物憂げなヴァンダル
さて、この様子をテーブル・マウンテンから遠視の水晶球を使って見ていた神々たち。
治癒の女神ミリアは久しぶりに見た息子の女装姿に、
「んほぉぉー!」
と鼻血を流している。
「キタキター! ウィルの女装キター! さいきょーむはいの男の娘ー!」
興奮気味の女神にツッコミを入れるのは剣術の神様。
「落ち着け、この変態女神」
「誰が変態女神よ。つうか、あんたたち、ウィルのあの可愛らしい姿を見て興奮しないっての?」
「興奮などするわけないだろう。可愛いとは思うが、俺は息子にはわんぱくでもいい、たくましく育ってくれれば、と思ってるんだ」
「っち、これだから脳筋は」
吐き捨てるように言う女神様、彼女は同意を求めるように魔術の神ヴァンダルのほうを向く。脳筋剣の神には男の娘のよさは分からないだろうが、知的な彼ならば理解してくれると思ったのだ。
しかし、ミリアの思惑通りにはならない。
ヴァンダルはこの話題に参戦してくるどころか、どこか遠くを見つめていた。
遠視の水晶球を覗き込んでいるが、ここではないどこか別の世界に思いを馳せているようだった。
その姿を不審に持った剣の神ローニンは率直な言葉を口にする。
「なんだ、このジジイ。いつもなら食い入るようにウィルの姿を見ているのに」
「そうよね。いつもまるで自分だけのもののように水晶玉を独占するくせに」
「実際、ジジイの水晶玉だけどな」
「うっさいわね」
「つうか、三日前、使い鴉から手紙を受け取って以来、こんな感じなんだよな」
「使い鴉?」
「魔術師がよく使う使い魔だよ。伝書鳩よりも性能がいい」
「そんなのは知ってるわよ。私が聞いているのは手紙の中身」
「そっちか。てか、そんなの知るわけねーだろ。俺はおまえみたいに人様の手紙を盗み見る癖はないんだ」
「ぶっぶー、私が覗き見るのはウィルの手紙と日記だけですー」
「そんなことしたら嫌われるぞ」
「息子を心配する母はいつの世も同じことをするのよ。ウィルも大きくなったら分かってくれるわ」
「まあいい。ともかく、ジジイがこんな調子じゃ、神々の家が暗くなる。なんとかしないと」
「そうね。じゃあ、取りあえず美味しいものでも食べて元気になりましょうか」
服の袖をまくし上げる女神。なにか料理を作るようだが、剣の神はそれを必死でとめる。
「まて、弱ったジジイにおまえの糞不味い料理はとどめになる。ここは俺が刺身でもこしらえるから、おまえは魚でも捕ってきてくれ」
「なによ。私の料理が不味いみたいに」
「みたいにじゃなく、不味いんだよ」
「ふん、脳筋だからろくに味も分からないのね。可哀想に」
女神ミリアはそう言ったものの、多少の自覚はあるので、黙って魚を取りに行く。熊のハチと一緒にサーモンでも捕まえに行こうと思ったのだ。
ローニンは安堵しながら刺身包丁を研ぎ始める。
そんなふたりの神々の姿を見ながら、ローニンはぽつりとつぶやく。
「相変わらず忙しい連中だな」
その言葉は不快感ではなく、安堵の中から漏れ出た言葉であったが、口にした本人も気が付いていなかった。




