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死の叫び

 仲間の協力を得て二つ名付きヘルハウンドとサシで対峙することが出来た。


 彼らの勇気と献身に感謝しつつ、右手に握り絞めた縄を握り絞める。


 これから行う作戦はとても単純であるが、単純であるからこそリスクが大きい。なにしろこれからあの化け物の首にこれを巻き付けなければいけないのだから。

 狂犬そのものの化け物を見つめていると、聖なる盾が話しかけてくる。


『君は正気なの? あの化け物の首に縄を付けるなんて』


「一応、まともなつもりだよ」


『無理ゲー過ぎる。それにあの化け物はこの程度の縄じゃ絞め殺せないよ』


「あいつを絞め殺せるのはローニン父さんとぶち切れモードのミリア母さんくらいだよ」


『それが分かってるならなんでそんな無意味なことを』


「無意味じゃないさ。ちゃんと意味があるんだよ」


 そう言うと僕はダマスカスの剣で斬り掛かる。


 戦闘態勢を整えていた二つ名付きヘルハウンドには通用しないが、それでもやつの出方を見ることは出来る。注意深く、動きを観察しながら隙を伺うが、数分、観察してたどり付いた結論は絶望だった。


「想像したよりも素早すぎる。それに隙もない」


 先ほどの《閃光》魔法で怒り狂った二つ名付きに死角はなかった。もう一度、目潰しをして隙を作ることは難しそうだ。


「まいったなあ」


 他人事のように言うが、やつの攻撃は強まる。最初は盾と剣でいなしていたが、いつの間にか身体の至る所から出血していた。


「まずい。作戦どころか、死んじゃうかも」


『それは困るなあ。君が死んだら森の中で置いてけぼりだ』


「それについては深く謝罪する」


『謝罪は不要だよ。なんとかするから』


「本当?」


『本当、本当』


「ちなみにどうやって?」


『それは見てからのお試し。だからボクを投げてごらん』


「わかった」


 そのような言い方をされればただ従うしかない。ボクは相棒である聖なる盾を投げ放つ。


 聖なる盾は草原のダンジョンで手に入れた不思議な盾。しゃべることも出来るし、知能もある。それにとても強い力も。代表的な力は投げると意思を持って帰ってくる力だ。大抵の人間は盾がブーメランのように戻ってくるなどと想像しないものだから、虚を突くことが出来る。


 ただ、二つ名付きのヘルハウンドは野生の生き物、そうそう虚をなど突けないはずだが。


 そんなことを思いながら投げた聖なる盾の挙動を見るが、案の定、彼女の初撃は横移動でひょいとかわされる。――となると帰りの一撃、ブーメラン攻撃が頼みの綱であるが、二つ名ヘルハウンドはその攻撃も予想しているようだ。後方に注意を払っている。


 やはりお調子者の盾の大言壮語など信じず、自ら道を切りひらくしかないか――、そう思ったとき、聖なる盾は思わぬ行動に出る。


『ボクの攻撃パターンがシールド・バッシュとブーメラン攻撃しかないと思ったら大間違いだよ』


 聖なる盾は声高にそう宣言すると、まばゆく光り出した。


簡易魔法(インスタント)ならば僕も使えるんだから』


そう彼女もまた《閃光》の魔法が使えるのだ。


 さすがの二つ名付きもこのような小さな鉄の塊が魔法を使えるなどとは思わなかったのだろう。本日二回目の閃光を受けてしまう。


 しかし二回目の閃光はさすがに目を閉じることには成功したようだ。また聖なる盾の閃光はそこまで強力ではないので、視界を奪えたのはほんの十数秒だった。


「それだけあれば十分だけど」


 僕はダマスカスの剣を鞘に収めると、腰に括り付けていた縄を取り出す。それを二つ名付きの首に掛ける。


 これで僕の策略の準備は整った。


 そのことを話すと聖なる盾は、

『ほへ……?』

 素っ頓狂な声を上げた。


『こんなもんで準備は終わりなの』


「最後の仕上げは残っているけど、あとは任せて」


 僕は再びダマスカスの剣を抜くとやつをけしかける。


「ええと、こういうときはローニン流罵倒術を使えばいいのかな」


 神々の家では基本、汚い言葉は禁止だ。ミリア母さんはお上品に僕を育てたかったらしく、ローニン父さんが汚い言葉を吐くと、やっとこを持ち出し、威嚇する。しかし、ローニンさんは男は汚い言葉を覚えていくものだ、とたまに講座を開いてくれた。


「敵を罵倒して誘い出すときに汚い言葉を使えば効果てきめんだからな。たったの一言がときには万の軍隊にも勝るときがあるんだぜ」


 偉そうに言うローニン父さんだが、たしかにその言葉は正しい。事実、僕は罵詈雑言によって二つ名ヘルハウンドの怒りの導火線に火を付ける。


「うすらデカいだけのアホ犬。三遍回ってワンをしたら骨を上げるよ」


 その言葉に二つ名付きは全身の毛を逆立てる。

 もちろん、犬語で言ったから通じたのだが。


 実は僕は犬語が得意だ。幼いことから狼のシュルツと一緒に育ったため、ナチュラルに彼らの言語を使うことが出来る。


 自然豊かなテーブル・マウンテンで育ったことが今さらながらに役だった。


 神々の教育方針もまた役に立った。


 人生のすべてが勉強であることを思いだした僕は改めて彼らに感謝すると、そのまま二つ名付きを想定の場所へ誘った。


 想定の場所とは先ほどルナマリアとやってきた場所だ。


 聖なる盾は、

『巫女さんと乳繰り合った場所だね』

 と揶揄するが、完全に無視をすると、そこにある〝とある〟ものに縄を掛ける。これでとあるものと二つ名付きは繋がれたわけだ。


『わお、連環の計だね』


「難しい言葉を知っているね」


『えっへん、これでもボクは盾界の博士キャラで通っているんだよ』


 レベルの低そうな業界だ。口には出さずにそう思うと、僕は最後の調整に入る。


 右手に魔力を込めたのだ。


『おお、やっと禁呪魔法』


「そう。でも意味もなく温存していたんじゃないよ。このときのためにとっておいたんだ」


『今なら一撃でやれるの?』


「違う。どんな状態でも一撃では難しい。でも、今ならばやつの両足くらい、凍り付かせることが出来る。やつから機動力を奪える」


 そう断言すると僕は詠唱に入る。



「大気に流れる無尽蔵の水脈よ。

 凍てつく風と婚姻し、忘却の真実を語れ。

 猛り狂う獣に、静寂の裁きを与えよ!!」



 古代魔法言語で詠唱したとき、空中の水分が氷結し始める。辺りにダイアモンドダストが舞う。氷の女王が演武し始めると、周囲の温度は急激に下がる。僕の右手から青白い魔法の波動が流れ始め、解き放たれる。


 それはまっすぐに二つ名ヘルハウンドを襲う。


 最初、彼は魔法を避けようとしたが、すぐの魔法の速度、追尾性の優秀さを悟ると、防御態勢を取る。

 

「獣のくせになかなか勘がするどい。――でも防御は悪手だったかもね」


 無理にでも避けるべきだった、というのは結果論だろうが、世の中最善手を選択し続けられるものではない。


 この巨大な魔獣、森の王者も年貢を納めるときがきたのだ。


 前足に僕の魔法《真氷結》を受けた二つ名付きは即座に氷付けになる。


 前足二本が氷に包まれる。


 後ろ足は健在であるが、前足を封じられた獣の機動力は極端に下がる。


『ここで一気に勝負を付けるんだね、ウィル』


 闘志満々で語りかけてくるが、彼女の予測はハズレだ。


『え? じゃあ、どうするの?』


「こうするのさ」


 聖なる盾をぎゅっと掴むと二つ名付きヘルハウンドに背を向ける。

「三十六計逃げるにしかず」

『格好付けているけど要は逃げるんじゃん』


「戦略的撤退だよ」


『ま、ちゃんと逃げ切れるように機動力を奪っておく当たり、抜け目ないけどさ』


「分かってるね」


 そう言い切ると脱兎の如く逃げる。


 風と一体化するような速度で逃げたのには理由がある。


 ひとつ、二つ名ヘルハウンドの機動力を封じたが、それは完全ではないこと。やつの後ろ足は健在だった。それにやつの周囲にはヘルハウンドの群れが集まっていた。その数はなかなかに脅威だったのだ、。

 ふたつ、やつがこちらを追ってきて移動した瞬間、やつは自分に死刑宣告をすることになるから。


 みっつ、やつが死ぬのと同時にこの空間は〝死〟に満たされるから。


『え? 死に満たされるってどういうこと?』


「こういうことだよ」


 〝死のゾーン〟からある程度離れたことを確認すると、僕は偵察に行ってきて、と聖なる盾を投げる。


『あいよー』


 すると聖なる盾は先ほどまで僕たちが居た場所に飛んでいく。


 そこにあったのは衝撃の光景だった。


『……なにこれ、みんな死んでる』


 聖なる盾のイージスは言葉を失う

『…………』


 見渡す限り、あるのは犬の死体だった。大漁のヘルハウンドが口から泡を出し、痙攣していた。


『これってどういうことなの? ウィル』


 聖なる盾は混乱気味に尋ねてくる。僕は《念話》で彼女に種明かしをする。


「マンドゴラについては話したよね」


「さっきルナマリアたちに説明しているときに聞いた」


「マンドゴラは呪われた植物、その根っこを引っこ抜くと絶叫を上げる。その絶叫を聞いたものは《即死》するんだ」


『あ! もしかしてこいつらが聞いたのは!?」


「そういうことだよ。二つ名ヘルハウンドの首に縄を付け、縄の反対側はマンドゴラを付ける」


『そうして時間差でその場から離れる』


「そうすれば僕たちがいなくなったころに二つ名付きがマンドゴラを引き抜いて。自滅してくれるってわけ」


 締めくくりの言葉を聞いたイージスは、

『すごい、すごい、ごいすー! ウィルは天才だ!』

 と褒めそやしてくれた。


「褒めるのはあとにして、肝心の二つ名付きの死を確認してくれないかな」


『あ、そうだった。ええと、でっかいわんちゃんは』


 一番デカい死体を探すと、すぐに目に飛び込んでくる。


 ヘルハウンドの死体の中心に一際大きい死体がひとつ。


 それが二つ名付きの〝したたる血の魔獣〟だった。


 彼はまるで剥製になったかのようにその場に付き伏していた。


『お! これはもしかして大勝利!?』 


気の早いイージスは大声を上げるが、その途中、二つ名はびくりと身体を震わせる。


『……ひ、ひえー。まだ生きてるの? もしかしてこいつ不死身?』


 慌てるイージスを落ち着かせるため、僕は即座に戦場に向かうと、盾を装着する。そして剣を抜き、やつと対峙するが、結局、その剣を振るうことはなかった。


 やつは僕と目を合わせると、そのまま焦点を失い、倒れ落ちる。顔中の穴から血を流す。どうやらやっと《即死》の呪いが十全に効果を発揮したようだ。


「マンドゴラの即死はすごいな。どんなやつもイチコロだ」


『それを利用するウィルも凄いよ』


 すごいよ、すごいよ、ごいすよー、と続くが、いつまでも漫才を続けているわけにはいかない。二つ名の死を確認した僕は、ルナマリアの救援に向かおうとしたが、それは実行できなかった。


 なぜならばルナマリアのほうからやってきてくれたからだ。


 彼女は、

「ウィル様、ご無事ですか?」

 と僕の胸に飛び込んでくる。


 なんでも途中、何匹もヘルハウンドを取り逃してしまったらしい。僕が苦戦していないか、とても不安だったようだ。


「取り逃したやつらは《即死》で一撃だったよ。まさしく一石二鳥ってやつだ」


「この死体は……」


『全部ウィルがやっつけたんだよ』


 と盾は言うが、彼女の言葉は僕以外に聞こえないので、マンドゴラでやつらを倒したことを伝える。ルナマリアは僕の策に心底驚き、感激してくれた。

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