ドワーフの砦
「ウィル様ならば凄い作戦を考えていたと思いますが、想像以上の策です。まさかマンドゴラをそのように利用するなんて」
ドワーフのお姫様のレイバリーも合意する。
「ほんと、信じられない坊やだよ。神々の子供ってのはみんなこんなに賢いのかね」
他に神々の子供と知り合いはいないので、なんとも言えないが、このような小細工が上手い人物はそうそういないだろう。しかし、そのことは誇らず、二つ名が引き抜いてくれたマンドゴラを手に取る。
僕らの目的は犬退治ではない。僕らの目的はこのマンドラゴラを使ってとある秘薬を作ることなのだ。さっそく、その秘薬を作りたかった。
僕はその場で火を起こし、調剤道具を取り出す。
「そんなものを持ち歩いているのかい?」
「治癒の女神の息子ですから」
「そういえばそうだった。女神ミリアの秘蔵っ子だね」
「世界中の人々に自慢したいと言ってましたから、秘蔵ではないですが……」
無論、そんなことをされたら堪らない。
「だけど母さんの教えによって秘薬クラスの薬も野外で作れるようになりました」
通常、秘薬を作るには工房や研究所クラスの設備がいるが、ミリア流薬学術にはそんなものは不要だ。
「薬はあいじょー!!」
ぼよん、と胸をゆらしながらミリア流薬学術の真髄を説いてくるミリア母さんの顔が浮かぶ。
そのままその胸で窒息させてこようとするので、その幻影を打ち払うと、僕はマンドゴラをすり鉢の中に入れた。
「マンドゴラはとても繊細な植物、ゆっくりすりおろさないと薬効がなくなってしまうんだ」
「恐ろしい姿の割には繊細なんですね」
「その代わりあらゆる植物の中でも五指に入るほど薬効が高い。これから僕が作る薬には必須なんだ」
「それなんだが、ウィル、あんたはいったい、どんな薬を作る気なんだい?」
「我々を救ってくれる薬と聞いたが」
「それだけではありません。エルフとドワーフを仲直りさせる薬とも聞きましたが」
「精神を操るのか? 邪悪の魔術師のように」
「まさか、そんなことはしませんよ。彼らにお灸をすえるだけです。自分たちの無理解な心が本当に大切なものを失わせる。それを理解してほしいだけです」
そう言い切ると、彼らに秘薬の効果、作戦の内容を披瀝した。
僕の言葉を聞いたキンバリーとアーウィックは言葉を失う。
「……………………」
「そんな作戦があったのか。思いもしなかった」
「なんて知謀なんだい」
ふたりはそう漏らすが、ルナマリアだけは自信満々だった。
「私はウィル様のことを信じておりました。さすがはウィル様、その知謀は謀神がごときです」
「小賢しいとも言うけどね。まあ、この辺は魔術の神様ヴァンダル譲りということで」
師父であるヴァンダル父さんに感謝の念を送っていると、件の秘薬が出来上がる。
これをこの場で飲めば万事解決――、するわけではなく、これを飲むには場所が大切であった。僕たちはそのまま魔獣の森を抜け出すと、大地母神の街道へ続く街道へと戻る。
街道へ戻り、北上する。三日ほど歩くと、遠くから大きな建物が見える。
「……先日まであのような建物はなかったはずだけど」
僕が訝しがっていると、ルナマリアが尋ねてくる。
「ウィル様、どうされたのですか?」
「いや、先日まで検問所があったところに砦のような建物があるんだ。まさかこんな短時間に建て替えたわけではないだろうに」
「そんなに立派な建物なのですか?」
ルナマリアは目が見えないのだ。空気の流れによって建物の構造などを見分けることは出来るが、さすがにここまで離れているとその技も使えないようである。
「うん、ちょっとした砦。いや、小城かな。土台が石造りで、立派な堀もある」
「まあ、それは。しかし、先日まで粗末な建物しかありませんでしたが、なぜ、急に」
「もしかして道を間違えたかな」
「その可能性は低いと思いますが」
「だよね。ここは一本道だし」
「もしかしてタヌキにでも化かされているのでしょうか」
「ルナマリアのところではタヌキなんだね。テーブル・マウンテンでは狐って言っていた。――まあ、どちらにしろ朝起きたら肥だめの中というのは厭だなあ」
そのような会話をしていると、「ふははは」という笑い声が耳に飛び込んでくる。
なにごとかとその声の主を見ると、ドワーフのお姫様がどっしりと笑っていた。
「あっはっは、常識知らずの少年だと思っていたが、さすがにドワーフの凄まじさは知らないようだね」
「ドワーフの凄まじさってもしかしてあの砦はドワーフが建てたのですか」
「もちろんさ」
「まだ往復で一週間も経っていませんが」
「三日あればドワーフならば町だって作るさ。ましてや土のドワーフ族は名建築家揃いなんだ」
「すごい。神々の神殿は十年掛けて作ったのに」
「うちの里に依頼してくれれば一ヶ月でもっと立派なものを建てて見せるよ」
誇らしげに言うレイバリー。
アーウィックも同意する。
「エルフ族とドワーフ族は犬猿の仲だが、両者が協力すればこれくらい朝飯前だ。ドワーフが設計し建築する。エルフは良い木々と石材を探し、精霊の力で運搬する」
「夢のコラボレーションですね」
「だね。こんなときでもなきゃ共同作業なんてしないけど」
「もしも今回のことで互いの誤解が解けたら、一緒に建築業を始めるといいかもしれませんね」
ルナマリアがにこりとまとめると僕たちは砦のような検問所に向かった。
そこには長蛇の列が出来ている。
神殿におもむくものすべてを精査しているようだ。行商人の瓶の中まで検査している。まあ、たしかに魔術の神クラスの魔力があれば、瓶の中に入り込むくらい造作もないが。
しかし、今回はそのような姑息な手段で検問を突破するのではなく、この検問所自体を無意味なものにしたかった。
以後、このような馬鹿なことを両種族にさせたくなかったし、それにアーウィックとレイバリーの結婚を祝福して貰いたかった。
だから僕は事前の打ち合わせどおりに茂みの中でレイバリーを縛り上げると、そのまま検問所に連れて行った。
検問所にはドワーフ族がいたため、すぐに騒然とした空気に包まれる。
「おお、姫だ。我らが姫だ」
「にっくきエルフに拐かされたレイバリーがおるぞ」
「検問所を作った甲斐があった」
ドワーフたちはすぐに駆け寄ってくるが、レイバリーが縄で繋がれていることに不快感を示す。僕はあらかじめ用意していた言い訳を披露する。
「前の宿場町でこの娘が手配されているのを見ました。逃がしたくないので縄で縛りましたが、危害は加えていません」
ドワーフたちは僕ではなく、レイバリーの顔を見るが、彼女は「ふん」と同意した。
「……まあ、この際、姫様が戻ってくればどうでもいい。少年、よくやった。手配書にあった懸賞金を渡そう」
ドワーフのひとりが革袋から砂金を取り出すが、僕はそれを固辞する。
「いえ、まだいりません」
「なんと、ならば無料でいいのかね」
「いえ、こちらとしても骨を折って捕まえたのですからまだ渡すわけにはいかないということです」
「どういうことだ?」
「そのままの意味です。この娘をさらったエルフの王子、彼にも懸賞金が掛けられている。この娘を手元に置いておけば彼がやってくる。それを捕縛すれば彼の懸賞金も貰えます」
「そんなのはどうでもいい。我々に必要なのはレイバリー姫だけ」
ドワーフはそう主張するが、当然、エルフは反発する。
「貴様ら、盟約を破るのか。姫も王子も捕まえるときは一緒、どちらかを捕まえても残りは最後まで捕縛に尽力すると誓ったではないか。ドワーフは盟約を守らない種族なのか」
そのような物言いをされれば誇り高いドワーフ族も我が儘を言うことはできなかった。
その様子を見た僕はレイバリーを縄から開放するとエルフとドワーフが共同管理する牢屋に入れて貰う。レイバリーはそれに従う。
牢屋に入るとき、レイバリーは、
「……こんな手間いるのかね」
と小声で僕にささやくが、僕は肯定する。
「……なにごとも演出は大事です。囚われの姫様、それを颯爽と救う王子様、そういったものに大衆は感動するのです」
「やれやれ、案外、あんたも稚気に溢れてるんだね」
「神々の息子ですから」
と、はにかむと僕は彼女に意図を話した。
「数日後、アーウィックさんが助けに来ますから、それまでドワーフたちから出される食事に手を付けないでください」
「悲劇性を演出するんだね」
「そうです。大食漢であるあなたが食事も食べずに痩せ細ればドワーフもその思いに気が付くでしょう」
「いい演出だと思うが、あたいは本当に大食らいなんだが」
「大丈夫です。おなかの減らない薬を作りましたから」
そっとレイバリーに渡すが、彼女はそれを握りつぶす。
「いらない。アーウィックと逢えない時間は本当につらいからね。食欲もなくなる。それに〝例〟の薬は胃になにも入っていないほうがいいんだろう?」
「はい。そのほうが効果が長持ちします」
「ならば絶食しよう。アーウィックも食べない のだから、あたいもその辛さに堪えないと」
「立派な考え方です」
賞賛すると彼女と別れ、時間が経過するのを待った。
その間、ドワーフたちはボクを賓客として遇してくれたが、宗教的な断食を理由に出される食事は断った。




