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武術大会優勝

 アーカム武術大会の優勝者が決まり、その名が発表されるとき、黒衣の男が武舞台に上がり、僕たちの戦いを貶した。


「まったく、相打ちになればと手間が省けたが、このような茶番を演じることになるとは。剣聖の孫娘は名前倒れだな」


 そう叫んだのは先日、姦計を弄してローニンを敗北に追い込んだゾディアック教団の司教だった。名前は不明であるが、陰険な顔と性格を持っているのはすぐに察した。


「しかし、このまま小僧にダマスカス鋼の武器を渡して旅を続けさせたとなれば、教団内での私の地位が下がる。生きて返すわけにはいかないぞ」


 そう言うと黒衣の男は呪文を唱え始める。陰鬱で陰険な発音と意味の呪文を放ち続ける。すると会場にいたひとりの男がうめき声を発する。


 そのままその場に倒れ込むと、身体から邪悪なオーラを発する。


「拳王ジャバよ。拳では口ほどの実力も発揮できなかったが、その依り代としてはどうだ? おまえに栄えあるゾディアック二四将の地位を与えよう」


 すると拳王ジャバは嘔吐し、真っ黒な物体を吐き出す。その量は尋常ではなく、全身の水分と臓物を吐き出すかのような勢いだった。否――、実際、ジャバ王は全身の臓物を吐き出し、絶命した。


「なんとむごい」


 ルナマリアは耳を背けるが、すぐに武舞台に上がると戦闘態勢を取った。


「ウィル様、ここはルナマリアが」


「有り難い」


 素直に助力に感謝すると、僕はローニン父さんに同田貫を返そうとする。しかし、それは断られる。


「もうしばらくおまえが持て。俺はゾディアック討伐に協力せん」


「どうしてですか?」


 ルナマリアが問う。


「神々が下界の争い、それも魔族関連の争いに首を突っ込むわけにはいかないからだよ」


「しかしやつらは姦計を用いてローニン様を抹殺しようとしました」


「まあな、しかし、避けられた。これ以上関わったら天界の偉いさんにどやされる」


「なにを呑気な」


「呑気かもしれないが、計算も働いてるんだぜ。つーか、この程度の悪魔に苦戦するようなたまじゃねーだろ、うちのウィルは」


 そう言うや否や僕は剣閃を解き放ち、悪魔の身体に一撃を見舞う。


 拳王ジャバから生まれた悪魔ヴァッサゴは苦悶の表情を浮かべる。父さんの宣言通り、僕の実力はかなり上がっているようだ。


「ヒフネとの戦いで急速に腕を上げたな。元々、最強の子供だったが、頭にもう一個最を付けてもいいくらいの剣士になった」


 これならば余裕かも、ルナマリアはそう思ったようだが、そうは問屋は下ろさないようだ。ジャバから生まれた悪魔ヴァッサゴは、魔力を身体に込めると、ジャバ王の形になった。


「ふははあ、やるな小僧。しかし、俺の力はこんなものではない。依り代の能力も使えるのだ」


 そう言うと手を無数に出す。高速で手を動かしているだけではない。実際に腕の数を増やし、手数を増やしているのだ。


「百手拳!!」


 そう叫びながら迫る無数の拳圧。その威力は凄まじく、防御する暇もないまま僕は壁際に吹き飛ばされる。


「ぐはっ」


 吐血をする僕。僕は悪魔よりも強い実力を蓄えていたが、依り代の分は加味していなかった。さすが前回優勝者の実力は伊達ではない。鍛え抜かれた武術と悪魔の力の相乗効果は恐ろしいものがあった。


 ルナマリアは駆け寄り、僕の治療をするが、すぐに彼女を突き飛ばすと、そのまま斬撃を放つ。悪魔の腕が一本吹き飛ぶ。先ほどまでルナマリアがいた場所に大きな穴が空く。


(……やばいな。このままだと僕だけじゃなく、ルナマリアも危険に)


 それだけじゃなく、会場の人々にも危害が。見ればかなりの数が逃げ遅れている。このまま逃亡すれば彼らが犠牲者となるだろう。


(三十六計逃げるにしかず――は封印か)


 神々の教えとしては逃げは美徳であるのだが、こういう場面では恥となる。最後まで戦って市民を逃がしてこその神々の息子だった。なので逃げることなく、悪魔に立ち向かうが、その都度、拳を貰う。右腕、左足、腹、内出血するほどの一撃を何発も貰う。


 その間、ルナマリアは神聖魔法で攻撃してくれるが、ダメージは通っていないようだ。


(……これは負けるかも)


 そう思った瞬間、目にも止まらぬ速さで剣閃が飛んでくる。

 剣閃は即座に悪魔の右半分の腕を切り落とす。とんでもない威力と速さだ。


 一体誰が?


 と見るとそこに立っていたのはヒフネだった。彼女はよろよろに立ち上がりながらも刀を握り絞めていた。


 彼女は不敵な笑顔とともにこう言った。


「神々に育てられしもの、協力する」


「千人力です。しかし、ヒフネさんもずたぼろじゃ」


「ずたぼろだが、今こそこの剣を使うとき。師父の剣を使うとき。仲間を救うとき。今この瞬間、腕が千切れても後悔はない」


「ヒフネさん……」


 感動に打ち震えるが、感傷にひたる暇はなかった。悪魔が斬られた右腕を再生し、襲いかかってきたからだ。ヒフネは僕と悪魔の間に立ち塞がると剣撃を加えた。

 怯む悪魔。僅かな隙が生まれる。


「ウィル! 私が時間を稼ぐ。何分で必殺の一撃を放てる?」


「禁呪魔法を込めた魔法剣を放ちます。五分、いや、三分を頂きたい」


「じゃあ四分を作る」


 そう言うとヒフネは悪魔と戦闘を始めた。元々、拳王ジャバなどヒフネの前では噛ませ犬、その扱いはなれているのだろうが、それでも悪魔の力を得たジャバは強かった。


 しかしそれでも彼女は互角以上に渡り合う。的確に相手を斬り付けダメージを与える。


 その間、僕は禁呪魔法を詠唱する。

 爆裂系の禁呪魔法を詠唱し、刀に送り込む。


 爆裂系を選んだのは悪魔の再生力を見たからだ。やつは再生をさせずに一気に殺さなければならない。その選択肢は正しいだろうが、僕はすぐに後悔する。


 最初は互角の戦いを繰り広げていたヒフネが劣勢に回っていたからだ。


「……やはりさっきの戦いのダメージが」


 通常時ならば圧倒できる相手でもダメージが蓄積された状態ではどうにもならない。


 剣聖の孫娘でも二四将を相手にするのは難しいようだ。

 もしかしたら四分どころか二分しか持たないかもしれない。

 そう思ったとき、ひとりの男が参戦する。

 ヒフネに拳を振り落とす悪魔の拳をみしりと握り絞めるのは剣の神だった。


「ローニン父さん!? 神様は下界の争いに介入してはいけないんじゃ?」


「ああ、そうだよ。だから今、戦っているのは神じゃない。剣の神ローニンではなく、ただの格闘愛好家のローだよ」


 そんな下手な弁明をすると、着物の上半身をはだけさせる。力を入れると上半身を隆起させる。


「別に息子を救おうとか、ヒフネを救おうとかじゃねえよ、主神様。これは格闘愛好家の血がたぎっちまっただけさ」


 そう言うと剣客とは思えない正拳突きを見舞う。


 ボゴォ! 鈍い音とともに悪魔の腹がめり込むが、その姿をヒフネが見つめる。思うところがあるようだ。先ほどまで敵であった自分を救ってくれる父さんの優しさに感化されているようだった。だが父さんは恩着せがましいことは一言もいわず、悪魔の腕を掴む。


「ウィル、格闘愛好家のロー様もいつまでも悪魔を取り押さえられない。そろそろ準備はいいか」


「もちろん。……でも、この状態だと父さんにも被害が及んでしまう」


「かぁー、情けねえこと言うな。俺ごと切り裂け」


「そんなことできない」


「じゃあ、剣閃が着弾する瞬間に避ける」


「そんなこと――」


 できるわけがない、とは続けられなかった。父さんならばできるような気がしたし、今、言い争っている時間はなかったからだ。


 僕は父さんを信じると、抜刀術の構えに移る。


「まさか、ウィル様、天息吹活人剣と魔法剣を同時に使うんですか」


 ルナマリアは叫ぶ。


「ああ、威力が倍化されるからね」


「無理です! 神速の抜刀術と魔法剣をふたつ同時に使うなんて。身体への負担が大きすぎます!」


「身体なんて千切れたっていいよ」


「私は困ります。……それにいくらウィル様でもぶっつけ本番でそんな大技を使うなんて」


「できるさ。僕は〝愛する家族〟を救うためにその身を犠牲にした女性を知っている」


 心の奥にバルカ村のシズクさんの顔が浮かぶ。


 彼女は愛する息子のために己の時間を犠牲にした。愛する息子を守るために危険に飛び込んだ。彼女の言葉を思い出す。


「家族を救うのになにを躊躇う必要がある? また同じような状況に置かれたら、あたいはまた同じ選択肢をとるよ。何度でも同じように〝家族〟を救うよ」


 事実、彼女は〝村の家族〟マイルを救った。愛する息子に会うよりも会ったことが無いマイル少年の命を、僕とルナマリアを優先してくれた。


 彼女の高潔な自己犠牲の精神、その万分の一でも自分の身に宿せれば、と思う。

 またマイル少年の母親も見習うべき人だ。彼女もまた愛する息子を助けるために自己犠牲を厭わぬ人だった。氷でかじかんだ手、険しい道を歩き抜いたスカートの端、それらは〝愛〟のひとつの形であった。


 人はそれを自己犠牲というが、その根底に流れているのは〝愛〟であった。

 愛は人を救うだけでなく、愛を持つ人の力を何倍にも高めてくれるのだ。


 僕は彼女たちの〝愛〟を見て、愛を感じて何倍にも強くなれた気がした。否、強くなれた。彼女たちを見ていたからこそ、天息吹活人剣の本質を、剣聖カミイズミの真意を見抜くことができたのだ。


 彼らの〝愛〟を力に変換する。人を愛することが、人を活かすことが最強の技であることを証明する。肥後同田貫に魔法を付与し、カミイズミ流奥義にて解き放つ。


 なんの迷いなく放たれた魔法剣、それは最速の抜刀術で何倍にも力を増幅させる。僕は黙ってその軌道を見つめる。ルナマリアは心配げにそれを見ていたが、僕はわずかばかりも杞憂は持っていなかった。父さんを信頼していたからだ。父さんの中にも愛があると知っていたからだ。愛する父さんならば必ず避けると確信していたからだ。


 父さんはにんまりとすると悪魔に蹴りを入れた。僅かに怯む。その瞬間を見計らったかのように僕の剣閃が悪魔を襲う。爆発力に特化した魔法剣が悪魔に届くと、ローニン父さんはひらりと剣閃をかわす。剣閃は悪魔に命中すると轟音を発する。



 ドカン!



 地球が揺らぐような音が会場に木霊すると、爆風が会場に生まれる。周囲にいた市民たちはその場にあるものに必死に掴まる。黒衣の男は「ば、馬鹿な!?」と漏らすと吹き飛び、気を失う。どうやら悪魔を召喚したときに体力を相当持って行かれたようだ。赤子のような力しか遺されていなかった。


 そして悪魔がどうなったかというと――。



「汚ねえ花火だ」



 ローニン父さんがそう表すほど、四散していた。


拳王ジャバの身体を奪った悪魔はばらばらに吹き飛んでいた。再生などできないほどに。


 つまり僕たちはこの戦いに勝利をしたのだ。

 僕は右手を突き立てると叫んだ。


「勝った! 勝ったんだ!」


 勝利宣言であるが、ルナマリアはその言を聞くと微笑みながら言った。


「ウィル様は無双の英雄です。武術大会に勝利し、ヒフネさんの心を救い、悪魔まで遠ざけた」


 ルナマリアが総括すると、ローニン父さんもそれに首肯する。


「まったく、大した男だぜ、我が息子ながら」


 親馬鹿らしい言葉だが、それを否定するものはこの会場にはいなかった。先ほどまであれほど僕のことを憎んでいた少女まで、無言で同意をしていた。


こうして僕は武術大会で優勝し、ダマスカス鋼の剣を得ることができた。

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