さらばアーカム
城塞都市アーカム武術大会で優勝を果たした。
アーカム市の領主様はこのままアーカムに滞在してくれと願い出てくるが、丁重に断る。 僕の居場所はここではなかった。それに僕は見聞を広げるために旅をしているのだ。ここに留まっても得られるものは少ない。
「騎士の位と領地も用意していたのだが……」
渋るアーカム伯爵に礼を言うとそのまま市をあとにする。
「名残り惜しいです」
とは世話になった道具屋の娘アイナの言葉だ。彼女の祖父も惜別の言葉をくれる。
アーカム伯にはなんの思い入れもないが、彼女たちは別だ。一抹の寂しさを覚えるが、それでも僕は旅立つ。
その様を見て盲目の巫女ルナマリアが控えめに進言してくる。
「ウィル様、私たちの旅はまだ始まったばかり。ここでしばらく休憩するのもいいかと思われますが」
気を遣っての言葉であることは明白だったので、その気持ちには感謝するが、僕としてはアイナたちのもとに留まれない理由がふたつあった。
ひとつは彼女たちに迷惑を掛けたくない、という理由だ。まだ経営が思わしくない道具屋にふたりも食客を養う経済力はない。
もうひとつはここに滞在していると彼女たちに物理的な迷惑が掛かりそうな気がした。
僕の宿敵であるゾディアック教団の魔の手が彼女たちにも及ぶかもしれないのだ。
その考えにルナマリアは渋面を浮かべ同意する。
「……ウィル様の推察は正しいかもしれません。やつらの魔の手は着実に迫っています。先日の武闘大会にも教団は関与していました」
「うん……」
関与とは女剣士ヒフネに僕の情報を与え対峙させたこと。大会中に小細工をしたこと。そして前回大会優勝者を悪魔の依代にし、大会を滅茶苦茶にしたことだ。
それらはすべてゾディアックの陰謀なのだが、僕のせいで多くの人に迷惑を掛けたという側面も確かにあった。
僕は何度もゾディアックの悪巧みを阻止し、命を狙われる身となったのだ。
ここにいてはアイナたちに迷惑を掛ける可能性が高い。なので僕は決意する。
「ルナマリア、僕はゾディアック教団に立ち向かうよ。積極的に」
その言葉を聞いたルナマリア、一瞬だけ驚いたような表情をしたが、すぐに謹厳な表情を取り戻すとこう言った。
「その決意、嬉しゅうございます」
最後ににこりと微笑むルナマリア。元々、彼女は僕をこの世界を救う救世主として迎えにやってきたのだ。ようやくその自覚を持った僕を見て心の底から喜んでくれていた。
僕が使命に目覚めたのはゾディアック教団の横暴のせいであるが、この笑顔のためという側面もあるかもしれない。ルナマリアの笑顔はそれくらい素敵なのだ。




