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マンドゴラ

 一触即発の検問所を背にすると、そのまま来た道を戻る。


 すると先ほどの二人組と再会する。


 二人組は明らかに警戒の色を示すが、僕たちが敵でないこと、この先に検問所があることを伝えると、立ち止まり、話を聞いてくれた。


 ふたりは同時にフードを取る。そこにいたのは女性と見間違うばかりに顔が整った美男子のエルフと、うっすらと髭が生えたドワーフの女性だった。


 両極端というか、両者、極端に自分たちの種族の血を色濃く受け継いでいた。さすがは族長の子供たちだ。


 彼らは互いに視線を交わすと言った。


「我らが族長の子供であると知っているということは、それぞれから事情は聞いているのですか?」


「おおよそは。ふたりは駆け落ちをしているのですよね」


「はい、そうです。検問所とやらで見たでしょう。エルフ族もドワーフ族も互いに聞く耳を持ちません。ただ我らを引き離すことだけしか考えていない」


「そうみたいでした。検問所まで作るとは」


「あたいたちは純粋に愛し合っているのに」


 嘆くドワーフの姫、それを支えるエルフの王子。何度見ても珍妙な取り合わせだった。――しかし、互いに愛し合っている姿はひしひしと伝わってくる。互いの種族が仲が悪く、戦争になるからという理由で彼らを突き出す気にはなれなくなった。


 もちろん、ただ手をこまねいて争いを見過ごす気にもなれないが。


 彼らに尋ねる。


「ふたりは愛し合っているのですよね? 一緒に添い遂げたいのですよね」


「そうです。同じ墓に入りたい」


「だから大地母神の神殿に向かっているのですか?」


 ルナマリアは尋ねる。


「はい」


 大地母神の教義は「豊穣」であった。婚姻を司る神様でその教義は「生めよ増やせよ」である。多種族間の婚姻も推奨している。


 大地母神に入信し、その祝福を受ければ、多種族間でも子供を作りやすくなる、という話もある。彼らはそれに賭けているのだろう。


 そしておそらく、エルフもドワーフもそのことを知っているから、検問を設置し、待ち構えているのだ。


「すみません。我が種族が迷惑を掛けてしまって」


 気にしないでください、と言いたいところだが、エルフとドワーフはこの事件が解決するまで、テコでも動かない雰囲気があった。何人も通さないという強い意思も感じさせた。エルフとドワーフはともかく、人間は関係ないのでは、と思ってしまうが、彼らいわく、「他種族に変装されて紛れ込まれたら一大事、二本の足で歩く限り誰も通さない」とのことだった。


 つまり彼らだけでなく、僕たちも大地母神の神殿に近づけないということでもあった。


 それは大司祭フローラに会えないということでもあるのだ。


 検問所を撤去するには、彼らの目的を達成させるか、それとも目的をなくさせるか、である。先ほども言ったが、僕はこのふたりを売るつもりはない。だから目的自体をなくさせる方向で動くつもりだった。


 そのことを話すとふたりは喜ぶ。


「本当かい? あんたはあたいたちの味方をしてくれるのかい?」


「ウィル様は恋する乙女の味方なんですよ」


 僕の代わりにルナマリアが答えるが、おおむね、間違っていなかった。


「しかし、エルフ族もドワーフ族も頑固な連中です。容易には我らのことを認めてくれないでしょう」


「一番いいのは、エルフ族の族長とドワーフ族の族長にふたりの婚姻を認めてもらうことだけど、可能性はありますか?」



「「絶対にない」」



 仲良くはもるふたり。


 なんでもエルフの族長の頭は樫の木をニカワで塗り尽くしたかのように、ドワーフの族長の頭は花崗岩を重ねたかのように硬いのだそうだ。


 どんなことがあっても翻意しないだろう、という。


 というか、この駆け落ちも、三年間反対された末に決行したのだという。


「ふたりの関係は死んでも認めてくれなそうですね」


 ルナマリアは残念そうに言う。


「いや、死ねば多少は認めてくれるかもね。墓の前に菜の花でも添えて、もう少し話を聞いてやればよかった、くらいは言ってくれるかも」


 自嘲気味に言うエルフの王子。


「あたいんのところもあたいが死ねば三日は酒を断ってくれるかもね」


 と皮肉気味に同意するが、それがヒントとなった。


「……そこまで融通が利かないというわけでもないのか。じゃあ、作戦は決まった」


 その言葉にルナマリアは驚く。


「もう、妙案が見つかったのですか!?」


「まあね」


「まるで太古の軍師のようです」


「それは言い過ぎだけどね。それにこの方法のヒントをくれたのは君たちだよ。それにヴァンダル父さんの書斎にあった異世界の物語」


「私たち? それに異世界の物語!?」


「心中がキーワードになって、昔読んだ本のタイトルが浮かんだんだ」


「その本のタイトルはなんというのですか?」


「ロミオとジュリエット」


 持ったいぶらずに言うが、異世界の本に疎いルナマリアにはぴんとこなかったようだ。


「内容は後日話すけど、その本は今回の事件を解決してくれるのにとても役立つ。ただ、その本の作戦を実行するにはとある薬草が必要なんだ」


「薬草ならば多少は」


 さすがはエルフの王子様、荷物には幾種類かの薬草が入っていた。しかし、都合良くほしい薬草はなかった。


「僕がほしいのはマンドゴラの根なんだよね」


「マンドゴラですか。あの劇薬の」


「アーカムまで戻れば売っているかな」


 僕がそう言った瞬間、エルフの王子はぽんと手を叩く。


「マンドゴラならば先日通った森で見かけた。急いでいたから採取はしなかったが」


「それは僥倖ですね。今からその場所に向かいましょう」


 ルナマリアの提案に僕たちは即座に同意する。


 アーカムに戻れば確実に手に入るが、僕たちの資金は潤沢ではない。


 それにここで時間を浪費すれば、他の旅人も困る。エルフとドワーフの検問所は何人も通さない、という勢いで運営されていた。


 このまま旅人が足止めを喰らえば、そのことが大地母神の教団の耳にも入ろう。大地母神は平和的な集団であるが、それでも快く思わないはず。エルフとドワーフの争いではなく、そこに大地母神の教団も介入してくるかもしれない。それは素敵な未来図ではなかった。


 だから僕たちはマンドゴラを現地で調達するという方法を選択した。


コミックス1巻、小説版3巻、好評発売中!

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