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父子対決のゆくえ――

 武術大会で優勝を果たした僕はしばらくアーカムの街に滞在する。そこで新たにできたファンにファンサービスをする――のではなく、静かにワイツさんのお店を手伝う。 


 店の権利を取り戻したはいいが、ワイツさんの店は往事の賑わいはない。それに男手も必要であった。僕とローニン父さんは大工仕事を買って出て店先のひさしや倉庫を直す。


 ワイツさんとアイナは感謝の色を示しながら、おやつを作ってくれた。

 それをもしゃもしゃと食べながら、父さんと今後のことについて話す。


「ヒフネさんのことはどうしよう」


「傷は癒えたのか?」


「うん、ルナマリアの回復魔法で骨を接いでいる。そろそろ完璧に繋がるはず」


「ならば一度話をしないとな」


「今の彼女に余計な話はいらないかも。テーブル・マウンテンに誘うか、僕の旅に誘うか、二択だよ」


「だな。そろそろ切り出す頃だな」


 そう言うとアイナが焼いてくれた甘食を口に入れる。とても甘くて優しい味だった。


 

 僕と父さんがそのようなやりとりをしている頃、宿屋で荷物をまとめる少女がいる。ヒフネだ。彼女は忘れ物がないか確認すると「よし」とその場を立ち去ろうとする。


 無論、宿賃はちゃんと支払っているので問題はないが、ひとつだけ計算違いがあった。それは地母神の巫女が扉の前で待ち構えていたことだった。


 彼女は意味ありげな笑みを浮かべ、その場にたたずんでいた。


「……地母神の教えでは人をストーカーするの?」


「時と場合によっては。ましてや素直ではない女剣士がいるのならば張り付いてでも翻意させねば、と思っています」


「翻意?」


「一度決めたことを覆させることです」


「さすがに知っている」


「ならば翻意してくださいますね」


「それはできない。私はウィルにもローニンにも迷惑を掛け続けた」


「ご本人たちはさして気にしていないでしょう。あのような性格ですから」


「ならば私が三人分気にする。私は恥を知っている。あそこまで迷惑を掛けておいてこれ以上甘えられない」


「それは甘えではありません」


「ではなんだと」


「問う意味もないでしょう。彼らは家族なのですから」


「……家族? 彼らが」


「そうです。ヒフネさんはまだ少女の頃、ローニンと暮らしていたのでしょう。ならば家族です」


「ではウィルは?」


「ウィル様はこの世界の友達皆が家族だと常日頃から申しております」


「自分の命を奪おうとした女が?」


「自分の命を奪おうとしたからです。命のやりとりほど相手を知り合う機会がありましょうか」


「…………」


「それに私の師はこう言っていました」


「あなたの師?」


「そうです。大司祭様です。彼女は常日頃から言っていました。最強の魔法はなんであるか知っていますか? ルナマリアと」


「最強の魔法? なんなの?」


「それは自分を殺しにきた相手と握手をすることです。自分を殺しにきた相手を友達にすること。さすればどのような強敵とも渡り合えましょう、と師は常々おっしゃっていました」


「……たしかに最強ね」


 納得してしまうが、だからといって自分が最強の魔法を使えるとは思えなかった。自分は剣士なのだ。剣士は魔法が使えなかった。だからヒフネは意を決すると言った。


「……私はまだ魔法剣士にはなれない。しかし、いつかあなたが言った素敵な魔法を使いたいと思っている」


「素晴らしい心がけです」


 地母神のような微笑みを浮かべる。


「それまでウィルは待っていてくれるかしら」


「ウィル様は永遠に待っています。あなたがどこかでピンチになったらすぐに駆けつけます。それだけは確信しています」


「心強い〝家族〟ね」


 ヒフネはたおやかな笑みを返すと荷物を背負い、ルナマリアに語りかける。


「自分がこの世で一番不幸な娘だと思っていた。だから強くなれたのだとも。でも違った。あなたのように生きられたら、ウィルの側に居られたら私はもっと強くなれると思う。だから私は旅立つ。ウィルの側に居られる女になるために。彼のことを家族だと言い切れる自分になるために。それまで少しだけウィルに待っていて貰って」


「その言葉、しかと届けます」


 ルナマリアは一言一句聞き漏らさずにヒフネの言葉を耳に焼き付けると、彼女の背を見送った。一刻後、その言葉をウィルに伝えると、彼は残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直す。


「これは別れじゃないよね、ルナマリア」


 ルナマリアは明確に、即座に肯定する。


「当然ですわ。すぐにまた会えます。それもそう遠くない未来に」


 ルナマリアは確信めいた予感を愛する主に伝えた。





 ヒフネが旅立ったと伝えると、ローニン父さんは、

「そうか」

 と言った。


「次に会うときはもっと佳い女になっている」


 と続ける。

 その通りだと思うので反論せずに言うと、ローニン父さんは話題を転じさせる。


「ところでアーカム武術大会の優勝賞品のダマスカス鋼の剣の使い心地はどうだ?」


 傷心気味の僕の心を慰めるために言った言葉だろうが、案外、本当に気になっているのかもしれない。父さんは刀剣類が大好きだからだ。僕は正直に感想を言う。


「いいね。ロングソード・タイプなんだけど、思った以上に持ちやすい」


「今までダガーばかり使っていたからな」


「だね。ダガーは小回りが効くから好きだったんだけど、長物には長物の良さがあるね」


 びゅんびゅん、と振り回す。


「いい音だ。さっそく使いこなしているようだな。ところでウィルよ。アーカム武術大会では結局対戦できなかったな」


「そうだね。残念だ」


「楽しみにしていたんだがなあ」


「僕もだよ」


「その言葉がお世辞じゃないなら、親孝行だと思って俺と勝負してくれよ」


 腰の肥後同田貫に軽く手を触れるローニン父さん。


「え? 父さんとここで勝負するの?」


「山では青空の下でやっていただろう」


「稽古をね。今まで一度も本気で戦ってくれなかった」


「ああ、だが今ならば本気で戦えるはず。かつてない力を出せる気がする。無論、神々としてではなく、人としてだが」


「それでも最強の剣客だろうね、父さんは」


 ごくりと生唾を飲む。


 剣神ローニン、剣を振るい続けていたら剣の神様になってしまったという生粋の剣術馬鹿。その腕前はおそらく、剣術史上でも上位。あの剣聖カミイズミを超えている可能性もある。そんな人物と手合わせできるのはとてつもなく幸せなことであった。


「分かった。勝負しよう。ううん、勝負してください」


 ぺこりと頭を下げると、ローニンはにやりと笑う。


「さすがは俺の息子だ。このまま勝負と行くか。……しかし、その前にそこのデバガメお嬢ちゃん」


 ローニンがそう言うと「ばれていましたか」とルナマリアが物陰から出てくる。


「おまえさんに隠し事をする気はないが、これから息子と勝負をする。誰にも邪魔されたくない」


 ローニンの気迫に感じ入ったルナマリアは「分かりましたわ」と背を向ける。途中、軽く振り返ると言った。


「どちらも怪我をされないように」


 ルナマリアの気遣いに僕と父さんは、

「分かっている」

「ああ」

 と答えると彼女の背を見送った。


 ルナマリアが居なくなるとローニンは冗談気味に言う。


「恋人の前で負けるのは恥ずかしいよな、さすがに」


 冗談に冗談で返す僕。


「恋人じゃないけどね。父さんこそ若い女性の前で負けるのは厭だよね」


「こいつ、いいやがるな」


 ローニン父さんはステップを始める。父さんはずっしりと構えるよりもこぎみよく動いているときの方が調子が良いような気がする。


 僕も父さんの調子にあやかる。


「いい動きだ。惚れ惚れするぜ」


「ローニン流だよ」


「だな。さすがは俺だ。最強の剣術家だ」


「でもそれも今日までかも。師匠ってのは弟子に超えられるために存在するってミリア母さんが言っていた」


「あんな年増女の言うことなんて聞くな」


「年増なんて言ったら母さん、怒り狂うよ」


「小じわが増える。いい気味だ」


 そう言うとローニンは柄に手を伸ばす。

 僕も同様の動作をする。


 同心円状にくるくると周りながら軽口をたたき合うと、これ以上ないタイミングで互いに剣を抜き放った。


 空を切り裂く音だけが周囲に鳴り響く。

 互いの剣が互いの首筋に向かう。

 勝敗の行方は――





 数日後、僕たちは旅を再開する。

 ローニン父さんはそのままテーブル・マウンテンに戻ると僕たちは反対方向に向かった。


 ルナマリアは、「寂しいですね」と言うが、引き留めたり、同行を願ったりはしなかった。


「神々には神々の勤めがあります。救世の旅は我らの使命。遠くから見守って頂けるだけでもこの上ない喜びです」と言った。


 まったくもってその通りなので傷心にひたることなく旅を続けるが、道中、旅を進めるとルナマリアが思い出したかのように話しかけてきた。


「そういえばウィル様、先日の勝負の行方、どうなったのですか?」


 先日の勝負とは僕と父さんの勝負のことだろう。

 どうやら彼女は少し気になっていたようだが、答えるか迷った。


 彼女に秘密を作るのは気が引けるが、それでもあの勝負の結果はふたりだけの秘密にしたかったのだ。なので僕は「そうだね。ダマスカス鋼の剣はいい剣だったよ」と、はぐらかすとルナマリアに言った。


「ルナマリアはどちらが勝ったと思う?」


 質問を質問で返されたルナマリアだが、気を悪くすることなくこう答えた。


「もちろん、ウィル様に決まっています。なにせウィル様は神々に育てられしもの。最強無双の英雄なのですから」


 にこりと微笑むと初夏の日差しが彼女の笑顔を照らした。

 その姿はまるで地母神のように清らかで、美しかった。




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