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真の奥義

「殺す!!」


 全身に汗をかき、目覚めるヒフネ。

 周囲を確認するが、高弟やトウシロウの死体はない。血や贓物も。

 当然だ。ここはアーカムの街の宿。トウシロウの道場ではないのだ。


 改めてそのことを思い出したヒフネはしばし呆然とするが、すぐに自分が成すべきことを思い出す。時計の時刻が決勝のときを告げていた。


 ヒフネがすべきはアーカム武術大会の決勝会場におもむき、そこでローニンの息子であるウィルを斬り殺すことであった。


 かつてローニンがヒフネにしたことをそのままやり返すのである。

 ヒフネから幸せを奪ったローニンに同じ気持ちを味合わせるのだ。


「……そのための秘策もある」


 ナイトテーブルに置かれた竜虎の書を見つめる。


「……奥義はしかと覚えた」


 ヒフネは自分の祖父が遺した竜虎の書の奥義を究めたのだ。

 剣神も師父も究めることができなかった奥義を会得したのだ。


 その名は、

天息吹活人剣(てんいぶくかつじんけん)

 剣聖と謳われた男が生涯を懸け、研鑽し、編み出した奥義だ。


 その技を使えばどのような人物も一撃で葬り去れるという。どのような人物にも救いを与えるという技であった。


 師父を殺されて以来、心にぽっかりと穴が空いたヒフネには丁度いい技といえた。ヒフネの師父を殺した男を後悔させるには丁度いい技であった。


「そして神々に育てられしものを葬り去るのにも……」


 自分の実力があの少年に劣っているとは思わないが、あの少年は剣の神、魔術の神、治癒の神に英才教育をほどこされた天才だった。圧倒的な実力を持っていることは知っていた。だからこそこの奥義を会得するまで手を出さなかったのだ。


 しかしヒフネは一年ほど前に奥義を会得した。この世でひとりしか会得できなかった究極の技を己のものにしたのだ。もはや恐るべきものはなにもなかった。


「……師父よ。私は必ずあなたの敵を取ります。神々に育てられしものを殺し、ローニンに地獄の責め苦を与えます」


 ヒフネは改めて死んだ師父に誓うと、天息吹活人剣を放つ。


 至高の抜刀術、神速の抜刀術が空気を切り裂く。あまりの速度に時空が歪むようであった。数瞬、遅れて凄まじい旋風が巻き起こる。室内の家具はズタズタに破壊される。


 ちなみにこれでも威力は最小に抑えてある。もしも本気を出せばこの宿屋の半分は吹き飛ばせるだろうか。


「ふふふ、神々に育てられしもの、首を洗って待ってるといい」

 不敵につぶやくと、ヒフネは身なりを整え、会場に向かった。





 一方、その頃、僕はワイツさんの道具屋の裏庭にいた。そこでローニン父さんに語りかける。


「父さんがトウシロウさんを殺したとは思えない」


「俺がやつを殺したんだよ」


「やむにやまれぬ事情があったんでしょう。――例えば向こうのほうから斬り掛かってきたとか」


「…………だとしても友殺しに代わりねえよ。黙って斬られてやることもできた」

「斬られていたら僕と父さんは会えなかった」


「かもな。しかし、歴史は変えられない。となれば今すべきはおまえに奥義を教えることだ」


「奥義?」


「天息吹活人剣だ」


「そんな技が」


「ああ、最強の抜刀術だ。これより速い剣はない。大空を翔る隼ですら追撃できる」


「凄い技だ」


「しかし問題もある」


「問題?」


「俺がその奥義を会得できなかったということだ。竜虎の書にはこの奥義は真に心の清きものしか会得できないとある。だから俺もトウシロウも会得できなかったのだろう」


「父さん達に会得できなかったものが僕にできるのかな」


「できるさ。神々に育てられしものだからな、おまえは」

 不敵に笑うとローニン父さんは天息吹活人剣を一から十まで丁寧に教えてくれる。構えから刀の握りや返し、すべてだ。とても単純な技であるが、途中、僕は気が付く。


「……あれ、これって刀用の技なんだよね?」


「そうだ。無論、剣にも転用できるぞ」


「うん、それは分かるけど、この型通りにやると殺傷力が」


「おまえも気が付いたか」


「うん。これじゃ相手を倒せない。それどころかとても弱いような」


「そこなんだよな。俺もトウシロウも途中でそれに気が付いた。きっと竜虎の書のどこかに本当の型が書いてあるんじゃないかな、という結論に達した」


「なるほど、そうかも……、いや」


 僕は首をひねると心の中の疑問を口にする。


「ねえ、父さん、カミイズミさんは父さんに竜の書を、トウシロウさんに虎の書を渡したんだよね?」


「そうだが」


「竜の書は別名技の書、虎の書は心の書なんだよね。父さんよりもトウシロウさんのほうが才能があったんだよね?」


「師匠のおきにでもあったぞ」


「普通、逆のような気がする」


「逆って?」


「トウシロウさんが最強の弟子なんだから、最強の技を記した竜の書を渡すべきだったと思う」


「たしかに。しかしまあ師匠も気まぐれだったからな」


「そうかなあ。なにか意味があるんだと思うけど」


 僕はしばし考察する。なぜトウシロウさんに虎の書を。心の書を渡したのだろうか、と。しばし考えていると僕の脳裏に電球が灯る。


「そうか! そういうことか!」


「おわ、なんだ、ウィル。気でも狂ったか?」


「分かったんだよ。カミイズミさんの真意が。なぜ、虎の書をトウシロウさんに渡したか。それと天息吹活人剣の極意も分かった」


「なんだと? 俺たちが半生を懸けて習得しようとしてできなかったもんを、おまえは一瞬で会得しちまったというのかよ?」


「ヒフネさんも習得できたはずだよ」


「あの娘はふたつの奥義書を持っている。それを読み込んで長年、修行をしてきたんだ。おめえはちょっと奥義の概要を聞いただけで閃いちまったというのかよ?」


「まあね。でも、この技はそんなに難しいものでもない。それに最強の技でもなかったんだ」


「なんだって? どういうことだ?」


「それはね……」


 父さんに耳打ちをする。父さんは真摯な表情で聞くと、一際驚いた顔をする。僕の才能に驚いているのか、それともカミイズミさんの深慮遠謀に驚いているのかは分からなかったが、父さんは僕の勝利を確信したようだ。


「――おまえこそが剣聖カミイズミの正統な後継者なのかもな。剣鬼となったヒフネにも負けることはないだろう」


「そうだね、僕は勝つ。そしてヒフネさんを悪しき宿痾から解放するよ」


「そうしてやってくれ。あいつは俺の友の娘。それに師匠の孫娘なんだ」


 うん、と、うなずくと、母屋に戻り、ルナマリアたちを連れ、決勝戦の会場に向かった。

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