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貿易都市シルレ

 大地母神の神殿へ続く道を丸一日ほど歩く。いったい、この道を何度歩いたことか。


 エルフの王子様とドワーフの姫のシェイクスピア調の駆け落ちに巻き込まれてしまった僕たちは、かなりの時間を浪費してしまった。


「まあ、時間制限がある旅ではないけれど」


 それにふたりが幸せになったのだから、なんの問題もない、と思っているとルナマリアが難しい顔をしていることに気が付く。


「どうしたの? ルナマリア」


「いえ、なにか厭な予感がしまして」


「厭な予感?」


「はい。この道は何度も歩いていますが、このように不吉な大気の動きは初めて見ました」


「不吉な大気の動きか」


 空を見上げればたしかに空の色が変だった。今にも雨が降りそうなのに一滴も雨が降っていない。生暖かい風、それにどんよりとした雲が不安をかき立ててくる。


 またルナマリアは神様から託宣を受け取れる巫女様でもあった。


 未来を見通せる不思議な力を持っているのだ。


 そんな彼女が不吉な予感を覚えるとは、とても不吉なことだった。


 ルナマリアの直感をなによりも信頼する僕は、予定よりひとつ前の宿場で宿を取ることにした。そこで天候の回復を待ってから北進することにしたのだ。

 その判断は正しかったのだろうか。


 ――少なくともその判断によって僕たちの神殿行きが大幅に遅れたのはたしかだった。


 宿場に留まったことにより、とある家の使者と出会うことになってしまったからだ。


 その使者とは、『ヴィクトール商会』の執事であった。


 かつてヴィクトール商会のお嬢様カレンを助けるために一緒に剣を振るったこともある執事が、宿場にやってきて僕たちに面会を申し出てきた。


 彼は僕を見るなり、

「おお、ウィル様、やっと見つけましたぞ」

 と涙した。僕の立派な姿に感動しているとハンスさんは付け加える。


「男子三日合わずば刮目して見よ、その言葉の意味を今、噛みしめております」


「大げさですよ。――しかし、ハンスさんどうしたのです? その格好……」


 見ればハンスさんの執事服はボロボロであった。


ヴィクトール商会の屋敷にいた頃はこのような格好をすることは決してなかった。誰よりも身だしなみを気にする人だったのだ。それがこのようなぼろ雑巾のっような格好、尋常ではない。


 僕の言葉で自分の使命を思い出すハンス。彼は汚れた執事服には言及せず、単刀直入に現状を説明し、助けを求めてきた。


「ウィル様、どうか我らヴィクトール商会を、交易都市シルレをお救いください――」


 必死の形相、薄汚れた格好、困窮を究めた言葉に、ただならぬ気配を感じた僕たち。


 事実、執事のハンスはその言葉を言い終えると倒れてしまう。


 不眠不休でここまでやってきて僕を探し出したようだ。


 ルナマリアは慌てて回復魔法、それに滋養強壮の薬を飲ませる。


 すぐに大事ないと分かるが、それでも丸一日ほど安静にさせると、翌々日、僕たちは執事のハンスから詳しい話を聞くことにした。


 ヴィクトール商会とはミッドニア王国の北部に勢力を持つ商会のひとつだ。主に材木や石材を扱い、それらを販売輸出することによって巨万の富を築き上げた。


 僕とどのような関わりがあるかというと、僕とルナマリアが旅を始めた当初、ライバルの商会に雇われた傭兵に襲われていたご令嬢を救出したのだ。


 ヴィクトール家の当主は大変、感謝してくれて、以後、僕に惜しみなく援助をしてくれていた。


 僕が自由に歩き回れるのは、ヴィクトール商会の発行した通行書があるからだ。それにヴィクトール商会の支社がある街にいけば、食料や情報などふんだんに与えて貰っていた。


 僕の大切な支援者なのだが、その支援者が困っているとは、いったい、なにがあったのだろうか。


 体調を回復させた執事のハンスに問う。


「それなのですが、お嬢様の命が危ういのです」


「カレンの身になにかあったのですか?」


「はい。このままだとお嬢様は海神の生け贄に捧げられてしまいそうなのです」


「海神の生け贄――」


「それは穏便ではありませんね」


 眉をしかめる。


「交易都市の重要な航路が、海神の怒りに触れて途絶えてしまったのです。それを鎮めるために生娘をひとり、生け贄に捧げることになりまして」


「それに選ばれたのがカレンってわけですね」


「はい――」


 悔しい表情を滲ませるハンス。


 なぜ、名家であるヴィクトール家の娘が選ばれたのかは分からないが、このまま見過ごしていい事態ではない。僕はカレンを救う旨を老執事に伝える。


「誠ですか!?」


「当たり前です。ヴィクトール家には少なからぬ恩義があります」


「有り難いことです」


 このことを予期していたルナマリアはすでに荷物はまとめている旨を伝えてくる。さすがに手際がいいと褒めると、彼女はにこりと返答する。


「ウィル様がヴィクトール家の危機を見捨てるとは思えませんでした。ですからハンスさんが寝ている間にすべて用意しておいたのです」


「ごめんね。また里帰りが遠のく」


「気にされないでください。大地母神の神殿は逃げません」


 冗談めかして言うルナマリア。


「たしかに」


「それに交易都市に行くのはいいかもしれません。交易都市ならば色々な情報が集まります」


「ゾディアック教団の情報も手に入るかもしれない、ということだね」


「そういうことです」


「そうだね。前向きに考えよう。さて、じゃあ、このまま出発しようか」


「はい」


 準備万端の僕たちはそのまま宿の代金を支払うと、東に向かった。


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