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精一杯の助力

 アーウィックとレイバリーは泉を探し、水を汲んでくる。


 僕とルナマリアは火を起こすための薪を探す。それぞれ、別の方向へ旅立つ。


 途中、戦力配分的にこれでいいのかな、と思ったが、ルナマリアは、


「いいのです」


 と断言する。


「レイバリーさんの戦士としての能力はケチの付けようがありません」


「たしかに。お姫様だからちょっとおっとりしているけど」


「ですね。でもヘルハウンドの脅威は去りました。問題はありません」


「だといいけど」


「ウィル様は心配性です」


 そう言うと地面に落ちた枯れ木を拾う。


「それに恋人同士はなるべくふたりきりにしてあげるものです。戦力配分をバランスよくすると、ウィル様とアーウィックさんペアになってしまいます」


「僕単独、残り三人という手もあった」


「ぷうー、そんなに私とふたりきりになるのがお嫌ですか?」


 可愛らしく頬を膨らませるルナマリア。


 これ以上、不満を述べると彼女の美味しいハーブティーが飲めなくなるかもしれないと思った僕は、黙って枯れ木を拾う。


「しかし、それにしてもウィル様はトラブルを呼びやすい体質なのかもしれませんね」


「たしかにあのふたりだけのときは出くわさなかったヘルハウンドの群れと出くわしてしまうのだから」

「これも神の試練かもしれません」


「大地母神様の?」


「そうです。大地母神様は勇者に苦難を与えることで有名ですから」


「僕は勇者ではないけど」


「ですね。でも勇者以上の存在です」


「じゃあ、勇者以上の苦難が与えられるのか」


 腕を組み眉をしかめると、ルナマリアは「くすくす」と笑う。


 釣られて僕も笑う。


「申し訳ありません。笑ってしまって」


「事実だと思ったからでしょう」


「はい。旅を始めてから苦難の連続です」


「でもすべて乗り越えてきた」


「そうですね。さすがはウィル様です。神々に育てられしものの異名は伊達ではありません」


「英才教育という名のスパルタ教育を受けたからね。でも、それもすべて試練に打ち勝つためだと思うと、父さんたちには感謝しないと」


「今度、里帰りをしたとき改めてお礼を申し上げましょう」


「そうだね。――さて、枯れ木もたくさん集まったし、キャンプに戻るか」


「そうですね」


 同意するルナマリアだが、きびすを返した瞬間、立ち止まる。


 なにがあったのだろう? と彼女を見つめると、「くんくん」と鼻を鳴らしていた。


 彼女は鼻がきくことを思い出す。


 彼女は視力を神に捧げる代わりに、神々の息吹を感じる力に長けているのだ。嗅覚が鋭敏なのである。


「甘いような、すえたような匂いがします。上質の果物が腐ったような臭いです」


「――果物が腐ったような臭い」


 その言葉でルナマリアが感じた匂いの正体の察しが付く。


「まさか……、いや、そうに違いない」


 僕は後方に戻ると、土を掻き分ける。


 枯れ葉を除去し、腐葉土を払い除けると植物の茎と葉を見つける。


 根の一部分が出ており、そこには明らかに顔のようなものがあった。


「マンドゴラだ。こいつは運が良い」


「この匂いがマンドゴラなのですね」


 肩越しにルナマリアが覗き込んでくる。


「そうだよ。ヴァンダル父さんがよく使ってるから匂いを覚えていたんだ」


「さすがはウィル様です。――さっそく、抜きましょうか?」


 ウィル様に土仕事はさせられません、と彼女は袖をまくし上げ、「うんしょ」と茎の部分を握ろうとするが、僕は慌てて止める


「駄目だ、ルナマリア、抜いてはいけない!」


「え? でもこれを使ってエルフとドワーフを仲直りさせるのでは?」


「そうだけど、マンドゴラは抜くと絶叫を上げるんだ。その声には『呪い』の効果があってその絶叫を聞いたものは死んでしまうんだ」


「まあ……」


 口に手を添え、驚くルナマリア。


「それではマンドゴラを採取できないではないですか」


「いや、こつがある。絶叫の効果は半径二〇メートルくらいらしいから、犬などを使って抜かせるんだ」

「それでは犬が死んでしまいます」


「そうだね。ヴァンダル父さんは罪深い素材だ、と常日頃からいってるよ」


「……そうですね」


「まあ、もう手は打っているんだけどね」

「さすがはウィル様です」


 賞賛を受けると、そのままキャンプに戻るが、ルナマリアは表情を険しくする。


「キャンプで戦闘が行われています。おそらく、レイバリーさんたちが戦っているのかと」


「そいつは一大事だ」


 僕たちは駆け足になるとキャンプに戻った。


 そこでは戦闘が行われていた。先ほど追い払ったはずのヘルハウンドたちが再び現れたのだ。


「こいつらさっきのやつ」


「先ほどの戦闘で懲りたのではないでしょうか」


「そのはずだけど、様子がおかしいな」


 黒い犬たちをよく観察すると、皆、目が血走っている。恐怖に駆り立てられた目をしている。先ほど、逃亡中にも同じような目をしていた。否、先ほどよりも色濃い恐怖に囚われていた。


「こいつら、なにかを恐れているな」


 淀んだ瞳、無秩序に垂れる涎、まるで狂犬病になったかのようであった。


 きっとなにものかに命令され、僕たちを襲っているのだ。


 そのなにものかはなにか分からないが、相当やばいやつであることは間違いない。少なくともヘルハウンドたちはそのものよりも僕たちのほうが〝弱い〟と認識しているのだから。


 そのなにものかが現れる前に、戦局をこちらの有利に進めておきたかった。


 僕は左手の聖なる盾を投げつける。


 彼女は、

『ばびゅーん!』

 と勢いよく飛んでいき、ヘルハウンドたちの頭部にぶつかっていく。


『へっへー、久しぶりの出番!』


 喜んでいるようでなによりだが、すかさず呪文の詠唱に入る。


 数が多く、密集しているので僕は《竜巻》の魔法を選択した。


 竜巻は次々とヘルハウンドを切り裂き、空中に巻き上げていく。


 十数匹の犬たちを吹き飛ばし、一気に戦局はこちらの有利となったが、それも僅かの間だけだった。


 森の奥からみしみしと木々をなぎ倒し、こちらに近づいてくる存在に気が付く。


 最初に気が付いたルナマリアは、


「ベルセル・ブル……、いえ、それ以上のなにかが森の奥から現れます」


 と言い放った。


 その言葉にアーウィックとレイバリーに緊張が走る。戦闘態勢をより引き締めるが、そんなもの〝化け物〟の前では無意味だった。


 木々をなぎ倒しながら侵入してきた巨大な黒い影。大型犬であるヘルハウンドをさらに大きくしたような化け物は挨拶代わりに右足を振り下ろす。


 その右足だけでヘルハウンド一頭分ある巨大さだった。当然、その威力は凄まじく、レイバリーたちを引き裂く。――ことはなく、すんでのところで後方に跳躍する。しかし、その攻撃の余波は凄まじく、先ほどまで彼らがいた大地は大きく穿たれ、衝撃波によって大ダメージを受けていた。


 小石が頭部に当たり、出血するアーウィック。


「アーウィック!!」


 愛しい恋人の名を叫ぶレイバリー。犬の化け物はお構いなしに彼らを襲おうとする。


 しかし、それはルナアマリアによって防がれる。

 彼女は特大の聖なる力で化け物を攻撃していた。

 魔法で聖なる弓を具現化し、射貫く。


 顔に《聖弓》を喰らった化け物は一瞬、たじろぎ、攻撃の手を緩める。その間、ルナマリアはアーウィックとレイバリーに後方に下がるように伝える。彼らはその指示に従ってくれた。


 ルナマリアの冷静な行動に賞賛を送る。


「ありがとうございます。英雄のウィル様に褒められるとは紅顔の至り」


「そんなことはない。いつもながら冷静な判断力だよ。――しかし、こいつはなんなんだ?」


 数十メートル先にこちらを睨み付け、重低音のうなり声を上げている犬。その迫力はこちらの肝を潰しかねんばかりだった。


「最初、伝説の魔獣のケルベロスかと思いました」


「それは違うね。ケルベロスならば頭がみっつある」


「ふたつでもないということはオルトロスでもないでしょう」


「見た目はヘルハウンドをそのまま大きくしただけですね」


「――ふむ、となるとこいつは」


 僕が結論に至ると、後方からアーウィックの言葉が飛んでくる。


「ウィル、そいつはおそらく、二つ名付き〝ヘルハウンド〟だ。近くの村人が言っていた。この森には〝したたる血の魔獣〟と呼ばれる化け物がいると」


 そういう情報はもっと早く言ってほしかったが、アーウィックいわく、村人があまりにも大げさに言うので法螺だと思っていたようだ。


「法螺ではなく、現実のほうが噂を凌駕していたようですね」


 ルナマリアが総括すると二つ名付きヘルハウンドは攻撃を再開した。


 やはり先ほど攻撃したルナマリアを狙うようだ。獣の攻撃を読んでいた僕は、最短の距離で敵の側面から剣戟を加える。

 

 ざしゅッ!


 肉を切り裂く手応えはあるが、骨まで砕くことはできなかった。


 二つ名付きヘルハウンドはその見た目通り肉厚なのだ。


「ヒフネさんとの戦いでレベルアップした僕の剣術が効かないのか……」


 嘆くが絶望はしていない。


 剣に魔力を込めながら、二撃、三撃と攻撃を加えていく。


 その都度、二つ名付きヘルハウンドは苦痛に顔を歪め、咆哮を放つ。


 心の臓まで震える咆哮だったが、それで死ぬことはない。その咆哮に込められているのは《即死》の効果ではなく、《招集》の効果だからだ。


 森中に響く咆哮。それを聞いた二つ名ヘルハウンドの手下がどんどん集まってくる。


 一匹に二匹、時間が経過するごとにヘルハウンドの数は増えていく。


「森中のヘルハウンドが集まっているのでしょうか」


「たぶんね」


 無から有は生まれない。おそらく、この最乗のヘルハウンドはこの二つ名付きに使役されているのだろう。


「……長期戦に持ち込めば倒す自信はある。でもこのままヘルハウンドに囲まれたら」


 ちらりとアーウィックを見る。


 先ほど出血したため、視界が限られているようだ。攻撃にはほとんど参加できていない。レイバリーも手傷を負ったアーウィックを守るので精一杯のようだ。


 ルナマリアもヘルハウンド十数体に囲まれ、難儀している。


(……持って一〇分といったところか)


 その時間制限以内に二つ名ヘルハウンドを仕留めるのは不可能だろう。


(――通常の手ではだけど)


 普通に戦って勝てないのであれば、〝搦め手〟を使え。


 これはローニン流剣術の極意であり、

 ヴァンダル流魔術の神髄でもあった。


 またミリア母さんも「裏技チート上等!!」がモットーなのだ。


 賢しく戦え、スマートに勝利、が神々の家の共通言語なのだ。


 だから僕は僕の喉笛を掻き切ろうと襲いかかる二つ名ヘルハウンドの攻撃をかわしながら叫ぶ。


「アーウィックにレイバリー、僕のほうは絶対に見ないで!」


 見ないでと言われれば見たくなるのが人の性であるが、数々の戦闘によって信頼値を醸成していた彼らは即座に了承してくれた。


 彼らに被害が及ばないことを確認した僕は、剣の先に魔力を集中させる。


 魔術の神ヴァンダルから習った〝ある意味〟最強の魔法、



 《閃光》



 を解き放つ。


 閃光の魔法はその名の通り、光を解き放つ魔法。まばゆい光を発する初級魔法であり、攻撃能力は一切ない。しかし、魔術の神ヴァンダル曰く、これほど強力な魔法はない。


「大抵の生物には視力がある。この魔法は魔王にさえ効果がある。上手く使いこなせばどのような相手とも渡り合える」


 その言葉通り、目の前の化け物にも効果的であった。彼らは所詮は犬、無論、鼻は効くが、それでも視力に頼って攻撃していることは変わらない。数十秒でも視力を奪えれば、こちらとしてはいくらでも布石を打てるのだ。


 閃光の魔法が効果てきめんであると再確認した僕は、二つ名付きヘルハウンドにとどめを刺す――ようなことはせず、そのままルナマリアを取り囲むヘルハウンドに剣閃を放ち、アーウィックたちを襲おうとしていたヘルハウンドに《火球》の魔法をぶつける。


 一気に燃え上がるヘルハウンドたち、僕はそのまま彼らに後退するように伝える。


「引くのですか? いい判断だとは思いますが、この森はやつらの森、すぐに取り囲まれてしまうのでは」


「それが狙いだよ。とある場所に向かって、そこでやつらを罠に掛ける」


「なにかいい策でもあるのかい?」


 レイバリーが淡い期待を込めて問うてくるが、僕には未来を見通す力などない。しかし、その場所にあるものを利用し、強敵に打ち勝つ知恵はあった。


「みんな、僕を信じて」


 その言葉にルナマリアは無言で付き従ってくれる。

 アーウィックとレイバリーは無言で見つめ合うと、僕の後方に付き従ってくれた。


 道中、ヘルハウンドが数匹、襲いかかってくるが、一刀のもとに斬り伏せると、僕はレイバリーに尋ねる。

「例のものはできあがっていますか?」


「例のもの?」


「マンドゴラ採取に使う道具です。先ほど蔦で編んで貰った」


「ああ、それならあるけど」


 アーウィックは背中から縄状のものを取り出す。


 先ほどの蔦で編んでもらった縄、とても即興で作ったとは思えないほど立派な仕上がりだった。さすがは森の民であるエルフ謹製である。


「さすがです。ならばそれを頂戴できますか」


「断る理由はないよ」


 アーウィックは快く渡してくれる。


 その様子を見てルナマリアはくすくすと笑う。なにがおかしいのだろうか。


「いえ、またウィル様の奇策を見れるかと思うと嬉しくて」


「なるほど。でもまあ奇策と言うほどでもないよ」


「いいえ、きっと鬼謀を駆使されるはずです。それで私たちはなにをすれば?」


「段取りが善くて助かる」


 ルナマリアを賞賛すると作戦を話す。


「僕は今からこの縄を使って罠を仕掛ける」


「犬用の罠か?」


「そうです」


「しかし、あの二つ名付きに通用するのか? そんな貧弱な縄で」


「この罠は個体の大きさは関係ありません」


「どのような魔法を使えばそんなことが可能なんだい」


「それは秘密です。言ってしまったら面白くない」


「少年らしからぬ物言いだね」


「母の茶目っ気を受け継いだのかな」


 女神ミリアの顔が思い浮かぶが、彼女独特の性格は一言では説明できないだろうと思った。


「レイバリーさん、それにアーウィックさん、ウィル様を信じてください。ウィル様がこのような表情をされているときに発案した作戦が失敗したことはありません」


「たしかに余裕を感じるね。で、あたいたちはなにを?」


「この策は途中、ヘルハウンドたちに邪魔されると失敗するかもしれません」


「あんたが二つ名付きとタイマンでじゃれ合える環境を作ればいいんだね」

「そういうことです」


「ならば任せておくれ。この大槌が火を噴くよ」


 レイバリーはそう言い放つと回転を始め、大槌をぶん回す。そのまま襲いかかってきたヘルハウンドの群れを蹴散らす。アーウィックはレイバリーのために作曲した特製の戦歌(バトルソング)を唄う。


 勇壮な歌が響く中、ルナマリアもショートソードで犬を切り裂く。


 この三人、戦士の技量はそれぞれ素晴らしい上に、息もぴったりだった。


 この三重奏(トリオ)を打ち破れる魔物などそうはいないだろう。ましてや犬ごときに突破できるものではない。ただし、化け物の犬ならば別だが。

 ヘルハウンドが蹴散らされる中、突進してきたのは二つ名付きヘルハウンド、〝したたる血の魔獣〟だけは平然と突破した。いや、三重奏があえて見逃したのだ。


 三重奏の一角、ルナマリアは森を駆け抜ける化け物を見てつぶやく。


「――ウィル様、どうかご無事で」


 常日頃からウィルを賞賛するルナマリアであるが、結局、最終的には心配のほうが勝ってしまう。ウィルの最強さは何度も目にしてきたが、それでも〝もしも〟を想像してしまうのだ。無論、今までもしもになど至らなかったのだが。


 ただそれが今後も永遠かは分からない。どんな英雄もひとつ判断を間違えば死に至ることもあるのだ。

 ――もしもウィルが死んだら。


 この旅を始めてからときおり、そんな想像をするが、そのたびにルナマリアは胸を掻きむしられるように悶え苦しむ。光を失ったときよりも凄まじい闇を心に感じてしまうのだ。


 だからそのようなことがないよういついかなるときもウィルを守ろうと誓うルナマリアであったが、そう誓ってからウィルに守られっぱなしのような気がしていた。


 どんなときもルナマリアの窮地を救ってくれる優しい少年の顔を思い浮かべる。


 彼は神々に育てられしもの、ルナマリアごとき巫女が守るなどおこがましいのかもしれないが、それでも手助けすることくらいはできる。


 今がそのときである。


 ルナマリアは右手に持ったショートソードに力を込めると、ヘルハウンドを貫いた。


 ウィルが〝策〟を実行できるように万全の体制を整えるのだ。


 それが今、ルナマリアに出来る精一杯の助力であった。

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