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レヴィンとの再会

 ブライエン家は交易都市シルレの一等地にあった。

 西国の貴族の家から枝分かれした商家らしく、古くからこの街で勢力を誇っている。


 主に絹織物を扱っているのだが、ミッドニア王国の絹織物の四割はブライエン家に関わりがあると言われている。絹糸の生産、服の製作、流通販売まで取り仕切っているとのこと。


 その財力は絶大で、この街の評議会で一番の実力者であり、この街の艦隊の半分を動員できる兵力をも持っているのだ。


 当然、その屋敷の大きさも凄まじく、アナハイム家の別宅の五倍の規模を誇っていた。


 山育ちの僕はただただ圧巻されるが、堀の外から屋敷を見上げる僕にルナマリアは声を掛けてくる。


「ウィル様、先ほどの会話で気になっていることがあるのですが」


 控えめな問いかけだったが、僕はすぐに反応する。


「ルナマリアも気が付いた?」


「はい。女だてらに勇者の紋章がある。お転婆。世界を救いたい。このようなキーワードが当てはまる人物はそんなにおられないでしょう」


「だよね。ぶっちゃけ、どう考えてもレヴィンのことだよね」


「はい」


 以前、僕が出会った勇者のひとりだ。


 西国からやってきた『剣』の勇者で、男装をして世界を救う旅をしていた。


 紆余曲折の末、自分を偽るのをやめ、女に戻ったはずだが……。


「女性には戻ったけど、結婚するようなタイプにもみえなかったなあ」


「西国というのも符合しますね」


「そうだね。レヴィンは西国の貴族だった。ブライエン家も西国にルーツを持つ商家のようだし」


「今のところ一〇〇パーセントレヴィンさんのような気もしますが」


「だね。再会できるのは嬉しいかな」


「でも、仮にもしもそうならば説得は難しいかもしれません」


「……だねえ」


 吐息を漏らすが、このような場所で溜息をついていても仕方ない。


 取りあえずブライエン家を訪問しようと正門に回り込もうとするが、塀の上に影が見える。


 そこにいたのは女性で、下着丸出しであった。


 どうやらブライエン家から逃げだそうとしてるようだ。


 パンツが見えてますよ、お嬢さん、と声を掛けるべきか迷ったが、声は掛けられなかった。そのものがバランスを崩し、塀から落ちてきたからだ。


「危ない!」


 気配を察したルナマリアは叫ぶ。

 その瞬間、僕は《水球》の魔法を唱える。


 魔法で大きな水の玉を作り出すと、それをクッションとして女性の落下地点に潜り込ませる。


 落ちてきた女性はぼよんと弾むと、僕はそれをキャッチし、お姫様抱っこをする。


 急にお姫様抱っこされた女性は、きょとんとするが、すぐにその気性の荒さをあらわにする。


「な、なんだ、貴様、おれを剣の勇者と知っての狼藉か!? お、お姫様抱っこなどしおって」


 猛々しいが、顔が真っ赤なのでとても可愛らしい。


 そのことを指摘すると、さらに顔を真っ赤にして怒るが、すぐに僕の声に聞き覚えがあることに気が付いた。


「そ、その声、もしかして君はウィル少年か!?」


「お久しぶりです、レヴィンさん」


 にこりと微笑むと、レヴィンは向日葵のような微笑みを浮かべる。


「少年だ、少年! ウィル少年だ。ああ、なんという幸運、なんという吉事」


 しばし喜ぶが、僕の姿が変わり果てていることに気が付く、僕は女の子の格好をしていた。


「はて、おれの知っている少年は美少年だったが、美少女ではなかったはず」


「これには深いわけがあるのです。ちなみに隠しているので誰も言わないでくださいね」


「おれは口が堅いほうだ」


「実はアナハイム家の養女と偽ってシーサーペントの生け贄になるんです」


「なんと!? 少年がカレン嬢の代わりになるのか」


「そういうことです」


「ならばそのことは絶対他言しない」


 勇者の誇りに懸け、と誓ってくれる。


「しかしまあ、奇妙な感覚だ。美少女にお姫様抱っこされるなんて。しかも家出しようとしているときに」


「家出をしようとしていたのですか?」


「ああ、この家にはとても意地の悪いじいさんが住んでいるのだ。やつはなにをとち狂ったのか、勇者であるこのおれを結婚させようとしているのだぞ?」


「その話は聞いています」


「なに、耳が早いな。ならば今回、やってきてくれたのは、おれを脱出させる手引きを手伝ってくれるためか?」


「いえ」


「ならば婚約者を撲殺する棍棒でも差し入れしてくれるのか?」


「まさか」


「ならばなんのため? ――あ、もしかしてウィル少年が代わりに婚約をしてくれるのか?」


 再びぼしゅっと顔を真っ赤にさせるレヴィンだが、それもはずれだ。旅先で出会う女性すべてと婚約していたら、僕の身は持たない。ただでさえアナハイム家から強烈に婿入りをせがまれているのだ。これ以上の厄介ごとは避けたい。


「僕がブライエン家にやってきたのは当主のケニーさんと話を付けるためです。彼にはお転婆な姪御がいるらしいんですが、その方の将来に憂慮しているとか」


「そんな困った姪御がいるのだな。叔父上も難儀だ」


 自分を棚に上げて言うが、その姪御が自分だとは分かっているらしい。


 彼女は怨みがましい目で僕を見つめる。


「しかし、数ヶ月ぶりに再会したら、まさか君が敵に回っているだなんて夢にも思わなかった。あのとき、一緒に巨人と戦った勇ましい君はどこへ行った」


「敵だなんてとんでもないですよ。ただ、ブライエン家との交渉に来ただけです。それに僕はレヴィンさんが女性らしくするのはいいことだと思っています」


「君までそんな。いくらで買収された」


「買収なんてされていません。レヴィンさんは昔は自分は男性だと偽り、冒険していましたよね」


「うむ」


「そのときは勇者ガールズとかを侍らせて自分を偽っていました。しかし、聖剣を抜けないことにより、自分を偽るのをやめたじゃないですか」


「君がその切っ掛けをくれた」


「そうです。 だから今回も同じことがしたいんです。レヴィンさんは自分に素直になってから何倍も魅力的な人間になりました。今回も結婚しろとはいいません。しかし、もうちょっと自分に素直な女性になれば、おじさんも安心すると思うんです」


「おれは充分素直だ。少年のためにスカートをはくようになった。仲間と上手くやれる術を身に付けた。これ以上、なにを望む」


「唯一の肉親と折り合いを付けること。彼とも同じように素直に接することができるようなれば最高じないですか。彼は老齢です。孝行がしたいときにすでにあの世に旅立っているかも」


「……ううむ、そう言われると」


 だ、だが、おれは、と続けるレヴィンに、僕は、「あたし」と続ける。たしかレヴィンは別れ際、一人称が「おれ」から「あたし」に代わっていたはずだ。


 素直になったときの彼女はとても魅力的だった。もう一度、それを再現してほしかった。


 そう諭すと、彼女は恥ずかしげに、

「あ、あたし……」

 と口にした。


 その姿はとても可愛らしかったので、そのまま大人しくなった彼女をブライエン家の正門に連行する。

「最初に会ったレヴィンさんからは考えられないほど素直になりましたね」


とはルナマリアの言葉だったが、僕もそう思う。彼女もまた進歩しているのだ。僕も見習いたいところであった。



 

 正門までの短い旅乗りの間、彼女の仲間たちの近況を聞く。


「そういえばいつも一緒にいたリンクス少年はどうしているのですか?」


「ああ、リンクスならば屋敷にいる」


「彼をひとり置いて逃げだそうとしてたんですか……」


「し、仕方ないだろう。結婚したくなかったんだ」

「まあいいです。他のパーティーメンバーは?」


「今は別行動だ。別に喧嘩別れしたわけじゃないぞ。長旅が続いたから、それぞれに実家に戻って休暇を取ろうという話しになったんだ。あたしはもう身内がいないから、おじの家に来たってわけだ」


「なるほど、おじさんは交易都市でも有数の商人と聞きましたが」


「うむ、父の兄なのだが、武芸が出来ない身体だったので養子に出されたのだ。ブライエン家は何代か前のアレンハイマー家から枝分かれした家なのだ。その縁もあって幼き頃に養子になったらしい」


「とても優秀な商人と聞きましたが」


「そうだな。絹織物商としてはこの国、いや、大陸でもピカイチだろうな」


 誇らしげに言うレヴィン。なんだかんだでおじさんのことを尊敬しているようだ。


 そのように考察していると、レヴィンはじーっとこちらを見つめる。まだ裏切ったと怒っているのかな、そう思ったが、違うようだ。


 ご機嫌斜めな理由を尋ねる。


「いや、ウィル少年はあたしには〝あたし〟としゃべれと怒ったのに、自分の口調は直さないのだな、と思ってな」


「僕の口調ですか?」


「それだ、それ。なぜ、敬語なんだ。他人行儀じゃないか」


 それはあなたが年上だからです、と言いたいところだが、それを指摘すれば「ルナマリアだって君より一歳年上じゃないか」と言い出すだろう。


 ここは素直にため口に直す。


「うん、わかった。じゃあ、レヴィンって呼び捨てにするね」


「うむ、嬉しいぞ」


 喜ぶレヴィン。なかなか可愛らしい。


 ちなみに彼女は御年一八歳、僕よりみっつほど年上であった。


 そのようなやりとりをしていると、ブライエン家の正門が見えてくる。


 門番はレヴィンの姿を見つけると、慌てて駆け寄ってきた。槍を持つ手に力を込め、殺気を送ってくる。どうやら僕たちを誘拐犯と勘違いしているようだ。


 レヴィンは説明する。


「このものたちはあたしの友人にして、ブライエン家の客人だ。アナハイム商会に連なるものでもある。無礼は許さないぞ」


「それは申し訳ないことをしました」


 素直に謝罪する。彼はただ職務に忠実なだけのようだ。


 申し訳なさげに頭を下げられると、門を開けてくれた。


 巨大な門は機械仕掛けで開閉しないといけない。それほどブライエン家の門は大きかった。


「門だけではない。建物も敷地もバカみたいにデカいぞ」


 それは先ほどから承知していたので、改めて驚かされることはなかったが、ブライエン家の敷地には恐ろしい数の石像などが並べられていた。どれも名のあるドワーフの名工が作ったものだ。


 いったい、一体いくらするのだろう。

 素朴な疑問を浮かべながら館へと向かった。


 恐ろしいことに正門から館に入るまで、数分ほど歩くことになった。


 交易都市の豊かさに改めて驚かされた。

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