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愛の結晶

 夜中、何度もおなかがなるが、レイバリーとアーウィックが断食をしていると思うと、僕だけご飯を食べる気にはならなかった。


 左手の聖なる盾は、

「君は本当に見上げた少年だね」

 と褒め称えてくれた。


「ルナマリアのほうが立派だよ」


 おそらく、彼女はこの作戦が成功するまで、食べ物はおろか水まで断つことは疑いない。一日中、作戦の成功を祈っていることも間違いなかった。



 こうして数日が経過する。ドワーフたちが落ち込む姫の様子に心を痛め、その姫の胃袋が空っぽになった頃を見計らって、王子は現れた。彼は堂々と砦の前に現れ、名乗りを上げる。


「私の名はアーウィック。西 のエルフ族の族長シンテュランの息子。愛しき姫君を奪還しにきた」


 その勇壮な物言いにドワーフたちは、「なにを!」と反感したが、エルフたちは内心、さすがは我が王子と思った。ただし、エルフたちも彼の帰還を望んでいたので、全力で捕縛しようとするが。


 ドワーフとエルフたちは武器を持って砦の外に出るが、僕はその瞬間を見計らって、レイバリーの牢の鍵を開けた。そのまま何食わぬ顔で彼らの後ろに続くと、アーウィックの大立ち回りを見学する。

 細身の剣で戦闘をしているアーウィック。ドワーフもエルフもアーウィックを殺すことを目的としていないから、なかなかもどかしい戦闘が続いていた。


 ただ、数に勝るエルフとドワーフ、次第に戦況は悪化していく。


 とあるドワーフのハンマーがアーウィックのレイピアをへし折り、戦闘力を奪う。そのまま投げ縄で捕縛しようとするドワーフたちだが、それを切り裂くはルナマリア。


 彼女は見事な袈裟斬りで縄を両断する。

 戦女神のように声を張り上げるルナマリア。


「我が名はルナマリア。大地母神教団の巫女なり。

義と愛により、この諍いに介入する!」


 凜々しく言い放つルナマリアにエルフは言う。


「大地母神教団は俗世の争いに介入しないはずではないのか」


「ここは大地母神教団が管理する街道。そこに勝手に砦を築いておいてその言い草は看過できません」


「……だからやり過ぎだと言ったんだ」


 エルフは怨みがましい眼でドワーフを見るが、ドワーフは「ふん」と無視をする。


「今さら言っても始まらない。ええい、小僧と巫女ひとりになにを手間取っておる。ふん縛るのじゃ!」


 ドワーフは勢いよく言い放つ、まるで悪代官のようだが、物語に出てくる代官ならば、ここいらで裁きを受けるべきであった。僕はお約束が好きなので、それを激しく望んだが、レイバリーも同じ考えを持っていたようだ。


 絶妙のタイミングでアーウィックを捕縛しようとしたドワーフを蹴飛ばす。


「レイバリー!」


 アーウィックは美しい声を弾ませる。


「アーウィック!」


 レイバリー は太いが、愛情に満ちた声で呼び返す。


 そのままふたりはしばし自分たちの世界に入るが、ルナマリアが軽く咳払いすると、自分たちの役目を思い出した。


 彼らは手を握り合うと、殺気立つエルフとドワーフたちに向かって言った。



「エルフにドワーフたちよ、剣を収めよ」



 その声は威厳に満ちていた。さすがは族長の子供たちである。一瞬、エルフとドワーフは攻撃の手を緩めるが、すぐにこう言い放つ。


「アーウィックよ、無駄な抵抗は止めろ。おまえたちのおかげで我らがどれほどの苦労を強いられたか。あのいけ好かないドワーフたちと行動をともにしなければならないのだぞ」


「案外、息が合っているぞ」


 冗談を返すと、エルフはむすっとする。


「レイバリーもだ! エルフなどと駆け落ちしおって。ドワーフ族の恥さらしぞ」


「愛に種族は関係ないのさ。てゆうか、みんなだって本当は気が付いているんだろう。ドワーフとエルフが仲良く手を携えることが出来る可能性を」


「そんなものはない」


「そうかい? ならばこの砦はなんなんだい? いくらドワーフが建築に長けているからって、こんな立派なものを一週間で作り上げるなんて不可能だろう」


「むむ」


「それが出来たのはエルフ族の協力のおかげだよ。エルフ族が良質な木々を見つけてくれたから、それを運搬してくれたから。精霊を使役して建築を手伝ってくれたからだろう」


「…………」


「そうだ、この砦こそが証拠。我がエルフの民よ。おまえたちも気が付いているのだろう。ドワーフが寡黙だが、働きものであることを。誤解されやすい種族であることを。一緒にいて気が付いたはずだ。その朴訥で誠実な性質に」


「…………」


 言葉を失う両種族。たしかにこの数ヶ月、共に創作を続けてきたエルフとドワーフ族。連携作業をすることによって、友情の又従兄弟のようなものが芽生え始めていたのは事実だった。


 両者、互いの仕事ぶりを認め合っていたのだ。エルフはドワーフの手先の器用さを尊重するようになり、ドワーフはエルフの自然の恵みを利用する知恵に敬意を持つようになっていたのだ。


 何百年もいがみ続けてきた両者だから、容易に和解は出来ないだろうが、変わる切っ掛けは掴むことが出来る。そのように思い始めたものも多いはず。


 それに賭けたアーウィックとレイバリーであったが、彼らの思いは早すぎた。


 亜人と亜人がわかり合えるほど時代は成熟していなかった 。


 ドワーフは叫ぶ。


「姫様がなんと言おうと、エルフなどと仲良く出来るものか」


 エルフも大声を張り上げる。


「族長の息子とはいえ、いや、族長の息子だからこそその言葉は看過できぬ」


 分かり合うどころか、互いに意地になる始末であった。


 武器が互いの方向に向き始める。


 このままでは和解どころか戦闘が始まるそう思ったレイバリーとアーウィックは意を決したように懐に入れていた小瓶を取り出す。


「その小瓶はなんだ?」


 とあるエルフが尋ねるが、アーウィックは正直に話す。


「これは毒薬だ。これを飲めば眠るように死ねる」

「な、なんだって?」


 ドワーフは髭を震わせる。


「これを飲めばあたいたちはやっとふたりきりになれるんだね」


「ああ」


 レイバリーとアーウィックは微笑み合う。


「あたいたちが結ばれるには天国に行くしかないんだね」


「自殺したものは地獄に落ちるという宗教もある」


「地獄でもいいよ、あんたと一緒に居られるならば」


「私もだ。愛しているレイバリー」


「あたいもだよ」


 ふたりはそう言うと小瓶の劇薬に口を付ける。


「ま、待て! 心中する気か」


「はやまるな!」


 エルフとドワーフは必死に止めるが、愛という名の導火線に火が着いた若者を止めることはできなかった。ふたりは小瓶の中の液体を飲み干すと、口から血と泡を吐き出す。


 それを見てドワーフとエルフは驚愕の声を上げる。


「アーウィック! なんて馬鹿なことを!!」


「吐き出させろ! まだ間に合うかもしれん!!」


 エルフとドワーフはふたりの喉に指を突っ込むが、焦点を失ったふたりの目に輝きが取り戻ることはなかった。


 こうしてふたりは静かに息を引き取った。


 服毒自殺をしたわけであるが、ふたりの指は絡まったままほどけることはなかった。


 とあるドワーフがそれを解きほぐそうとしたが、他のものたちがそれを止める。


「……やめろ。もう好きにさせてやれ」


「……命を賭してまで添い遂げたのだ。我々に彼らを引き離す権利はない」


 それが両種族の総意だった。

 つまりふたりの死によってようやく悟ったのだ。


 愛するものを引き離すことは出来ないということを。


 彼らが本気だったということを。

 自分たちがいかに愚かだったかということを。


 アーウィックとレイバリーの死によってようやく目を覚ましたのだ。


 それは遅すぎる覚醒だったのだろうか?


 ウィルは涙を流し、肩を振るわせているドワーフを見る。


 天を見上げ、慟哭しているエルフを見る。


 ふたりは幼き頃から両名に仕えてきた守り役だという。このような結末を一番望んでいなかったものたちだ。


 いや、彼らだけではない。この場にいるものすべてが悲しんでいた。惜しんでいた。悔いていた。時間を戻したいと心の底から思っていた。


 しかし、時計の針が逆回転を始めることはない。


 ドワーフ族とエルフ族はしばらくふたりの側に寄りそうと、「我々は愚かだった」と嘆き、何日も死体に寄り添った上、共同で墓を作った。


 遺体を持ち帰るという話も合ったが、この気温では腐敗してしまうと言う意見が大勢を占めた。それにふたりは一緒に埋葬してやりたいというのが正直な気持ちだったようだ。両種族総出で質素な墓を作り上げると、そのまま埋葬した。


 ふたりに最後の別れを告げると、両種族はそのまま森と洞窟に戻っていった。


 僕はルナマリアと共に最後のエルフが立ち去ったのを確認すると、アーウィックとレイバリーに別れを告げ、北進した。このまま大地母神の神殿に向かう旅を再開したのだ。


 ふたりの死によって検問所が廃止された今、僕たちを阻むものはない。一週間ほど北上すれば神殿が見えてくるだろう。


 ――歩き続ければの話だが。


 僕たちは二日ほど北上すると、反転する。そしてそのまま検問所があった場所まで戻ると、アーウィックとレイバリーの墓を掘り返した。


 ルナマリアは墓を掘り起こす前、大地母神に祈りを捧げ、許しを請う。


「おお、母なる地母神よ、私の行為をお許しください」


 敬虔な信徒であるルナマリアに墓暴きは辛そうだ。僕はひとりでやる旨を提案するが、ルナマリアは毅然とした態度で首を横に振る。


「いえ、ウィル様にだけ厭な役を押しつけてなにもしないことこそ、地母神様はお怒りになるでしょう」


 そう宣言すると穴を掘る速度を速めた。これは言っても無駄だと思った僕は早く厭なことを終わらせることで彼女の心の平安を案じた。


 数分ほど墓穴を掘り貸す。すると木製の棺が見つかる。ふたつだ。無論、そのふたつはアーウックとレイバリーのものだった。


 恐る恐る棺を開くとそこにあったのは死体だった。

 実は生きていました。あるいは死体が忽然と消えていましたというパターンはない。


 ルナマリアは心音と脈を確かめているが、ふたりは見事に死んでいた。


 ただ不思議なことにふたりの死体は腐敗していなかった。この季節だというのに腐る気配がまるでないのである。


 なにか仕掛けがある。勘がいいものならばそう思うはずであったが、幸いなことにここには〝仕掛けを最初から知っている〟僕とルナマリアしかいなかった。


 僕たちは余裕の表情で懐から小瓶を取り出すと、それを彼らに掛ける。


 緑色の液体を掛けられた彼ら。すると数秒後にぴくりと身体を動かす。


 すぐに胸を上下させ、顔色を取り戻していく。先ほどまでしていた土褐色の顔色から、青白い顔色、紅潮した顔色と見事に変化させていく。


 耳のよいルナマリアには心地よい心音が聞こえているはずだった。


 ルナマリアは心底嬉しそうに僕を見つめながら、

「成功です、ウィル様」

 と目を輝かせた。


「失敗なんかしないよ。ふたりの命が掛かっているからね」


 片目をつむってウィンクすると、まず目を覚ましたアーウィックがきょとんとしている。


「ここは……」


「記憶が混濁しているんですね。まあ、一週間近くも死んでいたんだから仕方ない」


「そんなに?」


「アーウィックさんたちからしたら一瞬だったかもしれませんね」


 ルナマリアはくすりと笑う。


「ああ、あたいたちはさっき毒薬を飲んだ感覚だよ。まだ口元に苦みが残っている」


「それは幻覚、いや、幻味ですね。ともかく、マンドゴラの〝仮死薬〟は効果抜群だったみたいだね」

「……仮死薬」


 アーウィックはそうつぶやくと記憶の糸をたぐっているようだ。数秒ほど目をつむると、はっとした表情をする。


「は!? そうだった。私たちは頑迷なエルフとドワーフたちの蒙を啓くために死んだ振りをしていたんだった」


「そんなことも忘れてたのかい?」


「薬の副作用でしょう。無理もありません。仮死状態になっていたのですから」


 ルナマリアは擁護する。


「あたいはなんともないけどね。ま、戻ったからいいけど。ところで肝心のあいつらの蒙は啓けたのか?」


 それについてはルナマリアが説明する。


「あなたたちを追っていたエルフとドワーフたち皆、深く後悔していました。何日も死体に寄り添い、涙を流していました」


「そうかい。そう聞くと胸が痛いね」


「ならば今、戻れば我らのことを理解してくれるだろうか」


「ですね。今、戻ればきっと彼らは別の答えを用意してくれるはず。しかし、そんなに急がなくてもいいでしょう」


「だね。せっかく、自由になったんだ。しばらくふたりきりで旅をしようじゃないか、アーウィック」


「しかしおまえ……」


「私もそれに賛成です。もしも両種族に認めて貰ってもどちらかの里で人生を送るのでしょう? 夫婦水入らずは今だけかもしれませんよ」


「なるほど、それは一理ある」


 納得したアーウィックは、僕の手を力強く握る。


「なにはともあれ、ありがとう、ウィル」


「気にしないでください。これから大地母神の神殿に行くのです。大地母神は婚姻の神様。愛のキューピッドをしておけば神様も喜びましょう」


「その通りです。ウィル様はもしかしたら大地母神の寵愛を受け生まれてきたのかもしれません」


 ルナマリアは嬉しそうに言う。


「剣の神に魔術の神、治癒の神に万能の神に大地の神様の寵愛か。お腹いっぱいになりそう」


「エルフとドワーフの神様にも愛されるよ、きっと。狩人の神と鍛冶の神様だ」


「さすがに多すぎるかな」


 僕がそう言うと皆は「違いない」と笑う。


 その後、しばし四人で歓談すると、別れのときが訪れる。


 アーウィックとレイバリーは荷物をまとめると、街道を南進する旨を伝える。


「ウィルのお勧め通り、ちょっと温泉にでも浸かりながらゆっくり帰るよ」


 新婚旅行ってやつさ。レイバリーは幸せそうに微笑む。


 僕たちは彼らの旅の無事を祈ると、そのまま北進した。


 今度こそ大地母神の神殿に向かうのだ。


 互いに名残惜しかったが、これが永遠の別れではなかった。寂しさの中にも希望に満ちた歩みをしながら互いに遠ざかっていった。彼らの背中を何度も見たが、異種族との間に芽生えた愛情を見るのは麗しかった。山育ちの僕には結婚願望などなかったが、彼らを見ていると結婚もいいものだと思ってしまう。ちらりとルナマリアを見るが、彼女も同様の感想を抱いているようだった。


「愛に種族は関係ない。 種族の壁さえ突き動かす。もしかしたら有機物と無機物の間にも成立するかもね」


 彼らを見ているとそんな夢物語のようなことも実現するような気がした。



 余談。


 レイバリーとアーウィックは一年後、互いの里に戻る。


 一年も掛かってしまったのは、「死んだ」と思わせる効果を高めるため――ではない。


 里に帰れない事情が発生したのだ。


 それはトラブルではなく、慶事だった。なんとレイバリーは妊娠していたのだ。アーウィックの子を身ごもっていたのである。


 レイバリーはドワーフの中でもぽっちゃりしていたから、本人さえも妊娠に気が付かなかったのだ。


 大地母神の前でお祈りを捧げなくても懐妊したわけである。


 普通、ドワーフとエルフの間に子供は出来にくい。ふたりが頑張った証拠でもあり、ふたりの愛が本物である証拠でもあった。


 里のものたちはその〝証拠〟を見たとき、どう思うだろうか。


 それは不明であったが、アーウィックとレイバリーは途中の村で出産すると、母体と子供が安定してから、里に戻った。


 ――里のものたちは、ふたりとふたりの愛の結晶を快く迎え入れることになる。 

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