 そう思った僕は彼に会って直接話そうと思った。彼に並々ならぬ宿命を感じたのだ。


 彼も同じことを思っていたようで、近づいてくる。ちなみにケイオーンはお留守番だ。善く躾けられた犬のようにその場に留まっていた。


 魔術師の老人、彼と会話の出来る距離になると、開口一番に言った。


「はじめまして、兄弟弟子よ」


「……兄弟弟子」


「直接の面識はないが、私とおまえは兄弟弟子。私は大昔、お主の父親、魔術の神ヴァンダルの私塾に通っていた」


「やはりそうなのか。父さんと同じ雰囲気を纏っていた」


「ヴァンダル様ほどの魔力も知恵もないが」


「父さんほどの魔力は誰も持ち得ない。しかし、父さんの弟子がなんでゾディアック教の手下に」


「勘違いしないでほしい。私はゾディアックに魂を売ったのではない。貸しただけだ。とある目的を成就させるために」


「とある目的? それはなんなのですか?」


「それはもう少し親交を深め合ってから教えようか」


「一緒にダンスでも踊ればいいのかな」


「まさか。私はダンスが苦手でね。君のお父上と一緒だ。研究馬鹿なんだ」


「ならばどうやって」


「そうだな……、まずは 我が実験動物であるケイオーンを殺せ。やつには二四将の魂を移封したアーティファクトを渡した」


「自分の部下を動物って」


「やつの本性は畜生だからな」


「やつを倒せばもう悪事は働かないのですか?」


「それは約束できないが、やつを倒し、シーサーペントを倒したら、それに答えられるかもしれない」


 老魔術師はそう言い残すと、立ち去っていく。ケイオーンもそれに付き従うが、すれ違うとき、僕を睨み付けるのを忘れない。


 火花が散るが、安い挑発に乗せられるほど愚かではない。


 完全に無視をすると、すれ違い様にひとりのメイドが頭を下げてくる。可愛らしい人形のようなメイドさんが恭しく声を掛けてくる。


「主の連れの無礼、お許しください」


 ケイオーンのことだろう。直接の雇用関係ではないようだが、それでも頭を下げるとは見上げたメイドさんだ。礼儀正しさと可憐さに思わず頬を染めてしまうが、女装している僕がじいっと見つめるのは変だろう。表情を作り直すと返答する。


「気になさらないでください。あのような輩には慣れています」


「あなたのような可憐なお嬢さんは不愉快な出来事に巻き込まれることも多いでしょうね」


 普段は男子であるが、それでもそうなのでこくりと頷く。


「あなたは先ほどの老魔術師のメイドさんなんですよね」


「はい」


「ならばこのようなことは止めるように説得してくれませんか。彼はヴァンダル父さんの弟子。ならば分別ある魔術師のはず」


「それは出来かねます。なぜならば私はあの方の〝人形〟。あの方が烏は白いと言えば白いですし、あの方が世界を破壊すると言えばそれをお手伝いいます」


 狂気に満ちた回答であるが、はっきりとした意志を感じさせる。彼女自身は正常な判断力を持っているように見える。――だからこそ恐ろしく感じた。


しばし、彼女を見つめると、彼女はスカートの端を掴み、ぺこりと立ち去っていく。


 ルナマリアのところに戻り、彼女を安心させる。彼女はメイド少女にも興味を示したが、悪魔ケイオーンについて言及する。


「ウィル様、よくぞケイオーンとの私闘を回避なさいましたね」


「今、ここで剣を交えなくても決勝で戦うからね」


 僕がそう言い放つと、彼女もにこりと同意し、「決勝では一刀のもとに斬り伏せてください」と言った。


「分かった」と軽く了承すると、後方が騒がしいことに気が付く。


 振り向くと見知った女の子が人垣をかき分けて乱入してきた。


 アナハイム家のカレンだ。


 南国の鳥のように着飾った彼女は、スカートの端を持ちながら、こちらに駆け寄ってくる。


「ウィル様、いえ、ウィルヘミナ様、なぜ、パーティーが開かれると教えてくれなかったのです。おかげで遅れてしまいました」


 彼女の脳天気な台詞が、緊張の糸を解きほぐす。彼女の屈託のない笑顔は、場の雰囲気をよくする魔法効果があるようだった。


 それに彼女が手を引いている人物も。


 カレンはレヴィンの手を引くと、

「さあ、レヴィン様も恥ずかしがらずに」

 とパーティー会場に引き連れる。どうやらカレンはレヴィンの部屋に乗り込んで彼女を引っ張ってきたようだ。着慣れぬドレスに戸惑うレヴィンをどうやって説得してきたか、知りたいが、その叡智を知るよりも先にすべきは彼女たちのドレス姿を褒めるべきだろうか。


 昔、ミリア母さんがおしゃれをしたときのことを思い出す。


 彼女は神々の会合に出ると新しいドレスを下ろしたのだが、男性陣には不評というか、新しいドレスを新調したことさえ気が付かれなかった。彼女は憤慨し、あのような朴念仁にはなるな、と幼い僕に言い聞かせたものである。


 女がドレスをまとったら褒める。さすれば喜ぶ。


 それは水が高いところから低いところに流れるよりも、太陽が東から西に登るよりも、確実な真実なのだ。


 だから僕はカレンの南国の鳥のような鮮やかなドレスを、

「とても色彩豊かだ。カレンの笑顔との相性ばっちりだね」

 と褒め称えた。


 恥ずかしがるレヴィンには、

「その向日葵のようなドレス、レヴィンの綺麗な金髪に映えてるね」

 と褒める。


 その言葉を聞いたカレンは両頬に手を添え、

「なんという詩的な褒め方。さすがはウィル様ですわ」

 と黄色い声を上げた。


 レヴィンは顔をさらに真っ赤にさせ、頭から蒸気を出している。


 女性を褒め称えたらあとはダンスに誘う。


 これは物語から得た常識であるが、周りを見渡せば間違っていないようなので、真似をする。


まずはカレン、次いでレヴィンを誘う。女同士であるから周囲は奇異の視線を送ってきたが、どんな格好しても男らしくすれば男に見えるものだ。三十分ほど踊ると誰も好奇な視線は送ってこなかった。

 当たり前の光景のように僕たちの踊りを眺めてくれる。


 小一時間ほど踊るとダンスの要領にも慣れた僕。それなりに踊れるようになる。そうすると会場の未婚の男性たちが「是非、わたくしと」と声を掛けてくれるが、それらの誘いは丁重に断ると、壁の花になっていたルナマリアのところへ向かう。


 彼女は壁の際でたぐいまれない美しさを主張していたが、巫女服を着ていたため、男性陣から声を掛けられることはなかった。


 ただ、静かに会場の音楽に聴き入っていた。


 ルナマリアに近づくと、彼女はにこりと微笑む。僕のダンスを褒めてくれる。


「お上手な踊り でした。初めてとは思えません」


「社交ダンスは初めてだよ。見よう見まね。山では音楽に合わせて適当に踊るだけ」


「なるほど、でもそれはそれで楽しそうです」


「うん、でも社交ダンスはここでしかできないから。ルナマリアも一曲、どう?」


「私がですか?」


 きょとんとするルナマリア。


「見ての通り私は巫女服のままです。この姿で踊るのは無作法というもの」


「それなんだけど、どうして巫女服なの? ケニーさんはドレスを用意してくれたのに。サイズが合わなかったとか?」


「ぴったりでしたよ。どこで採寸したのでしょうか、という感じでした」


「さすがは一流の商人」


「しかし、私は大地母神に仕える巫女なのです。華美や奢侈に走るのは固く戒められています」


「なるほど、教義によってドレスを着ることを禁じられているのか」


「そういうことです。ですので他の女性と踊ってくださいまし」


 ルナマリアは残念そうに言うが、そんなルナマリアの右手を強引に掴む。


「ウィ、ウィル様!?」


「ドレスは禁じられているけど、踊りは禁じられていないんだよね?」


「そ、それはそうですが、しかし、この格好では」


「そんなこと誰も気にしないよ。――少なくとも僕は気にしない。さて、事後承諾になりますが、ルナマリア、僕と一緒に踊ってくださいませんか?」


 そう言うと彼女の腰に手を添え、ステップを踏む。


 彼女は恥ずかしげにステップを真似るが、最初から彼女のステップは完璧だった。どうやら先ほどから耳でステップを確認していたようで、完璧に踊りを覚えていたようである。


 そのとき、彼女は架空の誰かと踊っていたはずであるが、その人物は誰であったのだろうか。


 ウィルという少年であるといいが、そんなことを夢想しながら踊ると、会場のものの視線は僕たちに集まる。皆、見事な踊りに驚いてくれていた。最高の相性を示す僕たちを賞賛してくれた。


 曲が終わると彼らの間から自然と拍手が漏れ出る。

 その日、一番の拍手を貰った男女は、一生、幸福に人生を過ごすという言い伝えがあるのだという。


素敵な言い伝えだと思ったが、片方が女の子の格好をしていても成立するといいのだが。


 心の底からそんなことを思いながら、その日の宴は終焉を迎えた。

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