光あるところに必ず闇はある
アーカムから出た僕たちはどこに行くか相談する。
「ゾディアック教団を潰すのはいいけど、肝心のやつらの本拠地が分からない。ルナマリアは知ってる?」
「残念ながら存じ上げません」
「そうか。それは困るな。本拠地が分からなければ対処法が考えられない」
「なんの情報もなく戦いは挑めません」
「そうだね。敵を知り、己を知れば百戦危うからず」
「ソンシですね」
「そう、異世界の兵法家の言葉。ヴァンダル父さんのありがたい格言でもある」
「無為無策はたしかによくありません。ここはまずゾディアック教団の情報を集めましょう」
「それがいい。――ところで今さらなんだけど、ゾディアック教団ってなに?」
「ウィ、ウィル様……?」
精神的に数歩よろめくルナマリア。さすがに初歩的すぎる質問だったようだ。
「あ、いや、さすがに基本は知っているよ。ただ深くは知らないんだ」
「ウィル様は山育ちですしね」
「そうそう。父さんも母さんも俗世のことはあまり教えてくれなかった」
ウィルちゃんは余計なことを知らなくていいの! と抱きしめてくるミリア母さん、俗世に触れるな、と太古の知識を添えてくれるヴァンダル父さん、どちらも最高の教育者だとは思うが、少し教え方が偏っていたような気がする。
その光景がありありと浮かんだのだろう、ルナマリアは苦笑を浮かべながら説明してくれる。
「――ゾディアック教団。聖魔戦争を引き起こした魔王ゾディアックを信奉する邪教の集団です」
さすがにそれは知っているとはいわずに彼女の次の言葉を待つ。
「その誕生はこの世界に歴史が刻まれた瞬間とも、あるいはそれ以前とも言われています。聖魔戦争を引き起こしたのは彼らだとも」
「そんな古くから陰謀を企てていたの?」
「それは分かりません。最初は石工たちが集まって出来た互助組織だったとも言われています。石工の神からゾディアックに宗旨替えしたのだとも」
「なにがあったんだろう。信じる神様を変えるなんて」
「それは分かりませんが、ただひとつ分かっていることは、ゾディアック教団はこの世界の闇そのものだということです。光の陣営である人間の王や各種教団は常に彼らと敵対しています。この国の王も何度も討伐軍を出しています」
「それでも滅ぼせなかった」
「はい。光の陣営は何度も根絶宣言を出したのですが、時間が経つと教団は復活するのです。――『光あるところに必ず闇はある』彼らの教義の言葉を示すかのように」
「和平は結べないの? 互いに尊重し会うことはできないの?」
「それは不可能でしょう。彼らの教義は混沌と混迷。この世界が乱れれば乱れるほど、邪神ゾディアックは喜ぶと思っています。そしてその混沌を贄にしてゾディアック復活の糧となるとも」
「互いに相容れることはないってわけか」
「そういうことです。それにやつらは混沌だけでなく、貴きものの血も狙っています」
「そういえば始めて会ったときもそんなことを言っていたね」
「はい」とうなずくルナマリア。
「あのときも説明申し上げましたが、やつらは邪神復活の贄とするため、この世界の『勇者』や『巫女』の命を狙っています。その血を捧げれば邪神復活が速まるそうです」
「だからルナマリアは狙われていたのか」
「はい。あとは王族の血もやつらにとって貴重な贄となります」
「羊で代用してくれないかな。――どちらにしてもゾディアック復活は阻止しないといけないんだけど」
「そうですね」
「教団の詳細は分かった。やはり教団を倒さないと枕を高くして眠れないみたいだ」
「はい。この世界を巡ることも難しいでしょう」
「だね。というわけでまずは〝今〟の彼らの状況を探らないと」
「それなのですが、私にいい策があるのですが」
「策?」
「はい。正確には私の策ではなく、大司祭のフローラ様の策なのですが」
「フローラ様――、たしかルナマリアの育ての親で、お師匠様だったね」
「はい。フローラ様は大地母神教団の最高指導者でもあらせられます。つまり常にゾディアック教団の動向を探っているはず」
「なるほど、たしかにいい情報を持っていそうだ」
「久しく会っていませんのでなにか新しい情報をお持ちかもしれません。一度、戻ってみようかと」
「いいアイデアだね。というか、この前から会おう会おうと言っていたし、丁度いい機会かもしれない」
そう言い切ると、ルナマリアに地母神の教団の本拠がどこにあるか尋ねる。
「ミッドニアの北西にございます」
「ここは西域だから北に向かえばいいのか。近いね」
「はい。目と鼻の先です」
「よし、それじゃあ、さっそく、出立しようか」
「はい」
弾むような声音を発するルナマリア。どうやら里帰りが、いや、フローラ様に会えることをとても楽しみにしているようだ。
彼女も僕とそう歳が変わらない。家族と長期間会えないことは寂しくて仕方ないはずだった。一時的な里帰りであるが、きっと彼女の心を慰撫できるだろう。
それにフローラに会いたいというのは社交辞令ではない。ルナマリアという人格者を育て上げた神職者なのだから、きっと立派な人物だろう。どのような人物なのか、会って確かめたいという気持もあった。
ルナマリアとは末永く付き合っていくつもりだ。神々(ちちはは)たちと相性がいいといいけど。
そんなことを思いながら北へ続く街道へ向かった。




