即席の四人パーティ
エルフの王子様がマンドゴラを見かけたのは街道の脇にある鬱蒼とした森であった。地元の猟師ですら近づかないという陰鬱とした森だった。
なぜ、このような森を通ったかと言えば、それはもちろん、追っ手から逃れるためである。駆け落ちも大変だ。
そんなありきたりな感想が浮かんだが、それを言語化することはない。それよりもし忘れていたことをする。
道中、僕は自分の名を名乗る。
「僕の名前はウィル。よろしくね」
「ウィル様はテーブル・マウンテンの神々に育てられたお方なんですよ」
補足するはルナマリア。
その言葉に軽く驚くふたりだが、すぐに自分たちの名も名乗る。
「私の名はアーウィック。西のエルフ族の族長シンテュランの息子」
「あたいは土のドワーフ族の族長の娘、レイバリーさ」
最後にルナマリアが名乗ると、互いの名前を知る仲となる。
「始めて会ったときは名乗れなくてすまなかったね」
レイバリーは申し訳なさげに言うが、僕たちは気にしない。
「人には事情というものがあります」
その言葉だけで済ませると、僕はふたりの馴れ初めを聞いた。
「な、馴れ初めかい。な、なんだい、いきなり」
レイバリーは火酒でも飲んだかのように顔を真っ赤にする。姉御肌に見えるが、意外と純情のようだ。
誇らしげにふたりの出会いを話してくれたのはアーウィックのほうだった。
彼は流麗な歌とともにふたりの出会いを語ってくれる。
「二人の出会い、それは運命。
月が一際大きい夜、森の民の王子は狩りに出掛ける。
そこで足を挫いて動けない美姫を見つける」
韻を踏んだ美しい詩だ。レイバリーは顔を真っ赤にしている。アーウィックは気にする様子もなく、いつの間にか取り出したハープを奏でている。
「あんた、美姫なんてやめてくれよ、恥ずかしい」
「言い間違えた超絶美女だった」
ふたりはのろけているが、要はアーウィックが狩りに出掛けたときに森で偶然であったとのこと。そこで互いに一目惚れをしてしまったのだそうな。
「よくある話ですね」
「そんなにすぐに恋に落ちるものなのかな」
僕の問いにレイバリーは答える。
「恋に落ちるのに適正時間なんてないよ。出逢って一秒で恋することもある。あんただってこのお嬢ちゃんを初めて見たとき、胸が高鳴っただろう?」
レイバリーの思わぬ反撃に僕も軽く赤面する。
ルナマリアを初めてみたときの気持を思いだしてしまったからだ。
悪漢に追われる美しい巫女様。初めて見る人間の女性。
ルナマリアの息づかいまで思い出せるほど、そのときの記憶は鮮明に僕の脳裏に刻みつけられていた。
――しばし、今現在のルナマリアを見つめてしまうが、このままだとレイバリーよりも真っ赤になってしまいそうなので、話題をもとに戻す。
「――たしかにこの鬱蒼とした森ならばマンドゴラくらいありそうだ」
「だね。近くの村人も寄りつかないような森らしいから」
「マンドゴラは人が踏みしめた大地を嫌うから」
そのようにやりとりしていると、レイバリーが尋ねてくる。
アーウィックが答える。
「基本的なことを聞いて申し訳ないんだけど、マンドゴラってなんなんだい?」
「君はそんなことも知らないのか?」
「悪かったね」
「怒っているんじゃないよ。貴きものは知らなくていい知識さ」
「マンドゴラというのは人の形をした根菜のことだよ」
「へえ、根菜ね。大根や人参みたいな?」
「そう。その薬効はとても広範囲に及ぶ。あらゆる霊薬、秘薬を作るのに使うんだ」
「ただし、とても毒性があるから、用量と用法は絶対守らなければいけない」
「へー、そんな素材なんだね。ちなみに高いのかい?」
アーウィックがごにょごにょと伝えると、レイバリーは腰を抜かす。
「な、なんでこの前通りかかったときに抜いておかなかったんだい!?」
お怒りのようだが、それには事情がある、とアーウィックが伝えようとしたとき、ルナマリアが叫ぶ。
「みなさん、お静かに!? なにかよからぬ気配がします」
僕は即座に戦闘態勢に入るが、ふたりはきょとんとしている。ルナマリアの耳の良さを知らないということもあるが、やはり王子様にお姫様、多少、抜けたところがあるのだろう。
僕は彼らを守るかのように一歩前に出る。
すると暗闇から黒い影が飛びかかってきた。
僕は左手の聖なる盾で黒い影の攻撃をかわす。
ぐるる、
黒い影は恨めしそうに僕を睨み付ける。
アーウィックとレイバリーは目を見開く。だがすぐに黒い影が魔物であると察する。
「こいつらは黒犬か」
「正解です。どうやらここは魔獣の森のようですね」
僕は襲いかかるヘルハウンドの一匹をシールド・バッシュで倒す。
きゃいんと黒い犬はのたうち回る。
「最初に訪れたときは出会わなかったのに」
「運がよかったのでしょう」
「地元の猟師たちも寄りつかない理由が分かったよ」
レイバリーはそう言うと、背負っていた大槌を取り出す。戦闘に参加してくれるようだ。
彼女は大きく槌を振り上げると、そのままそれを振り下ろす。
ズドン、
と大きな音が鳴り響く。一瞬でミンチが出来上がる。
「あたいの里での異名は挽肉姫さ」
名前の由来はおおよそ、想像が付く。その腕力はとても頼りになりそうだ。
一方、アーウィックはサポートタイプの戦士のようだ。
風の精霊を召喚すると、自身は琴を奏でながら『戦闘の歌』を唄う。僕たちの気分を高揚させ、攻撃力をアップさせてくれる。
なかなかに頼りがいがありそうな二人組であったので、彼らに後方を任せると、僕はダマスカス鋼の剣を抜き、突進する。
ヘルハウンドは強力な魔物とはいえなかったが、周囲に三〇匹はいる。魔物のくせに連携を取ってくるので長期戦になればこちらが不利になりそうであった。なのでここで戦力の出し惜しみはせずに一気にかたづけたかった。
武術大会の優勝賞品であるダマスカスの剣を振り下ろす。なんの魔力も込めていなかったが、ダマスカスの剣はすうっとヘルハウンドの肉を切り裂く。
その切れ味は以前、僕が持っていたミスリルの短剣に勝るとも劣らない。尺がある分、力も込めやすく、使い心地は上々だった。
「これならば負けないかもしれない」
見ればルナマリアも剣を抜き応戦してくれている。
即席の四人パーティであるが、なかなかにバランスが取れている。
魔法剣士の僕、戦士タイプのレイバリー、支援職のアーウィック、それに僧侶タイプのルナマリア。どのような強敵とも渡り合える最良のパーティーと言えるかもしれない。いや、言える。それを証拠にヘルハウンドはみるみる数を減らし、みるみる戦意を喪失させていく。一匹、戦線を放棄するとそれに続くかのようにどんどんと逃げ始める。やがて戦線を維持できなくなると、最後の一匹がレイバリーによって仕留められる。
哀れミンチとなったヘルハウンドを見下ろすと、僕は戦闘の終了を宣言する。
「戦いはこれで終わり。やつらは獣だからもう二度と襲ってこないと思う」
獣は一度強者と認定したものを襲うことはない。
人間のように感情任せに復讐をしてくることはないのだ。
ルナマリアもそのことをよく知っていたので、休憩を提案してくる。
「まだマンドゴラは見つかっていませんが、皆さん、戦闘で高ぶっています。ハーブティーを入れますので、一泊してから探しましょう」
その提案を断るものはいなかったので、僕たちはキャンプの準備を始めた。僕とルナマリアがキャンプの準備をし、アーウィックとレイバリーが蔦を編む。一際大きな植物と、一際固い植物、一際、丈夫な植物の蔦を集めて、入念に織り込む。ちなみにこの蔦が僕の秘策 となる。
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