測定不能
翌日正午、僕たちはゆったりと武術大会の会場に向かう。
「あいつらがエントリーしてくれて助かった」
「ですね」
僕もルナマリアもニコニコだ。ただ、ローニン父さんだけは不機嫌だった。
「ったく、予選大会で順番で決まるってどういうことだ。開催者はアホか」
「順次、予選を開いて開催期間の短縮を目指しているみたいだよ」
「おかげで俺だけ夕方にエントリーしないといけない」
「親子相克はよろしくないですからね」
にこりと補足するルナマリア。「まー、しゃーない」と諦めるとローニンは尋ねてくる。
「ずらしてやるからには予選くらい余裕で勝てよ、息子よ」
「分かっている。もしも負けるにしても本戦で父さんかヒフネさんに負けるよ」
「そこは全員ぶちのめす、と言ってほしかったが、まあ、俺に勝てるわけないか」
機嫌を取り戻すと、父さんは最後の調整に付き合ってくれた。会場で軽く手合わせする。
そして運命のとき、アーカム武術大会予選。
「さて、どんな予選なのかな?」
と会場にやってきた司会者の言葉に聞き入る。魔術師ふうの男は説明を始める。
「この予選会は本戦に出すものを決めるものです」
誰かが問う。
「いきなりバトルで予選を行うのか?」
「いえ、まずは戦闘力を測定します」
「それの上位者がランダムに対戦をし、最後のひとりになったら合格です」
会場を見渡すと三〇人前後いる。試合ができる場所のスペースを考えるに足きりラインは上位八人といったところか。
「じゃあ、遊んでいる余裕はないな。本気で高得点を出さないと」
戦闘力を測る機械を見る。魔法式のやつでここに物理攻撃を加えるか、魔法攻撃を加えると数値が表示されるらしい。
「物理でも魔法でもいいのか」
得意な方を選択できるらしいが、僕はハイブリッドタイプの戦士、物理も魔法も得意だった。
「逆に難しいな」
と思いつつも両者を選択する。
どちらでもOKならば全部いっぺん。神々の教えは単純明瞭を旨とするのだ。というわけでトネリコの木剣に魔力を込め、剣閃を放つ体勢になると、そのまま放つ。
「空刃斬!!」
空気の剃刀が測定器械にぶつかる。
どかん、という音が会場内に木霊する。その轟音に会場の全員が振り返る。
「おいおい、こんな化け物がいるのかよ」
「なんだ、今の音、爆薬か?」
「測定器械がへこんでいる……だと……あれはミスリルで作られているんだぞ……」
様々な声が響き渡り、誰しも測定器械の表示カウンターに注目する。あれほどの攻撃がどれほどの威力を示すか、気になるようだ。
合格の可否が決まるので僕も気になる。ひょいと覗き込むが、そこに書かれていた数字は意外なものだった。
七七
「あれ? たったそれだけ?」
拍子抜けしてしまう。実は僕の前に挑んだ戦士が一〇八の数字を叩き出していたのだ。しかもただの物理攻撃で。彼の攻撃はどう贔屓目に見てもしょぼかったのに。
「……まあ、こんなものか。僕もまだまだ精進が足りないな」
そう言うと僕は審査員の顔を見る。合格できるか尋ねたのだ。
彼はおそらく、ぎりぎりできると教えてくれたので、そのまま控え室に戻った。
見事第一次予選を合格したわけだが、会場の注目はウィルには集まらなかった
前回大会の準優勝者ゴルドーが現れると、会場の注目を一瞬で持っていく。
大きな斧を振り上げると、それを測定器械に叩き付ける。
ゴルドーが出した数字は、
二四四
だった。
会場がどよめく。
「この測定器械のマックスが二五五だから限界値ぎりぎりかよ」
「前回の優勝者は一八〇だったらしいから、パワーだけならば優勝者を上回っているのか……」
驚愕する参加者たち。中にはゴルドーのあまりもなパワーに予選を辞退するものも現れる。
ゴルドーの鋼のような筋肉は並の戦士を畏怖させるに十分だった。
ざわめく会場内だが、運営者たちの一部は別の意味でざわめくことになる。
次の挑戦者が現れ、攻撃をする。出た数字は二五五だった。これは明らかに機械の異常である、と大会関係者が機械を調べると驚愕する。記録を解析した彼らはとんでもないものを見つけてしまったのだ。
「……ふたつ前の挑戦者の数字も狂ってる。彼の攻撃によって機械が壊れてしまったんだ」
「い、いや、まさか、それはないだろう。彼の攻撃のときにはもう壊れていたんだろう?」
「そんなはずない。ログの異常な波形は彼と最後の参加者だけだ」
と言うことは? 関係者は顔を青ざめさせながら異常な数値を叩き出した挑戦者の名前を口ずさむ。
「……登録名ウィル」
その名の少年がログに残した記録は、
九九九
つまり測定不能だった。
ただ大会関係者はその数字を黙殺する。上層部に報告することはできなかったし、やはりなにかのミスだと思ったのだ。ただ、それでもウィル少年を第一次予選合格とし、第二次予選、実戦への参加を許可した
参加者たちの大量離脱もあり、第二次予選の参加者は意外と少なかった。ふたり倒すだけでゴルドーと当たれそうだった。
「まあ、どんなに参加者が多くても本戦にいけるのはひとりだけ。ルナマリアと同田貫も懸っているし、負けられないな」
改めて気合いを入れるが、すぐに直接対決のときがやってくる。
ウィルが速攻でふたりの参加者を倒すと、ゴルドーはそれ以上の速度で自分の対戦相手を倒す。ひとりの戦士は壁にめり込むほどの攻撃を受けたようだ。会場が騒然としている。
「……まったく、残酷な男だな。さすがはあの商人の手下だ」
生まれついてのサディストではないだろうが、過酷な修行によって他人の痛みに鈍感になっていると見える。実力がどんなに離れていても慈悲の心が湧かない困った性格をしているようだ。
「ちょっとお灸が必要なようだな」
というのはローニンの言葉であるが、たしかにその通りかもしれない。
しかしあの筋骨隆々の身体は厄介だ。
攻撃力は明らかに向こうが上だろう。力勝負になったら負けるかもしれない。――というわけで僕は策を考えながらゴルドーとの試合に挑むつもりだった。




