ドワーフとエルフ
大地母神の神殿まであと数日、といったところで異変が起こる。
街道の先に検問所を見つけたのだ。
ルナマリアは眉をしかめながら言う。
「おかしいです。この街道は大地母神の神殿が管轄するもの。ミッドニアの国王ですら関所を設けてはいけないことになっています」
「ならば大地母神の教団が設置したのかな。それにしてはみすぼらしいけど」
そこらで拾ってきた端材を寄せ集めたかのような検問所。いかにも今作りましたというような安普請だった。
それに検問所で旅人を尋問している連中も少し妙だった。人間ではなく、亜人たちなのだ。
「あれはドワーフにエルフだね」
「ドワーフにエルフですか?」
ルナマリアは驚く。
「うん、耳が尖ってるし、酒樽みたいな体系の人もいる」
「それはたしかにエルフとドワーフですね。しかし、妙ですね。彼らは犬猿の仲のはず」
「たしかに相性最悪の種族らしいね」
「そのふたつの種族がこんな場所で検問所を開いているなど普通は考えられません」
「なにか事情があるということか」
こくりとうなずくルナマリア。
僕も同じ結論に至っていたので、彼女と一緒に検問所に向かう。
最初、身分を偽って話しかけようと思ったが、その必要はないだろう。エルフとドワーフとは珍妙な取り合わせであるが、危険な香りはしなかった。もしも人間だけならばゾディアック教団の関与を疑ったが、ゾディアック教団は差別主義者の集まり。人間族以外のものは入信できない決まりになっている。彼らがゾディアックである可能性は限りなく低かった。
というわけでここはルナマリアに話し掛けてもらう。
ルナマリアは同意すると自分の身分を明かす。
「エルフにドワーフの皆さん、なにをしているのですか? ここは何人にも不可侵な大地母神の神殿へ続く道です。そのような場所に検問所を作るなど、いったい、誰の許可で」
その言葉にいらっとしたのはドワーフたちだった。
ただそれは検問所を作った件を指摘されたことではなく、自分たちよりも先にエルフの名を上げたことだった。
「ドワーフにエルフたちと言え」
的外れな抗議をしてくる。
ならば、
「ドワーフにエルフたち」
と言うと、今度はエルフたちがむすっとする。
どうやら彼らが犬猿の仲というのは事実らしい。しかし、ならばなぜ、そのふたつの種族がこのような場所で検問所を作っているのだろうか。
単刀直入に尋ねる。
すると彼らはほぼ同時に答えた。
「我らの族長の娘がこいつらの族長の息子に拐かされたからだ」
「私たちの族長の長子が、こいつらの族長の娘に籠絡されたからだ」
ほぼ同時に言い終えると、互いを睨み合う。
「抜かせ、おまえたちの倅が糞なのだろう」
「うるさい、おまえたちの娘が悪いのだろう」
バチバチと散る火花。
その後、罵詈雑言を言い合う二陣営だが、彼らの話を総括すると、どうやら互いの族長の子供たちが駆け落ちをしたとのことだった。
だからここで検問所を作り、彼らを捕縛したいのだという。
「……思ったよりもとんでもない理由でした」
呆れるルナマリア。
「あまり聞いたことがない話だね。エルフとドワーフの駆け落ちなんて」
「はい。私も聞いたことがありません。しかもエルフの『王子』とドワーフの『姫』が駆け落ちなんて……」
「……たしかに聞いたことがない」
エルフは男女問わず眉目秀麗なものが揃っている種族。人間などから見ればとても美しく、羨望のまなざしを受ける。一方、ドワーフは、男は髭の生えた酒樽、女は『少し』髭の生えた酒樽、と賞される種族で、人間はもちろん、他の種族からの人気は皆無だった。
美女と野獣ならぬ、髭女と美男子であるが、どのような経緯で恋に落ちたのだろうか。とても気になるが、それを考察するよりも先に、先ほど出会った二人組のシルエットが脳内を駆け巡る。
黒いフードをかぶった長身の男と小柄な女性。
もしかしたら彼らが件のエルフの王子とドワーフの姫なのではないだろうか、という結論にたどり付く。
ルナマリアも同様のことを考えているようで、「ウィル様……」と僕のほうを見つめてくる おそらく、いや、確実にそうなのだろうが、問題はその事実をどう処理するか、であった。 検問所で言い争っているエルフとドワーフに伝えるべきだろうか?
もしもふたりがこのまま逃亡したら、エルフとドワーフはそのまま戦争状態に突入するだろう。耳を傾けてみると先ほどから不穏当な発言が目立つ。
ならばこの者たちに協力し、先ほどの二人組の情報を教えるべきだろうか。彼らが捕らえられ、それぞれの里に戻れば少なくとも戦争は回避できる。
愛するふたりを無理矢理、引き離すことになるが、それでも戦争が起こるよりはマシと言えた。
「…………」
僕は悩む。
これほど悩んだことはない、というくらい悩み抜くと、決断を下した。
「……取りあえずさっきの二人組に話を聞きに行こう。一方聞いて沙汰するな、という言葉もある」
「さすがはウィル様です。名采配です」
「それは成功してから言って」
「ウィル様ならばすべてをぴしゃりと丸く収めてくださいますわ」
ルナマリアの信頼は厚いが、僕にはそれほど自信はない。
魔物を何人も倒した。
傭兵の集団も蹴散らしたことがある。
悪魔だって倒したことが。
しかし、男女の恋愛を成就させたことは一度もない。
ましてやいがみ合うふたつの種族の仲立ちをしたことも一度もないのだ。
今回の件、上手い具合に着地させるのは、ゾディアック二四将を同時に三人斬り伏せるくらいの難事のように思われた。




