バージョンにーてんぜろ
邪教徒どもの企みに気が付くことなく、武術大会当日は訪れる。
ブライエン家の庭先は人で溢れていた。
ブライエン家の娘婿になろうと交易都市中から腕に自信があるものが集まったのだ。
傭兵に水夫、魔術師や軍人もいた。
ここまで多様にして多彩な人々が集まったのは、ブライエン家が巨額の宣伝費を掛けて大会の告知をしたからだ。
「剛のものがたくさん集まればレヴィンの善い婿が見つかるだろうて」
要はケニーさんの親心だった。なんだかんだで彼は姪に甘いのだ。
ただ、抜け目ない商人でもあるようで、観客から高額の観戦料を徴収し、宣伝費のかなりの部分を回収していた。さすがは評議会一の商人である。
改めて感心していると、武術大会の宣誓が始まる。
「この大会で優勝したものを剣の勇者レヴィンの夫とし、ブライエン家の家督を相続させる」
その言葉に盛り上がる参加者。
以後、細かなルールの説明に入るが、ルナマリアが話し掛けてきた。
「ウィル様、とても嬉しそうですね」
「うん、僕の考えた通りに事が運んでいるからね」
「まあ、そうなんですか」
「そうだよ。今、宣言したけど、さっきの宣言書には重要な言葉が入っていない」
「と申しますと?」
「ケニーさんは優勝したもの、って言ったんだ。優勝した男、とは言っていない」
「もしかして。ウィル様も参加されるのですか?」
「そうだよ、僕が参加して優勝する」
「そしてレヴィンさんと結婚されるのですか」
「まさか、僕の今の姿を見て」
「私には見えません」
「僕は女の子の格好をしているんだよ。この国では同性同士の結婚は禁じられている」
「なるほど、それを盾に結婚を破談させるんですね」
「そういうこと。一時しのぎにしかならないけど、レヴィンが結婚しようとした結果、大会の優勝者が女性で結婚できなかった、となる分には、約束の艦隊も貸してくれると思うし、レヴィンも自分を見つめ直す時間を貰えるだろう」
「さすがはウィル様です。なんという知謀」
「悪巧みに属するものだけど、これもこの交易都市とレヴィンのためだよ」
「しかし、艦隊とレヴィンさんのご結婚は、直接は関係ない のでは?」
「関係ないことを関係あることに見せかけるのはローニン流の豪の技」
「まあ」
と呆れるルナマリア。
「関係あることを見抜き、相手の心理を突くのはヴァンダル流の柔の技」
「いったい、どっちなのですか?」
「それはケニーさんに聞いてみないと。ただ、ケニーさんも言い訳はほしいのだと思う」
「言い訳ですか」
「うん、艦隊を派遣する言い訳が。彼はブライエン商会の主だけど、勝算や利益のない戦いに艦隊は供与できない。僕はその言い訳を考えただけだよ」
「なるほど、商人といえば利に聡いというイメージがありますが、大変なものですね」
「そういうこと。この上は僕たちに投資したことを後悔させないことがケニーさんの義侠心に報いる道だと思う」
「そうですね。そのためにもまずは武術大会で優勝です」
「だね」
そう纏めると件のレヴィンがやってくる。
「ウィル少年~」
彼女は半泣きで僕の胸に飛び込んでくると言った。
「少年のようなか弱きものを武術大会に送り込んでしまってすまない」
「なにを言ってるんです。僕は巨人にだって打ち勝ったじゃないですか」
「……そうだった。あまりにも女の子っぽいので忘れていた」
「まったく、もう」
「怒らないでくれ、少年、しかし、そんなひらひらな服で戦えるのか?」
「もっと動きやすい格好をしたいですが、あまり女の子っぽくない格好をすると、男だとばれてしまうので」
「そんな心配はないと思うんだがなあ」
「あるんです」
と断言すると、僕は一回戦の会場へ向かった。
ちなみに一回戦はバトルロイヤル。そこで参加者一六名と戦って、最後のひとりになれば準決勝に進める。単純というか、大雑把というか……。
「予選からトーナメントをやっていたら時間がいくらあっても足りない」
レヴィンはケニーの思惑を語るが、たしかにそれは言えた。
「まあ、どっちにしても優勝すればいいのだけど」
と言っていると、参加者と思わしき大男が下卑た笑いを漏らす。
「なんだ、この武術大会は女付きなのか。予選の会場でも楽しませてくれるとはさすがはブライエン家、豪儀だな」
その品のない笑いに頭が痛くなる。ルナマリアとレヴィンも同じだ。
「このような輩はどこにもいるものですね」
と力なく笑った。
「あたしが男と偽って旅をしていたのはこの手の手合いと関わりにあいたくなかったからだ」
と嘆く。
女性はこのような輩に絡まれることを宿命づけられているのだとしたら、とても可哀想である。男子として申し訳なく思ったので、僕はこいつに恥をかかせることにする。
軽く腰の物に手を添える。それを見て警戒する下卑た男。
「おっと、気の強いお嬢ちゃんだな。だが、こんなところで私闘をしていいのかな。予選に参加させてもらえなくなるぜ」
だから、どうだ、あっちの影で俺のナニを可愛がってくれ、と続けるが、それ以上、その臭い口を開かせたくなかった僕は種明かしをする。
「人様にナニを可愛がらせるよりもまず自愛を覚えたほうがいいと思うよ」
「なんだと! この娘が」
「いや、そんなにすごんでも。下半身素っ裸だと格好悪いよ」
「……なんだと」
下卑た男は自分の下半身を見るが、するとそこには布きれ一枚もない。地面には先ほどまで男が着ていたズボンの切れ端が散乱していた。
「な……なんだこりゃ!?」
顔が真っ赤になる男。シャツでナニを隠そうと必死だ。
周囲の観客や参加者は指をさし笑っている。
「おまえは僕が剣を抜いたのも分からないほどの腕前しかない。悪いことは言わない。怪我をしないうちに立ち去るんだね」
「あ、あの一瞬で剣を抜いていた!? しかも俺のズボンだけを切り裂くなんて」
男は顔色を赤から青に変えると、慌てて逃げ出す。
その喜劇を周囲のものは面白おかしげに見る。特にレヴィンは痛快に笑う。
「さすがは少年だ。最高に爽快だったぞ」
「つまらぬものを斬りました」
ダマスカスの剣を鞘に収める。
「あとで消毒するといいが、さて、これから予選だが、この調子ならばなにもアドバイスはいらなそうだな」
「スカートをはためかせずに動く方法が知りたいです」
「それはあたしが知りたい」
スカート姿のレヴィン、彼女はまだスカートになれていないようで窮屈そうだ。ちなみに彼女は冒険者のような格好をしている。先日再会したときはどこぞの令嬢のような格好していたが、ケニーさんと交渉してこの格好をする権利を勝ち取ったのだそうな。
「まあ、あたしは根っからの戦士だからね。ひらひらは似合わない」
「そんなことないと思いますけど」
「あるのさ。少なくともあたしの股はそう言っている。すうすうしてかなわないと」
「なるほど、気持ちは分かります」
たしかにスカートというものはすうすうする。
「それにこの大会が終わればシーサーペント討伐が始まるんだ。今、交易都市中から水兵を集めている」
「まさか、 この大会にレヴィンさんも参加するんじゃ」
「募集のお触れにあたしは駄目とは書いてなかったよ」
「策士だなあ」とジト目で見ると、彼女は「はっはっは」と笑う。
「冗談だよ。あたしは参加しない。さすがにおじ上に怒られる」
「たしかにあのような啖呵を切ったあとに自分で参加したら駄目だよね」
「そういうこと。さあて、海神様と戦う前に景気づけをしておくれ。ウィル少年なら、予選の一六人なんてあっという間に倒せるだろう」
「あっという間は無理です。そうですね、四分でしょうか」
「三分にしておくれ。この乾麺がほぐれる前に」
と言うと彼女は懐から乾麺を取り出し、それをカップに入れ、湯に注ぐ。麺がほぐれるまでに決着を着けてくれ、とのことだった。
まったく、相変わらず自分勝手な人だな、と思いながらも了承する。一分くらい頑張れば縮められると思ったのだ。それにこの会場からは厭な空気が漂っている。
予選参加者の中にはいないようだが、この会場のどこかに邪悪な存在を感じるのだ。かつて何度も戦った悪魔の雰囲気を思い出す。
ルナマリアも不穏な空気を感じているようで、こくりとうなずいている。
「肩慣らしに丁度いい。こっちの予選会場にいないと言うことは、必然的に準決勝か決勝で当たるはずだし」
僕はそう言い切ると、予選会場の舞台の上に立ち、開始の合図を待った。
進行役が予選の開始を告げると、僕を無視し、戦いが始まる。
この予選会に参加しているのは僕以外、男だけだった。(いや、僕も男だけど)先ほどの下卑た男と違って、皆、多少なりとも紳士的な心を持っているようで、真っ先に女を狙うものはいなかった。
しかし、それは戦略的に大いに間違っている。こういったバトルロイヤルならばまずは一番強いものを皆で叩くべきであった。
僕はその基本的な戦略を思いださせるために、手近にいた太めの男に蹴りを入れる。ハイキックを後頭部に見舞うが、アナハイム家のご令嬢らしく、下着は見えないように細心の注意を払いながら入れた。
次いで掌底を大男に見舞い、気絶させると、会場の空気を一変させる。
観客は歓声を上げ、参加者たちは僕をじろりと見る。僕を放置すれば負けるとやっと気が付いたのだ。
――放置しなくても負けるのだけど。
その後、襲いかかる戦士の剣をダマスカスの剣でへし折り、武闘家を聖なる盾で昏倒させ、魔術師の魔法を魔法で封じ、傭兵の武器を奪ってそれを喉元に突きつけ、僕の実力が圧倒していることを皆に周知させる。
二分と五〇秒ほどで一三人ほど倒すと、残りは恐怖に駆られ、皆、即席の闘技場から逃げ出す。要は僕は二分五八秒で蹴りを付け、予選を勝ち抜いたのだ。
ふう、と軽く書いた汗を拭うと、ルナマリアは、
「さすがはウィル様です。戦乙女のように勇ましかったです」
とタオルで僕の汗を拭ってくれた。
レヴィンは乾燥麺をすすりながら、
「さすがは少年」
と喜んでくれた。
「スカートをはためかさず、あそこまで動き回るとは」
妙なところも感心してくれる。
「スカートを気にしなければあと三〇秒は縮められたかな」
「やはりスカートは戦闘に向かないな。ズボンに戻そうかな」
レヴィンが本気にしそうだったので、冗談である旨を伝える。
「冗談です。スカートのほうが放熱性があって活動しやすかったですよ」
「なるほど、たしかにあたしの場合は下着などどうでもいいから、スカートのほうが有利かもな」
「そうです」
と言っておかないとせっかくズボンを捨ててくれた意味がなくなる。ケニーさんに申し訳が立たなくなるので、頑張って説得する。
その後、観客の熱狂的な歓声に包まれながら控え室に戻る。
今日のうちに準決勝を行うのだが、肝心の対戦相手はまだバトルロイヤル中だった。どのような人物が準決勝で当たるのだろうか。
執事のハンスに偵察に言ってもらうと回答を貰う。
「準決勝の相手は女剣士のようです」
まさか、とルナマリアと顔を見合わす。女剣士と言えばヒフネさん。ローニン父さんの師匠のお孫さん。僕と少なからぬ縁がある人物だが、まさかこんなところで――、
「再会はないか。もしもヒフネさんならば僕より先に勝ち上がってないと変だもの」
と思い至る。
「たしかにそうですね」
ルナマリアも首肯するとおり、彼女の剣の腕前は僕以上。こんな大会の予選で苦戦などするはずはなかった。事実、準決勝の会場に現れたのは、別の女戦士だった。
張り詰めた空気を持った戦士で、昔のレヴィンに雰囲気が似ている。女であること自体、違和感を持っているように見える。
彼女は宣言する。
「私は子供の頃から男のように育てられてきた。男に負ければそのものの妻になる宿命を背負わされている。そんな風習を持つ女傑の村からやってきた」
とんでもない風習だな、と思う。
「ちなみに我は未婚だ。今まで男に負けたことはない」
「なるほど、腕前はたしかそうだ」
「ちなみに女にも負けたことはない」
「じゃあ、今日が初めての敗北になるけど、覚悟はいい?」
「ぬかせ!」
女戦士がそう叫ぶと同時に、試合開始が宣言される。
女戦士は不敗を主張するだけにとても強かった。女の膂力とは思えない一撃を加えてくる。もしも僕が旅に出たばかりだったら、避けられなかった可能性もある。
しかし、今の僕は昔とは違う。この世界を回ることによって多くの経験を積んでいた。ヒフネさんという剣の達人とも剣を交えたのだ。
彼女の隼のような剣裁きに比べれば、彼女の動きは雀のようなものだった。
――もっとも雀を捕まえるのは案外難しいのだけど。
正面から戦えば力負けする可能性を悟った僕は、足払いを加え、彼女と距離を取ると、魔法を詠唱する。傷つけずに彼女に勝つには、魔法が一番だと思ったのだ。
僕はダマスカスの剣に《束縛》の魔法を掛ける。
相手を痺れさせて戦闘にする魔法だ。
これで思う存分、剣を振るえる。ヒフネさんとの決闘で会得した『天息吹活人剣』を使えると思った。
左手の盾は尋ねてくる。
『あれ? その必殺技って相手を傷つけない技じゃないの?』
「そうだよ」
『そんななまっちょろい技で、あのゴリラみたいなお姉ちゃんは止められるの?』
「無理だと思う。だから今回使うのは天息吹活人剣ver2.0だね」
『おお、バージョンにーてんぜろ、かっこいい!』
子供のようにはしゃぐ盾、
「にーてんぜろもいいけど、まーくつーもかっこいいよね』
と進めてくる。必殺技の名前などどうでもいい僕は、盾の機嫌を取るため、マークツーに改名する。
『天息吹活人剣マークⅡ』
技の名を叫ぶと同時に抜刀術。この技は神速の抜刀術にさらにひねりを加え、峰打ちに変化させることで神速を超える技だ。その速度にかなうものはいないが、その代わり殺傷力はない。
ただ、僕がほしいのは、速度と〝油断〟だった。
一撃目の抜刀術、それに耐える女戦士。《束縛》魔法も付加してあったが、それさえも彼女は耐えて見せた。
しかしそこで油断した女戦士、彼女は二撃目を予想していなかった。
僕はくるりと抜刀術を放った勢いを使ってそのまま鞘に手を添える。その鞘には刀身よりも強大な束縛の魔法が掛けてあった。
そう、一撃目は彼女を油断させるフェイクだったのだ。マークⅡの肝はここにあった。
二撃目を予想していなかった女戦士は、そのまま束縛の魔法によって痺れると、戦闘不能となる。つまり僕は準決勝も勝ったのだ。
観客たちからは割れんばかりの拍手がもたらされる。
勝利を確認した僕は、束縛の魔法を解除すると、彼女にポーションを渡す。
彼女は善い敗者で素直に負けを認めると、僕の実力を賞賛した。まさかこんな大会でおまえのような実力者と出会えるなんて、と肩を叩いてくれる。
「人生初の敗北が君で光栄だ。もしも男に負けていたら、君と結婚せねばならなかった」
「……あはは」
苦笑いを漏らしてしまう。話をそらせたかった。
「それにしても婿取りの大会に出場しようとは変わっていますね」
「変わってるだろう。それは認める。もちろん、レヴィン嬢と同性婚をするつもりはない。単に腕試しで出たまでさ」
「なるほど、ではあなたが優勝しても問題なかったのか」
「ん? どういうことだ」
「いえ、なんでもないです。また機会があれば剣を交えてください」
「望むところだ。先ほどの技、天息吹活人剣を私にも教えてくれ」
「マークⅡを忘れていますよ」
盾のためにそう付け加えると、互いに笑みを漏らし、別れる。
明日の決勝は必ず応援にきてくれるそうだ。とても心強かった。




